
ええと、例によってなんか特に書くことないっていうことで……脇の脇役(?)のネイサンのお義母さんであるクレアさんのことについてでも、と思います(^^;)
いえまあ、お金の収支が合わないと、自分が落としたとかじゃなく、店員が釣銭を間違えたと思い、ほんの2~3ドルのことでも思い悩んだり、自分が先週買った服があとで半額になってたというので店員を恨んだり、カラスが電線のところに13羽並んでいるのを見て、自分たち家族を不幸にしようとしていると思いこんだり……まあ、多くの方が気持ちはちらっとわかんなくもないけど、自分ならそこまでくよくよ思い悩まないなあ

これ、実はモデルの人がいなくもないんですよ(笑)
なんていうか、自分が一円でも損をしたとなったら、物凄く考えたりカッカカッカ☆腹を立てたりするっていうんでしょうかね。職場に四人の人がいて、自分が休みの日に誰かがお土産を持ってきた……そしてそれが自分に当たらなかったら、どんなお菓子を一体自分は食べ損ねたのかを気にしたり、自分の買った服が翌週に半額になってたとしたら、そのことを周囲の人に繰り返し聞かせたり(そのくらい悔しいというか、腹の立つことだったらしい^^;)。
あと、スーパーは一円でも安いところをチェックして、自分が一円でも損したとなると、「ああ~っ!!」みたいになるというか……いえ、その方はいつも自動車でスーパーとか買い物に行くそうなんですけど、チラシ見て、たとえばみかんがAスーパーで398円だったとしますよね。ところがBスーパーでは388円だったとなると、その10円のためにかなり離れたところまで車を走らせるそうです。ええとですね、その分のガソリン代のこと考えると、むしろ高くついてない?っていう話なんですけど、とにかくそうした買い物法らしいんですよね。
まあ、わたしの母曰く、「○△さんはちょっと異常なんじゃないかと思う

それと、自分的になんとなくクレアさんのことを書いてて思いだしたのが、「炉辺荘のアン」に出てくるメアリー・マライアおばさんのことだったでしょうか(笑)
いえ、確認のために「炉辺荘のアン」を探してみたんですけど、見つかったのが「アンの愛情」とか「アンの青春」とか「アンの愛の家庭」とかで……肝心(?)の「炉辺荘のアン」が見つかりませんで

そんなわけで、わたしの頼りない記憶を頼りに書くので、もしかしたら間違ってるかもしれないんですけど……確か、わたしが「炉辺荘のアン」をはじめて読んだのは、高校生の頃だったと思います。で、「炉辺荘のアン」自体は全体としてとても大好きな物語なんですけど――唯一、メアリー・マライアおばさんに関してだけは「こんな人、ほんとにいるのかしら?」みたいに思ったというか。。。
メアリー・マライアおばさんは、アンが結婚したギルバート、つまり旦那さんのおばさんなんですよね。そのおばさんが暫くアンたちブライス一家の住む「炉辺荘(イングルサイド)」で暮らすことになったのですが……子供がうるさいのを嫌う人だし(しかも、アンとギルバートの間には六人も子どもがいるのに!笑)、人の笑い声なども気に障るといった気性の方で、アンは彼女からアニーと呼ばれています(そしてアンはこの呼ばれ方が大嫌い)。
まあ、アンにとってメアリー・マライアおばさんはまるで「心あう友」などではありませんし、ブライス一家からしてみると、正直、「おばさんさえいなければ、どんなに楽しいか」、「元の楽しい暮らしが戻ってくるか」という、そうした話。
アンやお手伝いのスーザンも、「メアリー・マライアおばさんは一体いつまでいるのかしら?」、また六人いる子どもたちもみんな、「メアリー・マライアおばさんは一体いつまでいるの?」といった、そんな感じ。
唯一、ギルバートだけは自分の身内の肩を持って彼女を悪く言ったりはしませんでしたが、その彼でさえも、だんだん我慢できないところが……でも、他に身を寄せるような場所のない気の毒なおばさんでもあり、アンはある時、メアリー・マライアおばさんに自分のほうから歩み寄るということにします。
つまりそれは、メアリー・マライアおばさんの誕生日をみんなで祝うという計画でした

