先週の土曜日に"
皇后盃 第35回全国女子駅伝"が京都で開催され、地元の京都チームが1位となりました。テレビ中継では選手達が見えなくなるほどの豪雪の中、過酷な条件で必死で走る女子選手達のシーンが話題にもなりました(
スポーツ報知)。その京都ですが、妖怪のカテゴリーの中でも都道府県で1位になっている事例があります。各都道府県で伝承されている妖怪の数が"Wikipedia"の「
Category:各都道府県の妖怪」において、39種もの妖怪がラインナップされて、堂々の1位。2位はちょっと意外ですが新潟県の35種。"
妖怪の街 調布"のある東京は3位で長野と同じ28種です。水木大先生の出身地の鳥取は京都の1/3以下の12種で、順位は25位に留まっております。その他の順位が気になる方は下表にまとめましたので、参照下さい。
何の因果か、富山が全国女子駅伝と同じ最下位になっております。
ちなみに、"Wikipedia"では"
京都妖怪"の一つに「
片輪車」が挙げられていますが、水木大先生はより京都っぽく、敢えて「
京都の片輪車」とネーミングした図画を画かれております。
平安期の牛車の屋形には鬼と化した女御。同じ"牛車妖怪"の「朧車」より凶悪そうです。
では、何故に京都に妖怪が多いのか? それは魑魅魍魎・怨霊・鬼、それに百鬼夜行などの妖怪達が跋扈した"
平安京"に事を発しているに違いありません。下のスナップは映画『
陰陽師』から、怨霊の群れに染まった暗雲が平安京の空を覆いつくそうとしている場面です。
雲の中に幾つか心霊写真ぽい顔が見えます。怖E。
日本全国の妖怪の大部分が平安京から派生していったと云っても過言ではない感じですが、ではその元祖は、推測するに「
早良親王」の怨霊ではないでしょうか。「早良親王」は、
桓武天皇が推進した
長岡京遷都時に発生した
藤原種継暗殺事件に関わったとして、幽閉されましたが、無実を訴えながら淡路島に流される途中で憤死します。その後、「
早良親王」は怨霊と化し、都を恐怖に陥れます。びびった桓武天皇は長岡京を捨て、平安京に遷都。その後も「
早良親王」の祟りは収まる事を知らず、平安京に「
日本三大怨霊」をはじめとする怨霊や妖怪を次々に生み出す下地を作ったのでは・・・と思われるのです。下のスナップは先と同じ『
陰陽師』から、「
早良親王」のまさに呪怨まみれの凄絶な絶命シーンと、怨霊として復活するシーンです。
自らの血で遺した呪詛 『我、天子を怨むこと、絶ゆる期 無し』 これも怖E。
「
早良親王」の遺体は淡路島に運ばれましたが、鎮魂の為、死後「
崇道天皇」とされ、大和国に宮を設けられました。しかし、平安遷都から1200年経った翌年、淡路島を震源とする阪神淡路大震災が起きたのも「
早良親王」の久々の祟りではないかと囁く人もおるようです。
詰まるところ、こんな京都にした張本人は桓武天皇という事になりそうですが、歴史の教科書的にはきっと「"鳴くよ、うぐいす平安京"といった、きらびやかな雰囲気の都を作った偉い人」いう事になっているのでしょう。
これは悪人ヅラ。今上天皇のような慈愛は感じられません。
ところで、平安京の怨霊は背筋が凍るような悪霊タイプだけではありません。平安時代の怨霊の一つに「
入内雀」(
2009/3/8の記事参照)という事案がありますが、怨念が雀と化して内裏の茶碗飯を食べるという、メッチャ小物でかわいい怨霊もいるのです。ちなみに下の画像はソーシャルゲーム「
あやかし百鬼夜行」の「
入内雀」たん。
私の宮ではお替り自由ですよ。