90代の繰言

後期高齢者の戯言

残照の記(58)

2021-05-08 15:49:38 | 日記
人新世の「資本論」 みんなのレビュー(その4)


2021/04/11 18:39
 投稿元:
2021年の新書大賞第1位。ということで読んでみた。
自分の理解力よりちょっと上の本なので、しっかり読んだ後の読後感が幸せ。

ショックだったのは、「グローバル・サウスからの搾取」と「資本主義は希少性を生み出す」、そのことによる「想像力・構想力が専門家が独占する技術によって剥奪される」ということ。

グローバル・サウスについては、ちょっと前に読んだ『2040年の未来予測』がまるごと否定されてしまった感じ。
覆されるのって面白い。

自分自身、希少性を生み出す世界前提で将来設計をしていたところはある。
物事を進めるために、希少性は必須ではない。
お金を稼ぐためには必須だけど。

急に世界は変わらないだろうけど、とりあえず自分の持っている知識や経験は、どんどん外に出していこうと思った。
幸い、どれだけ出しても収入に差が出ない仕事をしているし。


2020/12/05 02:47
 投稿元:

環境からも人間からも収奪をし続けることの限界が見えてきて、資本主義は行き詰まっている。

資本論を書き上げた後のマルクスのさらなる展開を全集にはなかった書簡などから読み取り、脱成長コミュニズムと言う経済ビジョンを提言する。

このなんだか黒っぽいカバーを外して標準的なカバーにしたほうが好ましいと思った。


2020/11/07 13:23
 投稿元:
斎藤氏はほぼ僕と同世代、マルクスにまつわる経済思想研究で成果を積み重ねて大阪市立大准教授就任、ということでいろいろなところで名前は目にしていたが、本書が売れに売れ、坂本龍一や松岡正剛が帯文で激勝、ということでミーハー心で読んでみた。

同世代ということで問題認識も似ており、論旨に共感はする。共感はする……だが、拍子抜けするほどに内容があんまりないような……?

新書というフォーマットなので、現場での実践的な理論書ではなくて広く一般読者を啓蒙するもの、という位置付けがあるのか、いわゆる僕たちミレニアル世代の世代間ではおよそ(たぶん教育によって)共有されているであろう環境破壊への危機意識を、「マルクスも実はこう言っていた」というふうに巨人を依代に使いながら、最近のテクノロジーの進歩に依拠した楽観論を「めっ!」と否定しつつ、コミュニティ礼讃の脱成長だ!と言うものの、現場の具体的な論は紙幅の関係上、全然ない。

資本主義を更新していくためのコミュニティの復権というアプローチは、都市計画や建築による場づくりなど、さまざまな分野から試みられており、いまさらイタコとしてマルクス大先生を召喚して、大上段の社会システムの改変イデオロギーを打ち立てなくでも、社会は動いている。

なにやらマルクス経済学界隈の人が、彼らが経済思想学の分野で復活するための突破口、いわば“若手ロックスター”としてまつりあげている感じなのかな? 神輿に乗っているからか、地に足がついていない感じが否めない。

イデオロギー、思想というのはやっぱりなんらか実践を伴う、または実践に結びつけた論じゃないと厳しいのではないかも。よくも悪くもSNSの時代の運動体は短文ポピュリズム的な側面があるので、かつてのようなエリートの引っ張る高等な革命論のようなものでは市民は動けない。

現実的なことをいえば、現行制度を汗かいてハックして、それを乗り越えていくことを各自が積み上げていくしかない、ということが少なくともはっきりしている以上、なんとなく提案全体が上滑りしている。

卒論、修論でありそうな自説はほどほどに、それを裏付けとなる引用をこれでもかと散りばめた思考実験を伴う形而上論をえいやと新書にねじ込んで、「若い」ということをウリに、ガンガン版元が販促したら案の定連戦連敗のリベラル層の自尊心をくすぐる左翼ホイホイとして機能してヒットしたぜ、的な感じ。

例えるなら全然荒削りだけど、ガレージロックリバイバルで的に銘打ってレーベルがもうプッシュしたらなんかすげーヒットしたArcticMonkeys みたいな。いいとは思うけど、買いかぶられすぎでは……。

同世代なので応援はしたいのだが、もっと現実的な実践の場に降りてきて欲しいなぁ、と思いました。啓蒙はもっと上の世代に任せて、ガンガン動くほうがおもしろいのに。

次回作に期待。僕にとっては刺さらなかったですが、コモンズとして環境倫理思想を持ってない世代の人にはおもしろいのかもしれません。


2020/10/28 13:16
 投稿元:
他の仕組みがうまくいかないという説明には説得力があるが、では、脱成長のコミュニズムが成立するというイメージが全く出来ないのは、読者の想像力の欠如なのだろうか。


2021/01/31 14:13
 投稿元:
ー 温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った?ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている?車をハイブリッドカーにした?

はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。それどころか、その善意は有害でさえある。なぜだろうか。温暖化対策をしていると思い込むことで、真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうからだ。良心の呵責から逃れ、現実の危機から目を背けることを許す「免罪符」として機能する消費行動は、資本の側が環境配慮を装って私たちを敷くグリーン・ウォッシュにいとも簡単に取り込まれてしまう。

では、国連が掲げ、各国政府も大企業も推進する「SDGS(持続可能な開発目標)」なら地球全体の環境を変えていくことができるだろうか。いや、それもやはりうまくいかない。政府や企業がSDGsの行動指針をいくつかなぞったところで、気候変動は止められないのだ。SDGsはアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない。

かつて、マルクスは、資本主義の辛い現実が引き起こす苦悩を和らげる「宗教」を「大衆のアヘン」だと批判した。SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である。アヘンに逃げ込むことなく、直視しなくてはならない現実は、私たち人間が地球のあり方を取り返しのつかないほど大きく変えてしまっているということだ。 ー

素晴らしい。
全人類がまずは読むべき。
彼の言う唯一の選択肢、「脱成長のコミュニズム」が正しいから、と言うわけではなく、議論の立脚点として読んでおくべき作品と言う意味で。

さて、次の課題は、いかに行動すべきか…。

喉元に見えない短剣を突きつけられていても、平凡な社会人として生きて、家族を養っていくことが大事、という幻想は、幻想以上のリアリティがあるんだよね。いや、”幻想”というのは語弊があるな。”凡庸なリアリティ”と言うべきか、“生活者のリアリティ”と言うべきか、息子と息子の子孫の未来が脅かされるなんて、「今感じている家族の生活を一生懸命支えてる感」と比べると全然リアリティがないんだよね。リアルなのにリアリティがない。

だから結局、流されて生きて何もしないのかな。
3.5パーセントが動けば社会が変わると言うけど、その3.5パーセントに自分がなるかどうかって話なんだよね…。

だから、何をすべきなのかよく考えないといけない。


2020/12/28 20:06
 投稿元:
山本周氏がTwitterで推薦していたので。
「年率4%で価値が増加する世界が、20年続いたら、今の経済規模は、○倍になる」そんな世界を本当に信じられるのか?という氏の言葉をかみしめながら、投資をしていると、
現実の経済との乖離に目がくらくらする日々。

そんな中、この本を読んで、今の資本主義の限界もよくわかったような気がする。
その一方で、著者の言う世界観は、地球の存続を踏まえると
それしかないのかもしれないけれども、今の世界の延長線上には見えてこない非現実的な理想像に感じられる。
その世界を実現するための道筋は見えてこなかった。
つまり、今の延長線上にある地球の崩壊からは逃れられないということかと感じた。

全体的に冗長な感を受けたが、この手の話は、
あまり考えたことがなかったので、これぐらいの詳しさでよかったのかもしれない。

「SDGsは、免罪符でしかない。」
人新世:人類の経済活動が、地球表面を覆いつくした、新しい年代のこと

気候変動と帝国指揮生活様式
・二酸化炭素の排出量は、上位5か国で、60%近い
中国30、アメリカ15インド6.6ロシア4.7日本3.4%
1950年以降、大加速時代:人口増、経済発展、などが、加速した。
グローバルサウス:犠牲に基づく帝国式生活様式。
例えば、バングラディシュ、従来主の種子は牛案割れ、遺伝子組み換え品種の種子と、農薬を毎年購入しなくてはならず、借金に追われる生活。
労働力の収奪のみならず、資源の収奪、さらには、自然破壊による悪影響の影響も受けるのが、グローバルサウスである。
資本は、無限に価値増殖を目指す。地球は有限であり、資源の収奪が終わると、資本主義の終焉では。

