6月15日
昼間からカーテンを閉め切った部屋は、薄暗い。
段ボール箱の上に無造作に置かれた、ノートパソコンの液晶画面だけがやけに明るい光を放っている。
起きたのはほんの数時間ほど前。気分が悪い。
この気分は、先ほどコンビニで買ってきた「カルピス キウィ&レモン ヨーグルト仕立て」なるドリンクが、思いのほかまずかったからではない。
久しぶりにヤツがやってきたからだ。
鬱だ。
あぁ・・嫌な感じ。
今回の鬱は、心の中がフワフワしているようで、上から重い何かで押さえつけられているような感じ。
身体は、だるい。いつものダルさではなく、鬱(正確には抑うつ状態)になったときに現れる独特のダルさ。
何をしていても落ち着かない。
天気もいいので散歩でもしようかとも思ったが、そんな気力がわかない。
こうしてパソコンに向かって、文章をつなげていること事態がすごく大変な作業に思えてくる。
何もしたくない。何もできない。
立っていても、座っていても、ベットに横になっても、どこに行っても居心地が悪い。
幸いなのは、母が出勤中でこの家には僕しかいないことだけ。
前回の記事から進展した状況をいくつかご報告したい。
1.僕の病状とリハビリについて。
1)6月13日が予定の診察日だった。
その場で医師と最近の状態について話し合った。
夜になって睡眠薬を飲んでもなかなか眠れず、起きるのはいつも昼過ぎになってしまう、と告げた。
医師は僕に、当面の課題として「生活リズムの改善と安定」を指示した。
それをサポートする意味で、処方箋の一部が変更になった。
2)「障害者職業センター」での面談について。
以前、医師から紹介があり、ガイダンスへの出席の予約をしていた「障害者職業センター」に、診察があった翌日の6月14日に行った。
僕を含め7名の出席者がいたが、僕以外の6名は風貌ややり取りから「障害者」と「付き添いのスタッフ」のペアが3組集まっているように推定された。
施設の目的や「障害者」への支援制度など全体のあらましについて説明があった。
留意事項として、このセンターでは職業の斡旋や特定の資格取得を支援するものではないとの説明が付け加えられた。
その後、一人(僕以外は一組)ずつ担当の相談員との個別の面談が行われた。
そこでは現在の状態、例えば受診している医療機関の有無やその病名、主治医の名前、治療方法など基本的な情報から、発病に至った経緯から本日までの生活状況の詳細について質問があった。
僕は鬱病で通院中であり、主治医の紹介でここに来たことを告げた。
中でも「リワーク支援」という支援についての紹介だったことを添えた。
相談員は女性で、明らかに僕よりも年下であったが、それでも誠実に一生懸命に職務をこなしているように見えた。
結論を言うと、主治医が薦めてくれた「リワーク支援」というサービスを僕が受けることはできないという。
「リワーク支援」の対象は「現在、会社(事業所)に所属しているが、休職中である人間」であり、彼らがスムーズに会社への復帰を果たせるように職場(事業所)、医療機関、センターの連携を強化し、必要に応じて職場(事業所)への介入を行っていくというものだ「リワーク支援」の趣旨だという説明だった。
その代わりに僕に提案されたのは、「職業準備支援」というサービスだった。
特にその中でも①センター内での作業支援と、②精神障害者自立支援カリキュラムの2つのサービスを薦められた。
①センター内での作業支援とは、“ばらばらの状態で与えられた部品をくみあわせてボールペンを組み立てる”作業を延々と続けるものだという。
また、②精神障害者自立支援カリキュラムとはSSTと呼ばれる対人技能訓練やグループミーティングなどを通じて、社会生活技能等の向上を図るためのものだそうだ。週に1~2回行われるらしい。
それら二つの支援メニューについて書かれたカラー刷りのプリントには、かっこ書きで、「対象:精神障害のある方」と書かれていた。
いつの間にか僕は、鬱病患者という呼称から、精神障害者へと呼ばれるようになっていた。
僕は、精神障害者ですか?