ところが、ですね……アンはこれを純粋な善意によって計画したのですが、メアリー・マライアおばさんは特別自分の年齢のことを気にする質の人だったようで、アンのこの計画は「悪意によってなされたもの」と見なされてしまうんですよね(確かメアリー・マライアおばさんは五十歳とかそのくらいだったと思うのですが、まわりに自分の年齢をはっきりと知られたくなかったようです)。
わたしも細かいところまではっきり思いだせないのですが、メアリー・マライアおばさんは「アニーや。こんなことをされてもわたしはあなたを赦しますよ」的なことを言って、ようやくのことで彼女は炉辺荘から出ていきます。なんにしても、家から出ていって欲しかった人が出ていったのですから、終わりよければすべて良しというか、何かそんな感じでアンもブライス一家の子供たちも胸をほっと撫でおろしたのでした♪

というか、確かそんな話だったと思うんですけど、本で確かめてないので間違ってたらごめんなさい

いえ、最初高校生の頃に読んだ時には、「メアリー・マライアおばさんみたいな人、ほんとにいるかしら?」と思ったものですけど、大人になるとわかるんですよね。確かに、まったく同種の「変人」でなくても、気難しい方はいらっしゃるし、自分もだんだんに年とってくると、メアリー・マライアおばさんの気持ちがわかんなくもない……みたいになってくるんですから、不思議なものです(^^;)
あと、モンゴメリの小説には他にもこうした「変人系」の方が色々出てくると思うのですが、その多くが彼女の創作というより……やっぱり身近にいた人々を観察して書かれたということですから、そういう種類の「リアリティ」がモンゴメリの小説には貫かれているような気がします。
ただ、物語の味付けがモンゴメリ独特のユーモアや優しさによって包まれており、メアリー・マライアおばさんがそうであるように、そんな意地悪な人物としては描かれていない……と自分的には思ったりするんですよね。あと、他のモンゴメリの短編で、「ペネロピの教育」っていうお話があって、わたしこのお話大好きなのですが――この小説書いてる途中でなんか読みたくなってきたので、そのうち密林さんででも買って再読しようかなと思ったりしてます♪(^^)
それではまた~!!

聖女マリー・ルイスの肖像-【26】-
ミミが「待ちに待った」ピクニックのあった翌週、ココとランディとロンの担任による家庭訪問があった。
マリーは先生をお通しする客間のひとつを念入りに掃除すると、その部屋の花瓶に花を活け、茶器類も「特別なお客さま用」のものを用意しておいた。子供たちは五限目まで授業のあった日で、先生は大体二十分くらい話して、そして帰るということだった。
まず最初に、ランディの先生がやって来た。去年と同じ先生で、アダム・ウィリアムズという名前の若い先生だった。見た目、いかにも体育会系といった雰囲気の先生で、スーツをパリッと着こなし、眼鏡をかけている。
「いやあ、ランディくんについては、成績以外何も言うことは特にありませんよ」
「まあ、そうですか」
ウィリアムズ先生は、茶を一口二口飲むと、去年の家庭訪問で言ったのとまったく同じ科白を口にしていた。夏休み中に仲良しグループ内であわやの危機があったことなどは、彼が知らないのも当然である。
「ええと、僕、去年も家庭訪問で同じこと話しましたっけね。ランディくんは特に目立つ生徒というわけではないにしても、みんなと調和する力を持ってまして、僕などは学級委員のネイサン・スタンフィールドと彼がクラスにいるお陰で、随分助かってるんですよ。ほら、彼らふたりが自然と協力しあって仲間はずれとかいじめとか、そういうことは男子の中では生じえないとわかってるもんですから。ただ、女子のほうは色々問題があるんですが……まあ、女の子たちのことは直接、ランディくんに関係ありませんしね」
「じゃあ、先生も大変ですね」
マリーはウィリアムズ先生の後ろにある壁時計を見て――時刻が三時半だったので、四時前には先生はお帰りになるだろうなどと考えていた。
「そうですね。まあ、大変ですよ。お見合いしようとしても、職業のところに小学校教師とあるだけで、断られることが多いですしね……おっと、これは関係のないお話でしたな。わっはっはっ」