資本主義の限界:
1技術的転嫁:環境危機を技術発展で乗り越えようとするもの。アンモニアは循環されるものであった、しかし、
田舎で生産され、都市で消費されるようになると、循環しない。ハーバーボッシュ法で、生産されるアンモニアは、天然ガスをもとに作られる。単に、エネルギー資源に転化したに過ぎない。循環しないアンモニアによる被害が起こる。
2空間的転嫁:周辺からの収奪(グアノの例)
3時間的転嫁:
周辺への転嫁が進んでいるだけ。

プラネタリーバウンダリーの範囲内での行動に制限する必要がある。
ジェヴォンズのパラドクス:再生産の技術が上がって、使用量が減るかと思ったら、その分安価になって、使える人が増えて、結局、総量は変わらない。
CO2排せつ量のデカップリングは起きていない。
経済成長とともに、CO2の排出量は、増え続ける。

CO2排せつ量は、所得階級別に分けると、富裕層のトップ10%が、CO2排せつの49%を占める。
次の10%で、70%(ちなみに日本人は、大体ここまでには入る)

電気自動車の本当のコスト;
電池が必要。そこにはレアメタルが必要。レアメタルの排出には大量の水が必要。

・気候ファシズム:今のまま、気候変動が進行し、格差は、広がる。
・野蛮状態:気候変動が進行し、貧富の格差が拡大、超富裕層①��vs貧困99%となる。後者が価値、統治体制が崩壊する。
・気候毛沢東主義:トップダウンで、気候変動に立ち向かう。
・脱成長コミュニズム:

資本主義とは
価値増殖と、資本蓄積のために市場を開拓し続けるシステム。
その過程で、環境への負荷を外部に転化しながら、自然と人間から収奪を続ける。
技術によって、イノベーションがおこって、富は再配分されない。より、超富裕層が豊かになるようなシステム。
貧富の差はより広がっていく。
→経済成長と幸福度は比例していない。
格差の拡大がつづく。
人々の仕事は、生産性向上の名のもとに、機能ごとに分断され、システムに組み込まれ、システムに依存していくことに。奴隷

年齢別にみると、若い世代ほど、社会主義に対して肯定的で、
29歳以下では、資本主義に肯定的<社会主義に対して肯定的

欠乏、希少価値があるから物は売れる。
資本主義は、あらゆるものの欠乏・希少性をふかして、
価値に転化する。資本は、価値の蓄積を目指す。
土地、水、などの資源を私財化したことで、
最低限の生活を営むために、お金が必要になった。
コモンズとして共有されれば、それで最低限生きていくこともできた。

実際の価値を生み出している労働者よりも、
それをマネージする人のほうが高給になった

ラディカルな潤沢さ。貨幣経済としては産出されない使用価値
シェアリングコミュニティなど。
資本主義からの独立こそが、公平な幸せを目指せる世界である。

・使用価値経済への転換
¥労働時間の短縮
・画一的な分業の廃止
¥生産過程の民主化
・エッセンシャルワークの重視

各個人が考える、豊かさ、幸せ、というものの定義を変えていく必要がある。
物質的な充足、刹那的な喜びなど、
資本主義で飼いならされた今の感受性では、
脱成長の中で、充足されるとは思えない。

あくまで、プラネタリーバウンダリーという境界の中で、いきていくためにという制限付き。
やはり、そこに不足感、閉塞感を感じる人がほとんどであろうと思う。
その意味でも、非現実的。

プライベートでかかわっている業界は、ボランティア体質で、嫌だったのだか、
それは、実は、脱成長のコミュニズムであり、
金銭価値というものから脱却した、まさに脱成長のコミュニズムの実現なのかもしれない。

資本主義は、富を有する者が権力を握る世界であり、
一人1票の民主主義とは異なる。独裁社会ともいえる。
超富裕層がその社会システムを統治している。
そして、そのシステムは超富裕層が儲かるようにできていて、その格差は広がっていく。
本来は、富の再分配を政治が担うべきだが、
それがうまくいっていないし、今後もひどくなる一方。
(高齢化に伴う既得権益者が、過半数を占める世界。
 公務員に低賃金を求める社会風土→有能な人は公務員にならない世界。
 そして、富の増大を続ける資本主義)

無駄な競争 生産性を下げる。レッドオーシャンに飛び込むことで、無駄な生産が始まる。��こでの差別化に奔走することは本質的に無駄。新しい価値の創出でなければならない。無駄な競争は、資源も、人的資源も無駄にする→忙しいわりに報われない労働。

コモンという考え方。
ベーシックインカムも少し考えたい。
最低限度の生活を保障することの意味。

豊かになりすぎその結果、使用価値につながらない?
広義でいうレジャー産業が発展している。
(与えられた面白みはあきるという森博嗣氏の提案)
与えられる楽しみにはまると抜け出せない。
楽しみを自分で作り出す。

環境の限界がなければ資本主義は良いのかというと、
そうでもない、収奪は続き、貧富の差は拡大する世のなか。
コモンとして共有し、人と人のつながりを復興していく必要性があるのでは。


2021/04/10 20:56
 投稿元:
人新世 Anthropocene パウル クルッツェン ノーベル化学賞
ノードハウス 2018年ノーベル経済学賞受賞
 2100年に産業革命以前+3.5度(パリ協定は+2度)
 CO2排出 中国、アメリカ、インド、ロシアに次ぎ日本5位
先進国は自国ではなくグローバルサウスで人間と自然に負担

生産性の罠
 生産性を上げると失業率が上がり、経済規模を拡大せざるを得なくなる。

グリーンニューディール=緑の経済成長=現実逃避
 電気自動車では1%しかCO2を削減できない。
 大気中のCO2を除去する技術=NET=Negative Emission Technology
脱成長 生活規模を1970年代後半のレベルに戻す

ラワース 「ドーナツ経済」
 社会的土台と環境的上限の間での経済
 経済成長しなくてもグローバルなリソース配分によっては繫栄できる?
 資本主義(=利潤獲得のためには手段を択ばない)のもとで、それが可能か?

マルクス「資本論」
コモン 公共財=地球全体を民主主義的に管理

「加速主義」新技術利用で環境負担を解決する ✖
 ジオエンジニアリング =閉鎖的技術 ⇔ 開放的技術

 水や土地の本源的蓄積
  使用価値は変わらない、「希少性」が変わり価値が増え私富を増やす。
  貨幣を手に入れる方法は限られる。

「私民営化」 ラディカルな潤沢さ
 水、電力、生産手段=ワーカーズ・コープ≒労働組合 現物給付
 危機の時代 強権的な国家介入

脱成長コミュニズム
①使用価値経済への転換
②労働時間の短縮 
  エネルギー収支比率、生産力低下 使用価値のない仕事を削る
③画一的な分業の廃止
  やりがい、助け合い
④生産過程の民主化
  生産手段をコモンとして民主管理 知識や情報も 開放的技術へ
⑤エッセンシャルワークの重視
  労働集約的産業の重視  ケア労働  
  
フィアレスシティ バルセロナ 気候非常事態宣言
 ミュニシパリズム 国境を越えて連帯する自治体ネットワーク
 グローバルサウスから学ぶ

3.5% の本気で社会が大きく変わる
 ハーバード大学 エリカ チェノウェス
 

2021/02/01 19:46
 投稿元:
マルクスが資本主義研究の結果、民衆による革命を求めたように、斎藤さんがマルクスと同じように資本主義に対抗する脱成長コミュニズムを掲げ革命を起こそうとしている展開が熱い


2021/02/07 13:20
 投稿元:
いま、考えなくちゃならないこと。いま、行動しなくちゃならないこと。そして、いま、この本が売れていること。個々人が確かな意識をもって、これから過ごしていかなければならない。そうしていきたい。いこう。本当の豊かさのなかで生きるために。

難しい箇所もあったけれど、100分de名著を見て、テキストを読んでおいたので、特に後半は、ぐいぐい読めた。

この本を読めたことに感謝。この本を世に出してくださった全ての人に感謝。


2020/10/10 11:48
 投稿元:
成長神話から逃れられない資本主義のままでは温暖化、環境破壊は止められない。かといって経済と環境保護の両立を目指す気候ケインズ主義にも限界がある。地球と人類が生き残る鍵はマルクスの晩年の思想から読み取れる脱成長コミュニズムしかない・・・ 資本主義に包摂されて「この道しかない」と敷かれたレールの上で走り続けて到達した社会は想像を絶する格差社会。地球に残された寿命はますます残り少なくなっている現状を見ると確かに根本的な思考回路の軌道修正が必要な時期になっているのかもしれません。3.5%の人が動き出すと社会は変わるそうな。それぞれの立場で何ができるか真剣に検討するときの参考になります。おすすめ。


