正直な気持ちを伝えてみよう~true to the haert

家族のこと・・・そして世界平和のことも。
すべての人の幸せを願って・・・

追悼される死と追悼されない死

2006-09-12 11:53:18 | 平和や人権のこと
9.11から5年が過ぎました。

あのWTCビルの跡地をはじめとするそれぞれの現場では追悼式典が催されメディアによって世界中にその映像が届けられましたね。

一周年の時と同様に今回もWTC跡地ではすべての犠牲者の方々の名前が読み上げられたそうです。

あの日、澄み切った青空の下それぞれの日常をいつもの通り過ごしその日の終わりには愛する家族の元へ帰ることを疑いもしなかったなんの罪もない3000人もの人々が残酷な形で人生を断ち切られてしまったことは確かに大きな悲劇だしこれから先何年経とうともご遺族の気持ちが癒されることはないだろうし・・・忘れずに追悼し続けることはとても大切なことだと私も思うよ・・・・

でも、この悲劇だけがいつも大々的に取り上げられて追悼されることには大きな違和感を感じずにはいられません・・・

この、憎しみの刃がアメリカという大国の象徴に向けられた原因とも言われているアメリカによるこれまでの横暴な外交戦略やその後のアフガニスタンへの空爆やイラク戦争などで失われていったたくさんの命の追悼なしには・・・9.11の犠牲者の方々への本当の意味での追悼はないんじゃないかと私は思うのです。

アフガニスタンやイラクで無残な形で命を奪われてしまった人々だって、9.11で亡くなられた人々と同じようになんの罪もなかったし同じようにかけがえのない命だったはずなのに・・・・

一方では世界中の著名な方々の前でお一人お一人名前が読み上げられそれが映像として世界中に発信され追悼の意を送られるのに対して、もう一方では名前はおろか「数」としても数えてもらえない・・・・・

この救いようのないほどの「命の差」がとても悲しい・・・・


こんなことを考えて心を痛めて憂鬱な気分になっているこの瞬間にもパレスチナでもチェチェンでもアフガニスタンでもイラクでも・・・・「対テロ戦争」という一方的な名目でたくさんの罪無き人々が殺され心がずたずたになるまで痛めつけられているという現実。


私の憂鬱なんて取るに足らないちっぽけな不幸なんだと痛感します。