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さすらい塞翁が馬

(旧タイトル『さすらい教師・大陸系』)

日本語教員として働いた中国での日々。
そして、帰国後。

肝臓を褒められる。

2018年02月23日 23時59分59秒 | 
2月23日(金)

先週の血液検査の結果を聞きに。
結果は、「とても良い状態が続いている」との事。
こちらも今後は年1~2回の定期検診でOKになった。

ただ、「カリウム高めなのが少し気になる」と言われた。
野菜が好きなんだけど、食べ過ぎかな
腎臓をいたわって、高カリウム血症にならないように気を付けなくちゃ。

そうだ!肝臓も。

2018年02月15日 23時22分23秒 | 
2月15日(木)

(さすらい脳内)悪いものは症状なくても……(リピートぐるぐる

昨日久しぶりに耳鼻咽喉科に行った時に言われた言葉。
ハッそうだ、肝臓内科にもしばらく行ってないよー

というわけで、今日は肝臓のかかりつけクリニックへ。
こちらも「次は3ヶ月後くらいに……」と言われていたのに、もう5ヶ月経ってた。

久しぶりだから何となく緊張したけど、先生は相変わらず柔和だった。
初めてここに来た時は「東京のお医者さんって、こんな優しいのか」って驚いたっけ。

自分の田舎の肝臓医は、性格キツイので有名だった。
診察終わって泣いちゃうオバサン続出。
でも、そのくらいキツく言わないと生活改善できない人が多いからなのかもしれないけど。
あの先生、Mの人には神医かもしれない

……なんて思い出話はさておき、今日もいつもどおり、最近の体調等の問診を受け、採血をしてもらった。
結果は来週。
まさかとは思うけど、ウイルス再燃してませんように。

月1定期検診・9月分

2017年10月10日 23時59分59秒 | 
10月10日(火)

どうしよう……最近、何もやる気が起こらない。

もう10月だというのに、今日はとても暑い。
もう10月……もう10月


9月の末に、肝臓のクリニックで血液検査をしたので、今日はその結果を聞きに行った。
結果は良好  これで著効(SVR)だ

次回の検査は3ヶ月後に、と先生に言われた。
でも、なんだか忘れてしまいそう。。。

月1定期検診・8月(2/2)

2017年09月01日 23時59分59秒 | 
9月1日(金)

今日は肝臓のクリニックへ血液検査の結果を聞きに行った。
まず看護師さんが血圧を測る。
その後、診察室へ。
「体調はどうですか?」と聞かれ、「問題ないです。とても良いです。」と答える。
血液検査の結果は、今回も問題なし。
また月末に検査に来るよう言われる。

特に体調に問題がない場合、医師との会話が何となく気まずく思えるのは私だけだろうか
体調が良いのに越したことはないし、自覚症状がないままに病気が進んでいたりしたら大変だから、検査に来ているのだけどね。
複雑

月1定期検診・8月(1/2)

2017年08月24日 23時59分57秒 | 
8月24日(木)②

ハローワークからの帰り、疲れたけれど、外出したついでに肝臓のクリニックに行くことにした。
運よくハローワークの最寄り駅からも、クリニック方面行きの路線バスが出ていたのだ。

クリニックについたのは夕方5時ちょっと前。
受付時間は7時までだから余裕かと思っていたが、甘かった。

待合室には人がいっぱい。。。
そうだ、このクリニックは昨日まで夏休みだったから今日は再開初日で、待ちに待っていたお年寄りが大勢いらっしゃたんだな。

1時間半ぐらい待って血圧測定→診察室へ。
現在の体調は良好であることを先生に報告。
それから、甲状腺は3ヶ月毎の経過観察になったことも伝えた。

問診が終わったら採血。今日の看護師さんは、うまくやってくれるかな~
左腕、失敗右腕、何とか成功 両腕、絆創膏

会計を終えて外に出たら、乗ろうと思っていたバスが目の前を通過。
そのままバス停までトボトボ歩いて、次のバスを30分待った。

そういえば、ずいぶん日が短くなったな。
あと1週間で8月も終わりか。
早いのぅ……今気づいたけど、今日で腸の手術をしてから3ヶ月だ。(
現状打破したくて、取りあえず目標日前に引っ越し(やらなければならないこと其の一)は済ませたけれど……。
今後の身の振り方とか、いろいろ焦る。。。
何の解決策も見出せぬまま、今日もモガく。

月1定期検診(7月)②

2017年08月01日 23時59分59秒 | 
8月1日(火)②

午後は肝臓のクリニックへ。
先週の血液検査の結果を聞きに。

結果は絶好調
今回は全て基準値内で、先生からも「本当に数値が良くなったね」と言われた。

次はまた1ヶ月後。
8月下旬に血液検査をする予定。



月1定期検診(7月)①

2017年07月24日 23時59分59秒 | 
7月24日(月)

