のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

眠り姫は夢の中 7章-4

2009-09-14 22:03:10 | 眠り姫は夢の中
 きつく目を閉じていた聖花は、ただその時を待っていた。
 肉を穿ち、血を啜り、それから喉を喰いちぎるかもしれない。それとも、もっと残忍な方法で傷つけてくるだろうか。
 老人は未春の名前を出した。
 今はもう、生死不明の人間――そして、気がつかされる。この世界に何度も足を踏み入れているのに、自分は彼女のことを――この世界のことを知らないことに。
 ――無事に帰れたら、リヴァに聞こうと思った。
 たとえそれが……彼を傷つけることになるとしても……

 そして、生々しい音とともに、衝撃が走った――



 ドスッ――肉を穿つ、生々しい音が辺りに響いた。
 きつく目を閉じていた聖花に衝撃――はない。
 代わりに、背後から口を塞いでいた男の手から力が抜けた――逃げれる、そう思い、逃げ出そうとしたその瞬間、
「動かないで」
 場違いなほど、涼しげな声。
 その声の主に振り返るよりも早く、それは飛来した。
 さながら機関銃の掃射――聖花の眼の前で、老人の身体がぼろ雑巾のように舞った。
 吹き飛ばされた老人――すでに原形すらない。
 硬直する身体を、無理やり動かした。自分を助けた――結果的に助けることとなった何かを飛ばした人物を見るために。
「……ごめんなさい。もう少し早く異変に気が付いていれば……あなたに怖い思いをさせずに済んだのに」
 左の手のひらを空に向け、何かを握るように包まれた指先。
 きらきらと何かがこぼれている。それが水であることを、聖花は後に知った。
「……安心して。これからはわたしがあなたを守ってあげる」
 女性――アリオーシュが優しく微笑んだ。

眠り姫は夢の中 7章-3

2009-09-10 23:30:30 | 眠り姫は夢の中
「はぁ……」
 今日何度目かのため息。
 ピュラの白い羽をくるくる回しながら、聖花はとぼとぼと歩き続けた。
 いろいろな感情が心をかき乱す。ため息をつくたび、それらの感情が惨めな気持ちで押し流された。
「わたし……何してるんだろ」
 独白に応える者はいない。人気のない路地、街の喧騒とかけ離れた静かな空間。
 ふと顔をあげた聖花は、きょろきょろとあたりを見回した。
 見覚えのない道、建物――迷子。
 聖花は己の迂闊さに、もしくは情けなさに泣きそうになる。
「リヴァ……」
 心細さについ口にしてしまった名前。
 リヴァは迎えに来るだろうか?
 来てくれるに違いない――そう信じている自分が嫌になる。
 自分は、厄介事を持ちこむ疫病神でしかない。リヴァも、ピュラも、たくさん傷つけ、それでなお庇おうと、助けようとしている二人。
「これ以上、迷惑かけれないよ……わたしは、どうしたらいいの?」
 ふせぎこんだ聖花に、どこからともなく、声が響いた。
「助けてやろうか?」

