きょうは、ギターを弾きはじめてよかったなあ、
という独り言です。
歳をとるにつれて、
仕事にしろ、日常にしろ、
いままでの知的蓄積を
具体にあてはめているだけのことが
多いと感じるようになります。
何事もそこそここなせるのですが、
血涌き、肉踊るような感動が
なくなってしまって、
進歩が実感できません。
進歩が実感できないと、やっぱりつまらないわけです。
ところが、ギターで曲を覚えていく過程は、
唯一、進歩が実感できるわけです。
初めて弾く曲で、
楽譜にあるポジションを押さえてみながら、
「薬指と小指、こんなに動くのか?」とか
「馬場じゃないんだから、こんなに場所に指、届かねーだろ…」
と感じるのですが、それでも
押弦の順番や指使いを工夫をしながら
あれこれやっているうちに、
だんだん形になっていくものです。
形になるまでに、
根性とか悲壮感漂う訓練とは無縁で、
一晩おいたり、しばらくたってから弾くと、
案外うまく弾けたりします。
なんというか、この
ダラダラした進歩実感が、
ギターの最大の楽しみです。
という独り言です。
歳をとるにつれて、
仕事にしろ、日常にしろ、
いままでの知的蓄積を
具体にあてはめているだけのことが
多いと感じるようになります。
何事もそこそここなせるのですが、
血涌き、肉踊るような感動が
なくなってしまって、
進歩が実感できません。
進歩が実感できないと、やっぱりつまらないわけです。
ところが、ギターで曲を覚えていく過程は、
唯一、進歩が実感できるわけです。
初めて弾く曲で、
楽譜にあるポジションを押さえてみながら、
「薬指と小指、こんなに動くのか?」とか
「馬場じゃないんだから、こんなに場所に指、届かねーだろ…」
と感じるのですが、それでも
押弦の順番や指使いを工夫をしながら
あれこれやっているうちに、
だんだん形になっていくものです。
形になるまでに、
根性とか悲壮感漂う訓練とは無縁で、
一晩おいたり、しばらくたってから弾くと、
案外うまく弾けたりします。
なんというか、この
ダラダラした進歩実感が、
ギターの最大の楽しみです。