バイクは125CCが一番

維持費も安くて取り回しもよく、パワーもそこそこある。バイクは125CCが一番!

EN125-2Aで長野県縦断その2

2009年08月31日 | EN125-2A
さて,二日目の8月30日日曜日の朝を迎えました。今日は昨日以上に長丁場になることが予想されるので9時には出発することに。しかしせっかく飯田まで来たので寄っておきたいところがありました。

飯田市川本喜八郎人形美術館。NHKで30年近く前に放映していたNHK人形劇三国志で登場した人形たちが展示されています。飯田市は江戸時代には人形浄瑠璃が盛んで,その伝統を受け継いだ人形座が現在も数座活動しています。さらに毎年夏には人形劇フェスタという催し物が開かれ,全国から人形劇団が集まって市内いたるところで公演を行っています。そういった人形に理解のある街としてNHK三国志で登場した人形の製作者である川本喜八郎氏から市に人形が寄贈されました。

そうなんです。あれ程ハコモノ行政は批判にさらされ,麻生総理肝煎のアニメ殿堂館も風前の灯ですが,田舎ではこのようなハコモノが立派に建設されています(笑)
私はNHK三国志じたいはリアルタイムで見ていませんでしたが,その後三国志に興味を持ってから再放送があるたびに欠かさず見ていました。ですから地元にこんなすばらしいハコモノができたことは大変な喜びと感じています(笑)

正面入口に展示されている諸葛孔明の人形。写真撮影が許されている唯一の場所です。普段はここには関羽が展示されているのですが今日は違いました。中の展示状況はネタバレしてしまいますので割愛しますが,定期的にテーマを決めて展示しています。

さて,時間がないので長居はできません。市街地からR151に入って南下します。R151はかつては遠州街道と呼ばれ,太平洋岸から山国飯田まで海産物をはじめとする物資を運ぶ重要な街道でした。現在は愛知県の豊橋市と飯田市を結ぶ道路になっています。

市街地から10kmほど南下すると飯田を代表する?名所が現れてきます。その名も名勝「天竜峡」。ご存知でしょうか?多分知らない人がほとんどでしょう(笑)天竜峡とはそれまで天竜川を中心に河岸段丘の地形だったものが急に狭隘になって渓谷となった地点の中でもっとも名勝といわれる飯田市川路・龍江地区周辺の渓谷のことを言います。

写真がまさに天竜峡の全景です。どうですか皆さん。ヘドロ色の川が清々しいですね(笑)天竜川は諏訪湖を源としていますが諏訪湖周辺の住民と工場の方々が徹底的に水質汚染をしてくれたお陰で昔からこのようなよどんだ色をしています(もちろん天竜川流域の住民にも汚染の原因はあります)。現在は下水道処理も進んでいくらから水質改善もしたようですが,私が子供のころは天竜川に近づくと腐臭がしてとても釣った魚など食べる気がしませんでした。

直ぐ近くにあるJR飯田線天竜峡駅前で記念撮影。直ぐ近くに昨年,三遠南信自動車道天竜峡インターが開通しました。三遠道が全線開通すれば飯田-浜松間が1時間で行けるようになるみたいですが,そうなればのどかな天竜峡周辺も大きく様変わりするでしょう。

さて,再びR151を南下すると飯田市から下伊那郡下條村に入ります。ちょっと進むと道の駅「信濃路下條」が現れてきました。ここで少々休憩。

朝食をとっておらず,小腹が空いたので五平餅を購入。五平餅はここ伊那谷と木曽,東濃,奥三河,北遠の各地域共通の伝統的郷土食です。よく信州では「おやき」が有名ですが,あれは主に長野市を中心とする北信地域の郷土食で飯田下伊那地域では一般的ではありません。ただ江戸時代や明治時代と違って現代は交通網の発達した情報化社会ですから,いつの間にかおやきは信州の名物として長野県全域で作られるようになりました。

一串100円を払って早速賞味する。う~ん昔懐かしい味がします。甘めの味噌ダレがたまりません。

さて,ここもあまり長居はできませんので早々に出発することに。R151は天竜峡を過ぎると山間部を延々走ることになります。ただ道路整備がしっかりなされているので快適です。30年以上掛けて行った道路の拡張工事もつい最近,長野県区間はほぼ完了しました。それまでは細い道路が山際の崖を縫うように走り,路線バスや工事用のダンプなどとすれ違うときは大変難儀しました。時には悲惨な交通事故も起きて亡くなる方もいました。天竜峡以南の下伊那地域は急峻で狭隘な山間地域が広がり,飯田の市街地まで出るのに1時間以上は掛かっていましたがR151の道路拡張・トンネル化工事によって大幅に時間短縮されたのです。