「小学校の先生なんて、とても立派なお仕事だと思いますけど」
「いやあ、毎日子供の勉強と世話に追われるばっかりで、ストレスから将来はハゲになりそうですよ」
ここでまた、ウィリアムズ先生が「わっはっはっ!!」と笑っていると、突然廊下のほうからランディの声がした。
「わっはっはっじゃないよ、先生。俺に関係ない話ばっかしてないで、少しはまともなことも語ってよ」
「おいおい、ランディ。立ち聞きとは随分趣味がいいなあ」
テーブルの上のマドレーヌをひとつ手に取ると、ウィリアムズ先生はそれをぱくりと食べ、紅茶と一緒に飲み下した。その様子を見ていたランディは先生の隣に腰かけると、同じようにクッキーをひとつ手に取る。
「おねえさんの焼いたマドレーヌ、美味しいでしょ?去年の学校のバザーでも結構売れたんだよね。でも先生、間違っても俺の父親になんてなろうとしないでよ。そりゃおねえさんはお料理も上手だし、俺たちになんでもしてくれるけど……今のままで十分幸せなのに、おねえさんが結婚して色々変わるとしたら、俺やなんだよね」
「何を言ってる、ランディ。マリーおねえさんみたいな人を放っておく男なんか、この世界にほんの数パーセントきりだぞ、きっと。そう考えてだなあ、おねえさんの幸せっていうことも少しは理解してやらんと……」
「ああ、まるで問題ありません。そのことなら」
マリーは妙にきっぱりと言い切り、そしてにっこり笑った。
「だから、ランディは余計な心配なんてしなくていいのよ。おねえさん、ランディやロンやココちゃんやミミちゃんが大きくなるまでは……というか、そのあともね、結婚するつもりなんてないから、何も心配しなくていいのよ」
ここでウィリアムズ先生は何故か「ごほごほ」と咳き込み、「ええと、じゃあランディ。そろそろおまえさんの部屋でも見せてもらって、先生は帰ろうかな」と言った。ところがマリーがそれを少しばかり押し留める。
「あのう……お兄さんのイーサンから、ランディの成績のことだけ聞いておけって言われてまして……」
「ああ、そのことですか」
ランディ=マクフィールドの兄、イーサン=マクフィールドは実はちょっとした有名人である。というより、アメフト好きの間で彼のことを知らない者はいないだろう。その上あの甘いマスクに名門ユトレイシア大の出身と来ては――女性にキャーキャー言われるだけでなく、クォーターバックという花形のポジションにあったことで、男のアメフト好きにもファンが多いくらいだ。
(ただ、そのかわり)とウィリアムズは思わなくもない。(確かに、彼の努力は称賛に値するものだ。名門ロイヤルウッド校を卒業後は国の最高学府であるユトレイシア大にストレート合格していることも……だが、もともと頭がいいだけに、ランディのように成績が落ちこぼれ気味な子供の気持ちなどはわからないのではないだろうか)
「そうですねえ。今の段階ではお兄さんがおっしゃるような私立校に入るのは難しいのではないかと思いますよ。フェザーライル、ロイヤルウッド、セント・オーディア、カークデューク、マーティスセラー校……名門五指の私立校に入るのは、ランディくんの成績ではまず無理でしょう。もちろん、こうした私立校はどこも、筆記試験の他に面接がありますからね。あとは小学校のほうから送られる内申書と……ですがまあ、ぼくがどんなにランディのことを褒めちぎったとしても、難しいでしょうね。賢いお兄さんのことですから、おそらくぼくがこんなことを言わなくてもわかってることでしょうが」
「いいんだよ、先生!俺は近くの公立の中学校に入るからそれでいいんだ。それが俺にとって一番見合ったことだもん」
ウィリアムズ先生は、ランディの短く刈り込まれた頭を撫でた。成績云々ではなく、彼はこの生徒のことが本当に好きなのだった。みんなの人気者というのではないが、ただなんとなくそこにいるというだけで、まわりの子にもいい影響があるのだ。
「あ、あのう……ランディがこの一年、うんと頑張った場合、現実的に見て、もう少し下の私立校ならどうかということも、聞いておいて欲しいと言われてまして……」