2021/03/15 12:31
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全て理解できたとは到底思わないけれど自分の中の意識を変えるきっかけになったのでとてもよかった。
また知識をつけたら読み直したい。


2021/02/20 14:27
 投稿元:
資本主義を考える月間6冊目。一言で言うと、持続可能な地球環境、生活、共生社会を実現するために、資本主義に代わる仕組みにシフトすること、民主主義も刷新すること、社会の脱炭素化を図ること、の3点。そのためにはマルクス晩期の研究がとても役に立つ、と言うもの。「成長しなければ死」というイデオロギーがいかに資本家のためだけのものか、気候ケインズ主義(いわゆるクリーンテックの開発を政府としても後押しすることで、気候変動を抑え、経済成長も図ろうとする考え方)が役に立たないものであること、スティグリッツなど新しい資本主義を模索する経済学者は夢想家であること、など、既存の考え方を無意味あるいは付け焼き刃と一蹴する。対案として、「コモン」「行政や企業の"市民"営化」「使用価値」に重きを置いた経済への転換、バルセロナなどで活発化している活動などが挙げられている。一例としてではあるが、確かに、GDPでは米国に劣るものの、寿命では6年も上回る日本の方が豊かではないか、と言う主張は理解できる。地球を維持することという一点は共通の価値観だが、何が幸せかについては一律に定義することはできず、この点で本書もやや実現性が乏しく感じる。主張の箔付けのためにマルクスという怪物を引っ張り出してきた印象が否めない。


2021/01/18 22:38
 投稿元:
一般的に共産主義として知られるマルクスであるが、その膨大なメモを読み解くと、実は全く違った姿が浮かんでくる。晩年のマルクスの到達点は実は資本主義も社会主義も超越した脱成長コミュニズムであり、それこそが「人新世」の危機を乗り越えるための最善の道だと考えていたことがわかってきたという。

本書は筆者がマルクスの考えを読み解きながら、気候問題を解決しながら人類が発展していく姿としての「脱成長」を論じている。
利潤を際限なく追求する資本主義においては、消費が喚起され続け、生産が環境負荷を増やす方向にはなれど、減らすことにはならない。
資本主義は希少性を高めて価値を増やすため、本質的に格差を増やし続けるものであり、皆が幸せになることはない。
従って、経済成長を負わない脱成長により、生産量を減らし、必要材に限る転換が必要。これを牽引するのは社会運動であろう、既に欧米ではこうした事例もでてきているとのこと。

賛否両論飛び交いそうなテーマ内容で、筆者の極端な主張は興味深い(最も中途半端な主張には興味が無いが)。理想はとても共感するし、温暖化は置いておいて、環境負荷を考えたときに脱成長的な方向性は必然だとも思う。しかし、果たしてそれで人が生きる希望(渇望)を維持できるのか、なぜ共産主義が崩壊したのかを考えた時、人間の本質を織り込んだ時、現実感が持てない。

チャーチルの言葉が思い出される
「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」

◯資本主義が環境問題の原因
・人間だけでなく、自然環境からも掠奪するシステムであり、負荷を外部に転嫁することで、経済成長を続けていく。豊かな生活の「本当のコスト」について、私たちは真剣に考えてこなかった。そのような資本主義システムこそ、環境危機をここまで深刻化させた原因である。
・富裕層が率先して排出量を減らすべきという批判は完全に正しい。事実、富裕層トップ10%の排出量を平均的なヨーロッパ人の排出レベルに減らすだけでも、1/3程度の二酸化炭素排出量を減らせる。
・先進国の経済発展は、さまざまな問題のグローバル・サウスへの転嫁と不可視化が背後にある。だから、先進国と同じ方法で経済と環境の両立をグローバル・サウスでやろうとしても、転嫁先がないためうまくいくはずがない。現代の気候危機は、そのような外部化社会の究極的限界を端的に表している。
・2040年までに、EVは現在の200万台から、2億8000万台にまで伸びる(by IEA)というが、それで削減される世界のCO2排出量は、 わずか1% と推計。
・IPCCのモデルは、経済成長を前提としている。

◯「左派加速主義」(left accelerationism)
・経済成長をますます加速させることによって、コミュニズムを実現しようという動きもある。近年、欧米で支持を集めている。
・加速主義は、持続可能な成長を追い求め、技術革新の先にあるコミュニズムにおいては、完全に持続可能な経済成長が可能になると主張。

◯資本による包摂
・人類はかつてないほど自然支配のための技術を獲得し、同時に私達はかつてないほど事前を前に無力になっている。商品の力を媒介せずには生きられない。
・その快適さに慣れ切ることで、別の世界を思い描くこともできない。
・社会全体が資本に包摂された結果、「構想」と「実行」の統一が解体されてしまった。

◯資本主義の本質
・本源的蓄積は潤沢なコモンズを解体し、希少性を人工的に生み出す。「私財の増大は、公富の減少によって生じる」。ここでいう「公富」とは、万人にとっての富のこと。
・資本主義が続く限り、「本源的蓄積」は継続し、希少性を維持・増大することで、資本は利潤を上げていく。そのことは九九%の私たちにとっては、欠乏の永続化を意味している。
・囲い込み後の私的所有制は、この持続可能で、潤沢な人間と自然の関係性を破壊していった。それまで無償で利用できていた土地が、利用料(レント=地代) を支払わないと利用できないものとなってしまったのである。
・無限の消費に駆り立てるひとつの方法が、ブランド化だ。広告はロゴやブランドイメージに特別な意味を付与し、人々に必要のないものに本来の価値以上の値段をつけて買わせようとする。
・「満たされない」という希少性の感覚こそが、資本主義の原動力なのである。だが、それでは、人々は一向に幸せになれない。
・私たちは、十分に生産していないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから、貧しいのだ。これが「価値と使用価値の対立」である。

◯脱成長とコモン
・ラワースもオニールも、「脱成長」あるいは「定常型経済」への移行を真剣に検討すべきだと結論づけている
・〈コモン〉は、アメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り拓く
・第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。
・共同体では、同じような生産を伝統に基づいて繰り返している(経済成長をしない循環型の定常型経済)。もっと長く働いたり、もっと生産力を上げたりできる場合にも、 あえてそうしなかった。権力関係が発生し、支配・従属関係へと転化することを防ごうとしていた。

◯自由の国
・無限の成長を追い求め、人々を長時間労働と際限のない消費に駆り立てるシステムを解体し、総量としては、これまでよりも少なくしか生産されなくても、全体としては幸福で、公正で、持続可能な社会に向けての「自己抑制」を、 自発的に行うべき。自制によって「必然の国」を縮小していくことが、「自由の国」の拡大につながる。
・マーケティング、広告、パッケージングなどによって人々の欲望を不必要に喚起することは禁止。コンサルタントや投資銀行も不要。年中無休も廃止。必要のないものを作るのをやめれば、社会全体の総労働時間は大幅に削減できる。
・本書が問題にするのは、現在のような消費を可能にしている生産の方。
・二酸化炭素排出量を削減するための生産の減速を、私たちは受け入れるしかない。「排出の罠」で生産力が落ちるからこそ、「使用価値」を生まない意味のない仕事を削減し、ほかの必要な部門に労働力を割り当てる���とがますます重要になる。
・生産力の向上で「労働の廃棄」や「労働からの解放」を実現するのは、脱炭素社会においては無理。
・労働の中身を、充実した、魅力的なものに変えていくことが重要

◯脱成長コミュニズムの柱
1.「使用価値経済への転換」
2.「労働時間の短縮」
3.「画一的な分業の廃止」
4.「生産過程の民主化」
・生産手段の共同管理。なにを、どれだけ、どうやって生産するかについて、民主的に意思決定を行うことを目指す。
・強制的な力のない状態での意見調整には時間がかかるため、意思決定の減速という決定的な変化をもたらす。
5.「エッセンシャル・ワークの重視」である。
・現在高給をとっている職業として、マーケティングや広告、コンサルティング、そして金融業や保険業などがあるが、実は社会の再生産そのものには、ほとんど役に立っていない。本人さえも、自分の仕事がなくなっても社会になんの問題もないと感じている、すなわち無意味な「ブルシット・ジョブ(クソくだらない仕事)」が溢れている。高給なため、そちらに人が集まってしまっている現状。
・社会の再生産にとって必須な「エッセンシャル・ワーク(「使用価値」が高いものを生み出す労働)」が低賃金で、恒常的な人手不足になっている。

