のくたーんの駄文の綴り

超不定期更新中orz

眠り姫は夢の中 5章-18

2009-06-27 22:13:57 | 眠り姫は夢の中
 木枠でできた窓がカタカタと鳴いた。
 白く細い指先が窓ガラスに触れた。「……ふむ」と、何かを思案する声。
「風が泣いておる。ピュラお嬢がやらかしたみたいじゃな」
 くつくつと笑う黒髪の女性――華稜はそっと窓から指を放した。
「……そぅみたいねぇ。もっとも、わたしが期待した結果は導けなかったようだけど」
 どこかふわふわとした声。
「できればぁ聖花ちゃんには頑張ってほしかったんだけどねぇ」
 ふわぁ、と小さく欠伸。幼子のような仕草で目を擦るのはパンドラだ。
 今しがた起きたのか、シュミーズ一枚のあられもない姿で、ぼんやりとした視線を中空に投げかけている。
 備え付けのテーブルに片肘を付き、さもすればずれ落ちそうな肩ひもにすら頓着しない。
「ふむ……」と、華稜が顎に手をあてた。「じゃが、ちと強引だったのではないか? 下手をすれば、それこそ命にかかわっていたやも知れんぞ」
 華稜の苦言をよそに、パンドラは常備されていた紅茶を淹れた。
「はい、どうぞぉ」
 と、カップを渡したのは、華稜ではなく、対面に座る青年へ――
「それでも、必要なことだったのよ。……ねえ、永春」
 パンドラの向かいに座っていた青年――大罪人の烙印を押されたはずの永春が、パンドラを睨みつけた。

「……あんたは、相変わらずだな」
 パンドラを睨んだまま、永春が口火を切った。「この状況でも平然としている」
「あらぁ」パンドラは小首を傾げて聞いた。「かつての弟子が訪ねてきたのに、喜ばない師はいないわぁ」
「なら――」永春が音もなく剣を抜いた。「これならどうだ」
 剣の切っ先をパンドラに突き付けた。
 だが、パンドラは動じることなく紅茶を啜り、「おいしぃ」幸せそうな笑顔をのぞかせた。
「……無駄じゃ、永春。そやつが動じるものか」
 呆れたように華稜が言う。その言葉を受け、永春は嘆息しながら剣を収めた。
「……おれは、あんたのそういうところが嫌いだ」
「あらぁ」とパンドラ。
「わたしは、あなたになら斬られてもいいと思っているわ。――あなたには、その権利がある」
「白々と……」
「わたしはあなたが何をしようと止めるつもりはないわ」
 パンドラは、少しだけ悲しそうな笑顔を見せた。「たとえ、それがこの世界を破滅に導こうとも」
 永春がテーブルを叩いた。「それが、贖罪のつもりか!」
 パンドラは目を伏せた。「……どう思ってもらってもいいわ」
 ――一瞬。
 その間に、永春は再び剣を抜いていた。
 今度は威嚇ではなく、パンドラの喉を狙った一撃――だが、刃が届くことなかった。
「……ぬしの気持ちもわからんでもない。じゃが少しは落ち着け」
 華稜がひらひらと手を振る。その指の間には、半ばで折れた剣があった。
「この通り、パンドラはぬしに殺されることを願っている。
 さりとて、わしは立場上、むざむざと殺させる訳にはいかぬ」
 その言葉に、永春は折れた刃を収めた。
「……あんたたちは、未春の夢を知っているか?」
 パンドラは小さく頷いた。「この世界から、
争いを無くすこと……」
 永春が首を振る。「そんなんじゃ、ない。もっとちっぽけで、儚いものだった……」
 堪えるように俯く永春。
「……おれは、未春を蘇らせる。そして、彼女の夢を叶える。
 それがどんな禁忌に触れようとも、この世界の理を崩そうとも構わない」
「……お嬢たちが許すとは思えないが?」
 華稜の言葉に、永春は言い放った。「その時は、潰すまでだ」
 すっかり冷めた紅茶を、啜った。
「……相変わらず、師匠の淹れた紅茶はうまいな」
「わたしは、あなたたちが淹れてくれた紅茶が一番好きよ」
 パンドラの言葉に、永春はほんの一瞬、悲しげな表情を浮かべ、背を向けた。
 その背を見つめながら、パンドラは涙をこぼすのだった……

