木枠でできた窓がカタカタと鳴いた。
白く細い指先が窓ガラスに触れた。「……ふむ」と、何かを思案する声。
「風が泣いておる。ピュラお嬢がやらかしたみたいじゃな」
くつくつと笑う黒髪の女性――華稜はそっと窓から指を放した。
「……そぅみたいねぇ。もっとも、わたしが期待した結果は導けなかったようだけど」
どこかふわふわとした声。
「できればぁ聖花ちゃんには頑張ってほしかったんだけどねぇ」
ふわぁ、と小さく欠伸。幼子のような仕草で目を擦るのはパンドラだ。
今しがた起きたのか、シュミーズ一枚のあられもない姿で、ぼんやりとした視線を中空に投げかけている。
備え付けのテーブルに片肘を付き、さもすればずれ落ちそうな肩ひもにすら頓着しない。
「ふむ……」と、華稜が顎に手をあてた。「じゃが、ちと強引だったのではないか? 下手をすれば、それこそ命にかかわっていたやも知れんぞ」
華稜の苦言をよそに、パンドラは常備されていた紅茶を淹れた。
「はい、どうぞぉ」
と、カップを渡したのは、華稜ではなく、対面に座る青年へ――
「それでも、必要なことだったのよ。……ねえ、永春」
パンドラの向かいに座っていた青年――大罪人の烙印を押されたはずの永春が、パンドラを睨みつけた。
「……あんたは、相変わらずだな」
パンドラを睨んだまま、永春が口火を切った。「この状況でも平然としている」
「あらぁ」パンドラは小首を傾げて聞いた。「かつての弟子が訪ねてきたのに、喜ばない師はいないわぁ」
「なら――」永春が音もなく剣を抜いた。「これならどうだ」
剣の切っ先をパンドラに突き付けた。
だが、パンドラは動じることなく紅茶を啜り、「おいしぃ」幸せそうな笑顔をのぞかせた。
「……無駄じゃ、永春。そやつが動じるものか」
呆れたように華稜が言う。その言葉を受け、永春は嘆息しながら剣を収めた。
「……おれは、あんたのそういうところが嫌いだ」
「あらぁ」とパンドラ。
「わたしは、あなたになら斬られてもいいと思っているわ。――あなたには、その権利がある」
「白々と……」
「わたしはあなたが何をしようと止めるつもりはないわ」
パンドラは、少しだけ悲しそうな笑顔を見せた。「たとえ、それがこの世界を破滅に導こうとも」
永春がテーブルを叩いた。「それが、贖罪のつもりか!」
パンドラは目を伏せた。「……どう思ってもらってもいいわ」
――一瞬。
その間に、永春は再び剣を抜いていた。
今度は威嚇ではなく、パンドラの喉を狙った一撃――だが、刃が届くことなかった。
「……ぬしの気持ちもわからんでもない。じゃが少しは落ち着け」
華稜がひらひらと手を振る。その指の間には、半ばで折れた剣があった。
「この通り、パンドラはぬしに殺されることを願っている。
さりとて、わしは立場上、むざむざと殺させる訳にはいかぬ」
その言葉に、永春は折れた刃を収めた。
「……あんたたちは、未春の夢を知っているか?」
パンドラは小さく頷いた。「この世界から、
争いを無くすこと……」
永春が首を振る。「そんなんじゃ、ない。もっとちっぽけで、儚いものだった……」
堪えるように俯く永春。
「……おれは、未春を蘇らせる。そして、彼女の夢を叶える。
それがどんな禁忌に触れようとも、この世界の理を崩そうとも構わない」
「……お嬢たちが許すとは思えないが?」
華稜の言葉に、永春は言い放った。「その時は、潰すまでだ」
すっかり冷めた紅茶を、啜った。
「……相変わらず、師匠の淹れた紅茶はうまいな」
「わたしは、あなたたちが淹れてくれた紅茶が一番好きよ」
パンドラの言葉に、永春はほんの一瞬、悲しげな表情を浮かべ、背を向けた。
その背を見つめながら、パンドラは涙をこぼすのだった……
