本当の賢治を渉猟(鈴木 守著作集等)

宮澤賢治は聖人・君子化されすぎている。そこで私は地元の利を活かして、本当の賢治を取り戻そうと渉猟してきた。

森の伝える「ライスカレー事件」における虚構

2015-10-21 08:00:00 | 捏造された〈高瀬露悪女伝説〉
「賢治伝記」の虚構―捏造された<高瀬露悪女伝説>―
        (『宮澤賢治と高瀬露』所収の「聖女の如き高瀬露」のダイジェスト版)
鈴木 守
 森の伝える「ライスカレー事件」における虚構
 さて、ではこれまでのことを踏まえて森自身が伝える「ライスカレー事件」を眺めてみよう。森は同書に次のように綴っている。
 花巻の近郊の村のひとたちが、数人で下根子に訪ねてきたことがあつた。彼はそのひとたちと一緒に、二階にいたが、女人は下の台所で何かコトコトやつていた。…(筆者略)…
 二階で談笑していると、彼女は、手料理のカレーライスを運びはじめた。
 彼はしんじつ困惑してしまつたのだ。
 彼女を「新しくきた嫁御」と、ひとびとが受取れば受取れるのであつた。彼はたまらなくなつて、
「この方は、××村の小学校の先生です。」
と、みんなに紹介した。
 ひとびとはぎこちなく息をのんで、カレーライスに目を落したり、彼と彼女とを見たりした。ひとびとが食べはじめた。――だが彼自身は、それを食べようともしなかつた。彼女が是非おあがり下さいと、たつてすすめた。――すると彼は、
「私には、かまわないで下さい。私には、食べる資格はありません。」
と答えた。
 悲哀と失望と傷心とが、彼女の口をゆがませ頰をひきつらし、目にまたたきも與えなかつた。彼女は次第にふるえ出し、眞赤な顏が蒼白になると、ふいと飛び降りるように階下に降りていつた。
 降りていつたと思う隙もなく、オルガンの音がきこえてきた。…(筆者略)…その樂音は彼女の乱れ碎けた心をのせて、荒れ狂う獸のようにこの家いつぱいに溢れ、野の風とともに四方の田畠に流れつづけた。顏いろをかえ、ぎゆつと鋭い目付をして、彼は階下に降りて行つた。ひとびとは、お互いにさぐるように顏を見合わせた。
「みんなひるまは働いているのですから、オルガンは遠慮して下さい。やめて下さい。」
 彼はオルガンの音に消されないように、声を高くして言つた。――が彼女は、止めようともしなかつた。
 ただし、この時に森がそこに居合わせたということは彼自身も述べていないから、ほぼ間違いなくこの記述の元になったのは「賢治先生」あるいは「宮澤賢治先生を語る會」における慶吾の証言であろう。とはいえども、慶吾はそこで「悲哀と失望と傷心とが、…ふいと飛び降りるように」とか、「降りていつたと思う隙もなく、…野の風とともに四方の田畠に流れつづけた」とかいうようなことは証言していない。しかも、佐藤通雅氏も
 このカレー事件の描写は、あたかもその場にいあわせ、二階のみならず階下へまで目をくばっているような臨場感がある。しかしいうまでもなく、両方に臨場することは不可能だ。…(筆者略)…見聞や想像を駆使してつくりあげた創作であることは、すぐにもわかる。
            <『宮澤賢治東北砕石工場技師論』(洋々社)>
と断じているとおりで、先の引用部分の多くは森の手による虚構・改竄だと言わざるを得ない。それも、悪意のあるそれだと。

 続きへ
前へ 
 目次へ

 ”羅須地人協会時代”のトップに戻る。
                        【『宮澤賢治と高瀬露』出版のご案内】

その概要を知りたい方ははここをクリックして下さい。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