◯転換の方法
・いきなりトップダウンの解決策に頼ろうとする「政治主義」モデルは、機能しない。
・政治は必要だが、社会運動からの強力な支援が不可欠になる。
・3.5%の人々が本気で行動を起こせば社会は動く(ハーバード大学・エリカ・チェノウェス)

◯事例1:フランス市民会議の成果
・2020年6月21日、ボルヌ環境相に提出されたフランスの市民議会の結果。
・抽選で選ばれた市民150人は気候変動防止対策として、およそ150の案を提出した。そのなかには、2025年からの飛行場の新設禁止、国内線の廃止、自動車の広告禁止、気候変動対策用の富裕税の導入が含まれている。さらに、憲法に気候変動対策を明記することや、「エコサイド(環境破壊) 罪」の施行について、国民投票の実施を求めたのである。
・市民議会の提案がここまでラディカルな内容になったのは、社会運動によって民主主義のあり方が抜本的に変容したから。
・「黄色いベスト運動」や「絶滅への叛逆」は、しばしば具体的な要求を掲げていないと批判されてきた。だが、彼らの求めていたより民主的な政治への市民参加は、市民議会という形で実現され、ついには具体的な政策案になった。


2021/02/22 04:54
 投稿元:
難しかったので飛ばし読み。が、大事なことが書かれてあるとは感じた。

・資本主義が環境を破壊し、人の格差を生んでいる
・温暖化が進むと世界はまずいことになる
・温暖化防止策、格差解消策が必要
・だけど人は資本主義を止められない

という現状において、どのような観点でものごとを見るべきか、どのような議論がなされているのかを概観することができる。

現在言われている、SDGsやグリーン経済、グリーンニューディール、電気自動車、技術の発展による問題解決、サービス経済・シェアリングエコノミー等による問題解決、を根拠をもってことごとく否定。

解決策は、コミュニズムと脱成長とする。

バルセロナ(極端なゼロエミッション)、デトロイト(都市農業)、デンマーク(都市農業)等で行われている実際の脱成長路線の紹介が興味深い。

見たところ、変化が起こりだすのは以下のような共通の条件があるように見える。
 ①都市が完全に破綻した時に(財政破綻、格差極大化等)
 ②怒れる市民が立ち上がって
 ③世界から情報と支援を得ながら
 ④市民が本当に住みたいまちづくりを模索し始める

著者がもっている危機感を世界が(私が)感じていないのは、そもそも①がないからだろう。

とはいえ、環境破壊はやってくるらしい。私たち大人や、子孫の暮らしにどう影響するのか。もう少しこの分野の知識を深めたい。


2020/10/05 01:23
 投稿元:
いやあ、おもしろかった。途中からワクワクしながら読んだ。マルクスが晩年にどんなことまで考えていたのかがわかった。そこがまずおもしろい。そして、いま具体的にどのような動きがあるのかも興味深かった。だいたい文系の著者によって気候変動について書かれたような本では、「地球に優しく」などと書かれることが多いのだろうが、温暖化なんて地球にとっては屁でもないわけで、まあそんな批判的な目で本書を読み始めた。ところが、マルクスの話から脱成長コミュニズムへとどんどん話はおもしろくなっていくわけだ。「貨幣に依存しない領域が拡大することで、人々は労働への恒常的プレッシャーから解放されていく。その分だけ、人々は、より大きな自由時間を手に入れることができる。」もうこのあたりの件は、私自身本当に望ましい生活で、こんな状態が理想である。最終章に向けて具体的な動きも語られており、もうますます期待をよせることができる。さて、自分には何ができるか。ずっと広井良典さんとか佐伯啓思さんとかの本を読んできて、自分の中では「右肩上がり」なんてことばは全く響かなくて、人口は減った方がいいと思っているし、この「脱成長」の気持ちはとってもよく分かる。で、何をするか。まあとりあえずは、こういうものの考え方があることを子どもたちに伝え、あと4年たって定年を迎えたら、貨幣に依存しない、それから、競争とか勝ち負けとか気にしない、そんな生き方ができるといいなあ。そして、もうブルシット・ジョブにはつきあわずに、エッセンシャルワークだけをしていたい。ところで、本書のキーワードをたどっていけば、あきらかに柄谷行人さんと重なっているのだけれど、結局著者はまったくふれていない。これは意識的なものなのだろうか。
(つづく)

残照の記(57)

2021-05-07 15:21:48 | 日記
人新世の「資本論」 みんなのレビュー(その3)

2021/04/12 13:28
 投稿元:
経済思想の専門家による意欲的な「資本論」。最新のマルクス研究の成果を踏まえて、気候変動と資本主義の関係を分析していく中で、晩年のマルクスの到達点から現在の危機を乗り切るための方策を導き出している。資本主義が引き起こしている気候変動という問題を、資本主義という根本原因を温存したままで解決することなどできず、グリーンニューディール政策なども矛盾であると喝破している。キーワードになっている「脱成長」は、人口減少で成長が難しい日本では取り入れなければならない考えだと感じていたが、やはり一般には受け入れられない考え方だろう。この本にはいろいろなヒントがある。


2021/02/16 08:40
 投稿元:
マルクスを新に掘り起こすことによって、気候危機に対するラディカルな処方箋を提示する。

山本良一の「総動員」や広井良典の「定常型社会」より、主張がシャープだ。

アジテーションの香りもあるが、近年、頭が研ぎ澄まされ、胸が熱くなったことのない自分が、なにかしようとおもえた。これは大きい。

資本主義は「息ができない」「息が苦しい」。この事実をまざまざと、かの原理と構造から納得したからだ。

批判的なまなざしも持ちながら、定期的に再読したい。


2021/03/03 16:36
 投稿元:
極論かもしれないが、一筋の未来の可能性を徹底的な分析から論じて提言している内容からは、参考になる部分が大いにある。
少しでもエッセンスを取り入れたい。


2020/12/29 17:23
 投稿元:
資本主義の根底は成長を目指すものだから、資本主義社会である以上は、いくらグリーンな社会を目指そうとしても、地球環境の破壊を阻止する事はできないとの事。
持続可能な社会を目指すには、資本主義社会を廃止し、脱成長の道に進むべきと。
私も資本主義の限界を感じる部分も多いので、色々と納得出来た。
ただ何故資本主義社会のままでは持続可能な社会を目指す事が出来ないのかと言う所がメインに書かれていて、脱成長への道のりや具体的な対策に関しての内容はやや薄いかなと感じたのと、私にはなんとなく理想論に聞こえてしまった。
人間って欲深い生き物と思うので、資本主義に慣らされた私達が脱成長を果たして目指せるのか疑問。
資本主義に取って代わる事の出来る持続可能な社会体制とは何か。私も色々と考えてみたい。


2021/03/06 17:54
 投稿元:
資本主義の行き詰まりを誰もが感じている中で、本当の意味での脱成長とは何かを「コモン」という概念を軸にわかりやすく提示されている。


2021/02/11 17:30
 投稿元:
「私たちは、十分に生産していないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから、貧しいのだ」

良い思考実験になったし、深刻な問題ゆえに自分も何かしたいと思うんだけど、結局は人々の教育が大事なんだろうなぁと思うなど。主体性が求められる社会になっていくだろうし、分断を統一していかないとこういう変化は起こせないだろうし。そうするとなによりも、総体的に物事を捉えるために視野を広げたりそもそもの議論が可能である下地が必要だよなって思う。


2021/01/10 13:31
 投稿元:
読むと、自分の無力にうちひしがれるばかり。この危機に、自分の出来ることのなんと微々たることか。マイボトルとかエコバッグとか、ロスを出さないとかよく考えて買い長く使うとか、もうとっくに、そんな個人レベルでどうこうという段階は越えているのだろうと思う。環境に対する危機感や行動を、一部の「意識高い系」の人の立派な行い”で終わらせるべきではないし、新たな分断も生まれるべきではない。そんなことをしている時間は、たぶんもうない。