眠り姫は夢の中 5章-17

2009-06-22 21:45:05 | 眠り姫は夢の中
 状況を把握するのに、一瞬の間を要した。
「くっ……!」
 突然走った激痛に、膝を付くピュラ。その両腕は無数の傷で覆われ、流れる血は風に巻き上げられ血煙りとなる。
「……こんな時に」
 宙を睨むピュラ。その視線の先で、風はまるで生きているかのように荒れ狂う。
 ふらつきながらも立ち上がったピュラの頬を、一陣の風が切り裂いた。
「そんなにわたしの血が欲しいか」
 ピュラはボロボロになった両腕を広げ、叫んだ。「欲しければくれてやる! だから、今はわたしの言うことを聞け!」
 その言葉に、まるで動揺するように風が穏やかに変化した。
 ピュラがホッと一息をついたその時、風を突き破りながらミストが迫る。
「もらったよ、ピュラ!」
 その手には、ピュラが投げたナイフが握られている。
 上体を反らして辛うじて避ける。逃げ遅れた数本の髪の毛が舞った。
 追撃の蹴りを屈んで避けたピュラは、隠し持っていたナイフを抜き、反撃に移ろうとしたが、
「あぁ……!」
 傷だらけの身体がそれを拒絶した。
 ナイフを取り落としたピュラ。それを見たミストが、不敵な笑みとともにナイフを振り上げた。
(やられる――!)
 ピュラが唇を噛んだその時、再び風が猛威を奮い、二人の間に割り込んだ。
「なによそれ!」
 大きく弾かれたミストが悪態を付いた。
 猫のように身体を丸め、巨木の腹に着地すると同時に、思わず舌打ちをした。
 指を組んだピュラ。立つことすら困難な状況で、再び呪を唱え始めていた。
「――其は終焉を運ぶ、黄昏の光……!」
 ピュラが指を解き、目を開いた。
 ――禁忌・虚光【デミ・アルゲース】
 その両手に風が集う――形作ると、槍へと姿を変えた。
 まるで大空を映したような蒼い槍。ピュラは荒い息を吐きながら、穂先をミストに向けた。
「ウイン・ベオーク・アンスル・ギュフ――」
 ミストは焦りながら呪を刻む。だが、ピュラはそれを許さなかった。
「終わりだ、ミスト!」
 大きく振りかぶったピュラは、躊躇なく槍を投げた。
「ナウシーズ・イス・ベオーク・ヤラ!」
 槍は一筋の光となってミストを襲いかかった。
 それが届くか否か――ミストの呪もまた完成した。
『ア ル カ ナ!』

眠り姫は夢の中 5章-16

2009-06-15 23:14:08 | 眠り姫は夢の中
 暖かい……まるで陽だまりの中にいるよう――
 ぼんやりとした意識の中、聖花は顔をくすぐるやわらかな何かに頬ずりをした。
「――気がついたのか?」
 思いのほか近くから聞こえた男の声。
「ふぇ?」
 と、呆けたような声を上げ、聖花はゆっくりと瞳を開き――悲鳴を上げた。
「ノノノノーチェ!」
 巨狼ノーチェがうるさそうに耳をたたむ。
「……耳元ででかい声を出すな」
 それほど怒ってはいないのだろうが、口の端から微かに見える白い牙に、聖花の背筋に冷たい汗が流れた。
「……一体どうなっているの?」
 自分の置かれた状況が理解できず、思わず呟く。途端、右肩に激痛が走り、ノーチェの背中に倒れこんだ。
「……骨は折れていないが、筋を痛めている。
 幸い、お前はこの森に好かれているようだし、あれが終わるころには少しは楽になるだろう」
「あれ?」
 歯を食いしばりながら、聖花はノーチェの背から身を乗り出した。
 思いのほか高所にいたことに驚いたが、眼下で行われていた行為は目を疑うものだった。
「ピュラ……!」
 ミストと対峙するピュラの姿……満身創痍でありながら、攻めの手を緩めることなくナイフを振るっている。
「……よく見ておけ。あれが戦うということだ」
 聖花はノーチェの毛を強く握った。
「やめさせて! ピュラは動ける身体じゃないんだよ!
 それにあんたたちの狙いはわたしのはずでしょ? もう、用はないじゃない……」
 聖花の悲痛な叫びに、ノーチェは顔を一瞥しただけで、何も言わなかった。
「ノーチェ!」
 自分の置かれている状況にもかかわらず、聖花はこぶしを振り上げてその背を叩く。
 その手が止まったのは、ノーチェが唸るよな声を上げたからだった。
「……まずいな」
「え?」
 再び身を乗り出すと、何が起きたのかどこか焦っているようなミストの姿。
『双空に響け、銀の咆哮――』
 微かに聞こえてきた透明な声に、聖花は言いようのない恐怖を覚えた。
「なにが、おきてるの?」
 聖花を背に乗せたまま、ノーチェが立ち上がる。「この場を離れるぞ。巻き添えを食う」
 重心を落とし、飛ぼうとするノーチェを聖花が止めた。
「待って! わたしはここにいる。
 ……ピュラを置いて逃げたりできない!」
 その言葉にノーチェは牙を剥いた。
「状況が読めないお前が――」
 聖花は引かなかった。
 威嚇するノーチェの瞳を覗き込み、強く言い放つ。「わたしは、ここにいる」
 睨みあいは長くは続かなかった。
 根負けしたようにため息をついたノーチェは、その場に再び腰を下ろすと、大きな尻尾で聖花を覆う。
「しっかり掴まっていろ。あれは、危険だ」
「……ありがとう」
 聖花が微笑むと同時に、異変は起きた。
 風の質が明らかに変わったのだ。葉を微かに揺らす程度の風が、今や枝を折りかねんばかりの強風へと変わっている。
 轟々と鳴り響く風の中、ピュラの声だけはなぜかはっきりと聞こえた。
『其は終焉を運ぶ……!』
 そして、唐突にピュラの腕が爆ぜた――

