上古以前、文字が普及していない日本列島に
突出した記憶能力をもつ人々がいた。
“語り部”と呼ばれる異能集団のことである。
各氏族が保有する長大な旧辞伝承を記憶して、
必要な時・場所で物語るのが彼らの仕事。
稗田阿礼が『古事記』を口述して以降
すなわち漢字が本格的に導入される頃から
この古代的職業は急速に衰微していく。
これは昭和初期にトーキーの登場によって
活動弁士(サイレント映画の解説者)が
仕 . . . 本文を読む
休日の朝には珍しく払暁に目が覚めた。
そのまま暫くまどろみのなかに漂って
五官の扉のみを開け放っていると、
日輪の発する熱の仄かな反映が感じられる。
心を虚ろにしたまま瞼を薄く開け、
次第に明るみを増してゆく窓を眺め遣った。
窓外の樹木の枝葉を透過した光が
幾枝にも分光して射し入る様が視える。
夢ともうつつともつかぬ境で
「もっとも秘されるべき理は
日常茶飯の有り触れたものの内に潜む」
という密教 . . . 本文を読む
今し方うとうとしていて奇妙な白昼夢を見た。
かそけきオルゴールの音が何処からか聴こえる。
四方を見廻して所在を突き止めようと試みた。
どうやら室内に飾ってある銃が音の主らしい。
銃をそっと耳朶に押し当てる。冷えた鉄の感触。
音を発する源はグリップの内側に在るようだ。
恐る恐る弾倉を引き抜いていく。すると・・・
金銀の歯車が大小無数にひしめき合いながら
緩々と回転運動する鬱然たる機構が出現した。
大 . . . 本文を読む
古代ローマの暦に直すと、今日が年の始めらしい。
わが国では旧暦・新暦ともに三月を弥生と呼ぶ。
じつは弥生には幾つも別名が有って、
花月、嘉月、花見月、夢見月、桜月、暮春などが
古来使われてきた。かくも多様な呼び名を見るに、
旧時代の人々の時間感覚というのは、
現代人に比して遥かに鋭敏だったようだ。
巷間で聞かれるように、この先は一雨降る毎に
冬は遠のき春が近づくのであろうか。
街中の衣類を商う所で . . . 本文を読む