意思による楽観のための読書日記

蛍の航跡 帚木蓬生 ***

帚木蓬生には「逃亡」という、外地憲兵を主人公にした小説がある。戦争の悲惨さを下敷きにして、憲兵と戦犯、戦後の裁判というものの理不尽さ、そしてそれを見る国の裏切り、そして国民の無知、無関心さを描いていた。「三たびの海峡」という戦争を挟んだ朝鮮と日本の物語もあったがこれも非常に感動的なストーリーであったことを思い出す。本書「蛍の航跡」太平洋戦争に軍医士官として戦地に派遣された15人の開戦から終戦までの道筋をたどっている。15篇いずれも参考文献からの忠実なドキュメンタリーではないかと思えるほどに迫真の描写がある。派遣された戦地は、満州から上海、武漢、敗戦後に送られるシベリア、仏領インドシナ、タイ、ビルマからインパール作戦、マレー半島からシンガポール、スマトラ島やジャワ島、ボルネオ島、フィリピン、ニューギニア、トラック島、タラワ島と地図で見るとこんなに広い地域に日本は戦線を展開していたのかと驚くと同時に、その地の果てまで送られていた兵隊たちに思いを馳せる。

15篇の主人公に共通するのは太平洋戦争開戦前後に軍医士官として戦地に派遣される男性であること。中尉から大尉での派遣であるためかならず従兵がつき、敵兵に負われ食料も乏しくなって大変な思いをする中でもどこかに余裕を感じる。兵隊や上司、現地の病人や産婦を診察したり出産の手伝いをしたりするので、みんなに頼りにされ信頼もされる立場である。それでも戦地の、特に南方の島々における逃避行ともいえる行軍でのひもじさ、その中での戦いは惨めを通り越して「もうやめてほしい」と言いたくなるような悲惨さである。大岡昇平の「レイテ戦記」、「俘虜記」、野間宏の「真空地帯」などで知る日本軍の兵隊たちとはすこし違った意味で日本軍の兵隊たちの実体が分かる小説群と言えると思う。






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