2021/03/01 18:53
 投稿元:
売れているのは知ってました。でも、すぐに読まなくちゃダメだ!と思ったのはNHK Eテレ 100分de名著「資本論」講師としてコンサルティングやマーケティングをブルシットジョブとして一刀両断したのを見て。「労働」を資本が「構想」と「実行」に隔離しているという説明を聞いて。この一年「働く」ということの意味を探してぐるぐる迷走している自分としては、著者の不敵かつ明確な言語に引き寄せられて速攻で本書を求めました。で、結果は、今年(まだ2月だけど…)一番の「視野を拡げてくれたで大賞」本でした。SDG’sをまやかしだ、なんてびっくり!正しいかどうかは置いておいて、冷戦終結後の「歴史の終わり」といいながら終わらなく、選択肢のないままモヤモヤしている世界を考える軸として後期の資本論では見えないマルクスを持ってくるのに衝撃を受けました。今年になってずっと積読だったピケティの「21世紀の資本」をうんうん言いながら悪戦苦闘しながら精読中ですが、その後ピケティ自身がさらに進化しているという記述に、やばいよやばいよ。ちょうど、またNHKスペシャルで「2030未来の分岐点」という、2021からの10年に使い方で世界は大きく変わる、というシリーズやっていて超暗いCGに煽られていますが、本書の読後感は、なんか明るい光を感じます。やっぱりダイナミックに未来を語る若者の存在って大切でしすよね。


2020/12/28 07:41
 投稿元:
晩年のマルクスの手稿から、資本論だけでは語られていないマルクスの思想を読み解き、現代の世界に翻訳した意欲作。資本主義の限界や噴出する問題間のつながり等、意識づけられた。特に私の場合、閉鎖的・解放的技術といった技術のイデオロギーに関する議論に関心を持った。自分が取り組んだり、調査している技術が、究極何のためなのかを考えるキッカケになった。


2020/10/28 17:58
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Less Than UsefulさんのAmazon評を読み、一部情報に誤りがあること、我田引水のストーリー展開で、恣意的な表現、解釈が多分に含まれていそうであることに配慮が必要と認識しました。むりやりマルクスに結びつけなくても、という点はわたしも同じ感想を持ちました。

本書の7-8割は、既存の各種論調に対する批判で、思想や世の中の情勢に疎い身としては少し冗長に感じました。それでも論旨は素人にもわかりやすく、具体的にどういう対案が出されるのだろう?早く結論が知りたい!とワクワクしながら読み進めていました。最終的に、バルセロナでの取り組みなどをまったく知らなかった身としては、理論に終始せず、具体的な活動が話の落とし所となっていた点は十分に符に落ちるものがありました。
ただ、具体的に、民主的な共同体でどのように公平性は確保されるのだろう?プロセスは?そもそも何をもって公平と言えるのだろう?という疑問は解決されることなく、方法論は、バルセロナやその他団体をご参照!という終わり方であった点は、もう一歩踏み込んで欲しかったなぁという気がします。

それでも、一本筋の通ったわかりやすい論調で、今まで環境問題や、資本主義の問題点について深く考えたことがなかった教養なし人間である私に、問題意識を芽生えさせてくれたことに感謝して☆5つです。

自分でもさらに調べを進めてみたいと思わせられる気付き、学びの多い本でした。


2020/10/25 18:50
 投稿元:
マルクスの思想から、人新世における気候危機、格差社会、資本主義経済への根本的対処を考えるのが本書の営みである。
個人的には以前から、資本主義の仕組みは既に限界で、脱成長経済が必要であると考えている。そこで出会った本書の考え方は、大いに示唆を与えてくれたものの、あまり現実的ではなく、理想論に過ぎない部分がまだ多いように思えた。

富の考え方として、「私富」や「国富」に現れてこない「公富」=コモンズがあり、コモンズを軸にしたコミュニズムによって、希少性により価値を生み出す資本主義に対抗するというのは面白い。
コロナ禍での各国における危機に際しても、コモンズが豊かな方がレジリエンスは高まるだろう。

ただ、個人的に感じたのは、崇高な理念から始まったワーカーズ・コープ等の活動も、そのままでは資本主義に飲み込まれていってしまうのではないかという危惧である。
本書で出てくる、本当に必要な仕事であるエッセンシャル・ワークの例として、ケア労働が挙げられている。確かに、ケアワークは社会に必要な仕事であるし、その仕事自体に価値がある。だが、ケア労働に付帯する作業の一切合切がすべて不要なものとして切り捨てることができるのか、疑問が生じる。
確かに、経営者や管理職などで、不要な労働に付加価値を付けている例は枚挙にいとまがないだろう。しかし、人が集まり、組織ができてくると、組織として必要な管理業務が発生する。
組織を形成せずに、すべてのエッセンシャル・ワークを個々人が行うことを想定しているのだろうか。だとすれば、それは現実不可能な理想論になってくる。

本書に「石油メジャー、大銀行、そしてGAFAのようなデジタル・インフラの社会所有こそが必要」とある。確かに、デジタル・インフラもコモンズとして皆が使いたいときに平等に使うことができれば、それは理想的な社会だろう。
だが、そのデジタル・インフラの運用は誰が行うのだろうか。それもエッセンシャル・ワークとして社会に必要な仕事になるだろうが、それこそ一人の個人でできるような作業ではない。幾人もの人間たちがチームを組んで事に当たる必要がある。そうなれば、本書で切り捨てられているコンサルティングのような仕事も必要になってくる。

本書の最後の方にあるように、3.5%の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が変わるというのには、勇気付けられる。
しかし、具体的な行動を実践できる人が果たしてどれだけいるだろうか。

私のような、総論賛成、各論反対の個人たちをどう動かすか。
無限の経済成長という虚妄との決別、持続可能で公正な社会に向けた跳躍というのは、理想論としては素晴らしいが、どうやって実現していくか。どうやって人間たちに一歩を踏み出させるか。
ただ、理想がないと人間は動かないのも真理である。
現実的なところは今後の議論が必要にしろ、理想論としては非常によく、今の社会に必要な一冊。


2021/02/23 11:46
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気候変動による人類の危機を救うには脱経済成長が必要。主要先進国が環境や経済に優しい生活をしようとしても、それは資源を搾取される発展途上国に負担を転嫁しているに過ぎず地球温暖化の歯止めにならない。
資本主義の転換やマルクスの考えを展開していく。

人に欲望がある限り難しい課題だと感じる一方で、過小ですが、自分の無駄も考える契機になりました。

世界には民主主義や共産主義、独裁国家など様々な国がありますが、お互いの利害関係を超えて協力しないと共倒れになる共通認識が必要ではと思いました。
人に共感したり思いやったり、小難しい技術でなく、人として当たり前の事ができるかが大事かなと。それが難しいから戦争や紛争、犯罪、貧困が起きるのでしょうけど。


2020/09/27 17:22
 投稿元:
一気に読んだ。経済成長はなくとも豊かな生活を送れる希望が持てる。脱成長を生産の側から考えるところは非常に良かった。日本が隔絶されてる感じが危機感を覚える。行動変容につなげていきたい。


2021/02/19 01:28
 投稿元:
昨日読み終わって…違和感について一日考えてたんだけど、齋藤さんが、それじゃだめだというアナーキズムによって、あらゆる権力から解放される方が脱成長コミュにズムに近づけるんじゃないかと思う。

それはともかくめっちゃ想像力を刺激される!息子たちも読んで欲しいな…(^^ゞ


2021/01/16 09:30
 投稿元:
かつてアントニオ猪木は「本当なら10年もつ選手生活が1年で終わってしまうかもしれない」というような事を発言したが、地球にも同じことが言える

ここ数年メンタルヘルスという単語を聞いたり読んだりする機会が格段に増えた実感がある。資本主義社会における新自由主義下での疲弊がピークに達しようとしているというあらわれなのだろう

したり顔で手をこまねいている状況じゃない
(つづく)

残照の記(56)

2021-05-06 15:01:13 | 日記
人新世の「資本論」 みんなのレビュー(その2)

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今は人類の経済活動が地球を破壊する「人新世(ひとしんせい)」=環境危機の時代。どうすればこの危機を免れることができるのか? 気鋭の哲学者が、晩期マルクスの思想を基に解決策を提示する。

はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
第2章:気候ケインズ主義の限界
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
第4章:「人新世」のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
第8章 気候正義という「梃子」
おわりに――歴史を終わらせないために


2020/11/08 22:36
投稿元:
『人新世の「資本論」』斎藤幸平
この硬い単語が並ぶ新書が6万部売れているらしい。もちろんかなり噛み砕いて書かれている。
資本論やマルクスを扱った本、といっても環境問題を持続可能な社会を如何につくっていくかというさけられない問題について考えたい人が多いからだと思う。