眠り姫は夢の中 5章-15

2009-06-11 23:09:29 | 眠り姫は夢の中
「……尻尾を巻いて逃げた人が、またきたのか」
 どこか楽しげにミストが言った。「まさか、自分を捨てた子を助けにきた――なんてことはないでしょうね?」
 ピュラはミストをにらみ付けた。
「わたしは、この子が嫌いだ」
「……へぇ」
 ピュラの呟きに、ミストは軽く驚いた。
「じゃあ、どうしてきたのさ。
 ――あんたの中の、天使の血がそうさせるの?」
「……わたしは天使じゃない」
 気絶した聖花を横目に、ピュラは静かに瞳を閉じた。
「この子を見ていると、すごく……苛立つ。
 まるで、昔の自分を見ているようで……」
「……それで、その子を庇う理由はなにさ」
 ミストの問いかけに、ピュラは無言でナイフを抜いた。
「今なら、わかる気がする。
 未春がわたしを護ってくれた理由――わたしが、この子を、聖花を護りたいと思う理由……」
 逆手に持ったナイフを構えた。「ノーチェ、この子をお願い」
 突然呼ばれたノーチェが顔を上げた。
「おれでいいのか? そのまま連れ去るかもしれないぞ?」
 巨狼ノーチェが意地悪く言った。
「そのつもりなら、最初からやっているだろう?
 それに、あなたの相棒……ずいぶんと溜まっているみたいだが?」
 ピュラの言葉に、ミストが獰猛な笑みで応えた。
「やれやれ……」
 ノーチェは立ち上がると、一瞬でピュラの背後に回った。
「……その傷で、やれるのか?」
「優しい言葉は彼女にかけろ。地に伏したミストにな!」
 ピュラが疾走する。ほとんど飛ぶような勢いでミストに襲いかかった。
「そういうわけみたい。聖花は頼むわ。ノーチェ」
 迫りくるナイフを紙一重で避けながら、ミストは相棒に笑って言った。
 その間にも幾本ものナイフが宙を舞い、ミストを狙って襲いかかっている。
 ノーチェは一度だけ頷くと、聖花を咥えて巨木の枝に跳んだ。

