「ケインズ自身、『穴を掘ってまた埋める』ようなまったくムダな事業も、
景気対策として役に立つと言っていた」のか?
ケインズを生かす
まずは、読んでいただきたい。竹中平蔵が経済財政政策担当大臣に就任して最初にまとめた経済白書である。最後の章「おわりに」を全文引用する。ここから20年。また過去の亡霊が舞い戻ってきたので力を入れて読んでいただきたい。
論点は3点である
- 不良債権処理を進める必要があるのか
- 需要不足が問題なのかどうか
- ここで言っている改革とは何か。それは可能なのか。
筆者自身の見解は
「場外乱闘篇 2:竹中経済白書(2001/12/4)を論ず 」
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平成13年度年次経済財政報告
(経済財政政策担当大臣報告)
(経済財政政策担当大臣報告)
―改革なくして成長なし―
おわりに
●構造改革を経済分析でサポート
小泉内閣は現在、構造改革を強力に推進している。構造改革の戦略作りに中心的な役割を果たしているのが、2001年1月の省庁再編の一環で設置された経済財政諮問会議(内閣総理大臣が議長)である。内閣府は経済財政諮問会議の事務局としての役割を果たしており、内閣府作成第1号の「年次経済財政報告-経済財政政策担当大臣報告-」は、構造改革の推進に分析的な基礎付けを与えるという性格を持っている。
以下では、本年度の白書が中心的テーマとしてとり上げた不良債権問題と経済の関係、我が国財政が抱える課題、日本経済の回復力の弱さについて、分析の背後にある基本的な考え方を述べて、本年度白書のむすびとしよう。
●不良債権問題と経済の関係
日本の銀行は、依然多額の不良債権を抱えて苦しんでいるが、この不良債権問題と日本経済の長期低迷の関係については、鶏が先か卵が先かに似た議論がある。
一方に、不良債権は景気の足を引っぱっている大きな要因となっており、この問題の解決が経済低迷脱出の鍵を握るとの考え方がある。他方、景気低迷が続いているので、不良債権問題がいつまでもなくならないのであって、不良債権は病気の原因ではなく発熱の兆候に過ぎないとする考え方もある。そのような考えによれば、不良債権が本当に景気の阻害要因であれば、クレジット・クランチで金利は高まっているはずで、現在のカネ余り状況で不良債権問題の解決を急いでも、倒産や失業の増加の悪影響の方が大きいということになる。
本年度の白書は、不良債権問題という現在の日本経済にとって最も重要な問題の1つで、かつ論争的な問題に取り組んだ。詳細な分析(2章)に基づいた白書の結論は、不良債権と経済低迷の間には双方向の関係があるけれども、やはり不良債権問題の抜本的解決が、日本経済の難局打破にとって重要だというものだ。
不良債権問題は日本経済の重しとなって、成長を下押しする力として働いていると考えられる。それはなぜか。第1に、不良債権問題のおかげで、銀行の金融仲介機能が機能不全に陥っているからだ。不良債権処理で銀行収益が消え、自己資本が減耗する状態では、新たにリスクをとって新規顧客や成長分野に融資する努力は不足する。
また、銀行は不良債権処理という後ろ向きな仕事に追われ、新たな収益基盤を確立するという前向きの仕事に十分な人材や経営判断を割けないでいる。第2に、不良債権問題の長期化は、非効率な企業や産業を温存して、我が国産業全体の生産性を低めているからだ。第3に、不良債権問題のおかげで、金融システムの安定性に対する懸念がいつまでも払拭されず、その結果、企業や家計の投資・消費行動が慎重化して、景気回復が妨げられている。
このように白書の分析は、不良債権問題が日本の経済成長の重しとなっているメカニズムを明らかにしている。もともと金融は経済と深く関わっているだけに、両者の関係についてはいろいろな議論がある。特に、金融セクターの発達と経済成長の間には密接な関係があるが、どちらが先でどちらが後かという論争が昔からあり、それは、最近の日本経済における不良債権と経済低迷の関係に関する鶏と卵の議論と通ずるものがある。技術革新の重要性を説いたことで有名なシュンペーターは、銀行などの金融仲介機関の発達が技術革新と経済発展に重要だと考えたのに対し、有力な経済学者のロビンソンは、金融の発達は単に経済成長を後追いしているに過ぎないと主張した。
実際、世界各国の長期データで、さまざまな金融セクターの指標と経済成長率の関係を調べてみると、両者にははっきりとしたプラスの相関関係があることがわかる。
問題は、どちらが原因でどちらが結果かである。この問題に関しては、最近の10年間に、実証的な分析がかなり進んでいる。そうした最近の研究によれば、①金融セクターの健全な発達が成長を高める関係にあるということ、②金融の発達は、主に経済全体の生産性を高めることを通じて、成長を高める効果を持つということ、が明らかになっている。(コラム2-4「金融セクターの健全な発達は、経済成長を高める」参照)
