『そのときは彼によろしく』市川拓司
(小学館文庫:ISBN978-4-09-408160-2)
部屋の片隅で渦高く積み上げられていた未読本の中の1冊。
およそ2日間ほどで読み終えた。
読後の感想は・・・う~ん、微妙。
五つ星で評価するなら、
★★☆☆☆
星2つというところだろうか。
物語のあらすじは、幼い頃に深い友情で結ばれた男の子2人と女の子1人が、大人になって運命的な再会を果たし、そこから始まるまた新しい友情と恋愛の物語。
物語の核をなすのは、水辺と水辺の植物を愛する智史(さとし)、ゴミの絵ばかりを描く佑司(ゆうじ)、そして男勝りな女の子、花梨(かりん)の3人。
主人公達が幼い頃に過ごしていた、中学校の近くにある緑の森やその奥にある水辺、そして更に奥に続く道をすすむとつきあたるゴミの山の中の“リビング”。3人はこのゴミの中に作ったリビングをたまり場にしている。
このあたりまでの情景描写は、読んでいてイメージが湧きやすく、それらの場所が、主人公達が感じているように、素敵な場所なのだ、という印象を受け、主人公達の思いに読み手側も感情を重ねることができる。
3人の関係も出会いこそ少々奇妙なものであったが、潔い友人関係は読んでいて好感を覚える。
そして月日は流れ、やがて大人になった智史は、子供のころからの夢であったアクアプランツのショップを経営している。そこにアルバイト募集の張り紙を持って現れる謎の女性・・。
彼女の秘密が明らかになるにつれて、物語の歯車は急速に回りだす・・。
男×2人に、女×1人と聞かされると、思わずドロドロした三角関係を連想してしまうが、この作品の中の3人の関係はすがすがしいほど爽やかである。
物語の途中までは、「きっと、あれがこうなって、ああなるんだろうなぁ」と予想したものが、「やっぱりね。」という感じで、なんというか話の展開が読めてしまって、読み応えに少しかける感じがする。
でも、まぁこんなもんかなぁ・・という思いで比較的好感を持って読み進めていったのだが、話の核心部分になって、「あらら・・そっちのほうに行っちゃうのね・・。」というある種の禁じ手のような展開にとてもがっかりさせられる。
そして話の結末も、「あぁ・・はいはい。そうね。無難な落ちだよね。」という感じ。
あえてこの作品の気に入らないところをあげるとすれば、2つ。
1つ目は、途中まで男女の友情・愛情を爽やかに描いた人間ドラマだったのに、肝心なところで、いきなりスピリチュアルな話になってしまう。そう、とても肝心なところで。スピリチュアルな世界に抵抗がない人には別に気にならないところかもしれないが、昨今のスピリチュアルブームに辟易している僕にとっては、おもいきり興ざめである。
そこに至るまでに描かれていた、アクアプランツショップで光る幻想的な水槽たちの情景、あるいは、彼らが子供の頃に過ごした緑の森やゴミのリビング、好感が持てる登場人物達のキャラクターや彼らのやり取りなどが築いた心地よい作品のイメージを、唐突に現れたそのスピリチュアル話が一気に吹き飛ばして、安物のおとぎ話のように作品の質を落としてしまう。(ように僕は感じる。)
そして2つ目は、この小説の構成というか、ストーリーの組み立てについてである。
この作品には、「エンディング」が2つある。(あくまでも僕の主観的感想だが。)
1つの小説にエンディングが2つ。全く持って不自然で読み心地が悪い。
ある時点まで、若者達の澄んだ友情の物語だったものが、いつの間にか父子の愛情物語として1つ目の「エンディング」を迎える。このエピソードでこの物語で重要な位置をしめるであろう(読むまでは少なくともそう思っていた)、あのフレーズが登場するのだ。
「あらら・・ここで登場するのね・・。これは予想していなかった。」
そして、なんとなく「これで終わった」感のあるこのエピソードの向こうに、もう一つの~物語の本流としての~「エンディング」が待っている。
