このブログを書き始めてから
小さい頃から 最近の事を
そう、自分を思い出してます
年のせいかもしれませんね
私は人の出会いに恵まれてきた
「愛」はタップリもらいました
良い先生に恵まれ
良い友人に支えられ・・・
本当に 魂は感動をどれだけ体験したか数え切れない
小学生の頃、何故か よく障害を持った人に好かれて
ある時、登校路に 障害の人が母親といつも居て
私の登校するのを 喜んでた
私は何も判らず怖がってた
そのお母さんが声をかけ、私に詫びた
それから勇気を出して 笑顔を見せて挨拶する事にした
おかあさんはそれ以来 いつも小学生の私に会釈する
嬉しかった
父を亡くした後 暫く祖父の家に住んでた
学校から帰ると 毎日金魚屋に行くのが日課だった
そこには ヒレがボロボロのや眼が潰れてるのが売れ残っていた
それを一匹づつ祖父から貰うお駄賃で買ってた
同じ生まれてきてるのに 汚いから売れない
納得いかなかったからだ
祖父は何も言わず ニコニコして見ていてくれた
金魚たちは大きくなるにつれ見事に変身して
子どもを沢山生んだ
感動した
20才のある日、電話が鳴った
相手は聴いたことのない男性の声
話を聞くと 地方の小学校の同級生・・思い出した
彼の家は貧しく いつも皆からいじめられてた
だから席が隣に来ると 皆嫌がった
先生は私に席の隣になる様頼んだ
私は抵抗なく受けた
普通に接し 話した記憶があった
彼は大人になっても それを覚えていてくれて
わざわざ感謝を言う為に 知るはずのない電話を探し当てた
次の日 家に来てくれた
彼は着実に自分の道を歩んでる事を伝えた
当時は 彼と話すことを友達からひどく責められた
辛かったけど 勇気を振り絞った事を覚えてる
間違ってなかった事が嬉しくて母と泣いたな
2年前、今までの集大成として始めた店をたたんだ
その店はリゾート施設の中に構えてた
夜遅くまで皆が手伝ってくれ、最後に出て行くときに
外には 次から次へと他店の若い人たちが「おかあさん」と来てくれた
涙が止まらなかった 頑張ってよかった
他の店が退店する時は素っ気なく出るのを知ってるからだ
予想もしてなかった
至福の時だった
今年のある日、なんとなく自宅で緩んでたら 来客
その人は この地で店を始めた頃のお客さんだった
その人は いつもお爺ちゃんと家族で来てくれた人
懐かしくて わが店を気に入ってくれてた息子さんの話題
その人は辛そうに 半年前他界した事を話した
この辺りでの事故だそう まだ25歳だった
お父さんは このあたりに来るのが辛くて来なかったそうだ
暫く振りに仕事の都合もあって 立ち寄った、
息子さんは亡くなる前日に家の店に暫く振りに行こうかなと
話してた事、あの味を息子に食べさせたいから再開して欲しい
お父さんのほうが辛いのに また泣いてしまった
16年間守り続けた味が 今はいない息子さんの記憶に
最期まで残ったんだ
嬉しくもあり 辛かった
感動の裏には 様々な事が見え隠れする
私の脳裏にある 勇気や忍耐 苦しみ 悲しみは
いつしか感動という心の喜びに変容し
人間が 人になる 成長のプロセスになっていた
人の間ではなく 魂と肉体が繋がってる「人」になるため
自分でつかむ感動を創って欲しい
心の感動は どんな快楽よりも 素晴らしい
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