のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

眠り姫は夢の中 5章-13

2009-05-25 21:54:15 | 眠り姫は夢の中
 何も考えず、ただ歩き続けよう……そう、思っていたのに――
 聖花は何度も立ち止まり、そのたびに目を拭った。
 痛む心に何度も挫けそうになりながら、引きずるように足を動かす。
 木々の香りの中に、微かに埃の臭いが混じり、心臓が否応になく早鐘を打つ。
 ――怖い。
 できることなら、今すぐ逃げ出したい。
 身体が震える。覚悟を決めたはず、なのに――
「見てよ、ノーチェ。獲物が自らやってきたわ」
 不意に淡々とした声が響き、聖花は悲鳴を上げた。
 頭上から音もなく降り立ったミスト。怪訝な表情で聖花を覗く。
「……呆れた。なにをしに戻ってきたのよ、あんた」
 思わず後ずさった聖花は、その背中に柔らかい感触を感じ振り返った。
 いつの間に回り込んだのだろうか、白い巨狼ノーチェが双眸を光らせていた。
「ピュラはどうしたのさ」
 どこかイライラした様子でミストが口火を切った。「まさか、あんたの一人残して逃げちゃった?」
 一転して、憐れむような視線を送るミストに、聖花が声を張り上げた。
「ピュラはそんなことしない!」
「どうだか」
 嘲笑うミスト。聖花は恐怖を忘れ、ミストに掴みかかっていた。「ピュラを悪く言うと、許さないよ!」
「……へぇ」
 あっさりと腕を振り払ったミスト。「どういう風に許さないの?」
 聖花は無言でナイフを抜いた。「これが、答えよ」

眠り姫は夢の中 5章-12

2009-05-18 22:49:06 | 眠り姫は夢の中
 そこにはたくさんの人が住んでいただろう。
 だが、今はその面影もなく、朽ち果てた廃墟が望むだけだ。
 無残に破壊された街は、もう二度とかつての活気を取り戻すことはないだろう。
 嘆息した少女は、かろうじて家の原形を保っている建物に忍び込んだ。
 荒れ果てた室内は、住んでいた人の恐怖と絶望を表していた。
 転がっていたパンを咥えると、なるべく日差しが届かない場所へと移動する。
 少女は周囲を注意深く見渡すと、全身で大きくため息をついた。
「……はあ、疲れた」
 パンを咀嚼しながら、背負っていた荷物を下ろす。
「だいじょうぶ? 苦しくなかった?」
 何重にも縛られた布の中から、もそもそと銀の塊が覗いた。
「ぷはっ!」
 勢いよく布から飛び出した影――銀髪の少女……いや、幼女と言うべきだろうか、ようやく歩くことを覚えたくらいの女の子がじろりと睨む。
「だいじょうぶなわけがないだろう。あなたも一度体験してみればいい。暑いし、息苦しいし、何よりも酔いそうだ」
 舌足らずながら、はっきりとした主張に、少女が苦笑する。「ごめんね」
 女の子はまだ不満げな表情だったが、少女の隣に腰を下ろすと、小さな口を開いた。
「……ここは?」
 少女が首を振る。「わかっているのは、ここも戦禍に巻き込まれたってだけ」
 パンを半分に分ける。パンを受け取った女の子は、しかしまっすぐな視線を少女に向けた。
「――未春」
 女の子が手を伸ばした。「怪我、している」
 すすけた頬に小さな指が這った。くすぐったそうに目を細めた少女――未春は、女の子――ピュラの髪を撫でながら応えた。「かすり傷よ」
「……どうして、わたしなんかのために」
「命令だから、って言ったら、どうする?」
 茶化した物言いだったが、ピュラの表情は暗く沈んだ。
「じょ、冗談だって」
 慌ててピュラを抱くと、その髪に頬を擦り寄せた。
「わたしはただ、自分が正しいと思っていることをしているだけ」
「わたしを、助けることがか?」
「そうよ、あんたみたいなかわいい子を、放っておくことできるわけないでしょう?」
「……未春。わたしは本当の理由を知りたいのだが」
「理由がなければだめ?」
 未春はピュラの額に自分の額を重ねると、瞳を覗き込んで言った。
「誰かを護りたい。そう思うことに、理由なんていらないわよ」
 残ったパンを強引に口に含むと、未春はそっぽを向いた。
「……恥ずかしいなら、言わなければいいのに」
「あんたが聞いたんでしょうが」
 二人同時に噴き出した。しばらく笑い合っていると、未春の指に嵌められた紅玉の指輪が光りだした。
「……やれやれ、本当にしつこい連中ね」
「わたしも戦う――」
 立ち上がろうとしたピュラを、そっと押さえた。
「あんたにも、いつかわかる日が来るわ。それまで力を蓄えておきなさい」
「未春……!」
「わたしの強さ知ってるでしょう? むしろうろちょろされる方が邪魔なのよ」
 乱暴な口調にも、優しさが込められていた。
 それに気がつかないピュラではなかったが、それでもやるせない気持ちだけが残った。
「行くよ、起きてルナ」
 指輪が刃へと変貌を遂げる。
 未春は一度だけ振り返った。
 顔を伏せ、落ち込んでいるのだろうピュラ。
「ごめんね」口の中で呟くと。心の中の罪悪感を力に変え、潜んでいるだろう敵を外壁ごと薙ぎ払った――