1つ目のエンディングは、物語の伏線を膨らませていったら、予想以上に膨らんでしまって、こういう終わらせ方しかできなかった?的な感じ。実際に読んでいて、それまでの主人公達の話とはあまりからまない設定でありながら、なんとなく「読み終えた」感を覚えてしまう。
それを筆者も感じていたのか、ご丁寧にも、1つ目のエンディングの次のページの書き出しは、
「さて、物語はまだ続く。」
と仕切りなおしの言葉で始まる。
そこでやっと本筋のエンディングについてのエピソードが語られるのであるが、1つ目のエンディングで盛り上がってしまったせいか、なんとなく、「取ってつけた」感がする。
多分、これはストーリーの構成と、本筋のエピソードと伏線のエピソードのバランスがうまくいっていないからではないかと僕は思う。
結果的に、僕がこの本を購入するきっかけであり、唯一最大の要因だったタイトルの秘密、「その時とは“いつ”で、彼とは“誰”で、よろしくとは“どういうことを指しているのか”」は意外なところであっさりと判明してしまうのであるが、そのフレーズが登場するシーンも、「ここでかよっ!?」と突っ込んでしまいそうな場面なのである。これはそのシーンに至るまで、全く予想できなかった。おそらく、書店の棚の中から抜き出したこの物語のタイトルと、裏表紙に書かれた粗筋を読んでストーリーの展開を予想した人たちの中で、このシーンを予想できる人は皆無だと思う。
そんなわけで、僕的には少々「がっかり作品」だったのだが、この小説を原作とした映画が6月2日から全国で公開されるらしい。
原作を読んだ感想から、はっきり言って映画化した作品にも全く期待していなかったのだが、映画の公式HP(http://www.sonokare.com/#)を見て少し気が変わった。
主人公には山田孝之くん、そして監督は平川雄一朗さん、ついでに主題歌は柴崎コウ。
山田孝之くんは、TBS系ドラマ「白夜行」(原作:東野圭吾)で、重く暗い運命を背負った主人公を好演。そしてそのドラマの演出を手がけていたのが、平川雄一朗さん、おまけにそのドラマの主題歌「影」を歌っていたのは柴崎コウ。
「白夜行」は、原作小説も読んだし、TVドラマも見たが、原作で描かれる世界とTVドラマで描かれるそれが全く違っていて一部のファンの間で論議を呼んだ(らしい)。僕は原作小説を始めに読んでいたが、TVドラマの初回シーンを見たとき、いきなり“ネタバレ”から始まって「おいおい・・いきなりかよ・・。」と衝撃を受けた。多くの人が言うように原作は純然たる「ミステリー小説」だが、TVドラマ化された物語は、「登場人物の感情が絡み合う恋愛?愛憎?社会派?ドラマ」と言った感じで、印象が全く違う。
最初に小説から入った僕は、当初、原作とはかけ離れたTVドラマの雰囲気にあまり良い印象は持たなかった。だが、初回、2作目と視聴し続けるにつれ、原作とは違うけれど、原作とは“別の作品”として見ればこちらも充分面白い(むしろTVドラマのほうがわかりやすい)かも、と思うようになり、ドラマの「白夜行」にすっかりはまってしまった。それは主人公の一人である山田孝之くんの演技に惹かれたせいもあるかもしれない。
平川雄一朗さんの“演出力”は、「白夜行」や同じTBS系列のドラマ「セーラー服と機関銃」で立証済み。
山田孝之くんも秀逸な演技を見せてくれる俳優である。
なんだか期待できるコンビだ。
公式HPによると、映画のラストシーンは原作のそれとは全く違ったものになるらしい。おそらく、あの「白夜行」がそうであったように、平川雄一朗さんは、今回の映画化にあたっても、原作のイメージをおもいきり崩して、新たな視点から楽しめる映画に作り変えてくれるに違いない。
小説が原作の映画は、どうしても原作との設定の違いや世界観の違いにがっかりさせられがちだが、今回はむしろ、この原作をどこまで面白い作品に作り変えてくれるのか、そちらに期待したいところである。
映画が公開されたら、一度見に行ってみたいと思う。
「白夜行」の書評やドラマの感想などはまた別の機会に・・・。