「え?」と思った時には遅かった。
 背後から抱きすくめられるようにして拘束された。
 手で口をふさがれ、胸元には短剣の切っ先が突きつけられていた。
「こいつで、間違いないか?」
 背後――聖花を拘束する――男の声。
「――間違いない」
 聖花の目の前――建物の影からぬっと男が現れた。
 その容姿に、聖花は息を飲む。
 頬はこけ、眼窩は窪み、目は白く濁っていた。
 細く、いや細すぎる身体には、ぼろぼろの布切れを巻きつけるようにして着こんでいる。
 ――死神。
 聖花の脳裏に、襲われ、リヴァを傷つけられた記憶が蘇る。
「この姿が恐ろしいか?」
 死神――によく似た風貌の男がガラガラと聞き取りにくい声で言う。
「恐ろしいだろう? そうだろうよ、おれ自身もこの姿を初めて見たときは、我ながら絶望したよ」
 くっく、と笑う男。枯れ木のような老人、しかし口調は流暢だ。
「思い出すのも忌々しい――山崎未春に敗れ、呪いを返された屈辱――それも、今日という日で終わる」
 男の手が聖花の前髪を乱暴に掴んだ。
「お前もあの女と同じ、『跳躍者』だ。その血肉を喰らえば、あの頃の、本当のおれに戻れるはず……」
 白濁した眼で睨まれ、聖花は心底震えあがった。
『跳躍者』という言葉も、未春のことを知っているという衝撃も、この恐怖の下、霧散した。
「どこから喰ってやろうか? ただ殺すのでは味気ない。……そうだな、まずはその生き血を啜るとしよう」
 背後の男によって強引に上を向かせられた。
 あらわになった喉に、老人の口が大きく開かれた。
 牙の代わりに、ぼろぼろになった黄色い歯が覗く。逃れようと身もだえするも、背後の男の力は強い。
 理不尽なまでの恐怖。自暴自棄になりそうなほどの不幸。
 来るべき苦痛に、聖花は目を閉じた。その拍子にこぼれた涙――嘲笑う老人、そして……
 ドスッ――肉を穿つ生々しい音が、あたりに響き渡った……

眠り姫は夢の中 7章-2

2009-09-07 22:39:53 | 眠り姫は夢の中
「せーかぁ!」
 リビングに下りた聖花を待っていたのは、花の妖精、飛花だった。
 聖花に気づくなり、とてとてと危うい足取りで走ってくる。聖花は応えるように飛花を抱きあげた。
「いい子にしていた?」
 小さな花の妖精は「うん!」と笑顔で頷く。
「飛花、まだ終わっていないから、こっちにおいで」
 どこか、呆れの含んだ声――椅子に腰をかけて、裁縫道具を持っているピュラの姿。
「ピ、ピュラ?」
 聖花の戸惑うような声に、白と黒の翼を持つ少女、ピュラが憮然とした表情になる。
「なんだ、その顔は? わたしが裁縫するのがそんなにおかし――いたっ!」
 針を指に刺したのだろう、指先を咥えるピュラ。やがて恨めしそうな目で聖花を睨んだ。
「早く飛花を連れてこい。縫えないだろうが」
「はいはい」と苦笑交じりに聖花が歩く。散乱するピュラの翼の羽を踏まないように、飛花を降ろした。
 ピュラは真剣な表情で服に糸を通した。
 飛花の背中――薄いトンボのそれを思わせる羽を通すための穴を調整しているのだ。
「その服は、幼い頃にピュラが着ていたもだよ」
 遅れてきたリヴァが説明する。
「捨てずに持っていて、よかったね」
 ふん、と鼻を鳴らすピュラ。「わたしはこの頃の服が嫌でしょうがなかったけどな」
 その言葉に、聖花は飛花の姿を見た。
 薄いピンク色のブラウスにたくさんのフリルがついた同色のスカート――可愛らしいデザインではあるが、確かに幼すぎる感がある。
 これをピュラが着ていたのか……ちらりと見ると、露骨に嫌な表情で「なんだ?」と凄まれた。
「ピュラもこういうお嬢さまお嬢さましているのも着るんだなって――あぶなっ!」
 突然閃いたナイフに、聖花は思わず飛び退く。
「これは、母さまの趣味だ」
 息を荒げながらピュラ。手のひらのナイフをくるりと返すと、ナイフは一本の白い羽へと変化した。
「あなたのものだ。持っていろ」
 目を丸くする聖花に、ピュラが羽を渡す。
「これで仕込みナイフは全部出した……ミストの奴め、ああ忌々しい」
 苦々しい表情のピュラ。服の袖から白い包帯で包まれた腕が見えた。
「……ピュラ、傷は――」
「あなたが気にすることではない」
 ピュラが強い口調で遮る。糸を噛み切ると、ポンっと飛花の背を押す。
 解放された飛花が、喜々して聖花にまとわりつくも、本人の表情は暗いままだ。
「聖花?」
 不審に思ったピュラが声をかけると、聖花は作り笑いを浮かべ、誤魔化すように口を開いた。
「ごめん、ちょっと……外の風を浴びてくる」
 それだけ言うと、飛花を押しのけ、振り返ることなく外へと出て行った。
「……ピュラ」
 リヴァの責めるような声に、ピュラが慌てて「わ、わたしのせいか?」
 ため息をついたリヴァが、ぽそりと呟いた。
「……歯痒いね。ぼくたちには、見守ることしかできないなんて」
 聖花に無視されたショックで、ほとんど半泣きの飛花を抱きかかえたピュラもまた、戸惑うような表情を浮かべた。
「わたしたちが介入したことが、間違っていたと?」
「そうは言わない、けど、甘やかしすぎたのは事実だね」
「……本心からそう言っているのか、あなたは?」
 ピュラの声音が若干低くなった。
「――ごめん。言い過ぎた」
 リヴァは苦笑すると、外につながるドアへと向かう。「留守は頼むよ」
 早く行け、と言わんばかりに、ピュラが手を振る。
「どいつもこいつも素直じゃない――って、わたしが一番素直じゃないのか。どうおもう? 飛花」
 ピュラの独白に、飛花が首を傾げた。