「SDGsは大衆のアヘンである」という始まりは、今の社会への闘争宣言でもある。
扱う問題は、まさに根本的な問題。格差は広がる、環境問題は深刻化する、その根源は資本を如何に増やすかに集中する資本主義。
心身をヒリヒリさせながら、たくさんのものを生産したり、サービスを考え出したりする。
でも商品は機能が良いだけでは売れないし、サービスも価格競争になっていく。そんな中でモノからコトへ、ストーリー、ブランディング、世界観。。。
新しいこと付加価値をつけるべく、いろいろな方法が現れる。でも、それってモノが溢れる中でいかに希少性をアピールして目立たせて、という話で大量生産→大量消費の構造をより強化している。

でもさ、と言いにくい。これは日本のみならず近代化した世界に蔓延した空気、というよりも常識。いや、刷り込みなのかもしれないけれど。。。
そんな多くの人が心身に不調をきたしても避けられない、代替案が見当たらない問題に斎藤さんは踏み込んでいく。
資本主義をどうしていくのか、他に方法はないの、それが世界の最大の問題だ。このGDP、利益、売上、株価など軸にしながら、賃金や貧困、環境問題を後回しにしている社会。

『ブルシット・ジョブ』ディビッド・グレーバーについても言及しているように、過剰生産、過剰サービスの社会では管理のための管理者のような使用価値としてはあまり意味のない仕事が多く存在する。この短期の効率を重視し、長いスパンでの非合理な世界を修正していくために以下の5つを掲げていた。
1. 使用価値経済への転換
2. 労働時間の短縮
3. 画一的な分業の廃止
4. 生産過程の民主化
5. エッセンシャル・ワークの重視

「本源的蓄積」というキーワードも気になった。個人個人がコミュニティの中で持っていた、いわばセイフティネットのことだ。
資本主義はそれ解体していって、人々は地に足をつけながら生きることができずアノミーな存在になってしまった。

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#エコロジー経済
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#書評
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2020/12/22 19:39
投稿元:
気候変動などの危機を乗り越えるために、最新のマルクス研究に基づいて、脱資本主義・脱成長のための蜂起を促す本。

資本主義が唯一絶対の選択肢ではないということを実感させられた。


2021/02/20 18:31
投稿元:
NHK『100分で名著』の解説をされていたのを観て購読。内容は被るが、いかに資本主義に自分がどっぷり浸かって、ゼロベースで考えられなくなっているかに気付かされる。

「人新世(ひとしんせい)」とは、人間の活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代。有限の資源を使って無限の成長を求める資本主義は、先進国による、資源の収奪と負荷のグローバル・サウスへの外部化で成り立っており、その外部が消失した時代でもある。

グリーン・ニューディールも、ジオエンジニアリングも、MMTのような経済政策も、危機を生み出している資本主義を必死に維持しようとしている点で矛盾と喝破している。

著者の唱える対案が「脱成長コミュニズム」であり、私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理ということなのだが、国有との差が、自分には理解が及ばなかった。

ところで、卑近な話だが、基本専業主婦の母が「みんな一度貧乏になればいいのよ〜」と言っていたが、案外合っているのかも…あの人すげえな。。


2021/04/18 21:03
 投稿元:
環境を制約条件として資本主義の限界が来たという視点はユニークだけど、それが社会を変えるイメージは持てなかった。環境はともかく「脱成長」というキーワードは全面的に支持したい。


2021/02/15 06:44
投稿元:
 気候変動危機を救うのは、後期マルクスの「脱成長コミュニズム」。現在進んでいるマルクスの新しい資料の世界的な編纂から、新しいマルクス像が浮かび上がり、それはまさに現在の危機、資本主義の危機に対応するものだった、というのが著者の主張。「SDGsは大衆のアヘン」として、つまり気候変動危機を決して救うものではなく、アリバイ作りようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない、という。
 そして、気候変動危機を救うのは「脱成長」「コモンの復活」であり、世界ですでに起こっているコモン復活の運動を紹介する。

 今後は、ますます世代間の闘争・・・になっていくのかな? そして、一人ひとりがどういう立場に立つのかが、問われる。でも、言動はアンビバレンツにものになりそうな感じ。


2020/10/17 12:12
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冒頭にSDGsへの批判があって、自分も違和感があったのでなるほどという感じだった。気候変動などの危機を社会は認知していて、何か対策を打っていかないと企業としてもまずい。それでSDGsを掲げて活動しているわけだが、根本的な解決には到らない。。
資本主義であるかぎり自然や人からの収奪は止まらない。本当にいま、身近なレベルでも影響が出てきてるように感じている。
毎年のような自然災害(やたら日々の気温が上下したりとか小さいこと含め)、どんどんアウトソーシングされる仕事(効率化のために、と間接業務の切り出しやオフショアニアショアを推進って…切り出された方にとってもハッピーなのか??という違和感)、これらは資本主義であるかぎり止まらないということは本書を読んで納得できた。
これからどうするか、、という部分は難しく、必ずしも同意はできなかったが、これからも考えていきたい。


2021/04/10 16:08
投稿元:
今日の世界的問題とは人口問題であり、食料問題でありそして地球温暖化に代表される地球規模での環境問題である。
 これらの問題は、産業革命以降、エネルギー消費型の文明になってきたことが原因だと考えられきた。
 マルクスの研究者である著者はそうではないという。根本の原因は資本主義にあるという。資本主義はその出自から資本を増加するように働く運動であり、その運動には労働者の待遇、環境汚染、富の不均衡などの様々な問題には目をつぶり、ただただ資本の増強を目指すという性質が備わっているという。このような資本主義が孕んでいる問題に、晩年のマルクスはきづいていたという。
これまで、マルクスの著作は共産党宣言、資本論、ゴーダ綱領批判などであり、資本論第二巻、第三巻は完成することなく亡くなっていたいたことは知っていた。ところがマルクスは亡くなるまでに思索を深めており、そのことは様々な文章、メモ、手紙から知ることができるのだという。斎藤氏はそれらの残された資料を世界の他の研究者と協力して読み解き、マルクスの晩年の思想を明らかにした。そこに地球環境問題を解決するための糸口が見つかったというのである。
 結局貨幣という価値、資本という価値に環境からの負債がくみいれられていないことが問題なのだという気がした。近年よくいわれるSDGsなどはそれを組み入れようという運動だと思われるが、それは方便に過ぎないことが明らかにされる。
 環境負荷の少ない世界を実現しようという著者の強いエールを感じた。久しぶりにであった良書であった。


2021/03/17 17:12
 投稿元:
今の時代に対する、劇薬のような。発想の転換と、そう入っても無理じゃないか?がせめぎあう刺激的な一冊でした。以下、備忘録的に。●人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆い尽くした年代、それが「人新世」(パウル・クルッツェン)●グローバル・サウスとはグローバル化によって被害を受ける領域、住民のこと。●海に流れたプラスチックごみは魚介類や水に混じって生活に舞い戻る。私達は毎週クレジットカード1枚分のプラスチックを食べていると言われる。●石炭の低廉化により、様々な部門で石油が使われ、消費量が増加。効率化すると環境負荷が減るのではなく、むしと増やしてしまう。「ジェヴォンズのパラドックス」●2040年代までに電気自動車は200万台から2億8000万台に伸びる。しかし、それで削減されるCO2排出量はわずか0.1%。●例えば水が潤沢にあることはすべての人にのぞましい「公富」のあるべき姿。ところが水を商品化して希少性を作ると「私財」は増え貨幣で計算される「国富」も増える。しかし真の意味での「公富」は減る=「ローダデールのパラドックス」。●希少性を残すためにワインやタバコの収穫量を制限する=公富、潤沢さの減少。●水の「使用価値」は変わらないがコモンズから私的所有になることで希少性が増大、価値は増える。●広告、ブランド化は、この使用価値が変わらないものに相対的な希少性を加える行為。人は永遠に満たされず、満たされないという感覚こそが資本主義の原動力。●マーケティング産業は食料とエネルギーに次ぐ第三の産業。商品価格の10〜40%がそのパッケージングの費用。広告=「ブルシット・ジョブ」…●感染症の治療薬の開発が遅れたのは、精神安定剤やEDの治療薬と言う儲かるクスリの開発に特化したから。●資本の価値増殖を優先して「使用価値」を犠牲にした結果、マスクさえもコストカットのために海外にアウトソーシングして手に入らなかった。●気候正義(climate justice):先進国の富裕層が気候変動を引き起こし、グローバルサウスが被害を受けるこの不公正を解消スネ期という認識。●ハーヴァード大学エリカ・チェノウェスの研究によると、「3.5%」の人々が非暴力的な方法で立ち上がると社会が大きく変わる。


2021/03/30 01:23
 投稿元:
ちょっと難しい内容。

新自由主義や資本主義は、グローバル・サウスからの搾取が前提で限界を迎えつつある。
環境破壊を食い止めるには、脱成長コミュニズムを推進すべき、という主張は分かった。


2021/02/07 17:50
 投稿元:
ピケティやスティグリッツも今の資本主義の問題を指摘してるが、斎藤の資本論はわかりやすい。

今の世の中、価値と使用価値が逆転している指摘はまさにその通り。社会にとって本当に必要なものはなんだ?