こうした金融と経済の関係に関する最近の研究成果は、我が国の経済成長にとって、産業の再生に加え、不良債権問題などの我が国金融部門が抱える問題を解決することが重要であることを示唆している。
●我が国財政の経済分析の重要性
我が国財政は、厳しい状況にある。言うまでもなく、財政は経済の重要な1部門である。財政の状況は、経済の状況を映し出す鏡でもあり、また財政のあり方は、経済の動向に大きな影響を与える。
我が国政府の財政などという場合、政府の範囲をはっきりさせなければならない。
財政を含め経済全体の活動を捉える国民経済計算では、最も広い政府の概念は「一般政府」と呼ばれるものである。一般政府の財政には、①国(中央政府)の財政、②地方財政、③社会保障基金(公的年金や医療など)が含まれる。
国、地方、社会保障基金の財政は、それぞれ所管の機関(財務省、総務省、厚生労働省、地方公共団体など)が担当している。それぞれの制度は複雑で、部外者にとって、財政状況の実態を把握するのは容易なことではない。さらに、それらの各部門の財政は密接に関わっていて、それぞれの財政状況を見るだけでは、我が国財政の実態は明らかにならない。
国の財政ではもっぱら一般会計の収支が注目されるが、国の財政には多くの特別会計が含まれていて、一般会計を見るだけでは国の財政状況は分からない。また、地方財政は国の財政と密接に関係しており、3章で見たように、国への財政依存は、90年代に特に高まってきている。社会保障基金は、年金保険料などの保険料収入などで運営されているが、基礎年金(公的年金の一部)の年々の年金給付支払いの1/3は、国の財政から多額の税金が投入されていることなどからもわかるように、社会保障基金と国の財政は密接に関係している。特に、高齢化は今後の財政に大きな影響を与えるが、国の財政と社会保障基金を一体的に見なければ、そうした影響を正しく評価することは出来ない。
さらに、国民経済計算の分類では政府部門の一部ではないが、公的企業(特殊法人など)の財政状況も、国や地方の財政に大きな影響を持っている。一部の特殊法人には、国の財政から補助金や出資金などの支出がなされて国の財政負担となっているが、特に特殊法人が財政破綻した場合には、累積赤字の処理が国の財政に重くのしかかる。
最近の具体的な例は、経営破綻して民営化された旧国鉄(特殊法人)である。1998年度に、国は旧国鉄の債務24兆円を継承して、結局旧国鉄の累積債務で処分しきれなかった部分は、国民の税金で賄われることになったのである。
我が国の財政に何が起こっているかを正確に把握し、また経済の動向や高齢化などが財政に与える影響、逆に財政が経済に与える影響を客観的に評価するためには、国の財政、地方財政、社会保障基金、さらには公的企業を一体的に捉えて、経済分析の視点から検討・評価することが、極めて重要である。また、財政の状況は国民の生活に大きな影響を持つだけに、財政の専門家だけでなく、広く多くの国民の方々が、我が国財政が一体どのような状況にあって、今後どうなるのかについて正確な理解を持つことが重要である。そのためには、分析の結果を出来るだけわかりやすく提供することが求められる。
本年度の白書の分析(3章)は、そのような取り組みの第一歩である。
●「需要不足だから需要追加すればよい」の考え方からの脱却
99年春から始まった90年代2度目の回復も、力弱く2年も持たずに、日本経済は再び景気悪化のサイクルに入ってしまった。なぜ日本経済は回復力に欠け、いつまでも低迷するのか。この疑問に答えることが、本年度の白書の中心テーマの1つであった。
景気は強い時もあれば、弱い時もある。経済が不景気に陥った時の1つの有力な診断は、次のようなものだ。「景気が悪いのは、経済全体の需要が弱く、経済全体の供給に対して需要が不足しているからだ。需要不足に陥った場合、民間経済は自力で回復する力に欠くので、解決策は政府が公共投資などで追加的な需要をつけてやることだ。」
実際、我が国政府は、90年代を通じて度重なる経済対策を打って、需要追加を図ってきた。これらの経済対策の事業規模については、公的金融機関による融資拡大など単に民間の融資に差し代わるだけのものが含まれていて、誇大表示だとする「真水論」批判もあったが、いわゆる「真水」と言われる追加的な政府支出の額だけをとっても、その累積は巨額にのぼる。そうした政府支出出動は、税収の減少と相まって、国と地方の財政赤字を大幅に拡大した。しかし、経済の弱さだけは変わらず残った。
