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そらと風に《メイサートンによせて》

空が好き。風をからだに受けながら,ボーっとするのも …ごぶさたしました。13年ぶりに再開です。

憧れのナマケモノ

2005-08-27 19:02:20 | Weblog
ナマケモノ倶楽部から,商品が届いた。

ナマケモノのいき方はいい。

ナマケモノは,普通の動物の約半分の筋肉量で生きている
のだそうだ。食べる,眠るのが生活のおもな行動。
エネルギーが足りなくなるとじっとして朝を待ち,
朝になったら木のてっぺんに登り日光浴をする。
糞のしかたも,きわめてスローライフ。
危険を承知で,そのときだけは木からおりてくる。
地面に浅く穴を掘り,糞をしたら,枯葉で覆って,また
木に登る。
生態系にかなった生活!

ナマケモノよ!ばんざい。

ナマケモノ倶楽部

2005-08-22 06:38:51 | Weblog
地球から離れてしばしたった。

地球の温暖化はぐいぐいすすむばかりのようだ。

アンニャ・ライトのCD(3枚目)をここから注文した。
ナマケモノ倶楽部というところに。
このネーミングがいい。
ここを運営している辻信一さんの本はやさしくておもしろい。
アンニャさんの歌もすてき。
スローライフと地球の温暖化・特に森を守ることを
提唱している。

これからアンニャさんの歌を聞こうかな。
7時までしばし時間がある。

それにしてもちゃんとここまで,商品は届くのだろうか。

そのうちまた報告します。

無事着陸。

2005-08-16 06:51:14 | Weblog
スペースシャトルの帰還は何とか成功したという。
膨大な予算を使っての国策も,これからどうなることやら。

わたしの方は,順調に別世界にたどり着きました。
あたらしいことを知る毎日。

いろんな人たちと知り合いになれたらと思います。
そしてわたしも変われたらと。

カナカナとスラック・キーで。

2005-08-09 21:22:43 | Weblog
昨日ちょっと遠出をしてきた。
やっぱり夏は緑のなかがいい。
なにしろ木陰はあるし,風はさわやか。

夕方ともなると,カナカナと蝉がなきだす。
カナカナゼミは命が短い。それにきれいな空気と涼しさが
そろわないと生きていけない。

子どもの頃,夏といえば,カナカナゼミの声に朝は起こされ
夕方遊んで帰って,夕食の頃にまたカナカナとなきだしたものだ。
懐かしい声。
わたしにとって,カエルと蝉とこおろぎは季節を告げる大事な
いきものなのだ。

ところで夏といえば
ボサノバか,スラック・キー・ギターのハワイアン。

いまきいているCDは,スラック・キー・ギター。
シリル・パヒヌイという人が弾いている。
スラック・キー・ギターというのは普通のギターとはちがい,
弦を緩めて即興で爪弾くギターの音楽。もちろんアコースティック。
昔からの伝承をもとにしている。
だから,スーパーなどでながれている,いわゆるハワイアンとは
かなり違う。
ゆっくりと時間が流れる。ほんとに心地いい。
この夏のお薦め。
ぜひどうぞ。

なぜ?がわからない。

2005-08-07 06:14:22 | Weblog
また朝から食べ過ぎた。
ヨーグルトに,古くなったかぼちゃのグラタン。
朝からよく食べるねぇ・・・われながら。
でも苦しいです。

『自閉症裁判』1日で読もうと思っていたのが2日
かかってしまった。

読むほどに事態の深刻さを考えさせられる。

佐藤さんや弁護士たちは言う。
「知的ハンディをもっているからといって,殺人という
罪を軽くすべきだとは思わない。しかし,なぜ彼がこういう事件を
起こしてしまったのかということについては,福祉や司法の責任を
問わなければならない」

父親も知的ハンディがあることが事件後初めてわかり
その父親の金銭管理のできなさに翻弄された子どもたち。
レッサーパンダの帽子男である兄や,父親のために若くしてガンに
おかされながらも,稼がなければならなかった妹。
家庭とはいえない環境を,誰も救えなかった。

言語的な発達障害があるために,ホームレスとしても
生活できなかった男は,盗みと前科を積み上げていく。
なぜ女性を殺してしまったのかさえ「わからない」。
殺してしまったことについても,無期懲役の判決がおりたこと
についても,どういう意味があるのか理解できない。
謝罪したいと思っているのかもしれないけれど,それを
心からすることはできないし,被害者家族も心からの謝罪とは
受けとれない。

