のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

眠り姫は夢の中 6章-7

2009-08-27 23:09:14 | 眠り姫は夢の中
 ニュースの効果……だけではないだろう、四人が高校に到着したときには、すでに多くの『花見客』がたむろしていた。
 中には見知った顔もちらほら見え、みんな考えることは一緒なんだな、と聖花はぼんやりと思う。
 雪が舞い散る日に桜が咲くという現象は、珍しいことではあるが、驚愕するほどのことではない。
 だが、春に一度開花し、散ったはずの桜が、再び夏に花を付けるという現象は明らかに異常だった。
「きれいね……」
 うっとりとした表情で由香。そうだね、と追従する聖花もまた、満開に咲き乱れた桜の花に目を奪われていた。
「休みの日にまで、高校に出張る価値があったな」
 と言うのは山崎だ。
 同じ花を見るにしても、もう少し風情ある言葉を選べないのかと、聖花は軽くムッとする。
 結局のところ、誰一人この異常現象に対して不安や恐怖を抱いていなかった。
 いや、ただ一人、瞳を除いて――
「どうしたのよ、言いだしっぺ。いつもなら、一人ではしゃいで周りに迷惑かけるくせに」
「……聖花がわたしをどう思っているのかよぉぉぉく分かったよ」
 憮然とした表情の瞳は、聖花の服を掴み、引っ張った。
「聖花、何かおかしくなぁい?」
 ぼそりと囁かれた声に、聖花が幾分真剣な表情になる。
「おかしいって、まあ、夏に桜が咲くことはあり得ないとは――」
「そうじゃなくて!」
 どこか焦燥した様子の瞳が自分の眼を指した。
「わたしの眼、閉じてるの。でも、分かる――感じる。ここは、何かおかしい」
「お、落ち着きなよ。確かにあんたの行動はいつもおかしいけど、いつもの比じゃないよ?」
「だから、」 この期に及んでとぼける聖花に、瞳は声を荒げた。「ここから離れよ。何かが起こる前に――!」

 最初に悲鳴を上げたのは、聖花たちと同じくらいの少女だった。
 ぐらり――と、初めは小さな横揺れから始まり、次第に強く、激しくなる地震――
 ついには立っていることも困難となり、あたりからたくさんの悲鳴と怒号が上がる。
「固まれ!」
 近くでひときわ大きな声をあげたのは山崎。恐怖のあまり動けなくなったのだろう由香を抱きながら、聖花に手を伸ばす。
 一瞬の躊躇いの後、聖花はその手を掴むべく手を伸ばすが――
「瞳!」
 振り返り、俯いたまま動かない友人を呼んだ。
「なに、これ?」
 振り返った拍子に、その眼に映った光景に絶句する。
 地震の影響か、次々と散っていく桜の花びら。まるでそれに意思があるように、渦を巻いて視界を奪う。
「山崎くん――!」
 手を伸ばしていた少年の姿はない。薄いピンク色の花びらに包みこまれていた。
「聖花……あれ」
 花びらの嵐に翻弄されながら、瞳が指をさす。
 揺れる地面のせいか、それとも轟々と巻き上がる花びらのせいか。
 聖花と瞳の前で、校舎が捻じれるように歪んで見えた――



「――いい加減起きろ」
 そんな声とともに、目を開く。
 微かな頭痛とともに、「あれ?」と自分が気を失っていたことを知る。
「すごい揺れだったな……大丈夫か?」
 さして心配しているようには聞こえない声音で山崎。それが気に入らなくて、「うーん」とどっちとも取れる言葉で返した。
 思考がまとまらない。何か重大なことを忘れている気がする。
 だが、結局思い出すことができず、のろのろと身を起すのだった。
 衣服に付いた埃を払いながら、ふと、悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべた。
「ねぇね、ザッキーわたしが気を失っている間にエッチなことしたでしょぉ」
「はあ?」
 心底心外だと言わんばかりに山崎が顔を歪めた。「なんでおれがそんなことしなけりゃならないんだよ!」
「聖花にはしたくせに?」
 と、カマをかける。朝から様子がおかしい二人。明らかに山崎が何かをやらかしたのだろう、そう高をくくっての言葉だが、当の山崎の反応は、瞳の予想とは大きくかけ離れるものだった。
「……なあ、瞳。聖花って――誰だ?」