精神になんらかの障害がある方に対して差別するような思いはないが、自分自身がそのように扱われると、強い違和感と不快な思いを感じてしまうのは、やはり僕の心のどこかで彼らに対する差別意識があるからなのだろうか。
ガイダンスと面談は1時間半ほどで終了した。
今回薦められたサービスを受けるかどうかは、主治医と相談してから決める胸を伝え、支援を受けるかどうかの回答は保留とすることにした。
次の診察日は2週間後であったが、なんとなくこの施設とサービスの内容に違和感を覚えた僕は、予約外診療を受け付けてくれる18時になるまで、あてもなく街中をふらつき時間をつぶすことにした。
その日は珍しく朝から起きていたので、身体がつらく、すぐにでも眠ってしまいそうな勢いだったが、衝動的にリフレクソロジーのお店に入ってマッサージを受けたりするなどして、なんとか「18時」が訪れる事を待つことができた。
診察室に主治医が現れ、何かありましたか?と聞いてきた。
前日に受診したばかりの精神病患者が、翌日また受診しにきたというので何か他の事を心配してくれていたらしい。
僕は主治医に紹介された「障害者職業センター」に行ってきたことを伝えた。
主治医に薦められていた「リワーク支援」は受けることができないようであること、そのかわりボールペンを組み立てる作業などの支援サービスを薦められたことを伝えた。
正直なところ、バラバラにされた部品の中から適切なものを選んでボールペンを完成させる、という行為が今の僕に必要なものとは全く思えなかった。
センターの相談員は、「これはボールペンを組み立てることが目的なのではなく、このような軽作業をして自分の疲れやすさなどを確かめる意味があるのです。」と言う。
しかし、障害者ではない普通の人=健常者だって、一日中ボールペンを手作業で組み立てていたら、誰だって疲れてしまうだろう。
そんな作業に、何の意味があるのだろう。
また、SSTやグループミーティングなどは一般の精神科病院でもOT(作業療法)やデイケアなどの場で行われるていることは知っている。
何度かこのブログでも書いているが、僕は過去に1年間だけ、精神科病院の急性期閉鎖病棟で白衣を着て働いてたことがある。
主に医師や看護師さんたちの“治療行為”や看護の補助が僕の仕事だった。
現実の精神科病院で行われていたOTやデイケアは、正直なところ、患者さん達に何らかの良い影響を与えているとは感じられなかったし、参加している患者さんたちも、作業療法士などのスタッフも、「やらされている感」が強く見られ、なんとなく病院が言うから慣習的にやっている、といった感じで良い印象は持たなかった。
そもそも、それらの作業に参加するのは、大概が統合失調症(当時は精神分裂病)の患者さんばかりだった。
今回のガイダンスや相談員からの説明で受けた内容について主治医に報告するとともに、はっきり言ってあちらから推奨されたサービスについては良い印象を持たなかったこと、今の僕の現状にあった治療方とは思えないことなど率直な意見を主治医にぶつけた。
主治医は現状の精神科病院で行われているOTやデイケアの状態については、僕の主張するとおりであると同調してくれながらも、今回の施設のサービスについては強制するわけではないが、参加する方向で前向きに検討して欲しいとのことだった。
その日の診察はそれ以上話を進めず、この「障害者職業センター」のサービスを受けるかどうかについては、2週間後の診察日までに良く考えて、そこで結論をだしましょう、ということで話は終わった。最後に主治医はこの病院からも現在二人の患者がその施設でのサービス(どのサービスからはわからないが)を受けており、二人とも、「感触はいい。」といういう一言を付け加えた。
病院の帰り道、外は小雨交じりのあいにくの天気だったが、僕は地下鉄一駅分の区間を、大きな公園にそって歩いて移動した。
木々の緑を仰ぎ見ながら、色々なことについて考えた。
僕は、ボールペンを組み立てるべきなのだろうか?
あまり気はすすまないが、主治医の姿勢からして、恐らく僕はボールペンを組み立てることになるだろう。
それによって社会復帰が近づくのか、遠のくのかはわからない。
できれば僕は、健常者として社会復帰がしたかった。
でも、もしかすると、次に社会にでた時、僕は「精神障害者」であるかもしれない。
復帰したらやりたいと思っていた仕事の分野や、今勉強している資格試験なんてただの独りよがりに過ぎなかったのかな・・・。
まだ他にもお伝えしたい鬱以外の出来事が少なからずあるのだが、ここまで書いてきてなんだか疲れてしまった。
その話は、また次回以降の記事にしたいと思う。
なんだかな・・・・なんだかね。
昼間からカーテンを閉め切った部屋は、薄暗い。
段ボール箱の上に無造作に置かれた、ノートパソコンの液晶画面だけがやけに明るい光を放っている。
起きたのはほんの数時間ほど前。気分が悪い。
この気分は、先ほどコンビニで買ってきた「カルピス キウィ&レモン ヨーグルト仕立て」なるドリンクが、思いのほかまずかったからではない。
久しぶりにヤツがやってきたからだ。
鬱だ。
あぁ・・嫌な感じ。
