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さすらい塞翁が馬

(旧タイトル『さすらい教師・大陸系』)

日本語教員として働いた中国での日々。
そして、帰国後。

2007年・夏、インド7

2008年02月12日 17時58分29秒 | 旅行(インド)


/24() 帰国の途

朝ホテルを出、風の宮殿へ。しかし、残念ながら修復作業中で足場が組んである状態。道の反対側から写真を撮ることしかできなかった。

それから長い道のりを車でデリー空港へと向かう。ところが何と途中で渋滞になってしまい、車が動かなくなってしまった。焦ったガイドさんと運転手さんは、車を降りて事態を確認しに。どうやら前方で事故があったらしく、その後始末で手こずっているようだ。外は炎天下だが、責任感の強いガイドさんと運転手さんは事故処理の手伝いに行き、一同は事なきを得た。

そうしているうちに、とうとうデリー空港に着いてしまった・・・長時間車に乗っていたのでお尻が痛い。いや、そんなことよりも、ここでインドとお別れなのだ。ガイドさん、運転手さん、今まで本当にありがとう!おかげ様で、いい旅夢気分でした。また来たいなー。チップははずんじゃうよ!

そして私達は夕方の飛行機に乗り、翌朝、成田に到着したのであった。はぁ~、何度来ても成田は切ないのぅ。。。(行きも帰りも、いろんな意味で・・・私だけ?)

最後に・・・今回、一緒にインドに行ってくれた友人にも感謝したい。いろいろお世話になりましたー!ところで来年はどこ行く~?なんてね!(笑)


2007年・夏、インド6

2008年02月12日 17時36分01秒 | 旅行(インド)


/23() ジャイプール(ジャイプル)

朝ホテルを出て車でジャイプールに向かう。途中でファテプール・シークリーに寄った。赤砂岩の都城。巨万の富を誇り、世界から様々な人が集ったと言われるこの場所。柱の彫刻がすばらしい。モスク、そして多くの部屋、廟、館、回廊・・・。今はひっそりと静かに時の流れを見守っているようだった。

そうしているうちにピンク・シティーと呼ばれる街・ジャイプールへ。車はアンベール城へと進んで行く。残念ながら象のタクシーには乗れなかったが、丘の上まではジープで豪快に上っていった。ガイドさんの話では、象は結構気性が荒くて、観光客に死傷者が出たこともあるらしく、あまりお薦めできないとのこと。近くの山には万里の長城みたいなのも見えて、ちょっと変わったところだった。敷地内に入ると、部屋の壁に描かれた絵や装飾がなんとも美しい。

お次はマハラジャ邸宅シティ・パレス。今も実際に住んでいる場所を公開しているのだ。しかし、何だこの広さは!何だこの使用人の多さは!何だこの大きな銀の壷は!博物館まであるじゃあないか!・・・お金持ちっていいなーと改めて認識した我々であった。

あーあ、明日はもう帰国かよ。楽しい時間は儚いぜ!


2007年・夏、インド5

2008年02月12日 17時21分37秒 | 旅行(インド)


/22() アグラ(アーグラー)

今日は午後から市内観光。先ずはアグラ城へ。赤い宮殿。中庭の木や芝生の上をリスが走り回っていた。宮殿の高いところに登ると見晴らしが良かった。タージ・マハルも良く見える。
友人と写真を撮りながら見物していたら、インド人観光客から「一緒に写真を撮らせて」と言われた。こんな私でよかったら・・・と思い、快く撮影に応じていると、いつの間にやら人だかりが。「私も!」「俺も!」と入れかわり立かわり私達と記念撮影。日本人なんて珍しくないだろうに(笑)。

そしてタージ・マハルへ。大勢の人が白いドームをバックに記念撮影をしている。もちろん私も。近くで見ると細かな装飾も美しい。大理石のひんやりした感じも足の裏に心地よい。広い敷地内にはあの超有名な白い建物だけではなく、赤レンガの建物もある。オレンジ色の袈裟を来たインド僧もたくさんいた。噴水や植え込みもきれいで、さすがに観光地としてよく整備されていた。

夕方、友人とホテル付近を歩いていると、二人の少年が近付いて来た。しきりに何かを言いながら手を伸ばすので「またお金をもらいに来たのか?」と思って無視していたら、胸だけ触って笑いながら逃げて行った。「・・・??」もし私が若かったらムッとしたのかもしれないけれど、もうこの歳なので、却ってウケてしまった。何やってんだよ!くっだらねぇ~!!