あっという間に7月も下旬になってしまった。
そろそろ肝臓関連の血液検査をしなければならない。
午後、バスに乗って出かけることにした。

バス停まで歩いていると、久しぶりにお腹に若干の痛みを感じた。
あれあれれおかしいな
今日で術後2ヶ月。表面の傷痕が汗や衣服の擦れで少し痛むことはあっても、中身はもうスッカリ良くなったと思っていたのだが……。
一瞬あせったけど、すぐに治った。大丈夫大丈夫

平日の午後、内科クリニックは空いていた。
今日は先生に最近の体調の事などを報告して、採血して終わり。

今日の採血はあまり痛くなかった。少しホッとした。
私は針が怖いので採血中は横を向いているが、血液を試験管にためている時のジョロジョロ音さえも苦手である。
何だか怖くて力が抜ける。

このところ病院にばかりお世話になっているので、そのうち慣れて恐怖は克服できるだろうと思っていた。
しかし、行くたびに、どんどんひどくなっていないか
いや、きっと、気のせいだよね

ところで、ここの肝臓専門医の先生、とても若く見える。
柔和だし、開業して院長だし、スゴイなぁ~という印象。
待合室を見渡すと、〇〇認定医とか△△専門医とかいう証書が何枚も貼ってある。

このクリニックに通うことになって半年ばかりが過ぎた頃、私は初めて気が付いた。
認定証に先生の生年月日が書いてあることを。そして、今年50歳であることを
少なくとも10歳は若く見えるので、すごくビックリした。

最近いろんな内科クリニックでアンチエイジング系の処置も行っていたりするが、ここもそうである。
もしかして先生、自ら実験台に
……などと勝手なアンチエイジング疑惑、大変失礼いたしました

めざせ著効(SVR)!

2017年06月29日 23時06分18秒 | 
6月29日(木)②時々

今日は肝臓のクリニックに行った。
先週血液検査をしたので、その結果を聞きに。
検査結果について先生から「飲み薬による治療が終わってから、全体的に数値がとても良くなった」と言われた。
うれしい本当に良かった

飲み薬の治療が終わったのが6月8日。
9月頃までは1ヶ月に一度、血液検査をすることになった。
だから次の検査は7月下旬だ。

それと先生は「この間、学会で××病院の△△先生(大腸の主治医)に会いましたよ。(さすらい)さんの話もちょっと出ましてね、今どんな治療をしているとか。」とも言っていた。
△△先生(大腸の主治医)は患者多過ぎだから、私の事なんてもう薄っすらとしか覚えてないと思う。
でも両先生が協力してくれたら、私も大安心だ。

自分の部屋に帰って来てから血液検査の結果を再度見てみて、疑問に思う事が出てきた。
LDL-Cという項目の数値が基準値より低い。
これは以前から低かったのだが、肝臓が良くなった今でもこの数値だけは依然として低いままだ。
ネットで調べると、甲状腺に関係がある可能性も……。
ああ先生に質問すればよかったのになんで肝心な事ばかり忘れるかなー

私はいつだってウッカリ&ボヤボヤし過ぎである。
猛反省。

肝臓の事、忘れてた!

2017年06月20日 19時20分54秒 | 
6月20日(火)

今日は久しぶりに肝臓専門医のいるクリニックへ出かけた。
このところ入院とか手術とか失職とか、、、ショッキングな事が立て続けに起きたのでスッカリ忘れていたが、私は3月から肝臓の治療(ヴィキラックス)を始めていたのだった。

そう言えば4月27日、近所の総合病院で「今すぐ入院しなきゃダメだ」と言われた時、私は少々ごねた。
あの時はあまりに急な事で、頭が真っ白になってしまった。
前日に同病院で点滴を打ってもらい体調は回復していた事もあり、「今、C型肝炎の治療中なんです。この治療が6月頭に終わるので、それ以降に腸の治療に入るというわけにはいきませんか?医療助成金の期間が6月までなんです!」と懇願するも、「こっちは癌を疑ってるんだよ!助成金とか言っている場合じゃない!」と言われ却下。
ならばと「明日の午前中だけでいいから会社に行かせて下さい!入院する事を直接会社に説明してきます!」とお願いしたが、「医者が『入院しろ』と言っているのだから、会社も反対しないだろう。連絡は電話で!」と言われ、泣く泣く入院に至ったのであった。

それからは入院先の病院で肝臓の薬を処方してもらうことになり、6月8日には何とか飲み終わった。
この治療は肝臓専門医の指導の下、12週間服薬を続ければ治療が終了する。
その後は、定期的に検査を受ける事となる。

私の入院中、クリニックの先生(肝臓)と総合病院の先生(腸)は互いに連絡を取り合い、検査結果などの情報を共有してくれていたようだ。
今日のクリニックの診察では、これまでの経過と今後の検査予定について先生から話があった。

