5月18日
夕方、母が家に帰ってくるなり愚痴を言い始めた。
うんざりだけど、これも普段と変わらない日常。
しかし、今日は少し様子が違う。
「お母さん、始末書を書かされることになったの・・。」
え?また何かやらかした?
それとも部下の不始末に対する監督責任を問われたとか?
それから母はひたすら自分の置かれている窮状を訴えたが、支離滅裂で話がよく理解できない。相当パニクッているようだ。
注意深く話の筋をひろって、彼女の話をまとめるとこうだ。
今日、勤務中に職場の理事に呼び出された。
自分では覚えの無いことを延々と注意された。
態度が普通じゃない。精神的に大丈夫か?的なことも言われた。
その面談中も話を聞く姿勢や、質問を発した母の態度について全て注意された。
とにかく理事は怒っており、始末書を来週の月曜日に提出するようにと指示された。
とのことだ。
このブログでも何度か触れたが、母は福祉施設の管理職。
仕事には厳しく、上司にこびない一匹狼的な性格ではあるが、部下からはわりと慕われているようだ。基本的に反体制的なところがある。
直属の上司である“副施設長”(女性)とは事あるごとにぶつかっており、数々の嫌がらせを受けている。天敵である。
唯一の理解者であった前任の“施設長”は、随分前に政治的な理由で退任に追い込まれており、母は後ろ盾を失った状態だ。
前任の施設長が去ったあと、これまた裏の事情(親族経営の施設なので兄弟間のいざこざや、新施設長候補の健康的理由などと諸説ある)で、現在、その施設のトップである施設長の椅子は空席である。
権力の空白地が生まれると、それまで均衡を保っていた政治力のバランスが崩れ、ポスト争いが勃発するのはどの世界でも同じこと・・。
容易に体制に組せず、部下の信頼も厚く、前任の施設長の息のかかった母の存在は、施設のトップの座を狙う“彼ら”にとって最も邪魔な存在だったらしい。
前任の施設長からは全幅の信頼を得ていた母は、その施設長が退任したこの1~2年の間に様々な冷遇を受けてきた。“彼ら”による、前任施設長の運営方針を引き継ぐ守旧派に対する“粛清”がはじまったのである。
主流派部門の責任者であった母は、施設内で最もレベルの低い人たちが送られる、非主流派の小さな部署に異動を命じられる。
それまでの部署での自分の仕事に対してプライドを持っていた母は、事実上の更迭となる異動を受け入れるか、その施設を退職するかでかなり悩んでいたようだ。
悩んで悩んだ末に、異動を受け入れた母だったが、その職場の予想以上のサービスレベルの低さに愕然とし、モチベーションが思い切り下がっていた時期もあった。それでも、その施設を利用する高齢者とのやりとりや、母を慕ってくれる職場の部下達とのやりとりをとおして、少しずつ、やりがいを見出していた矢先のことだった。
母を追い込んでいるのは、母の直属の上司である副施設長(女性)とその福祉施設の理事(男性)が率いる勢力である。これまた、お約束のように二人は男女の関係にあるという噂も施設内のあちこちで聞かれるという。
更迭とかわらない異動命令。
“経営難”を理由とした給与の大幅減給。
そして、“上司にたてついた”事を理由にした、始末書提出命令。
母はどんどん追い込まれている。
そんなに反発せずに、“彼ら”とうまくやっていけばいいのであるが、自分の信念を曲げてまで保身に徹するという選択肢は彼女の中には一切ない。
それでいて、自分の派閥をつくるようなことも好まない。
このあたりの性格は、僕にも確実に受け継がれており、「ああ・・親子だな。」と複雑な思いで苦笑してしまう。
つまり、母も(そして僕も)世渡りが下手なのである。
そして、仕事ができるだけに、理解のない上司からすると、自分の意見に遠慮なく異議を唱え、言い訳できない「正論」を真正面から突きつけてくる母のような存在は、扱いにくいことこの上ないのだ。
だから、彼女は今、確実に組織の中で潰されようとしている。
ひとしきり話を聞いたところで、「どうしたらよいかわからないのよ・・。」と頭を抱える母の相談(愚痴?)に付き合うこと2時間。
自分自身に始末書を書くような事実が思い当たらないのであれば、始末書を提出する必要はない、というのが僕の意見だ。
なぜなら、始末書という文書を残してしまうと、“彼ら”の繰り出す新たな一手に“正当性”を与えてしまう恐れがある。当然、母の立場はどんどん悪くなるし、“彼ら”の最終的な目的である、「母の退職あるいは、解雇」に一層近づくことになる。
かといって、始末書を提出しなければ、理事の命令に背いたという事実を持って、“彼ら”に格好の攻撃材料を与えてしまう。