地元の事情を延々語ってウンザリされた方もいるでしょう。スンマセン。そんなこんなを考えながら走ること1時間ほど,ついにR151沿線の長野県最後の集落,下伊那郡阿南町新野地区までやってきました。

写真中央の山の稜線の谷間が県境のある峠です。そこまで一直線の道を集落を突き抜けて走ります。そしてついに・・・

ついに来ました県境!昨日長野市の自宅を出発し,多少寄り道をしながらも延々南下すること247km。県南端の愛知県境まで二日間掛けてやってきました。いや~125CCの小排気量バイクでよくここまで来たとただただ感慨無量です。しかし道のりはまだ半ば,ここから帰宅の途に着かなければなりません。その経過はまた後日アップします。


EN125-2Aで長野県縦断その1

2009年08月30日 | EN125-2A

皆様こんばんは。今週末土日の二日間をかけて長野県を縦断してきました。その状況を3回に分けてアップしていこうと思います。

8月29日土曜日午後1時,自宅を出発。朝方雨が降っていて心配でしたが昼頃には晴れ間も見えてきてなんとか大丈夫そう。途中JR長野駅で記念撮影。

土曜日は衆議院選挙戦最終日。駅前では国民新党が演説をしていました。その道路を挟んで向かい側では「自公政権打倒!」という激しい口調。共産党か。最終日だけに長野市の一等地で市民に向けて最後の訴えを繰り広げられていました。う~ん今日一日至るところでこういう光景を目の当たりにするのかな~

長野駅を通り過ぎて脇道に入り中御所の信号からR19へ。もう何度も通る慣れた道です。この二日間の旅で一番お世話になる国道になりました。長野=松本間はブログで何度も触れたので割愛します。松本の手前安曇野市の田沢北信号で左折して浅間温泉から美ケ原温泉へ。そして通称山麓線を通って塩尻へ。これもまた松本市街地を回避するいつものコース。

山麓線から一旦R20に出て諏訪方面へ少し進み辰野町方面へ右折しR153へ。伊那谷へ向かう国道です。直ぐに峠道になりまもなく頂上。自宅から107km進んだ善知鳥峠(うとうとおげ)頂上で記念撮影。

前回も同じ場所で写真を取りました(笑)この峠を境に川の流れは太平洋へと向かいます。これも前回言いましたね(笑)そして何とこのあと直ぐガス欠になりました。これも前回通ったときと同じ!(爆)コックをリザーブにしてゴー!

さて,峠を降りるとそこは塩尻市北小野地区。集落のど真ん中に行政境界があり境界の先は上伊那郡辰野町小野地区。戦国時代は伊那郡小野郷として一つの村を形成していたが土豪達の攻防によってムラを真っ二つに割ったまま現在に至るそうです。

さて,辰野町を過ぎるともうじき伊那市に入ります。前回ENで県を南下した際は伊那市まで来ました。今回はそれを1メートルでも先に伸ばしたいと思ってます。

JR飯田線伊那市駅前で記念撮影。制服を着た高校生がうろちょろしてましたがそういえば長野県では既に小中高と夏休みは終わってます。北海道もそうらしいのですが長野県では夏休みを削って稲刈り時期に農繁休暇を,1月末から2月初めの厳寒期に寒中休みを導入してます。お盆を過ぎれば2学期だというのを6・3・3の12年間通じて過ごしてきたので他県の人が9月から始業式だと聞いたときはビックリして夜も眠れませんでした(嘘)

昼飯を食べずに出てきてそろそろ小腹が空いたのでまずENの給油をして腹ごしらえをしてやってから自分は近くのホームセンターの脇で露店を開いているたこ焼き屋でたこ焼きを買って近くの春日城址公園のベンチで遅めの昼食。

春日公園の一番景色のいいベンチを陣取って昼食。横では高校生のカップルがいちゃついてましたがそんなことはお構いなしにたこ焼きを頬張る。既に自宅から134km進んでだいぶ疲労が噴出してます。でも目的地までまだ先は長い。時間は午後4時を回った。少々休憩をしてまた出発。

伊那谷は地形的には天竜川の両岸を河岸段丘状になっており,谷というよりは南北に細長い盆地といった方が正しいです。ですから道路も登ったり下ったりと起伏が激しいのですが道路じたいは幅も広くて交通量もさほどではないので非常に走りやすい。広域農道と呼ばれる非常に走りやすい道路が伊那谷の高台を北から南まで約70km通っています。

