ジャーナリスト田中良紹氏のヤフーニュースのコラムより
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日米の検察当局が脛に傷を持つ最高権力者の周辺で動き始めた
特別国会が閉幕した9日、東京地検特捜部が中央リニア新幹線の建設工事を巡り、偽計業務妨害容疑で大手ゼネコン大林組の家宅捜査に入ったとのニュースが流れた。国会が終わったその日に特捜部が動いたと聞くと事件は政治がらみかと思いたくなる。
またこれより4日前に東京地検特捜部は、スーパーコンピューター開発ベンチャーの社長ら2人を経済産業省が管轄する団体から補助金4億3千万円余りを騙し取った容疑で逮捕した。先月末でNHKの国会中継が終わったのを見計らい、国会審議に影響させない配慮を行った上での逮捕と言える。
しかしこの逮捕劇は永田町に衝撃を与えた。逮捕された斎藤元章社長が、安倍総理や麻生財務大臣と親しい山口敬之元TBS記者を顧問に雇い、官邸に近い「ザ・キャピトルレジデンス東急」内に豪華な事務所を提供していた人物だからである。そして逮捕の日は山口氏に強姦されたと訴える伊藤詩織さんが起こした民事訴訟の第一回公判の日だった。
一方、金を騙し取られたとされる経済産業省は安倍官邸を牛耳る今井尚哉総理首席秘書官の出身官庁で、事件に山口氏や今井氏の関与があったとすれば一大スキャンダルとなる。野党から見ると「森友・加計」に次ぐ「第三の疑惑」の誕生である。
そこに中央リニア新幹線の入札談合で大手ゼネコンに家宅捜索が入ったのである。これが政治がらみに発展すれば、「第四の疑惑」として年明けの政界を揺さぶることになる。しかし「森友・加計」とその後の2つの案件には決定的な違いがある。後の2つは官邸の指揮下にある東京地検特捜部によって明らかにされたのである。
ところが野党の中には「もりとかけはそばだがスパゲッティも出てきた」と軽口をたたき、疑惑を「もり、かけ、スパ」と総称し、通常国会での追及材料が増えたと喜ぶボンクラもいる。その程度の認識では足元をすくわれる危険性があるとフーテンは危惧する。
追及する側はなぜこのタイミングで特捜部が動いたのかを冷静に見極める必要がある。そして官邸と各官庁間の関係に変化は生じているか、権力者間の力関係はどうか、与党と官邸の関係はどうか、権力内部の状況を把握しながら追及の手を考えなければならない。
野党の仕事は権力を追及して国民の喝さいを浴びる事ではない。権力を追及してその手から権力を奪うことである。そのためにはやみくもに追及して権力内部の結束を固めさせるより、権力内部の矛盾が増大するように仕向けることが肝心である。すべてを一律に叩くのではなく強弱をつけた追及で矛盾を導き出すのである。
今年の国内政治は「森友・加計疑惑」に終始した。それを「些末な問題にこだわっている」と批判する人もいるが冗談ではない。安倍総理は「少子高齢化」と「北朝鮮危機」を「国難」と呼ぶが、それ以上の「国難」が「森友・加計疑惑」である。長く自民党政治を見てきたがこれほど統治機構の異常さを感じたのは初めてである。
「少子高齢化」も「北朝鮮危機」も確かに大問題ではある。しかしそんなことは何十年も前から分かっていた。人口減少社会にどう対応するか、少子高齢化をどうするかは三十年以上も議論され、様々なアイデアが出されてきた。
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別Webより Plus
旧民主党が選挙公約に「子供手当」を掲げたのもその一つである。しかし野党に転じた自公は「バラマキ」批判一色でそれを封じた。旧民主党は増税ではなく霞が関の「埋蔵金」、官僚機構のスリム化に財源を求めた。それは維新が主張する「身を切る改革」と通ずる。それを一蹴した自公は今頃になって消費増税の一部を教育無償化に充てる方針だ。しかしその子供たちの将来には巨額の財政赤字がのしかかる。
「北朝鮮危機」も二十年以上も続く問題である。トランプ大統領という特異なキャラクターのおかげで「戦争寸前」と思わされるが、23年前に本物の朝鮮戦争寸前の危機を日本政府は経験した。あの時のことを思えばトランプに乗せられてキーキー騒ぐ方がどうかしている。「ロシア疑惑」という脛の傷を見せないためにトランプは騒いでいるだけだ。
安倍総理にも脛に「森友・加計疑惑」という傷がある。同病相哀れむ権力者同士はまるで運命共同体のように寄り添うが、しかし民主主義の米国には三権分立の仕組みがあり、三権分立が機能しない日本とは事情が異なる。
米国では「ロシア疑惑」を捜査するモラー独立検察官が大統領側近だったマイケル・フリン氏の訴追を決め、フリン氏は司法取引に応ずる意向を示した。トランプ大統領の娘婿クシュナー大統領顧問など政権中枢への捜査に全米の注目が集まっている。