行くも地獄、帰りも地獄なら、自分の信念をつらぬくべきだ。そのほうが後悔しないだろう。
残念ながら、今の母には援護射撃をしてくれる大物上司も、“彼ら”を黙らせる政治力もない。
裏のかけひきや、根回しを嫌う母なのだから、いつかそういう状況になることはある程度予想して、慎重に行動すべきだったのかもしれない。
しかし、その仕事が高齢者への福祉サービスの提供という人間くさい職業である以上、施設を利用しているお年寄りの側に立って体制側=経営側にモノ言うことは、おそらく母にとって疑うべきも無い使命であり、信念だったのだろう。
母は今、隣室で布団の中に入っている。
でも、恐らく眠ってはいないだろう。
彼女は今、混乱し、当惑し、苦悩している。
こういうときに、第三者の視点で相談に乗ってくれる外部の人物がいればいいのだが、そういう存在の知人・友人も母は持っていないらしい。
ただ一人、母と母の仕事ぶりに理解のあった、前任の施設長のところには電話で相談したようだ。
前任施設長といえども、今の施設運営に口を出せる立場にはないのでどこかのドラマのように、裏から政治力をつかって“彼ら”を黙らせる、なんて展開は期待できないだろう。
ただ、その前任の施設長への電話のなかで、おそらく始末書の提出を拒否して転職を勧められた母がもらした一言を耳にした時、僕の心に痛みが走った。
「・・・ええ、転職も考えましたが年齢も年齢ですから正職員としての採用があるかどうか・・実は“頼りにしていた長男も病気療養中で、働けずに家にいるんです。”私一人ならどんな仕事でもして生きていきますが、息子のこともあって、ある程度の収入は確保したいんです・・・。」
母さん、ごめんなさい。
本当はそろそろ僕が仕送りでもして生活をささえてあげなければならない年なのにこんなにだらしなくて・・。
この土日、幸か不幸か母は休みである。
いたずらに長い時間が確保されている分、悩みに悩みぬくだろう。
母は、月曜日にどういった態度にでるのだろうか。
どちらに転んでも、僕もアフターフォローの準備だけはしておかなければ・・・。
しかし、鬱で自分のことで精一杯なのに、母の人生を引き受けるのは正直しんどい。
カウンセラーという人たちは、このような相談に毎回耳を傾けているのだろうか。
そうであれば、全く忍耐強い人たちだと思った。
夕方、母が家に帰ってくるなり愚痴を言い始めた。
うんざりだけど、これも普段と変わらない日常。
しかし、今日は少し様子が違う。
「お母さん、始末書を書かされることになったの・・。」
え?また何かやらかした?
それとも部下の不始末に対する監督責任を問われたとか?
それから母はひたすら自分の置かれている窮状を訴えたが、支離滅裂で話がよく理解できない。相当パニクッているようだ。
注意深く話の筋をひろって、彼女の話をまとめるとこうだ。
今日、勤務中に職場の理事に呼び出された。
自分では覚えの無いことを延々と注意された。
態度が普通じゃない。精神的に大丈夫か?的なことも言われた。
その面談中も話を聞く姿勢や、質問を発した母の態度について全て注意された。
とにかく理事は怒っており、始末書を来週の月曜日に提出するようにと指示された。
とのことだ。
このブログでも何度か触れたが、母は福祉施設の管理職。
仕事には厳しく、上司にこびない一匹狼的な性格ではあるが、部下からはわりと慕われているようだ。基本的に反体制的なところがある。
直属の上司である“副施設長”(女性)とは事あるごとにぶつかっており、数々の嫌がらせを受けている。天敵である。
唯一の理解者であった前任の“施設長”は、随分前に政治的な理由で退任に追い込まれており、母は後ろ盾を失った状態だ。
前任の施設長が去ったあと、これまた裏の事情(親族経営の施設なので兄弟間のいざこざや、新施設長候補の健康的理由などと諸説ある)で、現在、その施設のトップである施設長の椅子は空席である。
権力の空白地が生まれると、それまで均衡を保っていた政治力のバランスが崩れ、ポスト争いが勃発するのはどの世界でも同じこと・・。
容易に体制に組せず、部下の信頼も厚く、前任の施設長の息のかかった母の存在は、施設のトップの座を狙う“彼ら”にとって最も邪魔な存在だったらしい。
前任の施設長からは全幅の信頼を得ていた母は、その施設長が退任したこの1~2年の間に様々な冷遇を受けてきた。“彼ら”による、前任施設長の運営方針を引き継ぐ守旧派に対する“粛清”がはじまったのである。
主流派部門の責任者であった母は、施設内で最もレベルの低い人たちが送られる、非主流派の小さな部署に異動を命じられる。