駒ヶ根市まで来ました。ちょと寄り道して農道からずっと駅の方へ下ってきてJR飯田線駒ヶ根駅前で記念撮影。伊那にも駒ヶ根にも以前住んでいましたが本当に懐かしい。上伊那は全体的に標高も高く,中央アルプスと南アルプスに挟まれた高原状の地形が広々と続き更に景色も素晴らしく走っていてもとても清々しいです。

さて,駒ヶ根,上伊那郡飯島町と続きいよいよ懐かしい空気を感じてきました。それは子供のころ肺の奥まで散々吸い込んで育った空気と同じです。そう,ついに私の地元へENで乗り付けてきたのです。

ついに来ました下伊那郡。私の地元飯田下伊那地域へと入ってきました。私の実家はもう少し先ですが,同じ生活圏ということで親近感があります。さて,松川町に入ると同じ伊那谷でも地形が変わってきます。今まではなだらかな高原状の地形が続きましたが天竜川へ向かってV字型の地形へと変わってきます。それに伴って集落も標高の低い,つまり天竜川に近い付近に集中します。上伊那は天竜川周辺でも標高600メートル,集落が点在する高原付近でも700メートル台の標高ですが下伊那に来ると天竜川周辺で400メートル台,山麓付近で500メートルと下がります。上伊那が長野県南部に位置しながら寒冷な気候なのは標高の高さに原因があります。更に3000メートル級の両アルプスが集落の間近までせり出しているため吹き降ろす山風も強いです。

それに比べ下伊那は全体的に標高も低ければ両アルプスも天竜川から遠方に位置する地形になる上,中央アルプスは1500メートル台まで下がります。さらに飯田市以南は天竜川周辺で標高400~300メートルまで下がります。同じ伊那谷といっても上伊那と下伊那とでは気候が全然違います。

あっ県外の方にこんな話を延々しててもツマンナイですよね。スンマセン。この話はこのブログを見ているかもしれない同じ信州人のために参考までに話しています。

さて,桃の収穫もとっくに終わった桃畑の中を延々走って既に午後6時を回った夕暮れ時,ついに我が地元へENで乗り付けてしまいました。

やっと着きました飯田市。私の故郷です。自宅から出発して飯田駅前で186km。さすがに疲れました。さすがの疲労に地元へ来た感慨も何もありません(というか今月初めにも帰ってきてるし(笑)。クラッチを切る手がグラグラですが最後の力を振り絞って飯田で一番オススメの中央通りにある「元徳ラーメン」で夕食。昔ながらの中華ソバ風太麺が主流の飯田ではめずらしい背油系細麺のチャーシュー麺を食べて初日を終えました(あまりの疲労にラーメンの写真を撮ることを忘れてしまった!)走行距離191km


衆議院議員総選挙期日前投票

2009年08月27日 | その他

本日仕事帰りに衆議院議員総選挙の期日前投票に行ってきました。マスコミでは「きじつまえとうひょう」と言ってますが行政機関では「きじつぜんとうひょう」と発音してます。同じように公判前整理手続きもマスコミは「こうはんまえ」と言いますが司法関係機関では「こうはんぜん」と言ってます。どちらが正しいかは一概には言えませんが,私は行政機関に倣って「きじつぜん」と言ってます。

さて,話は脱線しましたが,今週末は遠出する予定があるので今日投票を済ませました。私は選挙は国政地方問わず毎回欠かさず投票していますが,今回の選挙ほど面白い(といったら不謹慎ですが)選挙はありませんね。何しろ政権交代の可能性が極めて大きい選挙だからです。

私の国政に対する投票指針を全て語ったらこのブログの許容量では収まらないと思いますのでとりあえずバイクに関連すると思われる事項について意見を述べてみたいと思います。

まず,道路特定財源の一般財源化ですが,これは反対です。国民から道路のために使うと言って徴収しておきながら別の用途に使うのは詐欺に等しいです。道路建設とその維持はいつの世も必要です。いろんな意見がありますが,私は全国的に見てまだ道路建設の足りない地域はあると思います。その反対に予算を使い切ろうと不必要な道路工事も行われているのでないかと思われることもあります。道路特定財源は特定財源のまま維持し,また揮発油税等の暫定税率は再度検証した上で効率的な予算配分をしてもらいたいと思います。