しかし日本では特捜部が総理やその周辺を捜査することなど考えられない。常にやられてきたのは総理の政敵かその周辺、あるいは霞が関にとって好ましからざる人物である。ロッキード事件では三木総理が政敵の田中角栄前総理を葬るために逆指揮権発動を行い、最近では政権交代の可能性が高まると、霞が関の埋蔵金を掘り起こそうとしていた小沢一郎民主党代表の秘書が逮捕され、剛腕の政治力を封じ込めた。
「森友問題」は国有地の払い下げで値引きが明らかになった当初から安倍総理の強すぎる否定が注目された。
「妻や自分や事務所が関わっていたら総理も議員も辞める」と答弁したのである。そう否定しなければならないほどの大問題なのだとフーテンは思った。だから安倍総理は経緯を知る籠池夫妻を徹底的に排除する方針を採った。
財務省や国土交通省には資料を廃棄させ、嘘の答弁を続けさせ、国民には籠池夫妻を「悪人」と思わせるための証人喚問と、大阪地検による「詐欺罪」での逮捕を強行させた。取り調べでは安倍総理夫妻に逆らわぬよう徹底した説得と洗脳が行われているのではないかと想像する。
保釈された時に心を入れ替え安倍夫妻を非難攻撃させないようにするのが大阪地検の仕事だと思う。それがうまくいっていないから保釈されないとの見方もできる。つまり困った状態が長引いている。
おかげで国税庁長官に出世した佐川前理財局長は記者会見を開けない。一方の「加計問題」では前川前文科次官が官邸の指示による証拠隠滅に抗議して勇気ある告発を行った。これに同調する文科官僚も現れた。また黙ってはいるが農水官僚は獣医学部増設に反対だから、安倍官邸に批判的な目を向ける。
前川氏の告発に激怒した官邸は読売新聞に前川氏の性スキャンダルをリークする卑劣な手段に出た。しかもその性スキャンダルは誤報であった。これを見た霞が関は心穏やかになれなくなる。
そもそも官僚は政治家のためならどんなことでもやるのが仕事である。個人で悪いと思ったことでもやる。責任を取るのは政治家で官僚には責任がないからだ。これが政官関係の基本である。
ところが安倍総理と妻とお友達が責任を取らないためのダーティワークを官僚がやらされている。政官関係の基本は崩壊した。「面従腹背」の霞が関に「胸に一物」がたまり続ける。
その状況を見る与党政治家、特に一線を退いた大物政治家の胸には日本政治が異常なものに見えているはずだ。それを決定的にしたのが「森友・加計」追及を逃げるための臨時国会冒頭解散だった。
ところが民進党と希望の党との「ボタンの掛け違い」で自公は転落を免れ、安倍総理は来日したトランプ大統領との蜜月ぶりをアピールすることが出来た。しかしである。安倍総理は特別国会を演説も質疑もなしに終わせようとした。さすがに周囲は呆れたと思う。
特別国会は39日間の日程になった。すると総理の所信表明演説は15分間と安倍政権で最短。掛け声ばかりで中身がまるでなかった。予算委員会の質疑も何を聞かれても準備してきた答弁を繰り返すだけで議論は全くかみ合わない。
しかも国会が始まる前に安倍総理は与党と野党に与えられた質疑の時間配分を与党に多くするよう萩生田幹事長代行に指示していた。それを萩生田氏がメディアに明らかにする。すると直後に注意され、安倍総理からの指示はなかったと訂正した。
これは加計疑惑をめぐる安倍総理答弁とまるで同じパターンである。文科省には総理からの指示を記録した文書がある。しかし安倍総理は「誰も私から指示を受けた人間はいない」と断言する。指示を受けた人間が後でその事実を打ち消すからである。つまり嘘を言わせていることになる。それが見え見えなのに押し通すのである。
これでは国会が国会にならない。こういうことはかつて経験のないことである。国会としては国民から選ばれた最高権力者を嘘つき呼ばわりできない。しかしこの状態を続けるわけにもいかない。そして「森友・加計疑惑」が消えてなくなることも考えられない。
東京地検特捜部がここにきて2つの事件に手を付けたのはこうした状況と無縁ではない気がする。
まだ着手したばかりなので特捜部が何を狙っているか定かではないが、これまでの摘発事例から考えれば、米国と異なり官邸中枢に手を入れることは考えられない。しかし安倍官邸に対する与党や霞が関のもやもやを解消するため安倍官邸の周辺をターゲットにし、官邸中枢に自重を促すことはあり得るかもしれない。
相性の良い似た者同士の日米の権力者の周辺で日米の検察当局が動き始めた。安倍総理は日米が「民主主義」や「法の支配」など同じ価値観を持つ国だと言う。しかし我々はこれから両国の「民主主義」や「法の支配」に違いがあることを比べてみることが出来る。年明けにはその機会が与えられる。
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