もちろん、ウィリアムズは知っていた。というのも、ランディが「おねえさんはね、俺に家にいてもらいたがってるんだ。ただ兄ちゃんだけが私立校に行けってうるさいんだよ」と何度か言っていたことがあるため――自分と血の繋がらない子をさっさと寄宿学校へ放りこみ、片付けたいといったような気持ちは彼女にないらしいということは。
「そうですなあ。一応、ランク的には下のほうに位置するバコーレイ校あたりならどうにかといったところですかね。お兄さんには、何も私学校へ行くばかりが子供の将来の最上の道とは限らないとお伝えしておいてください。寄宿学校でだって公立校でと同じようにいじめとかそうした思春期の少年に特有のトラブルというのはあるでしょうし、お兄さんはおそらく御自身がロイヤルウッド校で素晴らしく充実した学生生活を送られたから、弟さんにも同じ思いをさせたいのかもしれませんが……まあ、担任のウィリアムズはそう申していたとおっしゃってください」
「すみません。ありがとうございました」
このあと、ランディは先生のことを自分の部屋に案内して、自分が自慢にしている漫画やゲーム、DVDのコレクションなどを見せた。ウィリアムズ先生としても、そのままずっとランディの説明を聞いていたいくらいだったが、次の訪問先もあるため、「ゲームばっかりしてないで、勉強も少しはしろよ!」とランディの頭を小突いて、マクフィールド家をあとにしていた。
彼自身、自分で言っていたとおり、学校の先生というのは本当に大変である。というのも彼は、ランディの次の訪問先――エミリー・アンダーソンの家では相当面倒なことになるだろうとわかっていたからだ。みんなでなんとなく輪になって仲良くしている男子たちとは違い、女子の間には派閥争いがあって、彼女はその一種の<女王争い>に負けたのだった。
もともと仲良くしていた者同士ほど、反目した時に傷が大きくなる……というのはよくあることだ。エミリー・アンダーソンはオリヴィア・ワトソンと互いにレベルの釣り合う者同士として認めあう、といった形で親しくしていた。その後、何か喧嘩をしてエミリーとオリヴィアは決裂。女子たちの間はエミリー派とオリヴィア派とに別れ、エミリー派の生徒はオリヴィア派の生徒と口を聞かず、オリヴィア派の生徒はエミリー派の生徒と決して協力しあわない――といった状態が長く続いた。
ところが、オリヴィアが子役モデルとしてデビューすることが決まると、ボランティアの表彰記事が新聞に載ったのが一番の自慢というエミリーの旗色が悪くなった。結局、元はエミリー派だった子たちの多くがオリヴィアに寝返ったことで……エミリーは学校へやって来なくなった。というのも、折悪くというべきか、ちょうどこの頃オリヴィアの元に不幸の手紙が届いたのだ。
『犬のペットフードのCMがそんなにご自慢?きっと夕食にもペットフードを食べてるんでしょうね。そのうちあんた自身、犬にならなきゃいいけど!』と書かれたカードの裏側には、オリヴィアの写真を加工して半分犬にしたような顔の下に<裏切り者のビッチ>という言葉が書かれていたというわけである。
ある意味、当然というべきか、オリヴィアの母親は保護者会の役員をしていたこともあり、このことを先生たちに問題提起した。何分、担任のウィリアムズの頭を通りこして、先に校長先生に直接話が行ったことからしても、彼の面目は丸潰れだった。もっとも、ウィリアムズはそうした体面を気にするタイプの教師ではなかったが、この女子生徒間の問題についてはなかなか解決がつかないまま――夏休みとなり、新しい学年へ上がるということになったのである。
五年のクラスが六年に上がるという時、クラス替えでもあれば良かったのだろう。だが、そういうわけにもいかず、エミリーはずっと不登校を続けたままだった。というのも、当然容疑はエミリーに集中し、彼女がいくら「わたしじゃないわ!」と泣いて叫んでも、説得力がなかったからである。そして彼女はそのまま学校へやって来なくなり……オリヴィアは女子生徒たちの女王として相変わらず輝かしく君臨しているが、今回のことで彼女は随分人望を失ってもいたようである。
