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てっきゅうの雑記帳

管理人が日々の生活の中で感じた事を好き勝手に書いて行く予定…(汗)

昨今の鉄ちゃん事情

2010年06月02日 10時47分15秒 | 鉄道
 昨今は鉄道趣味が静かなブームで鉄道ファンの事を鉄ちゃんと呼ぶのは、昔からだったが今では、鉄道好きのアイドルを「鉄ドル」写真を撮るのが専門の「撮り鉄」もっぱら、鉄道に乗るのが専門の「乗り鉄」鉄道好きの女性の事を「鉄子」など…他にもまだあるのだが、結構細かく分類されている。

 そんな中、ネットで毎日新聞の記事を読むと、最近では「ママ鉄」なるのが存在し、親子で鉄道を楽しむ「ママ鉄」の為にガイドブックまで出版されているという。

 「ママ鉄」とは、その名の通り、子供連れの鉄道好きの事で記事によると、鉄道に興味を持った子供を駅や線路沿いに連れて行く内に、自分も興味を持ってしまい、親子共々鉄道好きになってしまったケースが多いそうだ。

 「ママ鉄」の多くはいわゆる、「鉄オタ」ではなく、身近に見られる特急電車や貨物列車なんかを子供と一緒に見て手軽に楽しんでいるそうだ。

 どんな形であれ、鉄道好きが増える事は、鉄道好きの私にとっては、嬉しい事だ。

映画「RAILWAYS」の電車

2010年05月28日 10時46分36秒 | 鉄道
 明日から公開される、映画「RAILWAYS」の舞台となった、島根県にある一畑電鉄の電車の写真を私は16年前に旧友と撮りに行っていた。たくさん撮った写真の中から、いくつかを紹介したいと思う。
 

 最初に、一畑電鉄の玄関口である、松江温泉駅の駅舎





 映画のポスターで、中井貴一の後ろで一緒に写っている電車デハニ52





 同型のデハニ53検査完了直後なので、車体の塗装もし直したようで、ピカピカ!




 線路上を走行する、一畑電車達


    


 最後に、電車だけではなく、観光地らしい写真なんかを・・・


 松江のシンボル松江城天守閣





 廃線になった、旧大社線の終点、大社駅の駅舎。かつては、近くにある出雲大社の玄関口だったため、駅舎も出雲大社を模した駅舎になっている。





 まさか、過去に私が撮りに行った電車がこんな形で世に出るなんて、思いもよらなかったので、写真を見て感慨に浸っている。 

(1994年5月 島根県松江・出雲にて撮影)

台鉄を撮り鉄した思い出

2010年05月25日 10時55分21秒 | 鉄道
 ブログに写真を複数以上貼る事をマスターしたので、昔に撮った写真を複写してこれから、暇を見つけてはブログにアップして見ようと思う。

 一回目は、台湾つながりで、初めて台湾で撮り鉄した時の写真をアップしたい。この時私は、初めて団体ツアーではなく、個人旅行で台湾に行った。そして、念願だった海外の鉄道に乗ったのである。

 行き先は台中であった。なぜ、台中かと言うと、台北から日帰りが出来て昼食も兼ねて少し街歩きが出来るからである。

 台北から自強号に乗って台中駅に着いた私は早速西部幹線を走る自強号の主力電車PPE1000を撮り鉄した。                                                                                                                           

                                                                                                          

 次に撮ったのが、去年で引退した英国製自強号用電車EMU100形、この電車と私はまさに、一期一会の出会いであった。




 更に、電車だけではなく、客車列車のろ光号や普通列車の写真も撮る事が出来た。

 ろ光号の写真



 今は台湾でも、ごく一部を除いてほとんど見る事が出来なくなった、客車の普通列車



 台鉄もその後、新型電車を導入したりして、私がこれらの写真を撮った時に比べて、変わってきている。今にして思えば、ギリギリのタイミングで運よく行ったんやな~と、その後台湾に行って、今の台鉄の電車を見てつくづく思った。


 (2002年10月 台中駅にて撮影)

苗栗鉄道公園にあるSL

2010年05月24日 19時20分58秒 | 鉄道
 苗栗鉄道公園には、シェイ式SL以外に台鉄や台湾製糖の砂糖鉄道で使われたSLも保存されている。台鉄のSLは2両とも、日本での設計だが、なぜか、1両は米国で製造されている。