しかし事件は「凶悪犯罪」「通り魔殺人」として報道される。
裁判官も現実のちぐはぐさを見過ごして,一般的に了承可能な
物語を作り上げた警察の意見ばかりを採用する。

一見普通に社会生活を送っているかのようにみえる
知的ハンディをもった人たちは,理解されないまま,事件を
おこしてしまい,それをカバーする制度はつかわれぬまま。

スタインベックの小説でもあり,映画にもなった
『二十日鼠と少年』(だったっけ?)そのままの社会が
今なお続いているということだ。

引きこもりに代表されるように,他人とのあるいは異文化との
コミュニケーションがとれない人が増えている。
わたしも,その予備軍だった時期がある。
社会がかわっていかなくてはならない。
そのためには,いま自分とかかわりのある人との交流を
まず大事にすることからしか始まらないのだろう。

たった20万人

2005-08-06 14:39:14 | Weblog
今朝の原爆慰霊碑の前での秋葉市長(広島市長)の宣言は
ちょっとばかり文節が長かったけれど,とてもいいもの
だった。
「核クラブ」と言う表現は鋭い。
アメリカをはじめとして,きちんと批判をしている。

それに比べ,小泉首相の宣言のみすぼらしさ。
あの顔の裏に何があるというのだろう?

先日NHKでアメリカの進学校の高校生と,日本の小学校の
先生をとりあげ,原爆のことについて,現状を報告していた。

アメリカの白人系の少女の発言が耳から離れない。
「だって20万人ですんだんでしょ。」
被害者は20万人という「少数」で日本は敗戦したのだから
よかったというおそろしいことばが,なんの疑問や感情も
なくでてくるということ。

9・11はなんだったのか。
あの犠牲者は「テロ」で死んだから許せないのか。

わたしの前にいる生徒も,原爆のことを勉強するのを嫌がったり
歴史そのものを勉強したくないという。
(もちろん全員ではない)
現実を考えたり,つきつけられたりするのを,心のどこかで
拒否しているのだろう。
自分を守ることが先に立って。

子どもの社会性や共感する力を引き出すことが
わたしの役目だと思っている。
へんな「国益」なんてことばにひっかからないように。

明日は8月6日

2005-08-05 22:22:04 | Weblog
2度目。(実は3度目。ブログに書けることと書けないことが
あるようだ。怖い現実)

明日8月6日がちかづいてきた。
あれから60年。広島にリトルボーイが投下されて。

TBSのテレビを見た。
きのこ雲を撮影した,そして原爆を開発した一人の科学者と
広島で被爆した二人の日本人との対話の場面。

科学者は,戦争で死んだ人はみな同じく不幸だといった。
被爆した二人に生きていてしあわせだと。
そして,「パールハーバーを忘れるな」ということばがある
ともいった。決して原爆の投下については謝罪しないと。
わたしの気持ちは割り切れない。

私は広島には一回しかいったことがない。
高校で修学旅行で行ったきり。
広島に行く前日まで,大江健三郎さんの「ヒロシマノート」を
読んでいた。夜中までかかって読み終えた。
学年でおった千羽鶴のうちのひとつ,わたしのおった色紙の裏
には,当時思っていたことを書き込んだ。
原爆資料館のノートには「また来ます」と書いた。
でも,それっきりだ。

大江さんの文章に,8月6日(9日・15日)だけが日本では
お祭りのようになると書いてあった。
その日以外は原爆のことをすっかり忘れていると。
わたしもそう思った。
わたしも含めた日本人の現金さがいやだった。

でも,今のわたしは違う思いをもっている。
6日だけでも思い起こし,あるいは伝え,あるいは思いをはせても
いいのではないかと。

そして,最近までは当事者(この場合は被爆者)は,つらくとも
事実を知らせる・伝える「べき」だと思っていた。
今はそんなことはいえない。
考えきれないほどの痛みを言葉の表すことのおそろしさ
それは,「戦争を知らないわたしたち」が,調べ,想像し
恐れ多くも聞かせてもらっていくことなのではないかと。
被爆者にとっての60年は短すぎる時間だ。
反対に長すぎる時間でもある。