ウィリアムズは、この件について実はこう考えていた。もしエミリーがしたのでなかったら、エミリーの意を汲んだ彼女の取り巻きの誰かではないだろうかと。ところが、ひとりひとり個人面談してみても、誰も名乗りを上げなかった。名前のほうは絶対に言わないから、正直に本当のことを言ってくれと、ウィリアムズは再三に渡って彼女たちに頼みこんだのだが、エミリー一派はすでに彼女たちの間で話し合いをしていたのだ。同じように、先生には言わないし、絶対責めないから、本当のことを言ってと、エミリーと一番仲のいいアメリア・サンダースが泣いて頼みこんでいた。
そして、そこで結論として出たことは……彼女たちの中に犯人はいないということだった。そしてアメリアはウィリアムズに大きな青い瞳に涙を溜め、こう言った。「天地神明に誓って、わたしたちの中に犯人はいません。だって、誰があの手紙を出したかわからない限り、エミリーは名誉を回復できず、決して学校へは出てこないでしょう。こんなこと、友達のわたしたちが望むことじゃありません。ということはですよ、先生」ここでアメリアは、ぐっと身を乗り出し、ウィリアムズの鼻先に指を突きつけた。「オリヴィアの仲間の中にも、彼女に嫉妬してる子がいるんですよ。きっと、その子の仕業に違いありません!!」
だが、オリヴィア派の子たちにも個人面談してみたが、いくら個人名を伏せると強調しても、名乗りでる生徒はひとりもいなかった。「このままだと、エミリーはずっと学校に出てこないかもしれないんだぞ!」と脅してみてもあまり効果はなく、ウィリアムズはほとほと困り果てていたといえる。そして、これから彼はそのエミリー・アンダーソンの屋敷へと向かわねばならないのだった。
(やれやれ。エミリーのあのセレブのおっかさんも、俺苦手なんだよな……)
とはいえ、ここでウィリアムズはマリーのことを思いだすと、少しだけ元気を出すことが出来た。何も彼は生徒の継母に何かそうした思いを抱いていたというのではなく――ただ、純粋に感心していた。あの若さで子供四人を立派に育てようと奮闘しているマリーのことを思えば、自分も教師として頑張らねばと、そのような気持ちに支えられ、彼はアンダーソン家のインターホンを押していたといえる。
もっとも、教師生活がまだ六年と浅いウィリアムズ先生は知らなかった。この件の本当の犯人はオリヴィア自身であり、彼女が自作自演でそのような手紙を書いたのだということは……この世界にはそうした種類の魔少女がいるということを、教師生活がまだあまり長くない彼には予想しようもなかったのである。
* * * * *
ランディの担任、アダム・ウィリアムズ先生が去っていくと、マリーは彼の飲んだ茶器を片付け、次にロンの新しい担任の先生がやって来るのを待った。
といっても、マリーはロンの新しい担任の先生であるカール・マクドナルドのことはすでによく知っていた。というのも彼は、去年までココの担任の先生だったからである。ゆえに、初めて彼に会った時――マリーは笑いを堪えるのが大変だった。
ココが自分の親友のモニカやカレンたちと「あいつ、絶対ロリコンよお」、「だって、わたしたちを見る目つき、すっごいやらしいもんね!」、「この間なんてあいつ、わたしの胸のあたりをじっと見てたのよ。サイテーじゃない?」だのと話しているのをよく聞いていたからである。
もちろんマリーは、彼女たちのこうした言い分をまともに受け止め、一体どんなロリコンの変態教師がやって来るのかと、待ち受けていたわけではない。第一、ココもモニカもカレンも、将来ははちきれんばかりのバストに成長するやもしれぬにしても、今はまだ胸のほうはぺったんこなのだ。そのことを思ってみただけでも、女の子たちがただ先生をおしゃべりの餌食としていたのだろうとしか、マリーには思えなかった。
そして、マリーのこの考えは当たっていた。マクドナルド先生は見るからにロリコンそうなとか、そうした印象を受ける先生ではなかった。年のほうはすでに四十を過ぎているが、見るからに真面目そうで、小さな女の子たちの体を変な目で見るような、そんな先生にはまるで見えなかった。強いていうなら、四十を越えても結婚していないという事実が、少女たちにそのような偏見を与えてしまうといったところだろうか。
「去年とおととしは二年間、ココちゃんがお世話になりまして……そして今度は三男のロンの担任の先生ということで、またよろしくお願いします」