 踊るような剣線、だが、どれ一つミストを捉えることはできないかった。
 地面に突き刺さったナイフはすでに十を超る。ナイフを手放すたびに、ピュラの手には新しいナイフが握られている。
「相変わらず、ナイフを隠すのは上手ね」
 ミストの嘲りに、ピュラは無言でナイフを繰り出した。
 喉を狙った一撃は、しかしミストの細い指に止められた。
「……辛そうじゃない。どれだけ平静を装っても、あたしには誤魔化せないよ」
「――黙れっ!」
 焦りを隠すように、ピュラが飛び退く。
 その両手両指の間にはいつの間にか無数のナイフがあった。
「もう手品はいいって」
 ミストが苦笑する。投擲されたナイフの間隙を縫って、ピュラの腕を掴んだ。
 一瞬の浮遊感――地面に叩きつけられたピュラが苦痛の悲鳴を上げた。
「あんたもその程度? いくらけが人とはいえ、がっかりね」
 ずるずると引きずるように身を起こしたピュラが、息も絶え絶えに――笑った。
「じゃあ、いまから面白い物を見せてやろう」
 取り巻く空気が変わった。
 はったりではない、そう判断したミストが構える――と、
「なっ!」
 その時になって、気がついた。
 自分に絡みつくように伸びる、透明な糸。
 ミストが認識すると同時に、糸はまるで意思を持っているかのようにその身体を縛り上げた。
「わたしの羽を紡いだ糸だ。そうそう簡単には切れはしない」
 無数の糸はナイフの柄から伸びていた。「油断していたのは、どっちだ?」
 ピュラはさらに一本のナイフを地面に叩きこんだ。柄からやはり糸が伸びている。
「ぐっ……こんな糸であたしを止められると思うな!」
 無理やり引き千切ろうともがくミスト。だが――
「――双空に響け、銀の咆哮……」
 指を組み、瞳を閉じたピュラ。微かに動く、その唇から紡がれた呪に、ミストから血の気が失せた。
「ちょっ! 嘘でしょ!」
 いっそ激しくもがき始めたミストを前に、ピュラの呪が続く――

眠り姫は夢の中 5章-14

2009-06-04 22:51:02 | 眠り姫は夢の中
 ナイフを突き付けられてもミストの表情に変化はなかった。
 いや、むしろ楽しそうに深く微笑みつつある。
「ようやく、抜いてくれたわけね。あんたの覚悟、確かに見届けたわ」
 でも、とミストがナイフの切っ先に指を突き付けた。「手が震えているよ」
 あっ、と思うが早いか……気がついた時には、聖花は地面に叩きつけられていた。
 投げられた――同時に右腕に激痛が走った。
「ほら、さっさと本当の力を見せてみなさいよ。さもないと――」
 ぎりぎりと右腕が絞められる。「右腕が使い物にならなくなる」
 聖花の背中に片膝をついたミストがさらに腕を捻った。
「あっ! があぁ!」
 逃れようともがくも、ミストはびくともしない。
 今まで体験したことのない激痛に、聖花の瞳には涙が滲んだ。
 ――情けない。結局、自分は一人では何もできないじゃないか。
 懸命に嗚咽を堪え、激痛に耐える。
 だが、腕をもぎ取られそうな凄まじい痛みは、聖花の意識をも奪い去ろうとしていた。
「ほらほら、あと少しで、筋までぽっきりいっちゃうよ」
 楽しげなミストの声。意識が朦朧としている聖花に、応える余裕はなかった。
 ついに堰をきってこぼれた涙。滲む視界の中、聖花は無事な左手に嵌った指輪に気がついた。
「――っっ! ルナ・ロッサ……!」
 ナコと対等以上に切り結んだこの指輪なら――
 聖花は祈った。砕けそうな心を必死に押さえながら、指輪に念をこめて――

 聞こえてきたのは、諦めにも似たため息だった。
 ルナ・ロッサは応えない。何度試してみてもダメだった。
「もういい、飽きた」
 ため息をこぼしたミストの声。その声音には怖いくらいに淡々としていて、聖花が見ることができない表情も、おそらく冷めたものなのだろう。
「……パンドラも、がっかりだろうね」
 その言葉に胸が疼いた。だが、感傷に浸る暇もなく、ミストが体位を変える。
「あたしの期待を裏切ったんだから、せめていい声で泣いてよ」
「――――っ!」
 みしみしと軋む音が肩から響いた。声にならない声が喉から漏れる。
 ――腕、が、折れ……!
 その時だ、
「ミスト、上だ!」
 それまで静観していたノーチェが大声を上げた。
 舌打ちと同時にミストが飛び退いた。
 数瞬後には幾本もの銀光が煌めき、ミストがいた場所に突き刺さった。
 ようやく解放された右腕は……しかし、もはや感覚はなく、自分の意志では動こうとはしなかった。
 大鳥の羽音が耳朶を打つ。
 悲鳴を上げる身体を無視して、聖花は顔を上げた。
 黒と白の一対の翼。
 森の中を飛んだのだろう、至る所に葉っぱや木の枝が引っ掛かり、突き刺さっていた。
 汚れることを知らない銀の髪の毛は、陽光を弾いてさらに光り輝く。
「……ピュラ」
 聖花は、少女の名前を呟くと、そのまま意識を失った――