そして次に高速道路の無料化ですが,これは大反対です。無料化にしていいことは何一つありません。無料化と言っても何やら自動車重量税を上げて無料分を補填するような話も聞きますがこれでは受益者負担の原則に反し不公平です。中には「当初高速道路はいずれ無料化すると言っていたはずだ」という人もいますが,道路特定財源の一般財源化と違い,高速道路の利用料はきちんと高速道路建設にために使われてきました。情緒論としては約束を守ることは正論ですが,律儀に約束を守った結果,国民にどれだけ大きなツケが回ってくるか,その辺も考えてほしいと思います。高速道路無料化は民主党が自民党に対抗して思いつきで掲げた政策だと思います。仮に民主党が政権を取って無料化を実施した場合,この政策の弊害に民主党自身が悩まされることになるでしょう。

最後にこれはどこの政党も政策として掲げていませんが,過度なCO2削減政策は人間生活を豊かにしません。確かに地球温暖化も心配ですし環境破壊も心配ですがどうも昨今はCO2削減の美名の下,人間の浅はかな猿知恵が生み出した意味のなさそうなことを一生懸命やって何か人間生活がギスギスしがちになっているのではないかと思います。人間はとかく手段と目的を履き違えがちですが,人間の生活を豊かにするためにCO2削減が行われるべきで,CO2削減のために人間が不幸になってはいけません。日常生活や経済の自由を過度に奪ったり環境ヤクザがはびこるような社会は決して作ってはいけません。そういう私の意見に近い政党が現れたら少なくとも比例で一票入れようと思いますが,まあ当分現れないでしょうね。

何かとりとめのないことを書いてしまいました。どのような国民の審判が下されるのか,今週末が楽しみです。


EN125-2Aのオイル交換

2009年08月26日 | EN125-2A

私の職場は7~9月までは夏季休暇取得期間といって夏季休暇や年次休暇を効率的に取得する期間となっています。そうは言っても忙しい仕事の合い間や周囲の同僚と調整しながら休暇を入れるのでなかなか都合のいい日に休めるとは限りません。私は週のど真ん中の今日年休を入れました。平日でしかできないことをいろいろやって,ついでにENのオイル交換もしました。

さて,前回オイル交換をしたのは昨年の10月19日。オドメーターは1030kmのころでした。今回のオドメーターは2866km。1836kmしか走っていませんがそろそろ1年が経ちそうなので交換することにしました。

さて,前回はバイク屋で交換してもらいましたが,今回はオイルのみなので自分ですることに。近くのホームセンターで買って来たのは10W-40のオイル。部分合成油と表示されています。価格は2480円。新製品のラベルが貼っていました。

フィラーキャップに10W-40と書いてあります。このフィラーキャップをまず外します。

ENの真下にあるドレンボルトです。昨年10月ぶりに見ました。当時はきれいだったのにすっげー汚ねえ!これを17インチのメガネレンチで回します。

前回は手製オイル処理箱を作りましたがちょうどいい紙箱がなかったので写真のものを購入。ドレンボルトがある程度緩くなったらこれを開封してボルトに下に置きました。

軍手をはめてボルトを回していたら突然ドス黒いオイルがドバッーと出てきてボルトを処理箱の中に落としてしまいました。オイルは勢い良く流れ落ちてきてボルトを拾うこともできません。仕方なくそのままにしてオイルが切れるのを待ちます。写真はだいぶオイルが流れ落ちてきたころ。

オイルの滴り落ちるのがほぼ切れたところで処理箱をずらし,何とかボルトを探し出して再び装着。そしてフィラーキャップのところから新オイルの流し込みます。

ENの指定油量は1100mlと入れました。点検窓から見るとちょうどいい感じですね。それにしても1100mlとは中途半端です。だから4リットル缶を買ったのですが本当だったら1リットル缶がいいんですがね。初回のオイル交換は1リットル缶で済ませましたがやはり100mlが気になりました。

4リットル缶を買ったのでついでにアドレスのオイルも交換しようと思いましたが,アドレスのドレンボルトの締め付けがきつくてどうやっても外れない!まあ来月1年点検に出そうと思っているのでアドレスはそのときバイク屋に頼もうと思います。

さて,オイル交換をした調子ですがさすが新オイルだけに絶好調です。ギアチェンジも今までよりスムーズになりました。わざわざ今日交換したのは週末に遠出を計画しているのですが,それはまた次回にアップします。


EN125-2Aでビーナスライン

2009年08月18日 | EN125-2A
みなさんご無沙汰してます。暑い日が続いてますがお元気ですか?
お盆中はずっと仕事だったので昨日夏休みをもらって久々にENでお出かけしてきました。場所は高度成長期に長野県が総力を挙げて環境破壊した建設した観光道路「ビーナスライン」。10年ぶりで当時はまだバカ高い通行料を徴収していました。

