カギっ子の私のルーティンは、学校から帰って来るとまず第一の関門、アパートの玄関の鍵を開ける所から始まる。
当時4世帯が入居していたアパートの玄関は、引き戸を閉めると自動で鍵が掛かるようになっていた。だから、鍵を持つのを忘れたが最後、部屋に入ることは出来なくなってしまうのだ。
ある日、学校で済ませてくれば良かったのに、膀胱が満タン状態のまま、我慢に我慢を重ね、アパートに着いた。一刻を争う状況の中、玄関の前で、どこを探しても鍵がない事に気が付いた。
万事休す。小学1年生は、なすすべも無い。やがてダムは決壊。大洪水となった。
顔の方も、悲しさで水浸し。その後の記憶が無い。
話を元に戻し、第一関門を突破したら、今度は自宅の部屋の錠のナンバーを3つ合わせて解錠。
ランドセルを部屋に置いたら、施錠して、近所のお友達の家へ、アポ無し訪問。
「〇〇ちゃーん、遊ぼう」変な節付きの声かけでお誘い。音階で表すと「ドドレードドレ」。
大抵お嬢様がたは、様々なレッスンがあるので、急な訪問は断られる。すごすごと家に逆戻り。
自宅に戻るなり、テレビのスイッチオン。
カギっ子生活も1年生の後半になると、テレビ番組は「午後のロードショー」だったか、何だったか、必ず映画をつけておくようになった。
幼い私に強烈な印象を与えたのが、ベティ・デイヴィス主演、ロバート・アルドリッチ監督の映画「何がジェーンに起こったか?」だった。
冒頭から真剣に観ているわけではなかったのだが、ベティ・デイヴィスがジョーン・クロフォード演じる姉に虐待するシーンあたりから目が離せなくなった。
姉は車椅子の生活を余儀なくされているので、生活の主導権をベティ・デイヴィスに握られていた。
虐待で弱っていく姉の運命が気になって、途中から集中して観たのだった。
最もショッキングだったのは、食事を運んできたベティ・デイヴィスが姉の目の前で、お皿の上の半円形の覆い(クローシュ)を持ち上げると、皿の上には何と姉が可愛がっていたペットの小鳥が…。
小学1年生の私には、あまりにもショッキングなシーンだったが、ますますテレビ画面から目が離せなくなったのだった。
なぜこんな事になったのか。ストーリー半ばからの視聴だったので、理由はわからないものの、恐ろしいベティ・デイヴィスの演技に釘付けとなった。
小学校1年生の担任の先生は、ベティ・デイヴィスによく似ていた。
日本人だったのだが、顔の彫りが深く、洋風の顔立ちをしていた。
長い髪をアップに結い上げ、小柄でいつも開衿の白いシャツに黒いスーツ姿が印象的だった。体型は細くはないが太くもなく、メリハリのきいている感じがスーツの上からも察することが出来た。
足が少し悪く、教壇を歩く時は、少し足を引きずっていらした。
40代半ばだろうか。
笑顔をあまり見せない先生だったので、顔は一瞬怖いのだが、よく見るとまつ毛が長く、半眼というか瞳が瞼に半分隠れ、陰り気味の目が、子供心に妙に色っぽい感じがした。また、流し目ぎみで、若干やぶにらみ。
それが清水先生の魅力的な姿であり、いつもベティ・デイヴィスを思わせた。
同じ時期にテレビで観た映画で、物凄く感動したのに、題名も覚えていない作品がある。
いつもの如く、途中から引き込まれた映画作品だ。内容だけは、わりとはっきり覚えている。
舞台は雪深い山岳地帯のとある街。
子供が誘拐される。身代金目当ての犯行だろう。
犯人グループは3名だったろうか。
山小屋をアジトに誘拐した子供と数日過ごすのだが、そのうち犯人グループの中の一人の男が、子供に情が移るというか、子供を不憫に思い始めるのだ。
子供を喜ばすため、危険を犯し山小屋から出て下山し、くまのぬいぐるみと絵本を買いに行く。
商品を手にし、子供の喜ぶ顔を想像しながら山小屋へ戻ろうとしたところ、警察に見つかり、あえなく男は射殺されてしまうのだ。
ラストシーンは雪の路上に落ちたくまのぬいぐるみと絵本の映像。エンディングテーマと共にアップで映し出される。
子供に届けられる事なく、少し雪にまみれたそれらが物悲しく目に映る。
犯人とはいえ、心の優しい男のかなえられなかった無念の思いと、その死がいつまでも余韻となって心に残った。
この映画が何という映画か、グーグルで調べてみたが、未だ不明。無念。
話がそれたが、小学1年生のルーティンの話だった。
映画が終わると、数少ないアニメなどが放映され始め、本格的に観始める。
好きなアニメが終わるとひたすらザッピング。どこかで面白い番組は無いかと、ダイヤル式のチャンネルを右に左にガチャガチャガチャガチャ…。
我が家のテレビが、ダイヤル式のチャンネルから壊れたのは、私の責任だった。
テレビにも飽きると、お人形で遊んだり、おはじきしたり、トランプでひとり七並べしたり、折り紙折ったり、お絵描きしたり、過去の週刊漫画を読み直したり…様々な事をして、父の帰りをただひたすら待っていた。
父が帰宅すると晩ごはんを食べ、歯も磨かずに寝ていたあの頃。
カギっ子でテレビっ子で虫歯だらけだったあの頃。
それでも幸福だったあの頃。