逃げられないのなら、逃げなければいい。
避けられないのなら、避けなければいい。
白羽は、鬱陶しそうに腕を振った。
「専守防壁」
三人と一羽の姿を、青白い防壁が囲う。無数の根は、壁に触れた途端、次々と焼け落ちた。
「はぁ……」
安堵のあまりか、シルフィはへなへなと地面に腰を落とした。エピメテウスと黒羽は周囲を見渡している。
「マンドラゴラは、樹じゃねえよな」
「群体でもなさそうだぞ。本体に寄生しているか、もしくは本体から生えてきているのか」
「どっちにしろ、マンドラゴラではないな。別の生物か、もしくは――」
「クロノス因子? どちらにしてもぉ、私たちに打つ手はないわねぇ」
白羽も会話に加わり、一人、ついていけないシルフィは、前主神の名前に眉を顰めた。
「クロノス因子って、なに?」
「そのうち、わかる。嫌でもな」
答えるのは黒羽だ。彼は、この話は終わりだと、黒い目そむけた。
「まずは、パンドラの救助だ。それから脱出、こいつの――こいつらの処置は、外で待機している神兵や天使に任せればいい」
頷くエピメテウス。「だが、パンドラがどこに囚われているかがわからないぞ」
「わかるわよぉ。今確認したもん。あそこ」
白羽の白い指が、天井にぶら下がる蕾を差す。エピメテウスは怪訝な表情をした。
「どうして、あの中にいることがわかった?」
「あの子にぃ、封印と結界を張ったのは私だから」
「封印と結界?」
「……そのうち、わかる」
あくまでも答える気はないらしい黒羽の言葉に、シルフィはあからさまにムッとした。
「まあまあ、ケンカしたところで事態は好転しないわよぉ。と言うわけで、黒ちゃん行ってみようかぁ」
黒羽の首を掴む白羽。
「黒ちゃんはやめろって言っているだろうが!」
「んもう、照れちゃってぇ」
バタバタと暴れる黒羽の嘴を掴むと、「いっくよぉ! 黒ちゃん突貫!」豪快なフォームで黒羽をブン投げた。
「……たまに、無駄に暴走する癖は治ってないのか」
「……夜な夜な聞こえる黒羽おじさんの悲鳴に、姉さんと私は、白羽ちゃんには決して逆らわないことを誓ったわ」
「論じる点はそこじゃねええええ!」
几帳面に突っ込んだ黒羽が天井に激突する寸前、白羽は防壁を張った。
天井――を覆う根に半ばめり込む形で止まった黒羽。目の前には件の蕾があり、それを守ろうとするように複数のマンドラゴラが牙を剥く。
防壁ごと飲み込まれた黒羽を、面白そうに見ている白羽。シルフィは焦ってその体を揺する。
「何の解決にもなってないじゃない、むしろ悪化している!」
「だぁいじょうぶよお」白羽は手を叩いた。「黒ちゃんどっか~ん!」
――爆発した。
黒羽を覆っていたマンドラゴラの群れは爆散し、天井ごと根を弾き飛ばした。すぐ側にあった蕾は燃え上がり、ずるりとパンドラの姿が現れた。
「パンドラさま!」
シルフィは防壁を飛び出し、落下に身を任せるパンドラを抱き上げた。
「よかった……息をしている」
感極まって、泣き出したシルフィに、エピメテウスが叫んだ。
「早く戻ってこい! 喰われるぞ!」
ハッとした時には、大口を開けたマンドラゴラが迫っていた。何重にも並んだ鋭い牙が、シルフィの柔肌に噛み付かんとした時、
「宵火生!」
黒い炎が、マンドラゴラを焼き尽くした。
「ぼやぼやするな! さっさと防壁の中に――」
……墜落した。
翼を広げて、軽やかに降り立ったシルフィに、白羽は声をあげて喜んだ。
爆弾代わりにされ、墜落し、そして最愛の妻に無視された黒羽に、エピメテウスは複雑な表情を浮かべる。