眠り姫は夢の中 6章-6

2009-08-26 22:57:37 | 眠り姫は夢の中
 鳥の鳴き声に、朝が来たことを感じた。
 結局、一睡もできず、部屋の片隅で震えていた聖花は、永劫とも思える夜の時間から解放されたことを知る。
 自分に油断があったことはいえ、まさか山崎が強引に迫ってくるとは思ってもいなかった。
 だが今、聖花の心を占めるのは、友人である由香に対する罪悪感。
 山崎に好意を寄せている彼女には、とてもじゃないが知られるわけにはいかなかった。
「聖花ぁ?」
 寝ぼけたような声とともに、もぞり、とタオルケットが動く。
「ふわぁあ……おはよう――どうかしたの?」
 大きく伸びをしつつ、不審げな表情を浮かべたのは瞳だ。
 聖花は慌てて笑いかけた。
「なんか、昼寝が長かったせいか、寝付けなくてね」
 あはは、と頭を掻く聖花に、瞳は、
「……そう」
 と、一言だけで片付けた。
 内心の焦りを誤魔化すように、聖花はここぞとばかりに瞳を睨む。
「それより瞳、あんたいったい何を知っているの?」
対する瞳は「そーねー」と相変わらず寝ぼけた声で、
「朝ごはん」
「……は?」
「朝ごはん作ってくれたら、教えてあげる」


 今思えば、なぜこんな条件を飲んだのだろう――フライパンから昇る香ばしい匂いを嗅ぎながら、聖花は嘆息した。
「まーだぁー?」
 隣接する今から聞こえる能天気な声に軽い殺意を覚えながら、聖花は焼きあがった目玉焼きを皿に移した。
「おはよ――あら、いい匂い。
 って、聖花が料理してるの? 大丈夫?」
「何が大丈夫なのか、問い返したいんだけど」
 あくび交じりに入ってきた由香に、聖花が牙を剥いた。
「簡単な料理なら、私でも出来るっての」
「わたし、たこさんウインナーがいいなぁ」
「小学生か!」
 瞳の言葉に律儀に突っ込みを入れた聖花。次の瞬間、三人は笑っていた。
「ずいぶんと、朝から楽しそうだな」
 その声に、聖花は思わず息を止めた。
「――おはよ。勝手に台所、使わせてもらっているよ」
 なるべく平静を装って聖花が言う。
「……ああ」
 山崎もまた、居心地の悪い様子で応えた。
「んー?」
 としたり顔なのは瞳。妙に勘の鋭い彼女は、何度か聖花と山崎を交互に見渡し、「ねえね、何かあったぁ?」
「何かってなんだよ」
 どこか不機嫌な声で山崎。逃げるようにテレビの電源を入れた。
 テレビから目を離さない山崎に、これ以上の追及は無理と判断したのか、瞳は聖花に矛先を向け――「え?」という由香の声に踏みとどまる。
 内心で冷や汗をかいていた聖花もまた、テレビから聞こえるニュースに思わず動きを止めていた。

『怪奇! 突然咲き乱れた桜に、住民が大騒ぎ――』

「……これってうちの学校だよね」
 どこか興奮した様子のアナウンサーの声を聞きながら、由香が呟く。
「今夏だよ? というよりもぉ、春に満開に咲いていたじゃん。うちのがっこの桜」
 瞳も首を傾げながら応えた。
「……どうやら、おれたちの高校の桜だけが咲いてるみたいだな」
 出来上がった料理を並べながら、聖花もまたテレビを凝視する。
「ねえね」
 と、口を開いたのは瞳だ。「どうせなら、ご飯食べたら行ってみない?」