2021/02/16 02:17
 投稿元:
環境倫理の問題をマルクスの新解釈による経済思想を用いて解決しようという試みだが、市民社会論の領域まで議論は及んでいく。そして著者は最終的に「経済・政治・環境の三位一体の刷新」を唱える。
環境問題はトランスサイエンス的問題になっており、もはや科学者だけでは解決する事はできない。よって科学哲学と政治哲学との融合が必要であるとは考えていたが、両者に経済思想も加える事により新たな視点や解決策が見出せるのではないかとの期待を持った。本書は専門書ではないので議論に少々粗い部分が感じられるし、私自身マルクスについて殆ど知らないので議論の妥当性を評価できるレベルにはないのだが、本書を土台として議論を深め、より「三位一体」を意識した取り組みが展開していければ、人類の危機は回避できるのかもしれないと思わせる内容にはなっている。まずは本書を通じて著者の問題意識を認識する事からスタートするのが必要であろう。
所謂学者と呼ばれる人々は個々の専門領域に閉じこもりタコツボ化しがちである。しかしながら、科学・政治学・経済学の境界を取り払った学際的な取り組みを行っていかなければ環境問題の解決は不可能な時代になっている。また哲学・思想研究に欠如しがちな事ではあるが、机上の空論だけではなく現実問題へのアプローチという視点も重要である。著者はまだ若く将来性もあるので、単なる研究者に留まらない今後の活躍に期待したい。


2021/03/05 00:40
 投稿元:
資本主義を超克し、気候変動を解決するには、脱成長コミュニズムしかない、とマルクスの資本論の本質研究から鮮やかに描いている。社会システムの大転換が実現できるのか懐疑的だが、3.5%が動けば可能性がある、と。新自由主義、格差などあらゆる社会課題は、気候問題とつながり、グローバルに立ち向かうしかないことがよくわかる。地球課題の根本解決に対して示唆に溢れている。


2021/03/27 11:18
 投稿元:
資本主義は、人間の労働力だけでなく、自然環境からも搾取して成長した。環境負荷を外部化してその費用を不払いにすることが豊かな生活の前提条件になっている。
資本の力では克服できない限界が存在する。
アンモニアを製造するために大量に天然ガスが使われる。肥料は、別の限りある資源を浪費しているだけ。
グリーンニューディールは可能ではない。「プラネタリーバウンダリー(地球の限界)」はすでに超えている。
経済成長の罠=技術によって省エネになると、経済規模が大きくなってその分エネルギーを使うことになる。
生産性の罠=労働生産性が上がると失業を防ぐために、経済規模の拡大を求める。
先進国は、相対的デカップリングは進んでいる。途上国の負のデカップリングのおかげ。
ジェヴォンズのパラドックス=石炭問題。効率化すると環境負荷が増える。石炭の使用の効率化で価格が下がり、さまざまな部門で石炭が使われ消費量が増えた。現代の大型テレビ、SUVなど。

石油価格が高騰すると代替エネルギーが増える、はずだったが、実際はオイルサンドやオイルシュールなどで補った。

バッテリーの製造過程でのCO2排出は、バッテリーが普及するほど増える。
二酸化炭素を同定する技術も、IPCCの予測に含まれている。経済成長が前提となっている。
グリーンニューディールでは解決しない。いいことをやっているようで、実はもっと産出量を増やしている。

脱成長という提案。
資本主義の元では、脱成長はできない。資本主義は、価値増殖と資本蓄積のために、さらなる市場を絶えず開拓するシステム=外部市場と環境から搾取してきた。
制度設計とインセンティブの付与では対処できない。資本主義に挑む仕組みづく理が必要。
失われた30年、は脱成長の見本ではない。
マルクスと脱成長を結合するべき。

コミュニズム=共同管理運営の社会。
フランスの市民議会の選出方法は、選挙ではなくくじ引き。国民の構成に近くなるような選び方。専門家のレクチャーのあと、議論を行い投票する。

資本主義は、絶えず欠乏を生み出すシステム。
資本主義はあらゆるものが売買できる仕組み。労働力も売買できるものになった。
無料の水力から、石炭への移行が起こったのはなぜか。石炭の排他的独占可能性が、資本主義的意義を持つから。
気候変動もビジネスチャンスになる=気候変動によって希少性が増すものがある。
脱成長コミュニティによって、希少性を追い求める悪循環から逃れられる。
ピケティ―の「資本とエネルギー」では資本主義の超克を求めている。参加型社会主義。

使用価値経済への転換、労働時間の短縮、画一的な分業の廃止、生産過程の民主化、エッセンシャルワークの重視。エッセンシャルワーク対ブルシットジョブ。


2021/02/14 15:45
 投稿元:
マルクスの最終到達点が歴史的に誤解されているとういうことを訴えつつ、地球環境の終局的破壊を阻止するためには資本主義を捨て去り脱成長を目指さなければならないことを説いた本です。

マルクスがどうであったかという点は、個人的にあまり興味がもてなかったのですが、資本主義下においてアピールされる環境問題への啓蒙は、実際にはほとんど好影響をもたらさないという衝撃的な主張が展開されます。
資本主義には成長主義がビルトインされているので、なにをやっても結局は、環境破壊や貧困を都市の外に押し付けながら、しかしゆっくりと自滅の道を辿るしかないとされています。

とすれば、それを克服するものとして本書で掲げる「脱成長コミュニズム」が、支持を得つつ発展していくためには、これが資本主義と同じように、自己目的化に近いスパイラルを生み出す、そういう“仕組み”が必要なように思いました。
(つづく)


残照の記(55)

2021-05-05 22:16:24 | 日記

メルケル首相の演説(2020年3月18日

新型コロナウィルスにより、この国の私たちの生活は今、急激な変化にさらされています。日常性、社会生活、他者との共存についての私たちの常識が、これまでにない形で試練を受けています。
何百万人もの方々が職場に行けず、お子さんたちは学校や保育園に通えず、劇場、映画館、店舗は閉まっています。なかでも最もつらいのはおそらく、これまで当たり前だった人と人の付き合いができなくなっていることでしょう。もちろん私たちの誰もが、このような状況では、今後どうなるのかと疑問や不安で頭がいっぱいになります。

本日は、現下の状況における首相としての、また政府全体としての基本的考えをお伝えするため、このように通常とは異なる形で皆さんにお話をすることになりました。開かれた民主主義のもとでは、政治において下される決定の透明性を確保し、説明を尽くすことが必要です。私たちの取組について、できるだけ説得力ある形でその根拠を説明し、発信し、理解してもらえるようにするのです。
本当に全ての市民の皆さんが、ご自身の課題と捉えてくだされば、この課題は必ずや克服できると私は固く信じています。

ですから申し上げます。事態は深刻です。皆さんも深刻に捉えていただきたい。ドイツ統一、いや、第二次世界大戦以来、我が国における社会全体の結束した行動が、ここまで試された試練はありませんでした。

私からは、感染拡大の現状についてご説明するとともに、政府や国・地方自治体の機関が、共同体の全ての人を守り、経済・社会・文化の損失を抑え込むためにどのような取り組みを進めているかをお話しします。さらにそうした取組において、なぜ皆さんが必要なのか、一人ひとりに何ができるのかについてもお伝えしたいと思います。

さて、感染拡大に関してですが、これについて私がお話しすることは全て、政府と、ロベルト・コッホ研究所の専門家、その他の研究者、ウイルス学者の人々との継続的な協議に基づいています。現在、世界中で急ピッチで研究が進められていますが、未だ、新型コロナウイルスの治療法もワクチンも開発されていません。

こうした状況において、あらゆる取り組みの唯一の指針となるのは、ウイルスの感染拡大速度を遅くする、数カ月引き延ばす、そして時間を稼ぐということです。時間を稼ぎ、研究者に治療薬とワクチンを開発してもらうのです。同時に、発症した人ができるだけよい医療を受けられるようにするための時間稼ぎでもあります。