検査結果を見ると、服薬治療が功を奏して、肝臓の状態は良好(ウィルスも無し!)。
今後は少なくとも3ヶ月に一度くらいはクリニックに来て検査を行い、必要があればCTやMRIも行う。
この薬の治療を行った人の9割以上は再発しないと言われているが、何もしなければ肝臓癌になってしまう可能性もゼロではない。
そのため、治療後半年ほど再発しなければ“著効(SVR)”とされるが、5年間は経過観察が必要との事。

5年か…腸の経過観察も5年って言われたな…。
引っ越し先はやはり、今住んでいるこの街の中で決めよう。
気に入っている街だし、それがいいや。
田舎には帰りたくないもの、頑張るさ

患って悟った境地?

2011年02月19日 22時58分50秒 | 
28か29歳の時だったか、血液検査で偶然C型肝炎との指摘を受けた。
C型肝炎には、いくつかの感染経路がある。
しかし、物心ついてから当時までの自分の状況を振り返ってみても、いつどこで感染したのかイマイチわからない。
どこかに「1988年、厚生省が注射器と注射針の連続使用を禁止」と書いてあった気がするが、これだろうか???

母子感染の可能性は0%ではないが極めて低いとされている。
だから、母は決して自身を責めたりしないでほしい。

原因不明…何で?…こんなことのために私の生活が制限されるなんて!
悔しくて悔しくて、内心ふて腐れていた時期もあった。
しかし、今は違う。

同年代でもこの病気になった人とならなかった人がいるということは、単に私の運が悪かっただけ。
しかし私のように不運な人が、日本には推定200万人位いるとされている。
しかも以前の私のように、無自覚無症状のまま放置している人がほとんどだろう。

そういう人たちが近年ニュースになったり、訴訟を起こしたりして、社会に知られるようになり、国も動き出した。
そして、従来の高額な治療費は3医療助成制度により、負担額が軽減されるようになったのだ。

私がこんな病気になったのも、時代の流れの必然だったのだと、今はそう思える。
現在は治せない病気も、数年後には簡単に治せるようになっているかもしれない。
そういう医療発展の過渡期に私は生まれたのだ、という、ただそれだけのことだ。

人生、一寸先は闇。とにかく、今できることは可能な限りしておきたい。

……と思っていたら、この間、担当医から以下のように言われた。
「60歳くらいまでは普通の人と同程度の肝機能を保てるけど、だいたい60歳前後で肝硬変、70歳前後で肝癌になって死に至る人が多いですね~。」

なんだ、けっこう長生きできるんじゃん!それだけ生きられれば私は充分だ。

それと、「薬が全然効いてませんね。頑固なタイプだ。」とも。
「こんなに強い薬を投与しているのに効き目がないのでは、かえって体に悪いですから。来月の検査でまた数値が下がってなかったら、治療は一旦中止。新薬が出るのを待ちましょう。」って……

ふぇ~?!痛い注射と薬の副作用に耐えてきたのに、治らないのかよ!
この半年間、思いっきり振り回されちゃったなぁ。
あ~あ、じゃあ歳を取ってから先進医療を受けられるように、今から少しでもお金を貯えておくことにするか。
どこぞのお医者様が治療方法を見つけてくださるまで、私は働きながら待つことにしよう。

と、すべてのことを客観的に割り切って考えると、心が軽く、安らかになった。
今の私は自分の境遇を悲観していない。
中国で精神的にタフになったことの効用かな(笑)。
この世のいろんな事には、人が思うほど深い意味などない。ましてや私のような小市民は、日々ささやかに、善良に生きてさえいれば、それでいいのだと思う。

これは決してあきらめではなく、むしろ挑戦だ。
これからの毎日をどれだけ有意義に、かつ穏やかに過ごせるかは、自分自身にかかっているのだから。

この週末はイイ感じ♪

2011年01月22日 17時09分54秒 | 
1月21日(金)

会社時代の同僚と先輩に会った。
当時仲の良かった同僚とは今でも交流が続いているが、先輩に会うのは何と8年ぶり。
おのずと話はヒートアップし、本当に楽しいひとときであった。

治療を始めてから初の東京へのお出かけ。
実は前日まで体調が悪くて、この会食に出席するのを躊躇っていた。

寝たきりになってしまうのは怖いし、運動制限は無い病なので、毎朝の散歩は欠かさない。しかし、薬の副作用で体の節々が痛くなったり、すぐ疲れてしまったりする。家に帰って休んで、1~2時間活動したら、また休んで……そんな日が多いので、最近は近所の店にしか行ってなかった。そんな毎日を送っていればストレスもたまる。今回の東京行きは、この現状をどうにかしなければ!と思った私の小さな挑戦であった。