2007年・夏、インド4

2008年02月12日 17時10分09秒 | 旅行(インド)


8/21(
) ヴァラナシ(ベナレス/バナーラス)2

夜明け前、ガンガー(ガンジス川)へと向かう!大勢の巡礼者で大賑わいだ。お経のようなのも聞こえてくる。日の出が殊更に神々しい。私達はボートに乗って、人々が沐浴する様子や周りの景色を見た。一心に祈りを捧げる者、その傍らで普通に石鹸を泡立てて体を洗っている者・・・様々な人間模様。すごい。この感激はうまく言葉にできない。同じのツアーのおばさまのおごりで、灯籠流しもさせてもらった。小さなかごに花と蝋燭がのった灯籠。水辺で手を離すと、ユラユラと大きな流れの上を滑っていった。おばさまは何かを祈りながら、静かに涙していた。

ボートの上では同じツアーの男子学生が「泳いでもいいですか?」としきりにガイドさんに尋ねていた。ガイドさんは最初冗談だと思ったらしく「どうぞどうぞ~」なんて軽い受け答えをしていたが、どうやら本人が本気らしいことを察知すると、焦って「ボートを降りてからね(汗)」と言っていた。

ボートを降りると「待ってました!」とばかりに男子学生はパンツ一丁で川に飛び込んだ。それを見て連れの学生君もまたパンツ一丁になり、二人して聖なる川に身を委ね、ご満悦の様子。他のツアー客は皆女性なので服を脱いで飛び込むわけにはいかない。私達はズボンをまくって足だけ浸かった。それだけで皆とても嬉しそうだった。

それから、川近くの石の通路を通って住宅地を歩いた。遠方からの巡礼者が通路で寝ていたりして、踏まれないかとドキドキした。住宅地なのに牛の落し物がたくさんある。ガイドさんの案内する家へ入ると、階段を上って屋上から付近の風景を見渡すことができた。朝の風も心地よかった。そしてその家のご主人に部屋に通されるとチャイやトーストが出てきて、さりげなくスカーフや服や絨毯などのセールスが始まった。みんな買う気がないので、ただ休憩がてら話を聞いていたという感じ。

その後バーラト・マーター寺院に行き、大理石で作られたインドの巨大立体地図を見てから、ブッダが初めて説法を行ったと言われるサルナートを見学。レンガ造りの遺跡群、大きなストゥーパ。こういうの私は大好き。ムールガンダ・クティー寺院には、戦前の日本人画家がブッダの生涯を描いた壁画があった。おばさま方が「私、手塚治虫の『ブッダ』を呼んでたから全部わかるわ。」と言って楽しそうだった。ちなみにこの旅で、おばさまが若者達に熱く薦めていたのは遠藤周作の『深い河』。私も帰ったら早速読んでみたくなった。

午後は自由行動。私達はまたリクシャーに乗って街の様子を見ながらガンガーへ向かった。途中「死体?」と思われる人がいて、リクシャーで通過しつつも気になった。でも周りの人は全然気にしてないみたいだったし、今となっては何だったのか不明。ガンガーに着くと、朝とは別の場所の石段に座って、ゆっくりと川を眺めた。


2007年・夏、インド3

2008年02月12日 16時49分05秒 | 旅行(インド)


8/20(
) ヴァラナシ(ベナレス/バナーラス)1

朝、ヴァラナシ駅に到着。車に乗って午後から観光。車の窓から外を眺めるのも楽しい。それにしてもインドって牛が多いなー。のんきに車道を横切る牛で、ちょっとした牛渋滞になったりもする。そういえば、デリーではリスを多く見かけた。そんなのにも心躍った。

さて、先ず向かった先はヴァラナシ・ヒンドゥー大学。校内にはヴィシュワナート寺院があって、そこを見学した。参拝者の中には学生さんもいて、私達に話しかけてくる子もいた。嬉しそうに話しかけるので、私まで何だか嬉しい気分になってしまった。

次は旧市街地にあるドゥルガー寺院。車を降りて少し細い道を行った先にその寺院はあった。庶民的生活空間の中にある真っ赤な建物には迫力さえ感じる。ヒンドゥー教徒しか中には入れないのだが、地元民の祈りの姿を見ていると、不思議とありがたい気持ちになってくる。
り道、寺院の裏手に小さな公園というか小さな遊園地みたいなのがあって、乗り物や射的、そして昔懐かしい見世物小屋まであった。それを見て、私は小さい頃の秩父夜祭りの時のことを思い出した。夜祭りになると、秩父公園にはバイクショーやお化け屋敷、ミラーハウス、乗り物系・・・等々の他に、必ず見世物小屋が来ていた。蛇女、牛人間・・・。小屋に描かれた絵と独特の口寄せ文句に、幼い私は異常なまでの恐怖を感じた。高校を卒業して秩父を離れてから、夜祭りに行く機会もなくなってしまったけれど、今はどうなのかな。。。と、その横ではガイドさんが射的に挑戦していた。やんちゃなヒゲおじさんだこと。