伝えることについて,もっと真剣になりたい。


『自閉症裁判』から考える

2005-08-05 18:56:32 | Weblog
今日も暑かった。おまけに帰りはマンションのエレベーターが
故障していて,重い荷物を持って階段をえっちらおっちら。
ほんとにあつかったー。

図書館から『自閉症裁判』という本を借りた。
これがおもしろい・・・というと語弊があるな。
厳しい現実を突きつけている。

この本,ルポルタージュを書いた佐藤幹夫さんのほかの本も
おもしろいが,これはかなり具体的な内容だし,
今という時代を考えざるを得ないものになっている。

レッサーパンダの帽子をいつもかぶっていた男性が
浅草で女性に馬乗りになりナイフで殺してしまったという事件。

なんとなく報道されたのは覚えていたが,
詳しくはまったく関心なかった。
この男性が高等養護学校をでており,しかしそのことが
彼にとっては劣等感につながっていたゆえ,このことを隠し
自己弁護をあまりしなかったらしい。

あとから検察側,弁護側のそれぞれの証人として出てきた精神科医の
判断もかなりちがっている。
自閉症なのかどうか,責任能力があるかどうか
事件のことを理解しているのかetc

今,日本社会は,自己責任を問う力が強く働いている。
精神的な障害をもつ人にも同じ。
なるべく施設から出て一人であるいは家族でなんとかしろという
らしい。
事件を起こしたらそれは本人が悪いのだと。
でも「障害」があること,問題を起こす可能性はあらかじめ
わかっている場合が多いことは,問題にされない。

佐藤さんは「障害」のある子どもたちと関わる仕事を
してきた人だから,「帽子男」のことをみる目がやさしい。
でも一方だからこそ責任の所在に迷っている。
被害者の家族に対しても限りない共感を寄せている。


いまよりさらに状況が悪くなれば,予防拘禁のかたちになって
しまうのだろうか。
そして,ヒトラーの時代のように優生保護法が変化して・・・

職場でも「障害」をもつ子どもが増えている感じがする。
もっとわたし自身理解する手立てがほしい。

音楽を聞いて

2005-08-04 12:53:06 | Weblog
3度目。

朝からずっと音楽を聞いている。
本を読みながら。洗濯をしながら。

ふっと思った。
久しぶりに音楽を使った授業がしたいなと。

使いたい音楽。
尾崎豊 「17歳の地図」「愛の消えた街」
新井英一「清河(チョンハー)への道」
・・・ブルース。在日コリアンの歴史と思い(生い立ち)
ボブ・マリー「I shot the sheriff」
・・・レゲー。なぜ警官を撃ったのか,背景・社会事情
ジョン・レノン「Imagine」
サティ 「ジムノペティ」
・・・ギリシア文化。想像
ドビュッシー 「映像」
・・・色彩の想像・印象派とはなにか。
隠れキリシタンのオラショ 「洋楽事始」
・・・日本の文化。宗教
   これと比較する上で 「グレゴリア聖歌」
宮沢和史 「島唄」
・・・沖縄
   (中島みゆきもつかえるな。)

まだまだたくさん。

このなかで,「チョンハーへの道」は,刺激的だったらしい。
テープ(貸し出し用にしたテープ)を貸してほしいと
何人からか言われたもの。
歌詞も全部手書きで写したし。50分以上の曲だから。
やっぱり心のそこからの歌って違うなぁと思った。

音楽をどうやって教材にするか・・・
考えるとわくわくする。
でも独りよがりに違いないけどね。

ブラックベリージャム

2005-08-04 09:04:21 | Weblog
2度目。

今日は休みをとった。夏休みだー。
せみがシーシー鳴いている。なかなかいい雰囲気。

今洗濯中。
ごみだしOK。花にみずやりOK。
おまけにジャムまで作って終わった。
実家から送ってきた両手にのっかるくらいのブラックベリー
それと安く買ったデラウウェア(ぶどう)を
りんごからとった蜂蜜と,シェリー酒で煮詰める。
(ブランデーの方がよかったのだけれどきらしていた)
ブラックベリーの種がちょっと固いけど,まぁまぁかな。