(小学館文庫:ISBN978-4-09-408160-2)
部屋の片隅で渦高く積み上げられていた未読本の中の1冊。
およそ2日間ほどで読み終えた。
読後の感想は・・・う~ん、微妙。
五つ星で評価するなら、
★★☆☆☆
星2つというところだろうか。
物語のあらすじは、幼い頃に深い友情で結ばれた男の子2人と女の子1人が、大人になって運命的な再会を果たし、そこから始まるまた新しい友情と恋愛の物語。
物語の核をなすのは、水辺と水辺の植物を愛する智史(さとし)、ゴミの絵ばかりを描く佑司(ゆうじ)、そして男勝りな女の子、花梨(かりん)の3人。
主人公達が幼い頃に過ごしていた、中学校の近くにある緑の森やその奥にある水辺、そして更に奥に続く道をすすむとつきあたるゴミの山の中の“リビング”。3人はこのゴミの中に作ったリビングをたまり場にしている。
このあたりまでの情景描写は、読んでいてイメージが湧きやすく、それらの場所が、主人公達が感じているように、素敵な場所なのだ、という印象を受け、主人公達の思いに読み手側も感情を重ねることができる。
3人の関係も出会いこそ少々奇妙なものであったが、潔い友人関係は読んでいて好感を覚える。
そして月日は流れ、やがて大人になった智史は、子供のころからの夢であったアクアプランツのショップを経営している。そこにアルバイト募集の張り紙を持って現れる謎の女性・・。
彼女の秘密が明らかになるにつれて、物語の歯車は急速に回りだす・・。
男×2人に、女×1人と聞かされると、思わずドロドロした三角関係を連想してしまうが、この作品の中の3人の関係はすがすがしいほど爽やかである。
物語の途中までは、「きっと、あれがこうなって、ああなるんだろうなぁ」と予想したものが、「やっぱりね。」という感じで、なんというか話の展開が読めてしまって、読み応えに少しかける感じがする。
でも、まぁこんなもんかなぁ・・という思いで比較的好感を持って読み進めていったのだが、話の核心部分になって、「あらら・・そっちのほうに行っちゃうのね・・。」というある種の禁じ手のような展開にとてもがっかりさせられる。
そして話の結末も、「あぁ・・はいはい。そうね。無難な落ちだよね。」という感じ。
あえてこの作品の気に入らないところをあげるとすれば、2つ。
1つ目は、途中まで男女の友情・愛情を爽やかに描いた人間ドラマだったのに、肝心なところで、いきなりスピリチュアルな話になってしまう。そう、とても肝心なところで。スピリチュアルな世界に抵抗がない人には別に気にならないところかもしれないが、昨今のスピリチュアルブームに辟易している僕にとっては、おもいきり興ざめである。
そこに至るまでに描かれていた、アクアプランツショップで光る幻想的な水槽たちの情景、あるいは、彼らが子供の頃に過ごした緑の森やゴミのリビング、好感が持てる登場人物達のキャラクターや彼らのやり取りなどが築いた心地よい作品のイメージを、唐突に現れたそのスピリチュアル話が一気に吹き飛ばして、安物のおとぎ話のように作品の質を落としてしまう。(ように僕は感じる。)
そして2つ目は、この小説の構成というか、ストーリーの組み立てについてである。
この作品には、「エンディング」が2つある。(あくまでも僕の主観的感想だが。)
1つの小説にエンディングが2つ。全く持って不自然で読み心地が悪い。
ある時点まで、若者達の澄んだ友情の物語だったものが、いつの間にか父子の愛情物語として1つ目の「エンディング」を迎える。このエピソードでこの物語で重要な位置をしめるであろう(読むまでは少なくともそう思っていた)、あのフレーズが登場するのだ。
「あらら・・ここで登場するのね・・。これは予想していなかった。」
そして、なんとなく「これで終わった」感のあるこのエピソードの向こうに、もう一つの~物語の本流としての~「エンディング」が待っている。