それからツアーお決まりの土産物店に行って、その後は自由行動。私達はリクシャーに乗って出掛けることにした。途中、住宅街にある店に立ち寄った時、路地からたくさんの子供が出てきて、私達の周りに群がった。みんなデジカメで写真を撮ってもらいたいようだ。撮った画像をその場で見せると、キャッキャと喜んでいた。インドの子供は目がクリッとしていて本当に可愛かった。


2007年・夏、インド2

2007年10月07日 02時28分27秒 | 旅行(インド)


/19(日) デリー観光


朝食はホテル内の食堂。卵焼きにトーストとコーヒー・紅茶というシンプルなものであった。イチゴジャムがちょっと人工的な味だった。

朝食を済ませ、荷物を持ってホテルのロビーへ。今回のツアー参加者は私達を含め全部で8名だった。

それから昨晩の小型バスに乗って、まず向かった先はラクシュミー・ナラーヤン寺院というヒンドゥー教の寺院。色とりどりの外観が美しい。バスを降りて道を歩き出すと、インドの神々が描かれたカレンダーだの、地図だの、妙な置物だの、いろんな土産物売りがまとわりついてきた。買う気はないものの、どのくらいの値段なのか聞いてみると300ルピーと言う。約900円?このカレンダーが?それは高いだろう。しかし、こちらが「200!」と言えば200ルピーになるし、「100!」と言えばすぐに100ルピーになる。何だこりゃ?かなり吹っ掛けてるということだな。

そんなやりとりをしながら入口に到着。靴を脱いで寺院内を見学した。青い肌、象の顔、はたまた人を踏みつけた恰好の神など……見慣れぬ異国の神は迫力があり、また独特の美とパワーを発しているようであった。私も周りの人にならって参拝をすると、額に赤い塗料を塗ってもらえた。大理石の境内を裸足で歩くのも心地よく、厳かな中にも清々しい気分になった。

続いて向かったのは、イスラムの塔やインド初のモスクのあるクトゥブ・ミーナール。インド人の大部分がヒンドゥー教徒であるが、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教など、様々な宗教の人々がこの国で生活している。ここはその昔、ヒンドゥー教徒に勝利したことを記念して建てられたものだそうだ。
70mもの高さを誇る塔の、赤砂岩に目が惹かれる。赤茶色にそびえるその塔は、今もモスクと廃墟を従えて、静かに人々の生活を眺めているようだ。

続いてフマユーン廟へ。ここはイスラムの皇帝の墓である。ここも門からして可愛らしく美しいデザイン。ドームの建物、独特な窓の形、また赤砂岩と大理石の組み合わせもすばらしい。庭園内には、シマリスがピョンピョン走り回っているのも、観光客の心を和ませる。

ここで昼食。もちろんカレー。朝から晩までカレーを食べている国だけあって、鶏、マトン、豆、チーズなど…いろんな種類のカレーがある。焼きたてのナンも、やはり本場のものは本当に美味しい!食後のチャイもスパイスがきいていて、何だか癖になりそう!

そしてガンジー記念博物館。ここはインド独立の父マハトマー・ガンジーが暗殺、そして荼毘に付せられた場所で、実際ガンジーが生活していた様子をも偲ぶことができる。部屋の様子や生活用具、写真や映像による解説、中庭に続く道には足跡も残されていた。私はガンジーのことを教科書に書いてある程度しか知らなかったけれど、改めて偉大な人なのだなと思った。

ところで、ここは日本人客がよく訪れる観光スポットだけあって、他のインド人ガイドさんなど、流暢な日本語を話すインド人を多く見かけた。職業柄なのかどうかよくわからないが、明らかに日本人でない人が日本語を話していると、何だか嬉しい気分になる。自分が教えたわけでもないのに!
もしかしたら本人は職業目的だけかもしれないけど、その過程で一生懸命勉強したことは確かだ。この複雑で曖昧な、そこがまた妙なる響きを持つ我らが母国語=日本語!外国人の皆さんにとっては大変だと思うけど、日本語の面白さをチョットでもわかってもらえたら嬉しい。日本語ができることで日本人と友好的な関係が築けていたなら、なお嬉しい。