白く細い指先が窓ガラスに触れた。「……ふむ」と、何かを思案する声。
「風が泣いておる。ピュラお嬢がやらかしたみたいじゃな」
くつくつと笑う黒髪の女性――華稜はそっと窓から指を放した。
「……そぅみたいねぇ。もっとも、わたしが期待した結果は導けなかったようだけど」
どこかふわふわとした声。
「できればぁ聖花ちゃんには頑張ってほしかったんだけどねぇ」
ふわぁ、と小さく欠伸。幼子のような仕草で目を擦るのはパンドラだ。
今しがた起きたのか、シュミーズ一枚のあられもない姿で、ぼんやりとした視線を中空に投げかけている。
備え付けのテーブルに片肘を付き、さもすればずれ落ちそうな肩ひもにすら頓着しない。
「ふむ……」と、華稜が顎に手をあてた。「じゃが、ちと強引だったのではないか? 下手をすれば、それこそ命にかかわっていたやも知れんぞ」
華稜の苦言をよそに、パンドラは常備されていた紅茶を淹れた。
「はい、どうぞぉ」
と、カップを渡したのは、華稜ではなく、対面に座る青年へ――
「それでも、必要なことだったのよ。……ねえ、永春」
パンドラの向かいに座っていた青年――大罪人の烙印を押されたはずの永春が、パンドラを睨みつけた。
「……あんたは、相変わらずだな」
パンドラを睨んだまま、永春が口火を切った。「この状況でも平然としている」
「あらぁ」パンドラは小首を傾げて聞いた。「かつての弟子が訪ねてきたのに、喜ばない師はいないわぁ」
「なら――」永春が音もなく剣を抜いた。「これならどうだ」
剣の切っ先をパンドラに突き付けた。
だが、パンドラは動じることなく紅茶を啜り、「おいしぃ」幸せそうな笑顔をのぞかせた。
「……無駄じゃ、永春。そやつが動じるものか」
呆れたように華稜が言う。その言葉を受け、永春は嘆息しながら剣を収めた。
「……おれは、あんたのそういうところが嫌いだ」
「あらぁ」とパンドラ。
「わたしは、あなたになら斬られてもいいと思っているわ。――あなたには、その権利がある」
「白々と……」
「わたしはあなたが何をしようと止めるつもりはないわ」
パンドラは、少しだけ悲しそうな笑顔を見せた。「たとえ、それがこの世界を破滅に導こうとも」
永春がテーブルを叩いた。「それが、贖罪のつもりか!」
パンドラは目を伏せた。「……どう思ってもらってもいいわ」
――一瞬。
その間に、永春は再び剣を抜いていた。
今度は威嚇ではなく、パンドラの喉を狙った一撃――だが、刃が届くことなかった。
「……ぬしの気持ちもわからんでもない。じゃが少しは落ち着け」
華稜がひらひらと手を振る。その指の間には、半ばで折れた剣があった。
「この通り、パンドラはぬしに殺されることを願っている。
さりとて、わしは立場上、むざむざと殺させる訳にはいかぬ」
その言葉に、永春は折れた刃を収めた。
「……あんたたちは、未春の夢を知っているか?」
パンドラは小さく頷いた。「この世界から、
争いを無くすこと……」
永春が首を振る。「そんなんじゃ、ない。もっとちっぽけで、儚いものだった……」
堪えるように俯く永春。
「……おれは、未春を蘇らせる。そして、彼女の夢を叶える。
それがどんな禁忌に触れようとも、この世界の理を崩そうとも構わない」
「……お嬢たちが許すとは思えないが?」
華稜の言葉に、永春は言い放った。「その時は、潰すまでだ」
すっかり冷めた紅茶を、啜った。
「……相変わらず、師匠の淹れた紅茶はうまいな」
「わたしは、あなたたちが淹れてくれた紅茶が一番好きよ」
パンドラの言葉に、永春はほんの一瞬、悲しげな表情を浮かべ、背を向けた。
その背を見つめながら、パンドラは涙をこぼすのだった……