眠り姫は夢の中 6章-5

2009-08-25 23:32:05 | 眠り姫は夢の中
 月のきれいな夜だった。
 居間からわずかに見える夜空の月を眺めながら、聖花はそっと目を閉じた。
 時刻はすでに深夜を回っている。しかし何度目を閉じても、一向に眠れる気がしない。
 当然だ。現実であれ、夢の中の幻想であれ、色々なことがありすぎた。自分の中で整理がつかず、頭の中をぐるぐると回り続ける。
 結局、瞳は何も答えることはなかった。
 もともと掴みどころのない性格とはいえ、まさか一時の気まぐれで話をしたわけではないだろう。しかも当の本人は何事もなかったように熟睡している。
 暗澹とした、先の見えない恐怖に聖花は思わず自分の身体を抱いた。
「――誰かいるのか?」
 突然、視界が白くかすんだ。「白石?」
 山崎の声。「明かりもつけずに何しているんだ?」
「……月を見てたのよ。どうにも、眠れなくて」
 電気の明かりに慣れてきた目を苦労して開く。「山崎くんはどうしたの? トイレ?」
「どっかの誰かさんが押し入ってきたから……」
 ああ、と聖花が苦笑した。「つまり、意識しているんだ」
 否定するでもなく、ただどこか憮然とした表情の山崎に、聖花は声をあげて笑った。
「そういうあんたはどうなんだよ。男の家にあがりこんで、眠れるのか?」
「……どうだろうね。由香も瞳も、すぐ寝ちゃったけど」
 確かに、普段なら考えられない状況だ。
 数日前までろくに話すらしたことがない異性の家に転がり込むなど、正気の沙汰とは思えなかった。
 ため息をついた山崎が、聖花の隣に座った。
「女ってのは、全員図太いのか?」
「あんまり失礼なこと言うと、怒るよ?」
 上目遣いに睨む。 
 山崎は目を反らして頬を掻いた。
「――そういえば、まだ話を聞いていなかったな」
「……ごめん。美晴さんのことはまだ……でも、手掛かりは――!」
 突然強い力に引っ張られ、聖花は思わず悲鳴をあげそうになった。
 抱きつかれた。そのことに気がつくのに間を要した。
「姉貴のことは、どうでもいい」
 耳元で囁かれた言葉に、聖花は「え?」と息の抜けるような声をあげた。
「おれは……ずっと前から、お前のことが――」
 きつく抱きしめられていた力が抜けた。身体が自由になったのもつかの間、唇に何かを押しつけらた感触に、聖花は目を見開いた。
「やめて!」
 聖花は持てる力を振り絞って山崎を突き飛ばした。
 触れた唇の感触に全身が震えあがる。
「白石、おれは――」
「聞きたくない!」
 腕で唇を何度も拭う。がちがちと歯の根が合わず、目からは涙がこぼれた。
「ひどいよ……こんなのって!」
 山崎は応えない。ただうつむくだけだ。
 聖花は居間を飛び出し、由香たちが眠る部屋へと逃げ込んだ。
 何も知らず眠りこむ二人をよそに、聖花は部屋の片隅でただただ、震えるだけだった――

眠り姫は夢の中 6章-4

2009-08-20 22:56:16 | 眠り姫は夢の中
「わたしがほかの人と少し違うことに気がついたのは、小学生のころ」
 ぽつりと呟いた瞳の言葉に、聖花は目を丸くした。「ど、どうしたのよ急に」
 さほど広くない浴室の空間。聖花と瞳の間には微妙な間が開いていた。
 羞恥――もある。が、聖花が瞳のことを怖がっているのが原因だった。
「いーから聞いてよぉ」
 いつものようにへらへらと笑いながら――しかし、その目はどこか悲しげに揺れた。
「怖いでしょ? わたしの眼。
普通の人には見えないものが視える……それが何を意味するのか、幼かったあの頃はわからなかった――」


あの日、些細なことで、瞳の日常は崩壊した。
怪我をした子犬。不憫に思った瞳が、助けようと近くに駆け寄った。
子犬はおとなしく、瞳にじゃれるように甘えてきた。
気を良くした瞳が、友達を呼ぼうと振り返った時――初めて自分が、人と違うことに気がつくのだった……

「子供って怖いよねぇ。幼いから、どんなひどいことも平気でやっちゃう」
 左肩を右手でなぞる。現れた傷跡に、聖花は息を飲んだ。
「最初は、視えるだけだった。でも、今はちょっと普通じゃないこともできたりするの」
 すごいでしょ、瞳が笑う。
「……どうして、その話をわたしに?」
 傷跡を直視できず、聖花は眼を反らして呟いた。
「秘密を共有してこそ、友達じゃなぁい?」
 身を乗り出した瞳が言う。相変わらずとぼけた物言い。その言葉の裏に隠された重みが聖花を息苦しくさせた。
「恨んだり、しないの? その眼のせいで、大変だったんでしょ?」
 その言葉に、瞳は一瞬呆けたような表情を浮かべ、すぐに笑い始めた。
「な、何がおかしいのよ!」
「聖花ちゃんかわいいわねぇ」
 笑いの衝動がいまだ収まらないのか、息も絶え絶えに瞳が言った。
「人ができないことができる。人に見えないものが視える。素敵なことじゃない。だって、それはわたしたちだけに与えられた、プレゼントよ」
「プレゼント?」
「わたしねぇ、聖花の話が大好きなの。夢の中の世界。人間とは違う人種、思想、宗教。おいしい食べ物だった、いっぱいあるでしょ?」
「そ、それはまあ、ね」
 目を輝かせる瞳に圧倒されつつも、聖花が相槌を打つ。
「普通の人がどんなに頑張っても、体験できないことを、わたしたちは経験している。それがたとえ、」
 瞳の眼が鋭く輝く。「命に関わることだとしても」
「……瞳、あんたどこまで知って――」
 瞳は応えなかった。いつものように笑顔で、「一つ忠告ね」
 聖花が言葉の意味を理解するよりも早く、瞳は口を開いていた。
「ザッキーの部屋の奥。白いもやのようなのに包まれたドアが視えても、入っちゃだめよ」
 聖花は背筋が凍るような錯覚を覚えた。「瞳! やっぱりあそこに何かあるのね」
 瞳が幾分真剣な表情を浮かべた。
「だめ。絶対に触れないで。帰ってこれなくなるから」
 聖花が問いただそうと口を開く前に、瞳は逃げるように浴室を後にした。
「……なんなのよ、もう」
 聖花に残されたのは、新たな疑問。そして、不安だった……

