先日(6//20)の『温故の会』の発表は細井さんでした。講義は細井さん家の本家に伝わった明治期の手紙の解読でした。
打続好天気 御同慶
奉存候処 昨夜荒木齋
藤両人呼出し 一昨日之
申出ニ対し 再考之結
果ハ 矢張り前ニ話候
通り 此際動かす可か
らさる旨 為申聞候処
七月頭より実施之事も
申出候得共 又一般
… … … …
… … … …
四月廿七日辰一時
景重
細井大兄
玉机下
テキストの手紙文はA4用紙6枚にコピーされています。
この4月27日とは明治何年のことだろうか? という疑問から始まり、講義は広がっていった。面白い。
この手紙の差出人は、加藤景重(嘉永3(1850)年-大正13(1924):加藤宅馬の3男)で、細井猷蔵[旧服](弘化4(1847)-明治45(1912)に宛てたもの。
◯加藤景重は、明治19(1886)年に酒田米商会所設立時に頭取に推され、明治26(1893)年11月には、改称された株式会社酒田米穀取引所の理事長となった。(①新編庄内人名辞典より)
酒田米商会所設立時は、不況であったため足並みが揃わず、設立は本間家に依頼されたが、本間家の家憲により当主の本間光美は融資者にとどまり旧藩主酒井家に設立経営を勧めた。酒井家の幹部の中には消極的意見も少なくなかったが実力者菅実秀の積極的意見により会所設立に着手した。米商会所の役員はすべて旧藩士をあて、仲買人は豪商の顔ぶれで明治政府の藩閥的性格を現していた。(②庄内藩の米札から山居倉庫米券への移り変わり:三上初子より)
【株式会社酒田米商会所】 ◯開業:明治19(1886)年3月15日 ◯資本金:30,000円 ◯役員:頭取 加藤景重、副頭取 地主正次、肝煎 本村茂三・田中吉右エ門・富樫忠蔵、仲買人 西野長・鐙谷惣太郎・阿部久作・荒木粂太郎(彦助) (②より)
◯細井猷蔵[旧服]は、漢学者池田賚[悌三郎]のもとで漢学・経書を学び、のち菅臥牛に師事した。明治26年済急社(荘内銀行の前身)副社長となって酒田米穀取引所の監事を兼ねた。(①より)
酒田米穀取引所設立は明治26年3月の取引所法(法律第5号)が交付され、同年10月1日新法により株式会社酒田米商会所は資本金1万円を増資して4万円で株式会社酒田米穀取引所と改称した。役員はいずれも旧藩士族であり、仲買人の鐙谷・荒木・阿部・本間等はいずれも古い富豪である。倉庫の設置は従来の受渡しの不便を緩和し、酒井家当初からの産米の改良と農村経済の振興をはかる目的であった。保管倉庫を設置する機会に恵まれ、鵜渡川原村山居町に場所を定め、倉庫7棟840坪を新築し、明治26年11月から倉庫業を開始した。これが山居倉庫の起こり。(②より)
【株式会社酒田米穀取引所】 ◯理事長:加藤景重(旧会所頭取) ◯理事:地主正次・成沢高景・岡田宜寿 ◯監査役:細井旧服・大淵吉政 ◯仲買人:鐙谷惣太郎・荒木彦助・阿部久作・佐々木長右エ門・小竹鈔三郎・山村良助・斎藤文治・高山藤治郎・瀬尾卯右衛門・木村茂三・柴田正八郎・菅原文蔵・本間長治。
明治26年4月に仲買人一同(鐙谷惣太郎外12名)連署で「従来、定期米の受渡倉庫は新井田米庫と豪商5名の倉庫に依存してきたが、取引高が増えてきたので狭隘になってきた。ついては取引所法が制定され、取引所が附属倉庫を兼営できることになったというので丁度良い機会である、先般来仲買人に分与されている利益の折半金は頂かなくともよいし、これを倉庫の新築資金に充てて、ぜひ附属倉庫を新築し、倉庫業を経営し事業を拡大するとともに庄内米の改良と声価向上に役立ててもらいたい」との陳情があった。(③山居倉庫と庄内米:高橋義順より)

このことから、手紙文に出てくる「荒木」と「齋藤」は仲買人の荒木彦助と斎藤文治のことで、加藤景重から3歳年長の監査役の細井猷蔵に宛てた手紙には、両人に現行の取引所が手狭であること、渡り米検査を厳重お願いするとのことなどで、株式会社酒田米穀取引所への改称に伴い、倉庫新築(山居倉庫)に関する内容のようなので、明治26年4月27日の手紙と思われる。
しかし、③で高橋義順氏は、仲買人たちが喜んで新築資金を提供してるように記しているが、手紙では、呼び出された荒木彦助と斎藤文治は「話し合いを重ね、不承不承と言う具合でしたが帰っていった」と加藤は書いている。がどうなんだろう?
参考書籍

『庄内藩の米札から山居倉庫米券への移り変わり』 ◯著者:三上初子 ◯発行:昭和60年(1985)4月30日初版 ◯表紙絵:三矢弘毅 ◯題字:阿部吉次郎 ◯印刷:株式会社光印刷
『山居倉庫と庄内米』 ◯著者:高橋義順 ◯発行:平成9年(1997)3月31 ◯企画・発行:庄内倉庫株式会社 ◯制作:株式会社家の光出版総合サービス ◯印刷:庄内農村工業農業協同組合連合会 ◯カバー絵:明治43年(1910)頃の山居倉庫実景、明治43年5月 三矢弘毅 畫
『日本の歴史を問いかける』より『ある倉庫をめぐる攻防の歴史』◯執筆者:三原容子