最近、車の中のラジオで甲子園を聴いています。
状況を瞬時に言語化するアナウンサーの技術には惚れ惚れします。
今をときめく大谷翔平選手の母校、花巻東高校も甲子園に出ています。
先日試合があり初戦を突破していました。
花巻東高校にプロ注目のスラッガー佐々木選手がいます。
1年生の時から活躍しており高校通算140本(歴代第1位)のホームランを打っています。
テレビで見たのですが、大谷選手を目標としており、大リーグで活躍することを目指しているとのこと。
今年の甲子園の初戦でもヒットを3本も打って活躍しました。
すると、ラジオの解説者が
「これだけ注目されて活躍している選手が、天狗にならずチームプレーに徹しているのはよほどしっかりと教育を受けているからでしょう」と言われていました。
私はこの言葉に違和感を感じました。
佐々木選手が驕らず懸命なプレーをする要因は“教育”ではなく、“目標”にあると思います。
天狗にならないように教育を受けたからではなく、まだ大リーグで活躍する目標に到達していないから驕っている暇などないのではないでしょうか。
道を踏み外さないように誘導する役割も教育にはありますが、
自分の可能性を信じて努力できるように導く事が教育の真髄だと思いました。
愚輩も 40年以前 若者に 関わりました。
その時に 教育とは と自問して
若者に教えるのではなく 共に何かを見出し 考察を重ね
共に 成果を喜ぶこと と 答えを出しました。
昔風で申せば 直弟子 ≒600人 各々 成長して
今では 多くが退官か 若手組も 同まじかです。
敬具