まずは長野市役所の食堂で腹ごしらえ。日替わりB定食(360円)は野菜炒め定食でしたが本当に野菜しか入っていませんでした。

さて,腹ごしらえもしたところでR18を南下。上田市内に入り自宅から44キロほど走ったところで「大屋」の信号が見えてきたので右折してR152へ。

しかし本当に暑い。今年の夏は雨続きでしたがここ最近は好天続きで今日は雲一つない天気。途中スーパーに立ち寄って一休みして自宅から54キロほど進んだ上田市丸子と小県郡武石村の境付近にある信号「武石口」で右折。

武石村と書いて「たけしむら」と読みます。この村はかつてふるさと創生資金でビートたけしを呼んでオールナイトニッポンの企画番組を製作しました。

さて,武石口を右折すると急に人気の少ない寂しい道となります。何にもない一本道をひたすら山に向かって登っていきます。途中何台かのバイクとすれ違いましたがこの道はビーナスへ行くしかありません。もう頂上で満喫して下りてきたのでしょうか。

そしてしばらく進むと美ケ原入口という看板が見えてきて,そこを左折すると本格的な登山道となりました。気温も一気に下がってヒンヤリした空気に。30度を超える猛暑でしたが安全と防寒を兼ねて厚着してきて良かった。時速80キロでガンガン上っていく。勾配がきつくなって125CCのENがヒーヒー言ってます。その横を大型バイクがいとも簡単に抜かしていく。でもあくまでマイペースを守って登っていきます。

さすがのENもオーバーヒートしそうなので途中で休憩しながら何とか頂上付近へ。
頂上の美ケ原高原美術館一体に何とか到着しました。そこで記念撮影。

写真中央が途中通過した上田市丸子地区です。頂上付近が標高2000mで丸子付近が標高500m台ですから1500mを一気に駆け上がってきましたことになります。超頑張るEN君

直ぐ近くに売店がありましたから,そこに入ってみました。

何やら外の風景とは一変してSAのような光景が広がってます。売店の中にはラーメン屋もありいろんなものが売ってました。特にスイカとか信州そばとか地物のお土産がたくさん陳列されていましたが県外者の皆さん。こんなところで買ってはいけません。ふもとのスーパーやJAに立ち寄れば新鮮で安くて美味しいモノがいっぱい売っってますよ。

とか何とか言いながら自分もグァバジュースとチーズケーキを買ってしまいました。

昨日は平日でしたが観光客がそこそこいました。家族連れやらカップルやらツーリングの一団やら皆夏休みを思い思いに過ごしているようでした。さて,田舎育ちの自分には山岳風景も眼下に広がる町並みもさして新鮮味は感じないので早々に出発。

ビーナスラインは美ケ原高原美術館から諏訪の霧が峰,白樺湖付近まで尾根伝いに続いていますが諏訪まで行く時間的余裕はありません。途中松本市街地へ降りていく道が現れましたがちょっとだけ直進していくと売店が見えてきました。面白そうなのでそこに入ることに。


売店の名前は「ビューレスト○峰」そこにビーナス名物のじゃがバタが売っていたので400円と少々高めでしたが買うことに

私「じゃがバタください」
店「400円です」(500円だしてお釣りもらう)
店「はい。じゃがバタ。当店自家製のマーガリンをたっぷりつけて食べてください」

は?マーガリン??バターじゃないのかよ!!!
おいビューレスト○峰!じゃがバタと銘打ってマーガリンを出すのは詐欺じゃないのか!!!

・・・金を払ってしまったしここで大騒ぎするする勇気はなかったので仕方なくビューレスト○峰自慢のトランス脂肪酸たっぷりのじゃがバタならぬじゃがマーを食べて引き返すことに。

こんな感じの道を走りながら松本方面へ下っていく道を右折して松本平へ。民家が見えてくるところまで下ってくると驚くほど暑い暑い。上界と下界の気温差がこんなにも違うものかとびっくりしました。

松本城でジェラートアイスを食べながらしばし休憩。ここから自宅までまだ70キロ以上走らなければなりません。時間はもう17時過ぎ。最後の気力を振り絞ってR19を北上して帰宅。それにしてもENはこんなに良く走るバイクだとは思いませんでした。
お盆もあけて残暑の季節に入ってきました。これからますますバイク三昧の季節がやってきますが今シーズンも精一杯ENとアドレスを乗りこなしていきたいと思います。(本日の走行距離209キロ)