「何と言うか、大丈夫か? 鳥なのに白目剥いてるぞ?」
「……いつものことだ、気にするな」
煤けた黒羽が痙攣しながら呟く。その姿はあまりにも惨めで、エピメテウスはとりあえずこみ上げてきた涙を堪えた。
「さあさぁ、パンドラも無事だったことだしぃ、ここから出ましょう、かぁ?」
パンドラを奪われたことに怒り狂ったマンドラゴラが悲鳴をあげる。人の命を奪う魔性の嘆き。
耳を押さえてうずくまったシルフィは、壁が迫っていることに気がついた。
「まずい。奴らこの場所を覆い潰すつもりだ」
同じように耳をふさいでいたエピメテウスが叫ぶ。白羽は額に汗を浮かべながら防壁を維持しているし、黒羽が黒炎を熾しても、根の壁は厚くすぐに塞がってしまう。
「……エピウス、パンドラさまを頼むわ」
意を決したように立ち上がったシルフィは、気絶したままのパンドラをエピメテウスに押し付けた。
「なにを……」
「黙って。気が散る」
シルフィが詠唱を始める。誓名の一文……
「黒ちゃん、止めて! それは禁呪よ!」
黒羽が止めに入ったときには、すでに誓名は唱え終えていた。
風精を宿したシルフィに、黒羽は近づくこともままならず、弾き飛ばされた。
シルフィはさらに二つ目の禁呪に差し掛かる。
「空の眷属にして蒼の幼子よ、我は陽風の廻生、世界に満ちる四源に廻帰する者なり。
古より繋がる血の導き。ここに祈りを捧げ、光と共に風を求む。
慈愛に満ちた風よ。どうか護って……」
――風槍アルゲース
詠唱を終えたシルフィは、虚空に生み出した光の槍を掲げた。
槍は暴風へと姿を変え、迫りくる根を、マンドラゴラを、全てを斬り刻み、弾き飛ばした。
「突破するぞ!」
シルフィの命がけの禁呪の嵐に、エピメテウスは躊躇うことなく飛び込んだ。
避けられないのなら、避けなければいい。
白羽は、鬱陶しそうに腕を振った。
「専守防壁」
三人と一羽の姿を、青白い防壁が囲う。無数の根は、壁に触れた途端、次々と焼け落ちた。
「はぁ……」
安堵のあまりか、シルフィはへなへなと地面に腰を落とした。エピメテウスと黒羽は周囲を見渡している。
「マンドラゴラは、樹じゃねえよな」
「群体でもなさそうだぞ。本体に寄生しているか、もしくは本体から生えてきているのか」
「どっちにしろ、マンドラゴラではないな。別の生物か、もしくは――」
「クロノス因子? どちらにしてもぉ、私たちに打つ手はないわねぇ」
白羽も会話に加わり、一人、ついていけないシルフィは、前主神の名前に眉を顰めた。
「クロノス因子って、なに?」
「そのうち、わかる。嫌でもな」
答えるのは黒羽だ。彼は、この話は終わりだと、黒い目そむけた。
「まずは、パンドラの救助だ。それから脱出、こいつの――こいつらの処置は、外で待機している神兵や天使に任せればいい」
頷くエピメテウス。「だが、パンドラがどこに囚われているかがわからないぞ」
「わかるわよぉ。今確認したもん。あそこ」
白羽の白い指が、天井にぶら下がる蕾を差す。エピメテウスは怪訝な表情をした。
「どうして、あの中にいることがわかった?」
「あの子にぃ、封印と結界を張ったのは私だから」
「封印と結界?」
「……そのうち、わかる」
あくまでも答える気はないらしい黒羽の言葉に、シルフィはあからさまにムッとした。
「まあまあ、ケンカしたところで事態は好転しないわよぉ。と言うわけで、黒ちゃん行ってみようかぁ」
黒羽の首を掴む白羽。
「黒ちゃんはやめろって言っているだろうが!」
「んもう、照れちゃってぇ」
