ここで言わせてください

過去や現在
おりまぜてます。

根無し草 ㉚

2022-02-14 10:30:00 | 根無し草
転校先の中学校ではあれやこれや、家庭の事情を聞いてくる子はあまり居なかった。


三つの中学校に通った私が感じたことは

最初のニュータウンのある、E市のT町は、街開きして数年だったため、中学校も創立が浅く、若い世帯が多く地域の重鎮の様な人が居ないため先生達がのびのびしていて、生徒も素直で勉強の質も高かった。


次に通ったS市の中学校は、私が住んでいたような団地が、何十棟も立ち並ぶ町にあり、(もちろん一軒家やマンションの子も居たが)
荒れていた。


そして、初めて訪れたM市にある中学校は、閑静な町並みにあり文教地区といった感じだった。


三つの中学校では、制服はもちろん教科書や副読本も全く違った。

E市からS市に移った時はそれ程困らなかった。

M市では困った。

私は元々勉強が遅れていたのに、教科書も、副読本も難しい。
公立中学なのに、採用している教科書にレベルの違いがあったのだ。

それでも何とか規則正しい生活と毎日勉強するという習慣を付けてもらった。

まあ、そこの家庭も自分の本来の居場所では無いから遠慮ばかりして小さくなっていた。

与えてもらった小さな整理ダンスの文具を入れた引き出しの中が、触られているのに気づいてから
あまり、というか全然信用されてない事は分った。


父親とRさんと弟の家庭は全く違う市にあり、たまに弟が泊まりに来た。相変わらず可愛かった。


弟は泊まりに来たそこの家でも、夜中に目を瞑ったま暴れて泣いた。


その様子を見ておじいさんは、
こういう時はしっかりと抱きしめてあげなさい。とRさんに言った。


嬉しかった。
ホッとした。
私はひとつ心配事が減った。


弟はまだ8歳だから、大丈夫!
まだまだ取り戻せるよ!


あとは、私がこの家で良い子にしてたら良いんだよね。



根無し草 ㉙

2022-02-14 00:35:00 | 根無し草
またまた随分間が開いてしまった。

子ども時代を思い出すと息苦しく、気分悪くなります。

でも自分の思考を整理するために続けます。



中三の二学期、転校するところから。



私がおばあちゃんと離れて暮らすことになった場所は、

父親の再婚相手のRさんの実家だった。

2、3回しか会った事のない50代の人達を、
おじいさん、おばあさん
と呼んで、お世話になることになった。


突然の事で、私もおばあちゃんも何の相談もされず


引き離された。


大好きな団地の5階からの夜景は二度と見ることは無かった。


友達に別れの挨拶も出来ず


月に一度会っていた母親とも連絡が取れなくなった。

携帯など無い時代。

おばあちゃんの家にあった黒電話で母と連絡をとっていた。

母と会っていた事はおばあちゃん以外誰も知らない。

おばあちゃんは耳が聞こえないから電話に出られない。

突然連絡が取れなくなり、母は心配し、困惑しただろう。

酷い話だよ。

誰が誰に気を使い。
わけのわからない家族が出来上がっていくのか。


Rさんの実家は、、、

おじいさんは高校の校長先生。
おばあさんはきちんと家事をこなす専業主婦。
大きな門構え、庭には柿の木。

そこの娘さんとして生まれ育てられていたら
良い家庭だと思う。


私の様な育ち方をした15歳の子が順応するのは大変だった。


部屋はRさんの使っていた部屋ではなく
おばあさんが趣味で使っている足踏みミシンの置いてある3畳程の部屋だった。

そこは個室では無く、隣の客間である和室と摺りガラスで仕切られている縁側の様な場所で
あまりプライバシーは守られていなかった。

転校先で自己紹介するのも困った。

いったい、私はどこの誰なんだろう。