ドイツは、世界有数ともいえる優れた医療体制を誇っています。このことは安心材料ではあります。ただし、あまりに多数の重症患者が極めて短期間のうちに搬送されるようなことになれば、我が国の医療機関も対処できない状況に陥ってしまうでしょう。
これは、単なる抽象的な統計数値で済む話ではありません。ある人の父親であったり、祖父、母親、祖母、あるいはパートナーであったりする、実際の人間が関わってくる話なのです。そして私たちの社会は、一つひとつの命、一人ひとりの人間が重みを持つ共同体なのです。

この機会に何よりもまず、医師、看護師、あるいはその他の役割を担い、医療機関をはじめ我が国の医療体制で活動してくださっている皆さんに呼びかけたいと思います。皆さんは、この闘いの最前線に立ち、誰よりも先に患者さんと向き合い、感染がいかに重症化しうるかも目の当たりにされています。そして来る日も来る日もご自身の仕事を引き受け、人々のために働いておられます。皆さんが果たされる貢献はとてつもなく大きなものであり、その働きに心より御礼を申し上げます。

現在の喫緊の課題は、ドイツに広がるウイルスの感染速度を遅らせることです。そのためには、社会生活を極力縮小するという手段に賭けなければならない。これは非常に重要です。もちろん、国の機能は引き続き維持され、物資の供給体制は確保され、経済活動は可能な限りの継続を図っていきますので、あくまでも理性と慎重さに基づいて行っていきます。
しかし今は、人々を危険にさらしかねないこと、個々人あるいは共同体にダメージを与えかねないことをことごとく縮小していかねばならないのです。
人から人への感染リスクをできる限り抑えていかなければなりません。

日常生活における制約が、今すでにいかに厳しいものであるかは私も承知しています。イベント、見本市、コンサートがキャンセルされ、学校も、大学も、幼稚園も閉鎖され、遊び場で遊ぶこともできなくなりました。連邦と各州が合意した休業措置が、私たちの生活や民主主義に対する認識にとりいかに重大な介入であるかを承知しています。これらは、ドイツ連邦共和国がかつて経験したことがないような制約です。

次の点はしかしぜひお伝えしたい。こうした制約は、渡航や移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利であるという経験をしてきた私のような人間にとり、絶対的な必要性がなければ正当化し得ないものなのです。民主主義においては、決して安易に決めてはならず、決めるのであればあくまでも一時的なものにとどめるべきです。しかし今は、命を救うためには避けられないことなのです。
こうしたことから、今週はじめより、いくつかの重要な近隣諸国との国境において、国境管理と入国制限措置が強化されています。

大企業・中小を問わず企業各社にとり、また小売店、飲食店、フリーランスの人たちにとり、状況はすでに非常に厳しくなっています。そしてこれからの数週間、状況は一層厳しくなるでしょう。政府は、経済的影響を緩和し、特に雇用を維持するため、あらゆる手段を尽くす考えであり、このことを私は皆さんにお約束します。

私たちには、この厳しい試練に直面する企業や労働者を支援するために必要なあらゆる策を講じる力があり、また意思があります。

また、食糧供給は常時確保されていますので、どうか安心していただきたい。たとえ商品の棚が一日空になることがあったとしても、商品は補充されます。スーパーに買物に行かれる方に申し上げたいのですが、ストックの買い置きが有意義であるのは、何も今に始まったことではありません。しかしそれは、節度を守ってこそ、です。商品が二度と手に入らないかのごとく買い占めに走るのは無意味であり、結局、他者への配慮に欠ける行為となります。

さてここで、感謝される機会が日頃あまりにも少ない方々にも、謝意を述べたいと思います。スーパーのレジ係や商品棚の補充担当として働く皆さんは、現下の状況において最も大変な仕事の一つを担っています。皆さんが、人々のために働いてくださり、社会生活の機能を維持してくださっていることに、感謝を申し上げます。

ここで、本日、私にとって最も重要な点についてお話します。国がどのような対策を講じても、急速なウイルス感染拡大に対抗しうる最も有効な手段を用いないのであれば、それは徒労に終わってしまいます。最も有効な手段とは、私たち自身です。誰もが等しくウイルスに感染する可能性があるように、誰もが助け合わなければなりません。まずは、現在の状況を真剣に受け止めることから始めるのです。そしてパニックに陥らないこと、しかしまた自分一人がどう行動してもあまり関係ないだろう、などと一瞬たりとも考えないことです。関係のない人などいません。全員が当事者であり、私たち全員の努力が必要なのです。

感染症の拡大は、私たちがいかに脆弱な存在で、他者の配慮ある行動に依存しているかを見せつけています。しかしそれは、結束した対応をとれば、互いを守り、力を与え合うことができるということでもあります。

まさに、一人ひとりの取り組みにかかっているのです。私たちは、ウイルス感染拡大を無抵抗に受け入れる以外になすすべがないわけではありません。私たちには対抗する手段があります。それは、互いへの配慮から人との間に間隔を置くことです。ウイルス学者の助言ははっきりしています。握手はしない、手洗いを頻繁かつ徹底して行う、他の人との間隔を最低1.5メートルあける、そして今は、特にリスクの高い高齢者との接触を極力避ける。

これらを実際に実行するのが私たちにとっていかに大変なことか、私も承知しています。困難な時期であるからこそ、大切な人の側にいたいと願うものです。私たちにとって、相手を慈しむ行為は、身体的な距離の近さや触れ合いを伴うものです。しかし残念ながら現状では、その逆こそが正しい選択なのです。今は、距離を置くことが唯一、思いやりなのだということを、本当に全員が理解しなければなりません。

よかれと思って誰かを訪問したり、不要不急の旅行に出かけたりすることが、感染につながりかねない今、こうした行動は控えるべきです。専門家の方々が、今は祖父母と孫が会わないほうがよい、と助言しているのは、十分な根拠があるからこそなのです。

不要な接触を避けることは、感染者数の増加に日々直面している全ての医療機関関係者のサポートになります。そうすることで私たちは命を救っているのです。接触制限は多くの人にとって厳しいものであり、だからこそ、誰も孤立させないこと、励ましと希望を必要とする人のケアを行っていくことも重要になります。私たちは、家族や社会として、これまでとは違った形で互いを支え合う道を見つけていくことになるでしょう。

ウイルスが社会に与える影響に対し、さまざまな形で立ち向かおうとする創意工夫が見られます。おじいさん、おばあさんが寂しくならないよう、ポッドキャストを録音してあげるお孫さんなども一例でしょう。

私たちは皆、親愛や友情を表す手段を見出していかなければなりません。それはスカイプ、電話、メールであったり、あるいは郵便の配達は続いていますから手紙であったりするかもしれません。買物に行けない高齢の人を近所の人が支援する活動など、すばらしい取り組みの例を耳にしますし、きっと他にもいろいろできることはあるでしょう。私たちは、互いに置いてきぼりにしないという共同体の姿勢を見せていきます。

皆さんに呼びかけます。どうか、今後しばらくの間適用されるルールを守ってください。政府としては、再び戻せるところはないかを継続的に点検していきます。しかし、さらに必要な措置がないかについても検討を続けます。

事態は流動的であり、私たちは、いつでも発想を転換し、他の手段で対応ができるよう、常に学ぶ姿勢を維持していきます。新たな手段をとる場合には、その都度説明を行っていきます。
ですから皆さん、どうか噂話は信じないでください。様々な言語にも翻訳されている公式な発表だけを信じてください。

我が国は民主主義国家です。私たちの活力の源は強制ではなく、知識の共有と参加です。現在直面しているのは、まさに歴史的課題であり、結束してはじめて乗り越えていけるのです。
私たちはこの危機を克服していくと、私は全く疑っていません。ただ、犠牲者数はどれほど増えるでしょうか?私たちは大切な人を何人、失うことになるでしょうか?このことは相当程度、私たち自身の行動にかかっています。今こそ、固い決意のもと、皆でともに行動するときです。制約を受け入れ、互いに助けあうのです。

現状は深刻ですが、この先はいろいろな展開があり得ます。
ということは、一人ひとりがどれだけ自制してルールを守り、実行するかが、全てではないにせよ、今後の展開を決める一つの要素なのです。

かつて経験したことのない事態ではありますが、私たちは、思いやりと理性を持って行動し、命を救っていくことを示していかなければなりません。例外なく全ての人、私たち一人ひとりが試されているのです。

皆さんご自身と大切な人の健康に気をつけてください。ご静聴ありがとうございました。

(以上)