今回の鬱は、心の中がフワフワしているようで、上から重い何かで押さえつけられているような感じ。
身体は、だるい。いつものダルさではなく、鬱(正確には抑うつ状態)になったときに現れる独特のダルさ。
何をしていても落ち着かない。
天気もいいので散歩でもしようかとも思ったが、そんな気力がわかない。
こうしてパソコンに向かって、文章をつなげていること事態がすごく大変な作業に思えてくる。
何もしたくない。何もできない。
立っていても、座っていても、ベットに横になっても、どこに行っても居心地が悪い。
幸いなのは、母が出勤中でこの家には僕しかいないことだけ。
前回の記事から進展した状況をいくつかご報告したい。
1.僕の病状とリハビリについて。
1)6月13日が予定の診察日だった。
その場で医師と最近の状態について話し合った。
夜になって睡眠薬を飲んでもなかなか眠れず、起きるのはいつも昼過ぎになってしまう、と告げた。
医師は僕に、当面の課題として「生活リズムの改善と安定」を指示した。
それをサポートする意味で、処方箋の一部が変更になった。
2)「障害者職業センター」での面談について。
以前、医師から紹介があり、ガイダンスへの出席の予約をしていた「障害者職業センター」に、診察があった翌日の6月14日に行った。
僕を含め7名の出席者がいたが、僕以外の6名は風貌ややり取りから「障害者」と「付き添いのスタッフ」のペアが3組集まっているように推定された。
施設の目的や「障害者」への支援制度など全体のあらましについて説明があった。
留意事項として、このセンターでは職業の斡旋や特定の資格取得を支援するものではないとの説明が付け加えられた。
その後、一人(僕以外は一組)ずつ担当の相談員との個別の面談が行われた。
そこでは現在の状態、例えば受診している医療機関の有無やその病名、主治医の名前、治療方法など基本的な情報から、発病に至った経緯から本日までの生活状況の詳細について質問があった。
僕は鬱病で通院中であり、主治医の紹介でここに来たことを告げた。
中でも「リワーク支援」という支援についての紹介だったことを添えた。
相談員は女性で、明らかに僕よりも年下であったが、それでも誠実に一生懸命に職務をこなしているように見えた。
結論を言うと、主治医が薦めてくれた「リワーク支援」というサービスを僕が受けることはできないという。
「リワーク支援」の対象は「現在、会社(事業所)に所属しているが、休職中である人間」であり、彼らがスムーズに会社への復帰を果たせるように職場(事業所)、医療機関、センターの連携を強化し、必要に応じて職場(事業所)への介入を行っていくというものだ「リワーク支援」の趣旨だという説明だった。
その代わりに僕に提案されたのは、「職業準備支援」というサービスだった。
特にその中でも①センター内での作業支援と、②精神障害者自立支援カリキュラムの2つのサービスを薦められた。
①センター内での作業支援とは、“ばらばらの状態で与えられた部品をくみあわせてボールペンを組み立てる”作業を延々と続けるものだという。
また、②精神障害者自立支援カリキュラムとはSSTと呼ばれる対人技能訓練やグループミーティングなどを通じて、社会生活技能等の向上を図るためのものだそうだ。週に1~2回行われるらしい。
それら二つの支援メニューについて書かれたカラー刷りのプリントには、かっこ書きで、「対象:精神障害のある方」と書かれていた。
いつの間にか僕は、鬱病患者という呼称から、精神障害者へと呼ばれるようになっていた。
僕は、精神障害者ですか?
精神になんらかの障害がある方に対して差別するような思いはないが、自分自身がそのように扱われると、強い違和感と不快な思いを感じてしまうのは、やはり僕の心のどこかで彼らに対する差別意識があるからなのだろうか。
ガイダンスと面談は1時間半ほどで終了した。
今回薦められたサービスを受けるかどうかは、主治医と相談してから決める胸を伝え、支援を受けるかどうかの回答は保留とすることにした。
次の診察日は2週間後であったが、なんとなくこの施設とサービスの内容に違和感を覚えた僕は、予約外診療を受け付けてくれる18時になるまで、あてもなく街中をふらつき時間をつぶすことにした。
その日は珍しく朝から起きていたので、身体がつらく、すぐにでも眠ってしまいそうな勢いだったが、衝動的にリフレクソロジーのお店に入ってマッサージを受けたりするなどして、なんとか「18時」が訪れる事を待つことができた。
診察室に主治医が現れ、何かありましたか?と聞いてきた。
前日に受診したばかりの精神病患者が、翌日また受診しにきたというので何か他の事を心配してくれていたらしい。
僕は主治医に紹介された「障害者職業センター」に行ってきたことを伝えた。
主治医に薦められていた「リワーク支援」は受けることができないようであること、そのかわりボールペンを組み立てる作業などの支援サービスを薦められたことを伝えた。
正直なところ、バラバラにされた部品の中から適切なものを選んでボールペンを完成させる、という行為が今の僕に必要なものとは全く思えなかった。