「不景気は需要不足なのだから、需要をつければよい」という考え方は、基本的にケインズ経済学と呼ばれる経済理論に依っている。ケインズ経済学の基礎にある考え方は、価格(賃金を含む)は需給の変化に対応して調整するのに時間がかかり、特に、価格は一般に下がりにくい性格(「下方硬直性」)を持っているというものである。従って、経済が需要不足に陥っても、価格の調整力が弱いために、いつまでも需要不足が解消されず不景気が続く。政府が政府支出を拡大して需要を追加してあげれば、不景気から脱出できるということになる。
このような考え方は、現在の日本経済に適用できるのだろうか。次のような点を考慮すると、少なくとも単純素朴な形のケインズ経済学に基づいた議論は、説得力に欠けると考えられる。
第1に、ケインズ経済学が前提とする価格の硬直性(ないし価格の調整スピードの遅さ)は、あくまで短期においてであり、10年もの長期にわたる日本経済の低迷を、価格の硬直性に起因する需要不足で説明できるのだろうか。
第2に、日本経済の現状では、デフレの進行で、いろいろなモノの価格が実際に下がっている。賃金も、第1章で分析したように、ボーナスの減少や賃金の低いパートの採用拡大などで、結構弾力的に調整されている。このような事実からすれば、価格の調整スピードが遅いとしても、調整に何年もかかるとはどうも言えそうにない。
第3に、前述したように、政府はこれまで巨額の需要追加を図ってきたが、日本経済の低迷は依然続いている。この点については、生産性の低いムダな公共投資をやってきたからだとの考え方があるが、需要追加という点では、ムダな公共投資もムダでない公共投資も変わりはない。ケインズ自身、「穴を掘ってまた埋める」ようなまったくムダな事業も、景気対策として役に立つと言っていた。
現状の日本経済では、確かに需要不足はある。需要不足を見る1つの指標であるGDPギャップは、GDPの3~4%と推計される。しかし、長期に低成長が続いているわりには、過去10年の間にGDPギャップは大きく拡大していない。それは日本経済の供給力が落ちているからである。日本経済全体の供給力の伸びを示す潜在成長率は現在1%程度まで低下してしまっている。白書の分析(2章)は、10年の低成長といういわば「負の遺産」が、現在の日本経済の潜在成長力を押し下げている、というメカニズムを明らかにしている。
日本経済が長期の低迷から脱出して、再び成長する経済に復帰するためには、日本経済の潜在成長力を引き上げていかなければならず、これまでのように政府支出を拡大していくら需要をつけても、問題の解決にはならない。潜在成長力の引き上げは、経済構造改革を進めることによって可能になる。
●経済再生の鍵
今後の成長を確保するためには、まず重しのように日本経済を押し下げている不良債権問題・過剰債務問題を、早期に解決しなければならない。不良債権問題の解決によって、銀行は新たなビジネス・モデルの確立など前向きの積極的な経営に取り組めるようになり、新規の顧客や成長分野への融資が活発化する。つまり、現在機能不全に陥っている「血液」循環が正常化する。また、不良債権の最終処理は、低収益で債務返済のメドが立たない企業に滞留している労働力、資本などの資源を、生産性の高い分野に移動させることになる。
不良債権問題の早期解決による金融仲介機能の回復と、デフレ圧力を和らげるための金融緩和は、我が国の金融システムの脆弱性を除去する車の両輪である。日本銀行は、デフレ圧力を和らげるために、さらなる施策を積極的に検討すべき段階にあると考えられる。
不良債権問題を取り除くだけでは、日本経済は再生しない。同時に、規制緩和、財政改革、年金・医療制度の改革、起業や科学技術の促進などの構造改革を推進することによって、日本経済の生産性を高めなければならない。また、公共投資など政府支出については、「需要をつける」という観点よりも、「成長力を引き上げる」という観点から、社会的ニーズが高い分野、雇用拡大や民間需要誘発の効果が高い分野に、メリハリを付けて重点的に配分することが、特に重要となっている。このような構造改革を目に見える形で着実に実行することは、企業や家計の先行き不安を払拭して、企業や家計の将来見通し(期待成長率)を高める効果がある。それによって、「不景気が弱気を呼び、弱気が不景気を呼ぶ」という、日本経済が今陥っている悪循環から脱出することができる。
構造改革は、労働力、経営資源、資本、土地といった我が国の持つ貴重な経済資源を、生産性の高い分野に振り向けることによって、日本経済の潜在成長力を高める。
このように日本経済の供給力を引き上げる構造改革は、同時に、民間需要の持続的な拡大を伴う。それは、収益性の高い新たな民間投資が活発化し、また消費者の将来展望を開くことによって消費が持続的に回復するからである。単に公共投資などでいくら需要を追加しても、日本経済の難局から脱却することはできない。10年にわたる経済停滞で低下してしまった潜在成長力を引き上げ、同時に民間需要の持続的な拡大を引き出す構造改革こそが、日本経済の再生の鍵を握っている。
以上