 まずは、日本では、8620形と呼ばれ、台湾では、何度かの形式変更を経て、最終的にCT152号と呼ばれたSL

 

 そして、これがスペック表の写真



 なんと、大阪の汽車会社製とある。USJに近い工場でこのSLは製造された。


 次は日本の9600形とほぼ同じ設計なのに、なぜか、米国で製造されたSL DT561号
先端に付いている、排障器の形が米国を思わせる、デザインである。





 最後に、台湾製糖の砂糖鉄道で使用された、ナローゲージのSL331号、これも、大阪の汽車会社で製造された。





 このSL台湾製糖331号のスペック表





 ここを訪れた時、珍しいシェイ式や、海外で活躍していた日本製のSLを見る事が出来、しかも4両の内、2両が大阪の汽車会社製と知り、今は無き汽車会社を偲ぶことが出来るとは思いもよらなかった。

 この時は、列車の時間の関係で小一時間ほどしか居られず、もっとゆっくりと見たかったが、次に訪れる時はもっとゆっくりと時間を取って訪れたいものだ。

 

阿里山森林鉄道のSL

2010年05月23日 13時52分31秒 | 鉄道
 現在営業休止中だが、台湾中部の山岳部を走る阿里山森林鉄道は、かつて、世界中に見ても珍しいSLを走らせていた事で、世界中の鉄道ファンの注目の的であった。       

                                       
                    
 上の写真がそのSL
 このSLは、米国製のシェイ式と呼ばれるSLで、どこが珍しいかと言うと、次の写真を見て欲しい。
                    
 車のエンジンみたいに、縦にシリンダーやピストンが付いていて、その動力を傘歯車で伝えて、動輪を動かす仕組みになっている。このような、動力装置を使っているSLを運行していた鉄道はここにしかなかったので、これ目当てに世界中の鉄道ファン達が、阿里山森林鉄道に集まったのだ。
                    
 写真は、このSLの左側を写した写真。普通のSLと違って、動輪周りがすっきりしている。

 さらに、次の写真は読み辛いが、中国語で書いてあるスペック表である。
                    

 私は、この写真を台鉄苗栗(ミャオリイ)駅裏にある、苗栗鉄道公園に保存している、SLを撮影した。

 ここは、台鉄のSLやDLだけではなく、阿里山森林鉄道の他の機関車や客車や、砂糖鉄道で使われていた、機関車や客車なども保存・展示している。

 ようやく、私のブログでも、複数以上の写真を貼って、皆さんにお見せする事が出来る様になったので、次は、苗栗鉄道公園に保存・展示しているその他の車両を紹介したいと思っているので、お楽しみに!


 2009年3月苗栗鉄道公園にて撮影

台湾で活躍する日本の鉄道車両その3

2010年05月22日 00時59分05秒 | 鉄道
 台湾鉄道の路線の内、東部の路線は花蓮から高雄までは非電化区間なので、主にディーゼルカーが多く走っている。

 これまた、日立・東急車輛などの日本製のディーセルカーの割合が非常に多い。写真のディーセルカーは、自強号用のDR2900形と言う形式で日立製のディーゼルカーである。

 私はこの車両に乗って高雄まで行ったのだが、シートピッチもJRのグリーン車並にあり、ゆったりして快適であった。


 写真は私が花蓮から高雄まで行くのに乗った、日立製のDR2900形ディーゼルカー
(2009年3月花蓮駅にて撮影)

 

台湾で活躍する日本の鉄道車両その2

2010年05月20日 20時20分45秒 | 鉄道
 写真で紹介した車両は、台湾鉄路管理局(台湾国鉄)が日本から購入し、2007年5月から走らせている最新鋭の振り子式電車TEMU1000形である。日本では、JR九州がほぼ同型である、885系特急用電車を走らせている。

 台湾では、主に台北~花蓮を走る自強号(特急)に使っているが、この新型車を使った特急列車は特に「太魯閣(タロコ)号」と呼ばれている。

 振り子式電車の導入により、従来の車両を使った自強号よりも、大幅なスピードアップが実現した。この電車は、現地での評判も上々のようである。


 写真は、台北~花蓮の大幅なスピードアップに貢献する、TEMU1000形「太魯閣号」(2009年3月花蓮駅にて撮影)