センターの相談員は、「これはボールペンを組み立てることが目的なのではなく、このような軽作業をして自分の疲れやすさなどを確かめる意味があるのです。」と言う。
しかし、障害者ではない普通の人=健常者だって、一日中ボールペンを手作業で組み立てていたら、誰だって疲れてしまうだろう。
そんな作業に、何の意味があるのだろう。
また、SSTやグループミーティングなどは一般の精神科病院でもOT(作業療法)やデイケアなどの場で行われるていることは知っている。
何度かこのブログでも書いているが、僕は過去に1年間だけ、精神科病院の急性期閉鎖病棟で白衣を着て働いてたことがある。
主に医師や看護師さんたちの“治療行為”や看護の補助が僕の仕事だった。
現実の精神科病院で行われていたOTやデイケアは、正直なところ、患者さん達に何らかの良い影響を与えているとは感じられなかったし、参加している患者さんたちも、作業療法士などのスタッフも、「やらされている感」が強く見られ、なんとなく病院が言うから慣習的にやっている、といった感じで良い印象は持たなかった。
そもそも、それらの作業に参加するのは、大概が統合失調症(当時は精神分裂病)の患者さんばかりだった。
今回のガイダンスや相談員からの説明で受けた内容について主治医に報告するとともに、はっきり言ってあちらから推奨されたサービスについては良い印象を持たなかったこと、今の僕の現状にあった治療方とは思えないことなど率直な意見を主治医にぶつけた。
主治医は現状の精神科病院で行われているOTやデイケアの状態については、僕の主張するとおりであると同調してくれながらも、今回の施設のサービスについては強制するわけではないが、参加する方向で前向きに検討して欲しいとのことだった。
その日の診察はそれ以上話を進めず、この「障害者職業センター」のサービスを受けるかどうかについては、2週間後の診察日までに良く考えて、そこで結論をだしましょう、ということで話は終わった。最後に主治医はこの病院からも現在二人の患者がその施設でのサービス(どのサービスからはわからないが)を受けており、二人とも、「感触はいい。」といういう一言を付け加えた。
病院の帰り道、外は小雨交じりのあいにくの天気だったが、僕は地下鉄一駅分の区間を、大きな公園にそって歩いて移動した。
木々の緑を仰ぎ見ながら、色々なことについて考えた。
僕は、ボールペンを組み立てるべきなのだろうか?
あまり気はすすまないが、主治医の姿勢からして、恐らく僕はボールペンを組み立てることになるだろう。
それによって社会復帰が近づくのか、遠のくのかはわからない。
できれば僕は、健常者として社会復帰がしたかった。
でも、もしかすると、次に社会にでた時、僕は「精神障害者」であるかもしれない。
復帰したらやりたいと思っていた仕事の分野や、今勉強している資格試験なんてただの独りよがりに過ぎなかったのかな・・・。
まだ他にもお伝えしたい鬱以外の出来事が少なからずあるのだが、ここまで書いてきてなんだか疲れてしまった。
その話は、また次回以降の記事にしたいと思う。
なんだかな・・・・なんだかね。
こんばんは。
私も 決して障害の有る方に 偏見を持っていません。
亮司さん、あなたが 精神障害者で有るのなら、私も精神障害者です。
ボールペンの事でネガティブになる必要性が どこに有るのでしょうか?
ドクターは、亮司さんの何を診ているのでしょうか。(あなたの主治医を否定しているのではありません。失礼はお詫びいたします。)
プロの考え方は、素人には わからないと言われてしまえば 返す言葉は ありませんが…
少し 腹立たしい気持ちです。
たとえ 主治医がなんと言っても、治療は患者が選択するものです。
嫌なものを無理やりしても、決して良い結果が生まれるとは思えません。
私、少し怒っています。
治療方法の選択は、あくまで亮司さんにあるのですから、門外漢の私が どうこう言える立場ではありませんが…
亮司さん、
あなたは 精神障害者ではありません!!
それだけは 確かです。
忘れないで下さい。
そして、ゆっくりと休養してください。
ゆっくりと、ゆっくりと、何もかも忘れて 身も心もリラックスさせてあげて下さい。
忘れないで下さい。あなたは一人ではありません。
何の力もありませんが、あなたの味方です。
忘れないで…
亮司さん、こんにちは。
体調はいかがですか$G@
私が余計な事を言ってしまったのではないかと 心配しています。
櫻子地方も、連日 暑さが続いています。
亮司さん、熱中症には くれぐれも気をつけて下さいね。
どうぞ お身体 ご自愛ください。
亮司さんの体調が良くなる事を 祈っています。
本当に 余計な事を…
ごめんなさい。
では また。
PS、返信は 気にしないで下さい。亮司さんの ご回復を 待っています。
お返事が遅くなり申し訳ありません。
いつものことながら、体のこと、色々ご心配くださってありがとうございます。
今回のことは、色々と自分自身のことを考える結果家になりました。
まだ考えの整理がついていないのですが、まとまったらここのブログでいつものように言葉を並べてみようかと思います。
P.S.桐原地方は晴れが続いています。でもやっぱり北国。夜の風は冷たいです。