拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

 羯諦(ギャーテー) 羯諦(ギャーテー)

2021年08月14日 | 観自在

  8月9日(月)引っ越し決行。元引越屋の意地を見せ、梱包、解梱包、配置などに工夫をこらし本日14日(土)ほぼ片付いた。

 

  数ヶ月前から引越しのことで気が散って何も手が付かない状態の中で、亀の歩みで読んでいるドナ・ヒックス著『Dignity尊厳』はやはり素晴らしい。

  他の人は知らないが、私は釈尊の『天上天下唯我独尊』は『人間の尊厳宣言』と捉えているので、その意味で『尊厳』の本質を解りやすい言葉で言語化した

  彼女の功績は大きいと考える。特に国際的な紛争解決、和解に携わる仕事をしている彼女の経験から編み出した『尊厳モデル』や『尊厳の10のエレメント』などで

  生まれながらに備わっている人間の『尊厳性』の覚醒と進化へ向けてのアプローチ法を詳細に説いている。

  それでも、『自己(他己)の尊厳』に気づくには『長い忍耐の時間が必要』であることを彼女自身が言っているのが印象に残った。

 

  私は、その点にこそ仏教や仏道修行というような『仏性(尊厳)覚醒』への伝統的修行システムを持つ日本の仏教、特にあらゆるイデオロギーを否定し寄せ付けない

  禅仏教に覚醒への東洋式アプローチ法と彼女等によるの現代西洋式アプローチ法を総合的に検討することで、それこそ『天上天下唯我独尊』の世界が実現するような気がする。

  いや、実現しなければならない。

  この本『Dignity』の著者ヒックス女史は2500年前釈尊が悟りを開いたその内容が『尊厳』であることを知っているだろうか。

      

  写真は新居のアパートのテラスから湖方面を望んでいる馬骨。(写真や五七調のときは一撮を名乗っている)

  この写真を見て、私は26歳の時(1978年)参加した神戸洋上大学で乗った豪華客船コーラル・プリンセス号のデッキに持たれて太平洋を眺めていた自分を思い浮かべた。

  そして、『尊厳』への覚醒にはどうしても理屈では言い表せられない次元の何かがあって、此岸から彼岸への到達の思いを『呪文』に託し、般若心経の

  最期の部分を原語の真言(マントラ)のままに『羯諦(ギャーテー) 羯諦(ギャーテー)(渡ろう、渡ろう、みんなで渡ろう)』…とした祖先の思いに

  大乗の船を漕ぎ出す現代に生きる我々の姿をも思い浮かべるのだ。