眠り姫は夢の中 6章-3

2009-08-06 08:21:32 | 眠り姫は夢の中
 山崎は料理が出来る男だった。
 両親が仕事の都合で出張が多く、一人で過ごすことが多いから、とのことだった。
 山崎が夕飯を作っている姿に、同じく自炊している瞳は勝手に対抗心を燃やしたらしい。
終わってみれば、とても四人で食べきれると思えないほどの料理がテーブルに並んでいた。
「おいしい……」
 二人の料理を口にした聖花は思わず言葉を漏らした。隣で食べていた由香もまた、箸をくわえたまま固まっていた。
「……ねえ、山崎くん。今度料理教えてくれない?」
「……どうしてそこでわたしに訊かないかなぁ」
 半眼になった瞳が聖花を睨んだ。
「瞳は味付けが大雑把過ぎるのよ。後ろで見ていたけど、どんな料理ができるかひやひやしていたわ」
「おいしければいいじゃない」
 由香と瞳のやり取りを横目に、聖花は小さくほほ笑んだ。

 夕食後。
 後片付けも一段落つき、思い思いに休む四人。しかし、そこには会話も無く、どこか重苦しい沈黙が落ちていた。
 テレビを見ていた聖花は、あまりの居心地の悪さにため息をついた。
 番組の内容などさっぱり頭に入ってこない。隣に座る由香もまた、おなじ気持ちらしい。軽く目が合うと、お互いに苦笑してしまった。
「ねえね、聖花ぁ」
 どこか甘えたような声が沈黙を破った。
 この場で唯一くつろいでいた瞳だ。
「お風呂、入ってきたら? 汗臭いよ?」
「えっ!」
 反射的に衣服に鼻を近づける。と、にやにやと笑う瞳の顔が目に入った。
「うそ」
「……瞳、あんたねぇ――」
 拳を握りしめた聖花を由香が止めた。「まあまあ、でもお風呂、入ってきたら?」
 いいでしょ? と山崎に目配せ。
 山崎もまた、風呂場の位置を聖花に教えると、再びテレビに視線を向けた。
 その様子に若干ムッとしたものの、この場の沈黙に耐えきれず、聖花は逃げるように居間を後にした。



 湯船につかりながら、聖花は何度目かのため息をついた。
 思うことはたくさんあった。
 リヴァや飛花のことはもちろん、何よりもピュラにまた傷を負わせたことに心は沈んでいく。
そして何もできなかった自分に歯痒さを覚えた。
 左手の薬指に嵌められた紅い指輪。ルナ・ロッサは応えない。
「……このままじゃ、わたしは――」
 左手を握り締める。不甲斐なさに泣きそうになった。
 ルナ・ロッサは応えない。その理由を、聖花は何となく――
「瞳ちゃん、参・上!」
「きゃああああああああ!」
 突然開け放たれたドアに、聖花は悲鳴を上げて湯船に身を沈めた。
「びっくりさせないでよ!」
 驚いた表情で瞳が叫ぶ。
「びっくりしたのはわたしよ、わたし! って、前隠しなさいよ!」
恥じらうことなく突っ立っている瞳に、聖花は思わず目を反らした。
「いーじゃん、女同士。減るもんでもないでしょぉ」
 どかどかと浴室に入ってきた瞳が笑う。「それに、聖花たん、わたしに訊きたいことがあるんじゃない?」
 ぞっと聖花の背筋が凍った。
 穏やかな表情、だが、その眼は笑っていたない。
「ふふぅん」
 と瞳は人差し指を立てた。
「ねぇね、これ、何本に見える?」
「何本って……一本」
 突然の質問に、聖花は身を引きながら答えた。
「じゃあ、これは?」
 人差し指、中指、薬指――
「さ、三本」
「じゃあ……」
 瞳は手を開いて見せた。
「これは?」
 意図が分からず、探るような目で瞳を見ていた聖花は、その指の数を見て悲鳴を上げた。
「……やっぱり、視えているのかぁ」
 七本の指を持った瞳が手を振るう。
「ひ、瞳、あんた本当に――」
「落ち着いてよぉ。ほらほら、今度は指五本でしょ?」
 手をひらひらと振りながら、瞳は少しだけ悲しげな表情を浮かべるのだった。