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意思による楽観のための読書日記

平成批評 福田和也 ***

筆者は文芸評論家の慶応大学環境情報学部教授。平成から令和に移る日本における日本人の思考未成熟を改めて問う一冊。キーワードは近代、国家、天皇、政治、教育、文学、世相である。発刊は2019年4月でロシアによるウクライナ侵攻前だが、今本書を読んで深く考えさせられる。

平成の始まりの時点で起きたのが湾岸戦争で、日本ではイラクに対抗した多国籍軍に自衛隊を派遣ができないので多額の軍事支援をした。130億ドルもの支援をしたのにも拘わらずクウェートから明確な感謝の表明がなく、日本ではさまざまな議論を生んだ。当時の国際貢献可能な範囲が「平和と生命の尊重」という価値観以上の合意形成ができなかったことによる。国際平和協力を武力派遣により行うことにより、それが蟻の一穴になり軍国主義の再現を招きかねないという国内議論だった。平成26年の内閣閣議決定による「集団的自衛権の限定行使」という憲法解釈変更議論でも、平和憲法遵守という視点による反対運動が起きたことは記憶に新しい。戦争に善い戦争はなく「悪」であることは言うまでもないが、国家と共同体を守る、という価値をどう考えるのかはそこに住む国民に課せられた課題である。近代的な国家であり共同体でもある日本において、「平和」「生命尊重」を超える価値観の国民的合意が必要なのではないか、というのが筆者の問題提起である。

「近代」というキーワードでの日本における必要な環境として筆者が上げた環境は次の通り。
1.国防力保持と近隣諸国との同盟関係。
2.アジアにおける近代国家との友好関係樹立。
3.原材料生産地と市場の隣接化。
4.基本的原料自営化のための科学技術開発。
5.欧米諸国との対等関係樹立。
日本は近代的な国民国家であり、日本人はこの共同体のメンバーとしての民族アイデンティティ確立が必要である。日本の国民は国を守りたいという気持ちが持てているのか、国家が崩壊しそうなときにも戻れる、戻りたい場所はどこなのかを真剣に考える必要がある。

現在の日本社会では、責任を取るべき組織人の責任感が欠如しているのではないか。平成の初めに起きた住専問題では、大手金融機関とそこを天下り場所と
考えていた大蔵官僚が、農協を引き込んで住専を延命させたことで損失額拡大を招いた。非加熱製剤の輸入による薬害エイズ問題では、危険性をを知りながら目先の利益と自己保身を図ったミドリ十字歴代社長と厚生省官僚の責任は重い。厚生労働省による毎月勤労統計調査の不正も無責任の最たるものである。

日韓関係については、両国民ともが複合的要因があることを知った上で、相互の努力が必要である。1965年の日韓請求権協定では徴用工への支払いをも含まれているのだから、韓国大法院の賠償請求判決は国際法違反というのが日本の主張。サンフランシスコ条約の当事国とはされなかった韓国は、当時の韓国大統領が勝手に李承晩ラインを宣言し竹島を占領したことも関係悪化を招いた。その政権をクーデターで奪取したのが朴正煕で、日本の士官学校出身でもあった大統領は日本の保守系政治家とパイプを持ち、両国政治家間の合意で結ばれたのが日韓請求権協定。

韓国で民主化が進んだ20世紀末から21世紀のはじめには日韓協力の必要性が両国政治家の間で合意され、日本の政治家によるお詫びの気持ち表明が繰り返された。平和的話し合いのためには「誠意」が必要、という考え方だったが、それに反対する保守系政治家による謝罪外交への否定的意見が表明されるたびに、韓国からは非難の声が上がる。日韓請求権協定の内容が韓国国民に開示されたのは2009年で、徴用工への支払いをも含まれていることも韓国政府は認めたが、慰安婦はこの対象ではないという主張があった。2015年の両国慰安婦合意はこの延長線上にあった。先人のなした結果にその子孫である現在の両国民はもたらされる結果を受忍し解決に向かう努力が必要である。文在寅政権は、反日親北の姿勢をとり日本との外交関係は途絶されたが、隣国との関係改善のためには今後の両国政治家と国民の成熟が望まれる。

その他、教育、文学、世相、政治家、天皇、世界というテーマで筆者の思いを語っている。本書内容は以上。その多くは、ウクライナ侵攻を経験した現在、深く思考を巡らせ国民的議論が必要なテーマであるを感じる。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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