本当の賢治を渉猟(鈴木 守著作集等)

宮澤賢治は聖人・君子化されすぎている。そこで私は地元の利を活かして、本当の賢治を取り戻そうと渉猟してきた。

捏造された〈露悪女伝説〉

2015-10-26 08:00:00 | 捏造された〈高瀬露悪女伝説〉
「賢治伝記」の虚構―捏造された<高瀬露悪女伝説>―
        (『宮澤賢治と高瀬露』所収の「聖女の如き高瀬露」のダイジェスト版)
鈴木 守
 捏造された〈露悪女伝説〉 
 その一方で、この<③>とは相容れない
<現通説>:一九二七年の秋の日森は下根子桜を訪れ、その際に露とすれ違った。…④
についてであるが、こちらの反例としては先にも掲げた、森本人の
一九二八年の秋の日、私は村の住居を訪ねた事があつた。途中、林の中で、昂奮に眞赤に上氣し、ぎらぎらと光る目をした女性に會つた。
という証言、つまり、訪れたのは「一九二七年」ではなくて「一九二八年」であるという証言と、さらに上田の前掲論文中には、
 昭和2年の夏までは露は下根子桜に出入りしていたが、それ以降は遠慮したという露本人の証言。
もある。しかも、<現通説④>を裏付ける確たる資料も証言も今のところ何もないのだからこの<現通説>は極めて危うい。よって、現時点では反例のない<③>の方がより妥当な説であり、この<③>の反例が見つからない限りは、森の件の「下根子桜訪問」も、その際に森が露とすれ違ったことも共に虚構であり、しかもそこには悪意が見られるから<④>は実は捏造であったと言わざるを得ない。
 したがって、この捏造された「下根子桜訪問」に代表されるように、「昭和六年七月七日の日記」における露に関する重要な「記述」の中には、ほぼ「虚構」やほぼ「改竄」、さらには「捏造」されたものなどがいくつかあるということがこれで明らかとなったから、件の「一方的な情報」を検証もせずに「賢治伝記」の資料に資することは実はやはりできなかったのだった。しかも、このような極めて危うい「一方的な情報」が因となって〈露悪女伝説〉が誕生してしまったという実態が、上田哲も言うとおり現実にあるのだから、巷間流布している〈露悪女伝説〉は捏造されたものであると言わざるを得ない。

 もちろん、そのような捏造された〈露悪女伝説〉が現在巷間に流布しているという実態は、そしてこれからもその状態が続くということは決して許されるべきことではない。そのような捏造された〈悪女伝説〉が流布されたことによって、一人の人間の人格と尊厳が徹底して貶められているという現実があるからだ。
 そしてそれは、露一人のためだけでなく賢治のためにも許されるべきことではないはずだ。何となれば、当時の賢治と露はオープンで親密なとてもよい関係にあったことをそれは真っ向から否定するものであり、延いては「賢治伝記」に虚構という瑕疵を存在させていることになるからだ。それゆえ、この実態は一刻も早く解消されねばならず、まずはこの捏造された〈露悪女伝説〉を世間から葬り去ることが喫緊の課題だろう。そのためには、理不尽にも着せられてしまった露の濡れ衣を私たちは速やかに晴らさねばならない。この拙論はそのための一歩だ。

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