1つ目のエンディングは、物語の伏線を膨らませていったら、予想以上に膨らんでしまって、こういう終わらせ方しかできなかった?的な感じ。実際に読んでいて、それまでの主人公達の話とはあまりからまない設定でありながら、なんとなく「読み終えた」感を覚えてしまう。
それを筆者も感じていたのか、ご丁寧にも、1つ目のエンディングの次のページの書き出しは、
「さて、物語はまだ続く。」
と仕切りなおしの言葉で始まる。
そこでやっと本筋のエンディングについてのエピソードが語られるのであるが、1つ目のエンディングで盛り上がってしまったせいか、なんとなく、「取ってつけた」感がする。
多分、これはストーリーの構成と、本筋のエピソードと伏線のエピソードのバランスがうまくいっていないからではないかと僕は思う。
結果的に、僕がこの本を購入するきっかけであり、唯一最大の要因だったタイトルの秘密、「その時とは“いつ”で、彼とは“誰”で、よろしくとは“どういうことを指しているのか”」は意外なところであっさりと判明してしまうのであるが、そのフレーズが登場するシーンも、「ここでかよっ!?」と突っ込んでしまいそうな場面なのである。これはそのシーンに至るまで、全く予想できなかった。おそらく、書店の棚の中から抜き出したこの物語のタイトルと、裏表紙に書かれた粗筋を読んでストーリーの展開を予想した人たちの中で、このシーンを予想できる人は皆無だと思う。
そんなわけで、僕的には少々「がっかり作品」だったのだが、この小説を原作とした映画が6月2日から全国で公開されるらしい。
原作を読んだ感想から、はっきり言って映画化した作品にも全く期待していなかったのだが、映画の公式HP(http://www.sonokare.com/#)を見て少し気が変わった。
主人公には山田孝之くん、そして監督は平川雄一朗さん、ついでに主題歌は柴崎コウ。
山田孝之くんは、TBS系ドラマ「白夜行」(原作:東野圭吾)で、重く暗い運命を背負った主人公を好演。そしてそのドラマの演出を手がけていたのが、平川雄一朗さん、おまけにそのドラマの主題歌「影」を歌っていたのは柴崎コウ。
「白夜行」は、原作小説も読んだし、TVドラマも見たが、原作で描かれる世界とTVドラマで描かれるそれが全く違っていて一部のファンの間で論議を呼んだ(らしい)。僕は原作小説を始めに読んでいたが、TVドラマの初回シーンを見たとき、いきなり“ネタバレ”から始まって「おいおい・・いきなりかよ・・。」と衝撃を受けた。多くの人が言うように原作は純然たる「ミステリー小説」だが、TVドラマ化された物語は、「登場人物の感情が絡み合う恋愛?愛憎?社会派?ドラマ」と言った感じで、印象が全く違う。
最初に小説から入った僕は、当初、原作とはかけ離れたTVドラマの雰囲気にあまり良い印象は持たなかった。だが、初回、2作目と視聴し続けるにつれ、原作とは違うけれど、原作とは“別の作品”として見ればこちらも充分面白い(むしろTVドラマのほうがわかりやすい)かも、と思うようになり、ドラマの「白夜行」にすっかりはまってしまった。それは主人公の一人である山田孝之くんの演技に惹かれたせいもあるかもしれない。
平川雄一朗さんの“演出力”は、「白夜行」や同じTBS系列のドラマ「セーラー服と機関銃」で立証済み。
山田孝之くんも秀逸な演技を見せてくれる俳優である。
なんだか期待できるコンビだ。
公式HPによると、映画のラストシーンは原作のそれとは全く違ったものになるらしい。おそらく、あの「白夜行」がそうであったように、平川雄一朗さんは、今回の映画化にあたっても、原作のイメージをおもいきり崩して、新たな視点から楽しめる映画に作り変えてくれるに違いない。
小説が原作の映画は、どうしても原作との設定の違いや世界観の違いにがっかりさせられがちだが、今回はむしろ、この原作をどこまで面白い作品に作り変えてくれるのか、そちらに期待したいところである。
映画が公開されたら、一度見に行ってみたいと思う。
「白夜行」の書評やドラマの感想などはまた別の機会に・・・。