台湾で活躍する日本の鉄道車両

2010年05月19日 17時54分45秒 | 鉄道
 日本の鉄道車両は世界中で活躍している。私が一番訪れた回数の多い台湾でも、例外なく、活躍している。

 特に、2007年台北~左営(高雄)に開通した、台湾高速鉄路(台湾新幹線)は、海外に輸出された新幹線として、初めてのケースである。

 台湾新幹線に使われている、車両はJR東海と西日本が共同開発した、700系をベースに台湾用に改良した、700T系が使用されている。700系との大きな違いは、先頭車両の流線型のノーズの長さが700系に比べて短いのが、一番大きな違いである。

 これは台湾新幹線は、東海道・山陽新幹線に比べ、トンネルが少ないので、新幹線などの高速鉄道で問題になる、トンネル通過時に発生する騒音(通称 トンネルドン)対策にさほど、気を使う必要がないのでノーズが短くて済んだ。

 これから、数回に分けて台湾の鉄道車両を私が撮った拙い写真で紹介するので、お楽しみに!


 写真は台北駅にて、出発を待つ台湾新幹線 (2008年2月撮影)

鉄道趣味者の非常にレアなお宝

2010年05月15日 20時14分03秒 | 鉄道
 1872年に新橋~横浜間に日本最初の鉄道が開通した時のレールの形は写真のような形をしていました。

 見ての通り、上下同じ形をしている事から、双頭レールと呼ばれていました。今のレールとは、形が全然違いますね。
 この形には理由があるのです。上下同じ形なので、片方が磨耗した時に、上下ひっくり返したら、また使えると言う当時としては、画期的なアイデアだったのでしたが、見ての通り、底が不安定な為、レールを固定するのに特殊な金具が必要なのと、不安定な形状の為に、列車の大型化とスピードアップがしにくいと言う欠点が明らかになり、日本でも早い時期に、使われる事が無くなりました。

 このレール文鎮の出所ですが、今から20年程前に四天王寺の境内で開催されている、お大師さんの縁日に出店している鉄道グッズの出店で3000円で買いました。

 比較的新しい新幹線のレール文鎮が1500円ほどしているのを見ると、ええ買い物をしたなと、今でも思っています。


 写真は明治の香り漂う、非常にレアな双頭レール文鎮

 

米原~近江塩津~京都~大阪へ

2010年05月06日 14時40分13秒 | 鉄道
 さて、これから琵琶湖周回ルートに乗って、京都を経て、大阪に戻るのだが、このルートに乗る楽しみとして、琵琶湖の景色を楽しむのはもちろんだが、鉄の楽しみとして、江若鉄道の廃線跡を見る事が出来る。

 江若鉄道は今から40年程前に当時の国鉄が大阪・京都から北陸地方への時間短縮を図っての湖西線建設が決定した時に路線の転用などを条件に廃止になった経緯があるので、湖西線の一部に江若鉄道の路線が転用されている。

 転用されなかった、路線は大半が道路になったが、道路になった路線跡をはっきりと今でも見る事が出来る。


 江若鉄道の廃線跡をしっかりと堪能して、私はそのまま新快速に乗ったまま、大阪駅に戻って久し振りの近郊区間の大回りを終了した。

 写真は今なお、道路として残っている、江若鉄道の路線跡。

草津から米原へ

2010年05月06日 13時05分11秒 | 鉄道
 丁度、正午過ぎに草津に到着。乗り換えの合間にサンドイッチなどの軽食を仕入れて近江塩津行きの車内で食べる

 米原駅のすぐ手前にJRの研究施設があり、Win350と呼ばれた500系や700系の試作車が保存されている。

 米原駅では、列車の切り離し作業がある関係上、結構停車時間が長いので、ホームにある立ち食いの駅そば屋に行く。

 米原駅の駅そば屋の名物は、米原駅近くの伊吹山で採れるよもぎをそばと一緒に練り込んだ、よもぎそばが名物だったのだが、お品書きを見てもないので、店の人に聞くと、数年前に製麺所が作るのを止めてしまったので、やっていないと言う。

 私は大変残念に思いながら、天ぷらそばを食べて、また列車に乗り込んだ。


 写真は、米原駅のホームにある、駅そば屋兼駅弁屋

オーストラリア人の乗り鉄に出会った

2010年05月06日 10時35分28秒 | 鉄道
 桜井線から奈良で関西本線の加茂行きの電車に乗り換えたが、大和路快速が10分ほど遅れていたが、乗り換え時間に余裕を持っていたので、さしたる影響はなかった。