バタバタと暴れる黒羽の嘴を掴むと、「いっくよぉ! 黒ちゃん突貫!」豪快なフォームで黒羽をブン投げた。
「……たまに、無駄に暴走する癖は治ってないのか」
「……夜な夜な聞こえる黒羽おじさんの悲鳴に、姉さんと私は、白羽ちゃんには決して逆らわないことを誓ったわ」
「論じる点はそこじゃねええええ!」
几帳面に突っ込んだ黒羽が天井に激突する寸前、白羽は防壁を張った。
天井――を覆う根に半ばめり込む形で止まった黒羽。目の前には件の蕾があり、それを守ろうとするように複数のマンドラゴラが牙を剥く。
防壁ごと飲み込まれた黒羽を、面白そうに見ている白羽。シルフィは焦ってその体を揺する。
「何の解決にもなってないじゃない、むしろ悪化している!」
「だぁいじょうぶよお」白羽は手を叩いた。「黒ちゃんどっか~ん!」
――爆発した。
黒羽を覆っていたマンドラゴラの群れは爆散し、天井ごと根を弾き飛ばした。すぐ側にあった蕾は燃え上がり、ずるりとパンドラの姿が現れた。
「パンドラさま!」
シルフィは防壁を飛び出し、落下に身を任せるパンドラを抱き上げた。
「よかった……息をしている」
感極まって、泣き出したシルフィに、エピメテウスが叫んだ。
「早く戻ってこい! 喰われるぞ!」
ハッとした時には、大口を開けたマンドラゴラが迫っていた。何重にも並んだ鋭い牙が、シルフィの柔肌に噛み付かんとした時、
「宵火生!」
黒い炎が、マンドラゴラを焼き尽くした。
「ぼやぼやするな! さっさと防壁の中に――」
……墜落した。
翼を広げて、軽やかに降り立ったシルフィに、白羽は声をあげて喜んだ。
爆弾代わりにされ、墜落し、そして最愛の妻に無視された黒羽に、エピメテウスは複雑な表情を浮かべる。
「何と言うか、大丈夫か? 鳥なのに白目剥いてるぞ?」
「……いつものことだ、気にするな」
煤けた黒羽が痙攣しながら呟く。その姿はあまりにも惨めで、エピメテウスはとりあえずこみ上げてきた涙を堪えた。
「さあさぁ、パンドラも無事だったことだしぃ、ここから出ましょう、かぁ?」
パンドラを奪われたことに怒り狂ったマンドラゴラが悲鳴をあげる。人の命を奪う魔性の嘆き。
耳を押さえてうずくまったシルフィは、壁が迫っていることに気がついた。
「まずい。奴らこの場所を覆い潰すつもりだ」
同じように耳をふさいでいたエピメテウスが叫ぶ。白羽は額に汗を浮かべながら防壁を維持しているし、黒羽が黒炎を熾しても、根の壁は厚くすぐに塞がってしまう。
「……エピウス、パンドラさまを頼むわ」
意を決したように立ち上がったシルフィは、気絶したままのパンドラをエピメテウスに押し付けた。
「なにを……」
「黙って。気が散る」
シルフィが詠唱を始める。誓名の一文……
「黒ちゃん、止めて! それは禁呪よ!」
黒羽が止めに入ったときには、すでに誓名は唱え終えていた。
風精を宿したシルフィに、黒羽は近づくこともままならず、弾き飛ばされた。
シルフィはさらに二つ目の禁呪に差し掛かる。
「空の眷属にして蒼の幼子よ、我は陽風の廻生、世界に満ちる四源に廻帰する者なり。
古より繋がる血の導き。ここに祈りを捧げ、光と共に風を求む。
慈愛に満ちた風よ。どうか護って……」
――風槍アルゲース
詠唱を終えたシルフィは、虚空に生み出した光の槍を掲げた。
槍は暴風へと姿を変え、迫りくる根を、マンドラゴラを、全てを斬り刻み、弾き飛ばした。
「突破するぞ!」
シルフィの命がけの禁呪の嵐に、エピメテウスは躊躇うことなく飛び込んだ。