そのあと、本日最後の観光地・インド門へ。多くの観光客が大きな門をバックに記念撮影をしていた。人が集まる所には、物売りも多い。飲み物やアクセサリーを売る人、ヘナ・タトゥーを勧める子供などの他に目についたのは、ショッキングピンクの綿あめ!笛の音に合わせてカゴから出てくるコブラ!思わずコブラと一緒に記念撮影をしてしまった。

今夜は列車泊。デリー駅から夜行でヴァナラシ(ベナレス)へ向かうのだ。駅では荷物持ちがしきりに旅行客の荷物を運ぼうとするが、私は例外。友人に笑われるくらい荷物が少なかった。他の人達は大きなスーツケースやバックパックで来ているのに、私だけ日帰り旅行みたい、リュック一つだけ。でも、ちゃんと8日分の着替えと洗面用具、化粧品も入ってるんだから!

然とした駅のホーム。様々な人達が列車を待っている。列車内はクーラーがきいていて、私達の席は(わかる人にしかわからない例えだが)中国の硬臥とほぼ同じ。個室ではない寝台席である。トイレや洗面所なんかも中国の列車とほぼ同じだった。私は広東で働くようになってから、全然列車に乗っていない。河南省にいた時は、ちょくちょく利用していたのに。そのためか、何だか懐かしい気持ちになった。

晩ご飯は車内食で、もちろんカレー。しばらく窓から風景を眺めていたが、乗り物に揺られるとすぐ眠くなってしまう私は、疲れもあいまって即寝。

明日はヴァナラシだ!早くガンジス川に行きたいなー!!


2007年・夏、インド1

2007年10月06日 23時14分06秒 | 旅行(インド)


8/18(
) 成田 ~ インド

いよいよ念願かなってインドへ出発!前々から気になって仕様がなかった国・インドにやっと行く機会ができた!
今回は、インド初めてだし、私は英語が全然ダメなので、友人と共に8日間の激安ツアーに参加した。
成田空港午前10時に集合で、少し早目に家を出たつもりだったのに、電車の接続がうまくいかず15分以上も遅刻してしまい、のっけから友人をハラハラさせてしまった。

急いでチェックインを済ませると、私達が乗る正午発の便は11時45分に繰り上げ運行になっており、搭乗前にはいつもに増して何度もチェックを受けた。
私は、エア・インディアに乗るのは初めてだ。乗務員さんの来ているサリーがかわいい。そして機内食はカレー!そんなことで一人ワクワクしていた。

今回乗ったのはバンコク経由の便で、バンコクには1時間ほど停まる予定だったが、なんだかんだで2時間以上は停まっていた。その間、タイ人スタッフが機内を掃除、それからバンコクからの客が続々と入って来た。

飛行機の中では昼食→おやつ(サンドイッチ)→夕食と機内食三昧。食べては寝、寝ては食べていた。

インド着は現地時間(=日本-3時間30分)19:30の予定だったが、実際デリー国際空港に到着したのは22時(=日本時間深夜1時半)近くだった。

空港に到着し、入国手続きを済ませて出口を出ると、そこでガイドさん(40歳くらいのインド人男性)が待っていた。そして、同じツアーに参加する人たちと小型バスに乗り込んでホテルへ。

タクシー、トラック、リキシャなどで込み合った道を、もの珍しげに見ている一行を前にして、ガイドさんが自己紹介。「私が皆さんの案内をします、ネギです。玉ねぎの「ネギ」と同じ発音です。」
なんて可愛らしいお名前!日本人には、とても覚えやすい名前じゃないか!何だか親しみが持てる感じ。
しかしながら、同じツアーのオバサマ方からは、ちょくちょく「ヤギさん!」と呼ばれていた。

バスの中から見た夜のデリーは、書かれている文字や行き交う人の顔こそ違うものの、何となく中国と似ているような雰囲気を感じた(たぶん私だけ)。

そんな光景をぼんやり眺めているうち、ホテルに到着。ホテル?!小さなホテル。激安ツアーだけあって、かなり庶民的な宿だった。部屋の設備も少ないし、シャンプーや歯ブラシなどもない。また、宿の周りにも店らしい店はなく、夜9時頃にはすべて閉まるらしい。

今日は移動だけで疲れてしまったので、さっさとシャワーを浴びて眠ってしまった。
明日から観光が始まる!ああー、ものすごく楽しみだ!!