(10月12日 MON) ![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyoko_cloud.gif)
28℃
那覇でも涼しくなって、夜は窓をごく細く開けて寝るぐらいになりました。
今日、昼食後、チョイさんの運転で嘉手納基地のすぐ横にある「安保の
見える丘」に行きました。
いやはや、あまりの広大さに言葉をなくして、溜息がでましたね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下は、チョイさんの撮った写真・文など、彼のブログから転載します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午後、時間が空いたので、未だ行ったことがなかった嘉手納基地の「安保
の見える丘」へ向かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/31/3184cf09be323f870b6d416445040d7e.jpg)
(安保の見える丘から)
58号線を北に走ると、キャンプ・キンザーを過ぎて、右手に普天間基地
が現れる。基地のフェンスが途切れることなく続く。英語の派手な看板を
掲げた店が並び、ここはいったい何処の国かと思う。
北谷町に来ると、右手はキャンプ桑江。そして、すぐに広大な嘉手納基地
に沿って走る。両側にフェンスが続く。もう、あきれるような広さだ。
嘉手納ロータリーを右に曲がる。嘉手納基地は、高い遮音壁にさえぎられ
てまるで見えない。
すぐに「嘉手納道の駅」に着く。
4Fに基地を見下ろす展望台があり、眼下に基地が見下ろせる。そして、
その前に反戦地主さんが所有する小高い丘、「安保の見える丘」がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/50/4acefd7856349da13f82d0fd38bda8b4.jpg)
(着陸してきたのは、F15戦闘機か?)
嘉手納基地は、3700mの滑走路を2本持つ米軍の極東最大の基地。
ここだけで、2万人もの軍人、家族らが暮らしている。
時々、戦闘機が着陸してくる。それにしても広い。
これだけ広い滑走路を持ちながら、すぐ近くの辺野古に、何故、新た
な滑走路が必要なのかと思う。
道の駅の3Fには、嘉手納町が作った資料館がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/ab/cb87235966b19147060b33afeb28f939.jpg)
米軍機の離発着時の耳をつんざくような爆音が体験できる。
「うるさ~い!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/7f/e011f9fe8b603827653f34e960d53268.jpg)
嘉手納基地からの油が混ざった汚水のため、集落の井戸水も汚染され、
火がついたという。(1967年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/23/99051eacdc6019f9fd1e4a15b7ee4371.jpg)
1962年には米軍機が墜落。住民2人が犠牲になり、住宅3戸が全焼した。
その後も、1966年には空中給油機が墜落。住民1人が死亡。
さらに、1968年にはB52戦闘機が墜落。村民の重軽傷者16人、校舎、
住宅等365戸が被災した。
(引用おわり)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさに「米軍基地の中にオキナワがある」という言葉を体感した午後
でした。
なんだかぐったり疲れました!
夕食は、明日関西へ発つチョイさんの歓送会。
豚テビチ(豚足)と大根、昆布の煮込みを、朝から数時間かけて作ってあ
ったのですが、とても美味しかったです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyoko_cloud.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_rain.gif)
那覇でも涼しくなって、夜は窓をごく細く開けて寝るぐらいになりました。
今日、昼食後、チョイさんの運転で嘉手納基地のすぐ横にある「安保の
見える丘」に行きました。
いやはや、あまりの広大さに言葉をなくして、溜息がでましたね。
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以下は、チョイさんの撮った写真・文など、彼のブログから転載します。
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午後、時間が空いたので、未だ行ったことがなかった嘉手納基地の「安保
の見える丘」へ向かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/31/3184cf09be323f870b6d416445040d7e.jpg)
(安保の見える丘から)
58号線を北に走ると、キャンプ・キンザーを過ぎて、右手に普天間基地
が現れる。基地のフェンスが途切れることなく続く。英語の派手な看板を
掲げた店が並び、ここはいったい何処の国かと思う。
北谷町に来ると、右手はキャンプ桑江。そして、すぐに広大な嘉手納基地
に沿って走る。両側にフェンスが続く。もう、あきれるような広さだ。
嘉手納ロータリーを右に曲がる。嘉手納基地は、高い遮音壁にさえぎられ
てまるで見えない。
すぐに「嘉手納道の駅」に着く。
4Fに基地を見下ろす展望台があり、眼下に基地が見下ろせる。そして、
その前に反戦地主さんが所有する小高い丘、「安保の見える丘」がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/50/4acefd7856349da13f82d0fd38bda8b4.jpg)
(着陸してきたのは、F15戦闘機か?)
嘉手納基地は、3700mの滑走路を2本持つ米軍の極東最大の基地。
ここだけで、2万人もの軍人、家族らが暮らしている。
時々、戦闘機が着陸してくる。それにしても広い。
これだけ広い滑走路を持ちながら、すぐ近くの辺野古に、何故、新た
な滑走路が必要なのかと思う。
道の駅の3Fには、嘉手納町が作った資料館がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/ab/cb87235966b19147060b33afeb28f939.jpg)
米軍機の離発着時の耳をつんざくような爆音が体験できる。
「うるさ~い!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/7f/e011f9fe8b603827653f34e960d53268.jpg)
嘉手納基地からの油が混ざった汚水のため、集落の井戸水も汚染され、
火がついたという。(1967年)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/23/99051eacdc6019f9fd1e4a15b7ee4371.jpg)
1962年には米軍機が墜落。住民2人が犠牲になり、住宅3戸が全焼した。
その後も、1966年には空中給油機が墜落。住民1人が死亡。
さらに、1968年にはB52戦闘機が墜落。村民の重軽傷者16人、校舎、
住宅等365戸が被災した。
(引用おわり)
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まさに「米軍基地の中にオキナワがある」という言葉を体感した午後
でした。
なんだかぐったり疲れました!
夕食は、明日関西へ発つチョイさんの歓送会。
豚テビチ(豚足)と大根、昆布の煮込みを、朝から数時間かけて作ってあ
ったのですが、とても美味しかったです。