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ポジティブな私 ポジ人

フゴッペ洞窟の壁画

月曜日、一週間の滞在を終えた娘を空港で見送った。ブルー・マンデー。
また、老夫婦の二人生活に戻った。

翌日、朝からとびっきりの快晴。
夫が「フゴッペ洞窟へ行こうか」と突然の提案。
以前から、いつか行きたいと私がリクエストしていた場所「フゴッペ洞窟」。

フゴッペ洞窟の発見は、昭和25(1950)年に札幌市の考古学少年、大塚誠之助君が発見した土器片がきっかけだ。昭和26年から北大の名取助教授を団長とする調査団によって発掘開始。その結果、国内最大級の刻画のある洞窟遺跡が発見されたということだ。

もしかしたら、一度父に連れて行ってもらった事があったかも知れない。洞窟内が金網で保護されていたのを見たような気もするが、記憶が曖昧だ。

夫の運転する車に乗り、小樽方面を目指した。
思い立ったらいつでも行動できるのが、無職の二人の良いところ。

札幌を出て小樽に入ると、山あり海ありトンネルあり。小さなトンネルをいくつ抜けただろうか。小樽は変化のある景色でドライブにはもってこい。昔から好きな場所だ。
小樽を過ぎて程なく、フゴッペ洞窟のある余市町へ小1時間ほどで到着した。



洞窟を丸ごと建物と合体。

内部は残念ながら撮影禁止。
手指の消毒をしてから入り口を入って、受け付け。コロナ感染に関わる氏名と連絡先の記入をした。入場料は300円。

壁に世界各国の洞窟の壁画の写真が何点か貼られている。あまり見たことが無いものばかりだ。

最初の部屋には、「続縄文時代」の土器や石器、斧、矢じり、針等の出土品が展示されている。占いのために使われた鹿の卜骨(ぼっこつ)等もあった。
「続縄文時代」の土器は、縄目模様では無く、繊細な文様が施されたオシャレな土器だった。
魚の骨か何かで作られた15センチほどの布団針の様に大きな針には、驚いたことに繊細な幾何学文様が施されていた。
土器や用具に施された文様に、縄文人のセンスの良さを感じる。

展示の部屋の次は、洞窟の同じサイズのレプリカがある。明るい所で見ることが出来るので、わかりやすい。
そこを抜けると、少し照明が落とされた空間の中央に、ケースに入った洞窟周辺のジオラマが展示されており、太古の人々の生活も再現されていた。

そして、一番奥がそのまんま洞窟。
照明も必要最小限にして、薄暗い洞窟の雰囲気がとてもいい。
アクリル板らしきもので覆って保護してあるが、壁画は見どころ数カ所をそれぞれライトで照らして見ることが出来る。また、分かりづらい壁画をイラスト状にしたものを一緒に展示してくれているので、イラストと照らし合わせて、壁画を確認することが出来た。

太古の人々が岩に刻んだ絵の数々。
ほぼ貸切状態で、薄暗い洞窟の壁画を見ていると、心が穏やかになり癒やされる。いつまでもずーっと、そこにいたい気分だった。

私の好きな映画「アルタード・ステーツ」を思い出した。
塩水に満たされたタンク(アイソレーションタンク)の中で、胎児のように身を浸しながら、太古の記憶に迫る研究をしていたウィリアム・ハート演じる科学者の研究から起こる不可思議な物語。
生命の根源を探るため、幻覚剤を併用したことから、彼の肉体に変化が生じるようになり…といったSFホラー映画。1980年の作品だ。

フゴッペ洞窟の壁画を詳細に見ていると、地面に近い下の方に描かれた壁画がある。


それが、この絵。確か人差し指位の大きさの絵だったと思う。
こんなに下だったら、恐らく寝そべって描いたのだろう。そう思うと何だか大昔の人が物凄く身近に感じられる。それに、そんな描きづらい場所をあえて選んだのは、地面に立っている人を地面に近い場所に描くというこだわりを持っていた人だったのではないだろうか。立ったまま、描きやすい場所に絵を描いたなら、空中に浮いてしまうとでも思ったのだろうか。
絵を描いた太古の人の気持ちも想像すると、より一層、仲間になれそうな気がしてくる。いつまで見ても飽きない。


そうはいっても、夫を待たせているので「ゆっくり見ておいで」と言われたものの、そうもいかない。後ろ髪をひかれながら、終了。洞窟から出て、出口へ向かう。

記念スタンプを押印。
ついでにこれも

フゴッペ洞窟の壁画のデザインが気に入って、珍しくグッズを買ってしまった。

翼の仮装をした人物のデザイン。
Tシャツは1,500円。安い。

刻画のハガキも3枚200円。このブログに使用した。

余市町のフゴッペ洞窟について「見どころ」を引用すると

『岩壁に刻画を残す洞窟遺跡は小樽市手宮洞窟とともに現在日本国内において対比されるものがありません。800を超す刻画があり、人が仮装したようなものから舟、魚、海獣、4本足の動物のようなものがあります。角や翼で仮装した人像が多く、これはシャーマンを表したものと推察され、何らかの宗教的儀礼の場であったのではないかと考えられています。洞窟は堆積土層から発見された土器や骨角器の分析から、およそ2000~1500年前の続縄文期に属する遺跡であることがわかっており、各国から学者や研究者も訪れています。』

「日本国内において対比されるものがありません」って、すごいことじゃない?北海道にしか無い。もっともっと有名になってもいいんじゃない?

皆さんにも、この太古な気分を洞窟で是非味わってほしいなぁ。





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