アーカイブ『市民派アート活動の軌跡』

「アートNPO推進ネットワーク通信」
小冊子「アート市民たち」

『はじめに』NPO型のアート団体の立ち上げ経緯

2016年04月06日 | 冊子『アート市民たち』
 この春、東京国立博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチ展が開催された。この展覧会は初期の名作『受胎告知』の展覧だけでなく、ダ・ヴィンチの天文学・物理学・解剖学・建築学などへの関心と研究のプロセスを辿ろうとするもので、私はダ・ヴィンチが残した「これらのあらゆる学術の中で絵画こそが最上位に位置すると考えていた」という記述に特に興味を覚えた。芸術とはいったい何なのだろう。我々が生きる上でどういう意味があるのだろうか。

 私は昭和40年代前半に社会に出て損保業界に入り、高度経済成長の時代を生きてきた。仕事は多忙を極めたが充実感もあり、概ね順調で満足できる会社人生であった。しかし私の中には仕事だけでは満たされない渇望感のようなものがあり、もう一つの自分の世界を築き上げたい願望を常に心の隅に感じていた。そんな或る日、本社ビルから歩いてすぐの処にあるブリジストン美術館にフラリと入ったことがあるが、目に止まったのがジョルジュ・ルオーの『郊外のキリスト』であった。貧しい労働者街の凍てつく夜の道路に立つ小さな人影、何処かに置き忘れてきた大切なものを見つけた時のような静かな感動に心が満たされた。その時から、私のルオー探索と現代美術コレクション人生が始まったのである 

 私は表面的な美しさより、知的で精神性の高さを感じさせる絵に惹かれる。絵の見方も、目に見えるものを見るというより、絵全体を包む空気を感じたり、作家の思いを読み取ったりすることを楽しみにしている。ジャコメッティーの彫刻に漂う空気感に惹かれ、長谷川等伯の『松林図屏風』やリ・ウーファンの作品に余白の美しさを感じる。絵は見るものではなく、読むものだと思っている。読むとは思索すること。作家が絵に込めようとしたものは何なのか、生きたのはどんな時代だったのか、何を考えて生きていたのかなど。そのためには想像力や歴史観が重要であり、学ぶことも必要である。絵を見る=思索するとは、本当の自分と向き合うことであり、人間や人生について考えることに他ならない。

 元々、定年後の第二の人生は金を稼ぐこととは無縁の何かをしたいと考えていたのであるが、結局、その頃関わったNPO支援団体での経営ノウハウと、30年近い美術コレクションで得た知識・人脈を基盤に、NPO型のアート団体を立ち上げたというわけである。旗印は“生活のなかの生きがい実現”“草の根型アート市民運動”とした。私自身の仕事と趣味の両立、或いは美術への関心が仕事や人生に好影響を与えた生き方を、第一線で働く優秀な男たち等多くの人にも味わって欲しい、芸術とりわけ美術が持つ本当の贅沢を知って欲しいと考えたのである。

 我々アートNPOの活動はささやかなものではあったが、一定の評価を得、順調に発展を遂げてきた。しかし、私の身体の予期せぬ出来事その他思うところもあり、昨年末、アートNPOの旗を降ろす決断をした次第である。私の志しはいまだ道半ばであるが、美術界に新しい風を起こすことだけはできたと思う。・・ダ・ヴィンチが言うように、他の学術より最上位にあるかどうかはともかく、美術は時空を超えて存在する人類の財産であり、人間が生きる上での大きな価値である。そのことを知っただけでも、美術にかかわった意味があったと満足している。2007年12月 山下透




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