本当の賢治を渉猟(鈴木 守著作集等)

宮澤賢治は聖人・君子化されすぎている。そこで私は地元の利を活かして、本当の賢治を取り戻そうと渉猟してきた。

賢治と高瀬露はとてもよい関係にあった

2015-10-16 21:00:00 | 捏造された〈高瀬露悪女伝説〉
「賢治伝記」の虚構―捏造された<高瀬露悪女伝説>―
        (『宮澤賢治と高瀬露』所収の「聖女の如き高瀬露」のダイジェスト版)
鈴木 守
 巷間、<高瀬露悪女伝説>なるものが流布している。しかし、この伝説は少し調べてみただけでも信憑性の薄いことが直ぐわかる。

賢治と高瀬露はとてもよい関係にあった
 例えば、宮沢清六の次のような二つの証言があるからだ。その一つは、
 この歌の原曲は、明治三十六年初版の『讃美歌』(前出)の第四百四十八番『いづれのときかは』で、賢治が愛唱した讃美歌の一つである。宮沢清六の話では、この歌は賢治から教わったもの、賢治は高瀬露から教えられたとのこと。
              <『新校本全集第六巻 校異篇』(筑摩書房)より>
というもので、賢治は高瀬露から讃美歌を教わっていたということを教えてくれる清六の証言だ。
 もう一つは、「宮沢清六さんから聞いたこと」に記されている、
 白系ロシア人のパン屋が、花巻にきたことがあります。…(筆者略)…兄の所へいっしょにゆきました。兄はそのとき、二階にいました。二階の窓から顔を出した兄へ、「おもしろいお客さんを連れてきた」といいましたら、兄は「ホウ」と、喜んで、私とロシア人は二階に上ってゆきました。
 二階には先客がひとりおりました。その先客は、Tさんという婦人の客でした。そこで四人で、レコードを聞きました。…(筆者略)…。レコードが終ると、Tさんがオルガンをひいて、ロシア人はハミングで讃美歌を歌いました。メロデーとオルガンがよく合うその不思議な調べを兄と私は、じっと聞いていました。
             <『宮沢賢治の肖像』(森荘已池著、津軽書房)より>
という清六の証言だ。つまり、賢治が下根子桜の別宅に住まっていたある日、賢治は露を招き入れて二人きりで二階にいたことになる(当時そこに出入りしていてオルガンで讃美歌が弾けるイニシャルTの女性といえば高瀬露がいるし、露以外にこのことが当てはまる女性はいない)。したがって、これらの清六の証言によれば、
    当時、賢治と露はオープンで親密なよい関係にあった。…①
ということがわかる。
 そしてこれと似たようなことが、露が高橋慶吾に宛てた葉書に
 高橋サン、ゴメンナサイ。宮沢先生ノ所カラオソクカヘリマシタ。ソレデ母ニ心配カケルト思ヒマシテ、オ寄リシナイデキマシタ。宮沢先生ノ所デタクサン讃美歌ヲ歌ヒマシタ。クリームノ入ツタパントマツ赤ナリンゴモゴチソウニナリマシタ。カヘリハズツト送ツテ下サイマシタ。ベートーベンノ曲ヲレコードデ聞カセテ下サルト仰言ツタノガ、モウ暗クナツタノデ早々カヘツテ来マシタ。
            <『「雨ニモマケズ手帳」新考』(小倉豊文著、東京創元社)より>
と認められているということだから、この葉書の記述内容は先の清六の証言を裏付けているのでこの〈①〉の信憑性はかなり高い。
 その一方で、例えば山下聖美氏は、『賢治文学「呪い」の構造』(三修社、平19)の中で次のように、
 感情をむき出しにし、おせっかいと言えるほど積極的に賢治を求めた高瀬露について、賢治研究者や伝記作者たちは手きびしい言及を多く残している。失恋後は賢治の悪口を言って回ったひどい女、ひとり相撲の恋愛を認識できなかったバカ女、感情をあらわにし過ぎた異常者、勘違いおせっかい女……。
などということを、あるいは、澤村修治氏は『宮澤賢治と幻の恋人』(河出書房新社、平22)の中で、
 無邪気なまでに熱情が解放されていた。露は賢治がまだ床の中にいる早朝にもやってきた。夜分にも来た。一日に何度も来ることがあった。露の行動は今風にいえば、ややストーカー性を帯びてきたといってもよい。
などというようなことを述べている。一体この方々は、巷間流布している<高瀬露悪女伝説>以外の何を典拠としてかくも断定調で一方的に高瀬露を悪し様に書けるのだろうかと、私は訝るばかりだ。ただし、山下氏の「高瀬露について、賢治研究者や伝記作者たちは手きびしい言及を多く残している」という実態の指摘は私も肯んずる。
 さりながら、賢治研究家の誰一人としてこの〈悪女伝説〉を検証する人はおらず、世間は一方的な情報のみを諾々と受け容れ続けてきた結果がこの実態を招いたということは否めない。なぜなら、先の清六の二つ証言や「葉書」に基づけば、露一人だけを<悪女>にすることはアンフェアだということが明白なのに、殆どの賢治研究家はこのことに頬被りし、手をこまねいてきたと言えそうだからだ。

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