眠り姫は夢の中 7章-1

2009-09-03 22:16:23 | 眠り姫は夢の中
 その異変に気がついたのは、永春を初めとするわずか数名にとどまった。
 虚空を睨む永春の――口元が微かに笑みを浮かべた。
「あの泣き虫だったピュラも、大きくなったものだな」
 微かな物音、永春は振り返ることなく訊いた。「そう思わないか? アリオーシュ」
「興味がないわ」
 そう一蹴する。
 永春の脇を通り抜け、外へと繋がる扉に手をかけた。
 扉を開く。吹き抜ける風に髪をなびかせながら、アリオーシュは振り返った。
「――子供たちが待っているの。行くわ」



 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
 何度も、何度も、繰り返される名前――導かれるように、意識が覚醒していく。
 うっすらと開かれた瞳。ぼんやりと映し出されたその姿に――聖花の心臓は大きく波打った。

「痛ぅ……」
 飛び起きた聖花は、突き刺すような頭痛に思わず額を押さえた。
「だめだよ、聖花。君は頭を打っているかもしれない」
 すぐそばから優しい声が響いた。
「……リヴァ?」
 微笑む少年の姿を見て、聖花の顔がくしゃりと歪む。「リヴァ!」
 その胸に顔を押し付け、すすり泣く。リヴァは何も言わず、その背を優しく撫でた。
「……怖い、夢を見た、気がする」
 あやふやな記憶、聖花はいつ跳んだかすら思い出せず、ただただ震えるだけだ。
「大丈夫だよ、聖花。何も怖くない」
 耳元で囁くリヴァ。
 優しい声音と裏腹に、その表情は、悲痛に歪んでいた――

 聖花が落ち着いたのは、それからしばらくしてからだった。
 くすんくすんと鼻を鳴らしながら、今更のように驚く。
「リヴァ……、人の姿をしてる」
 大樹と同化していた生々しい記憶が蘇る。
 リヴァは苦笑して、「この姿のほうが楽だからね」
 立てる? と手を差し伸べる。
 その手を掴もうとして――聖花は思わず躊躇った。
 山崎に唇を奪われた記憶が聖花を蝕む。
 かつて、勢いに任せてリヴァに口づけをした聖花――重なる記憶に、凍りついた。
 ――わたしに、リヴァと一緒にいる権利はないのかもしれない。
「聖花?」
 怪訝な表情を浮かべるリヴァ。
「なんでも、ないよ」
 ぎこちなく微笑むと、聖花は立ち上がった。
 差し伸べられた手を握る勇気は、なかった……