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意思による楽観のための読書日記

「ひとり」の哲学 山折哲雄 ***

人間、とくに男性が退職、引退などで妻と二人暮らしになる、もしくは一人で過ごす時間が増えてくると、そこからの老後のことを考えるようになる。お年寄りが一人になったあとに自宅で死んだりすると、「孤独死」「独居死」などと、一人住まいが悪いことだったかのように報道されることもある。人は生まれるときも、死ぬときも「ひとり」であることは自明のこと。人は孤独と向き合うことで一生の最後の数年間を豊かに過ごせる、という本書。日本語の和語の「ひとり」と漢語の「孤独」、日本における和語「こころ」と漢語の「心」。それらを考える上で、鎌倉時代の法然と親鸞、道元、日蓮、一遍ら、思想の先達の生き様と考え方を振り返り、日本における「ひとり」哲学を考えた一冊。

日本には多くの仏教寺院が残ってはいるが、多くの日本人が仏教を意識するのは先祖供養の局面である。お盆、お彼岸、お葬式、それに年末年始、これは土着の先祖供養と仏教の儀式的側面がうまく組み合わさったものだと言える。これが仏教の大衆化と社会化を可能とし、現在まで仏教教団が生き延びた理由。背後にあるのが神仏習合で、この伝統が日本における仏教継続の重要な側面だった。しかし、仏教の先達たちが唱えた仏教哲学は、大衆に深い影響を与え続けてきたことも事実。

法然はわが国における宗教改革とも言える時代の第一走者であり、比叡山時代には「智慧第一の法然房源空」と呼ばれた。「南無阿弥陀佛」念仏だけですべての人間は救われるという専修念仏を説いた。末法思想に影響を受けた時代の日本人たちは、「南無阿弥陀佛」に救いを求め、死後の「ひとり」の世界を恐れ、極楽往生を期待した。それを引き継いだ親鸞は法然の仏門から消え去り行方知れずとなる。道元は日本の仏法に絶望して中国にわたり教えを受けて帰国した後にやはり山中に籠もった。日蓮は終生権力により弾圧を受け続けたが、法然を批判し、他宗派を攻撃して止まなかった。いずれも最後は孤独の中に自らの軸を見出そうともがいた。この時代の軸の思想家の最終走者は一遍。

法然や親鸞は当時の知の殿堂だった比叡山の学僧たちを相手に批判の声を上げた。親鸞は「教行信証」の理論体系を宙に放り投げ、道元は「正法眼蔵」を地に捨て、日蓮も「立正安国論」の世界から抜け出て、ひとり山の中で修業を続ける道を選んでいる。彼らに残されていたのが「念仏」と「座禅」であり、唯一の選択肢となっていた。そもそもそういう「宇宙の歌」とも言える世界を当初から目指していたのが一遍。気がついた時から一遍はすべてのものを捨て去り、日本中を巡り歩いていた。

13世紀の仏教世界の先達は、みんな「ひとり」になった。末法思想が終末への危機意識をもたらし、「ひとり」の意識を刺激し、千変万化する「こころ」の探究へと向かわせた。この2つの和語「こころ」「ひとり」は多国言語に対応する単語がないという。Heart、Mind、Spirit、Soulといずれもストレートには意味内容が通じない。こころがさわぐ、こころが苦しい、こころづく、こころから、こころゆくまで、、、、、。「こころ」は「心」とも違ってくる。初心わすれず、最澄のいう道心、空海の十住心、道元の身心脱落、日蓮の観心本尊、世阿弥の初心、そして道徳心、愛国心、公共心へと連なる。「こころ」は人間系の煩悩意識であり、「心」はそうした衝動を緩和、抑制する。これは「ひとり」と「個」の関係とも相似形に見える。「ひとり」の煩悩を「個」の理論と体系が相対化する。

「個」が勢いを取り戻したのが、戦後の時代。アメリカから一気に流入した個人主義と民主主義を背景とした文化と価値観だった。個の自立、個人の権利の尊重、この結果、自己愛が増大しすぎて孤独な個の暴走とも言える姿が現れる。家族関係、師弟関係、会社における同僚や上司部下関係も変化する。その結果、人間関係に絶望し、自殺したりいじめや育児放棄がはびこる世界となる。他者との比較からくる比較地獄と嫉妬の自縄自縛から逃れられなくなる。もう一度、日本の先達たちによる解決法を振り返る必要がある。戦後のベストセラー「甘えの構造」「縦社会の人間関係」が私達に与えてくれた示唆についてもう一度考えてみるのもいいかもしれない。日本における「ひとり」と「個」、「こころ」と「心」について、考えて見る必要性に我々現代人は迫られている。本書内容は以上。

「孤独で何が悪い」「一人で生まれたから一人で死ぬんだ」などという、単なる開き直りではない。一人で過ごす時間が増えた人には特に、考える時間は死ぬほどあるはずだ。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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