それまでの部署での自分の仕事に対してプライドを持っていた母は、事実上の更迭となる異動を受け入れるか、その施設を退職するかでかなり悩んでいたようだ。
悩んで悩んだ末に、異動を受け入れた母だったが、その職場の予想以上のサービスレベルの低さに愕然とし、モチベーションが思い切り下がっていた時期もあった。それでも、その施設を利用する高齢者とのやりとりや、母を慕ってくれる職場の部下達とのやりとりをとおして、少しずつ、やりがいを見出していた矢先のことだった。
母を追い込んでいるのは、母の直属の上司である副施設長(女性)とその福祉施設の理事(男性)が率いる勢力である。これまた、お約束のように二人は男女の関係にあるという噂も施設内のあちこちで聞かれるという。
更迭とかわらない異動命令。
“経営難”を理由とした給与の大幅減給。
そして、“上司にたてついた”事を理由にした、始末書提出命令。
母はどんどん追い込まれている。
そんなに反発せずに、“彼ら”とうまくやっていけばいいのであるが、自分の信念を曲げてまで保身に徹するという選択肢は彼女の中には一切ない。
それでいて、自分の派閥をつくるようなことも好まない。
このあたりの性格は、僕にも確実に受け継がれており、「ああ・・親子だな。」と複雑な思いで苦笑してしまう。
つまり、母も(そして僕も)世渡りが下手なのである。
そして、仕事ができるだけに、理解のない上司からすると、自分の意見に遠慮なく異議を唱え、言い訳できない「正論」を真正面から突きつけてくる母のような存在は、扱いにくいことこの上ないのだ。
だから、彼女は今、確実に組織の中で潰されようとしている。
ひとしきり話を聞いたところで、「どうしたらよいかわからないのよ・・。」と頭を抱える母の相談(愚痴?)に付き合うこと2時間。
自分自身に始末書を書くような事実が思い当たらないのであれば、始末書を提出する必要はない、というのが僕の意見だ。
なぜなら、始末書という文書を残してしまうと、“彼ら”の繰り出す新たな一手に“正当性”を与えてしまう恐れがある。当然、母の立場はどんどん悪くなるし、“彼ら”の最終的な目的である、「母の退職あるいは、解雇」に一層近づくことになる。
かといって、始末書を提出しなければ、理事の命令に背いたという事実を持って、“彼ら”に格好の攻撃材料を与えてしまう。
行くも地獄、帰りも地獄なら、自分の信念をつらぬくべきだ。そのほうが後悔しないだろう。
残念ながら、今の母には援護射撃をしてくれる大物上司も、“彼ら”を黙らせる政治力もない。
裏のかけひきや、根回しを嫌う母なのだから、いつかそういう状況になることはある程度予想して、慎重に行動すべきだったのかもしれない。
しかし、その仕事が高齢者への福祉サービスの提供という人間くさい職業である以上、施設を利用しているお年寄りの側に立って体制側=経営側にモノ言うことは、おそらく母にとって疑うべきも無い使命であり、信念だったのだろう。
母は今、隣室で布団の中に入っている。
でも、恐らく眠ってはいないだろう。
彼女は今、混乱し、当惑し、苦悩している。
こういうときに、第三者の視点で相談に乗ってくれる外部の人物がいればいいのだが、そういう存在の知人・友人も母は持っていないらしい。
ただ一人、母と母の仕事ぶりに理解のあった、前任の施設長のところには電話で相談したようだ。
前任施設長といえども、今の施設運営に口を出せる立場にはないのでどこかのドラマのように、裏から政治力をつかって“彼ら”を黙らせる、なんて展開は期待できないだろう。
ただ、その前任の施設長への電話のなかで、おそらく始末書の提出を拒否して転職を勧められた母がもらした一言を耳にした時、僕の心に痛みが走った。
「・・・ええ、転職も考えましたが年齢も年齢ですから正職員としての採用があるかどうか・・実は“頼りにしていた長男も病気療養中で、働けずに家にいるんです。”私一人ならどんな仕事でもして生きていきますが、息子のこともあって、ある程度の収入は確保したいんです・・・。」
母さん、ごめんなさい。
本当はそろそろ僕が仕送りでもして生活をささえてあげなければならない年なのにこんなにだらしなくて・・。
この土日、幸か不幸か母は休みである。
いたずらに長い時間が確保されている分、悩みに悩みぬくだろう。
母は、月曜日にどういった態度にでるのだろうか。
どちらに転んでも、僕もアフターフォローの準備だけはしておかなければ・・・。
しかし、鬱で自分のことで精一杯なのに、母の人生を引き受けるのは正直しんどい。
カウンセラーという人たちは、このような相談に毎回耳を傾けているのだろうか。
そうであれば、全く忍耐強い人たちだと思った。