 加茂から柘植までは、非電化区間なので、これまた久し振りに、関西のJR線では珍しくなったディーゼルカーに乗る。

 車内で私の隣にいた白人の老夫婦と話しをすると、今日は小田原まで普通列車を乗り継いで行って宿は箱根温泉に二泊すると言う。

 話しをよく聞くと、オーストラリアのブリスベンから来て、三週間かけて本州各地の温泉や名所を主に普通列車で回っているとの事。

 理由を聞くと、新幹線は確かに便利だが、新幹線だと、せっかくの美しい日本の景色がゆっくり楽しめない。

 しかし、普通列車なら、ゆっくりと楽しめるので、敢えてそうしていると言う。

 私はその理由を聞いて、実に素晴らしい考えだと思った。
 そうなのだ、これこそ、旅本来の姿を実践しているオーストラリア人の老夫婦を見て、私は羨ましくなった。

 私は乗り換えの為に柘植駅で降りたが、老夫婦を大きく手を振って、笑顔で見送った。


 写真は、オーストラリア人の老夫婦と乗り合わせた関西本線で走っているディーゼルカー

車窓から万葉の飛鳥を感じる

2010年05月06日 09時19分09秒 | 鉄道
 今日は、朝からJRの近郊区間の大回りを久し振りにやっている最中である。
 久し振りに桜井線に乗っているが、電車はワンマン化されているわ、トイレまで設置されているわで、極め付きは、車内に有名な万葉歌人達の肖像やその代表的な和歌を掲示していた。

 私が現役バリバリの撮り鉄をしていた頃に比べて、ガラッて大きく変わっていた。

 しかし、車窓風景は昔も今もあまり変わっていなかった。ただ、宅地開発でマンションや民家が増えたぐらいである。

 車窓から見える晴れた大和三山を見て、私は万葉集にある持統天皇の春過ぎてで始まる有名な和歌の風景そのままやなと思った。


 写真は桜井市にある大神(おおみわ)神社

連休の最後は乗り鉄

2010年05月05日 19時53分13秒 | 鉄道
 ある乗り鉄女性のブログに、主に京阪神のJR線や東北新幹線などに乗ってきた。と、記事にアップされていたので、もともと鉄な私も触発されて、今日久しぶりに本屋で時刻表を買ってきて、大阪~奈良~琵琶湖一周~京都を回って、大阪に戻るルートを決めて列車の時間を調べた。

 本来なら、最初に和歌山を回るルートも考えたが、阪和線はともかく、和歌山線が105系と言う鉄の連中からは、忌み嫌われている電車に二時間近くも乗らないとあかんので、このルートは、私的に却下となった。

 実行は明日、私にとっては、連休最終日である。最近、長い事こう行った事をやっていないので、ひさびさに本格的に乗り鉄をやると思うと、年甲斐も無く、わくわくする。

 明日は、鉄道の醍醐味を思う存分に楽しんで来ようと、思っている。


 写真は、すべての鉄分が濃い人達のバイブルとも言うべき、JR時刻表の今月号の表紙

事故に巻き込まれた

2010年04月23日 21時39分42秒 | 鉄道
 今日の仕事帰りの途中、大阪環状線に乗っている最中、芦原橋駅に着いた時に駅のアナウンスを聞くと、桜ノ宮~京橋の橋げたに車が衝突して、安全確認の為に環状線全線の列車の運転を止めたとのアナウンスが流れた。

 運転再開の目途はその時点では全く分からず、イライラする他の乗客と同じように、私もイライラしていた。

 しばらくすると、地下鉄での振り替え輸送を実施するとのアナウンスがあり、改札口にある窓口に行ったが、数十人が列を成しているのに、信じられない事に対応している駅員はたった一人であった。

 いくら、環状線の駅と言えども、普通電車しか止まらない駅なので、駅員の数が少ないのは分かるが、こういった非常事態の時は、やりくりして最大限乗客の対応に当たるのが本筋ではないのか!?

 私が列に並んでから、しばらくして運転再開のアナウンスが流れて車内に戻ったが、事故の影響で一時間程、足止めに遭った。

 今のJRは合理化を推し進めた結果、今日の様な事が発生すると、列車ダイヤが大幅に乱れ、ダイヤの復旧に時間が結構掛かってしまう。

 今回の事故は、JRの責任では無いが、こう言ったリスクマネジメントをしっかりとやって欲しいものだ。