今日は片付けと掃除はパス。
本を読むことにする。

困る&トリビアの泉

2005-08-04 05:21:08 | Weblog
昨日夕食の後で。
夫がわたしの傍にやってきて,「きみさぁ,困るって話しを
日曜日にしたけど,あの話し,人権のこととどう結びつけるのか
考えた?」ときく。

びくっ。
でもとりあえず,
「囲いがある,つまり枠があると困るってことだから,
枠を世間の目とか偏見とか差別とかにたとえて考えれば
いいんじゃない?あるいは,自分自身のとらわれた考え方とか」
とこたえた。
夫いわく,
「まぁそう展開してもいいけどな・・・
まぁ落語のように落ちとして使ってもいいし,考え方は
いろいろあるよ。もっと考えてごらん。」だって。

夫の考えを聞きたい。
でもおしえてくれない。もっと考えてからだって。
まったくー。
まるでわたしが生徒だわ。

昨日もテレビで『トリビアの泉』というのをみた。
(つまらない,とるに足らないことを知って楽しむ番組)
あれも,情報をどうやって脚色して展開するか
つまりはがきの内容を実験してみたり,ドラマにしてみたりと
くだらないことを大げさにやってみることでこそ
おもしろみがでてくる。

授業もある意味ではそれと似ている。
わたしは伝えることをとるに足らないこととは考えていないが
生徒はトリビアと,さして変わらないと思っているに違いない。
だから,展開や,話のもっていき方が大事だ。

うーん。夫は早く教えてくれないかな?
(生徒といっしょで,早い解決を望むわたし)

「治安国家」拒否宣言

2005-08-03 05:16:43 | Weblog
今朝は暑くて何度も目がさめてしまった。
今日もたぶん暑いんだろうな。

そういいえば今年はなんにちに一度か,トンボが大発生。
昨日は見かけなかったけれど,ときどきそこら中を飛び回って
いる。
それにひきかえ,蝉がおとなしい。
うるさいほどのアブラゼミの声がしてこない。
それなのにはや,ミンミンゼミが鳴きだした。
ミンミンゼミの声を聞くと,もう夏も半分かと思う。
もうちょっと,夏の季節を楽しみたい。
暑さにはこりごりだけれど。
青い空がみたい。入道雲と青い空。

昨日図書館から借りてきた本の一冊
『「治安国家」拒否宣言』斎藤貴雄 他 晶文社
今国会で,「共謀罪」を成立させようとする動きがある。
郵政民営化のことで泥試合をしているので
どうなるかはわからないが,動きは終わらないことはたしかだろう。

国連越境組織犯罪防止条約を2000年に批准。
その流れででてきたものだが,この共謀罪は,あきらかに
国民をターゲットにしている。
信条の自由や表現の自由が侵食されていく感じは
はだで感じる。
教育現場しかり報道現場しかり。

くわしくは
「おやじのつぶやき」というぶログにあるので,
みてください。
http://blog.goo.ne.jp/12240106/1(7月4日)
いやな世の中になってきた。

無名戦没者への献灯

2005-08-02 21:36:56 | Weblog
3度目。今度は感動した話し。

雑誌『自然と人間』より。

東京の千鳥ヶ淵にある「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」を設計した
谷口吉郎という人の話しだ。

その墓苑は,日本兵が戦死したといわれる大陸や島々を6つの
地域に大別し,それぞれの地域から石や岩を集めて3400度
以上の高温で溶かしたうえで,
大和の豪族の墓らしき船形の寝棺にしたてたという。

その石棺を収めるために6角形の屋根を作り
6本の柱で支えたものになっているとのこと。

わたしはまだ見たことがないので残念だ。

そして,谷口さんは,
「願わくは若者たちの手で終夜献灯されてほしかった」
と小宮山量平さんに言われたそうだ。

ドイツやロシアでは,無名戦死の墓の多くが青少年の
ボランティアによって終夜守られているという。
そのことを,谷口さんは知っていらした様子。

もちろん戦争犠牲者は,兵士だけではない。
市井の人たちの犠牲を忘れてはならないと思う。
けれど,無名戦没者のこともまた大事だ。
その人たちを思う谷口さんの設計と,若者たちによる
献灯という発想にははっとさせられる。

こういう受け継ぎ方があれば,今の靖国神社のことも
もっと謙虚に考えていけてかもしれない。