幸いなことに当日は朝から体調が良かったので、出席することにした。「途中で具合が悪くなったらどうしよう」という不安をよそに、私の体調はすこぶる良かった。地下鉄の階段を軽々と上ることができたし、食事をしても全然吐き気がしなかった。そんなことが心の底から嬉しかった。

月曜日に注射をして、その後3~4日は体調が悪いが、週末は体調が回復してくる。だんだんと自分の体調の法則が見えてきたことで、可能性を広げられるか。日々是挑戦、である。

沈黙の臓器

2011年01月15日 18時01分27秒 | 
実は今、C型肝炎の治療中。
この病気、発症したら大変。しかし、いつ発症するのかわからない。それでも、自覚症状が出た頃には手遅れの場合が多いから、早いうちに治療を始めたほうがいいんじゃね?
…最初はそんなノリだった。

昔~々、健診をした際、医師から「専門的な検査を受けた方がいいのでは」と指摘されたものの、自覚症状がなかったため、そのまま放置してしまった。しかも目の前の忙しさに気を取られ、最近までその病についてよく調べてみることもしていなかった。

2010年9月、周囲の勧めもあって地元の病院へ健診を受けに行った。
日本の会社で働いていれば当然していたであろう健康診断を、長いこと中国にいた私はずっと疎かにしていたのだ。

私は病院が嫌いだから、正直、気が進まなかった。私の腕の血管は扱いにくいらしく、点滴や採血のたびに何度も針を刺し直される。両腕がアザだらけになるから嫌だ。

10月、健診結果が出た。
その日は医師から、家族同伴で検査結果を聞きに来るよう言われ、何も考えずそのとおりにしてしまった。そして家族の面前、治療の必要性について説明がなされた。私としては一刻も早く仕事を見つけて東京に出たかった。治療はもう少し歳を取ってからで良いと思っていたが、そうもいかなくなってしまった。

その後は病気について詳しく調べたり、医療助成制度の資料を集めたりしていた。

今思えば、確かに私は疲れやすかったかもしれない。特にこの1~2年は、授業中教壇に立ち続けることすら辛くなってきていた。しかしそれはただ自分の気合が足りないため、そして運動不足や加齢による体力減退だと思っていた。

病気について調べるうちに、この治療は様々な副作用を伴うことがわかってきた。しかも個人差が激しい。軽く済む人から非常に重い人まで十人十色。
自分の場合はどうなるのだろうか?副作用は軽いのか?重いのか?
これでは先の見通しが立たない。就職したところで働き続けられるかどうか……。

11月、医師と具体的な治療方法や日程について話し合った。
次月からの本格治療の下準備として、薬を効きやすくするというサプリメントの服用を始めた。

12月13日(月)、いよいよ本格的な治療の開始。
治療内容は、注射と内服薬の併用。インターフェロン(ペガシス+コペガス)。
これから1年半もの間、週に一度のペースで病院に通わなければならない。
朝に採血をして、午後は採血の結果を診ながら医師と体調を確認し、注射と薬の処方をしてもらう。

担当医がエコーの写真を見ながら「肝臓きれいだねー、お酒は飲まないんだっけー?」と言ったので、今まで酒が好きだったこともあり内心ヒヤヒヤしていた私は「いえ、あの、ちょっとだけ。」と答えてみた。すると、にわかに担当医の形相が変わり、「この病気でお酒を飲む人は診療拒否だからね!」とブチギレされたのだった。
全くわかってなかった。自分の不勉強を反省。
私はいくら飲んでも赤くならないので、全然問題ないのだろうと勘違いしていた。

更に精密な検査をしてみると、難治性である上に、薬が効きにくいタイプであると判明。
ダブルでショックだ。完治できる割合は推定10~20%とも。
このまま治療を続けるべきか?わずかな希望に賭けるべきか?時間とお金の無駄じゃないのか?……苦悩は続く。

年が明けて、2011年1月。最初は何ともなかった副作用が、だんだんと出始める。
体調が悪い時は、体のあちこちが痛い・だるい等の症状に襲われ「こんな状況で働けるだろうか?」という不安と迷いが生じる。
体調が良い時は、普通に元気なので「いや、迷っている場合ではない!無理をしてでも働かなければチャンスはどんどん無くなっていく!!」という物凄い焦りが生じる。無職は辛い。

なんて中途半端でムラのある症状なんだ。こんな日々が1年半も続くなんて!悔しさ、いら立ち、失望感が募る。
何か良い打開策は無いものか、模索中である。

そこで、頭と心を整理し、現実と向き合うため、昨年9月以降の出来事を文章に著してみた。
が、どうにも言い訳じみているようで気持ち悪い。まだうまく現状を受け入れられない、認めたくない気持ちが強いのだろう。
「病気になっちゃったんだもの、今は仕方が無いじゃないか。」と諭すもう一人の自分、でもやはり、心細さに押しつぶされそうだ。