お茶をだしたあと、マリーはまずそう挨拶した。マクドナルド先生はシャイなので、自分からそう積極的にお話されるような方ではない。ゆえに、マリーはそうした去年の経験から、時間を無駄にしないためにも、自分から話しかけることにした。何分、四時半頃には今度はココの担任の先生がやって来てしまう。
「そのう、ロンの学校での様子というのは、どんなですか?」
「そうですな……まあ、どうということなく過ごしているのではないですかな、ロンくんは」
(この先生、こっちから相当突っ込まないと、詳しい話は何もしてくださらないんだっけ)
去年の家庭訪問の時がそうだったと、マリーはあらためて思いだしていた。『ココちゃんの学校での様子というのは、どんなですか?』、『まあ、そうですな。それなりに元気にやっておるのではないですかな』、『先生の目から見て、ココちゃんはこれからどんなふうに成長していったらいいと思いますか?何分、わたしも新米な母親なものですから、ご助言よろしくお願いします』、『そうですなあ。ココ・マクフィールドは大変活発な少女ですから、少し編み物でも覚えさせて、あのかまびすしい口を閉じることを覚えさせることが肝要かと思いますぞ、お母さん』……といった具合で、マリーは彼が帰ったあと、(一体あの先生、何しに来たのかしら)と思わないでもなかった。
結局のところ、この日も大体のところ去年の家庭訪問と同じく、マクドナルド先生の口から何か、実りある言葉を聞くことは出来なかった。「まあ、わたしもまだ新しく担任になったばかりでして、子供たちの個性がわかるのはこれからといったところですからな」――そう言い残して、マクドナルド先生はクッキーを十ばかりも頬張って帰っていかれた。
そしてマクドナルド先生が帰ってしまうと、ココがさっと階段から下りて来、マリーにまとわりつくようにして話しかけたのだった。
「ねえ、おねえさん。あいつ、なんだって?どうせ、大したこと言って帰らなかったんでしょ?階段の上から見てたけど、相も変わらずもっさりしちゃってさあ。あんなだから今も独身で、ママと一緒に住んでるのよ。わたし、あいつがもし明日、小さい女の子を誘拐して変ないたずらしたっていうので捕まっても、全然不思議に思わないな」
「まあ、ココちゃん。何度も言ってるでしょう。学校の先生のこと、あいつなんて呼んじゃいけません」
マリーがマクドナルド先生の飲んだ茶器を洗っていると、ココは思いきり顔をしかめる。
「おねえさん、あいつが使ったそのティーカップ、ちょっとよけておいてくれない?なんかの不幸な偶然から、あいつの口つけたところとブチュッとしちゃったら、悲劇ですものねえ」
「ココちゃん!!」
ココが相も変わらずマクドナルド先生を「あいつ」呼ばわりしたため、マリーは軽く叱りつけた。だが、マリーのことなど何も怖くないココは、軽く舌を見せただけで、一向悪びれるところがない。
「ほら、ロンもあいつが担任なら、今のわたしの気持ちがわかるはずよ。あいつ、究極の事なかれ主義の怠け者なんだから。授業は退屈だしさあ、副担のローズ先生がいたからどうにかクラスがまとまってたとはいえ、あいつひとりだったら今ごろ絶対学級崩壊よお」
確かに、ココのこの言い分は実は結構当たっている。カール・マクドナルドの夢――それはこのまま淡々と教師生活を続け、十分な退職金と年金に与り、悠々自適の老後を過ごすということであった。かつては彼にも教師という職業に熱く燃えていたこともあった。だが、色々な学校の問題に直面するうちに、彼の教育にかける理想と夢、熱意は遂に費えてしまったのである。
そののちは燃え尽きシンドロームとなり、病院で鬱病と診断されてからは暫く学校を休み、その後そのような教師を対象とした復帰プログラムを経て再び教師生活へ戻ると、マクドナルドはココの言う「事ながれ主義のつまらない教師」に成り下がってしまったのであった。
「まあね、ぼくも実際心配だよ。うちのクラスに、小学五年生とは思えないくらい体格のいい子がいるんだけど、お父さん、格闘家なんだって。だから、自分もテコンドーとか柔道を習ってて、他の生徒にやたらと技をかけたがるんだよ。ぼくも危うく手を出されるところだったけど、あいつの腰巾着みたいな奴が「マクフィールドの兄ちゃんはアメフトの凄い選手なんだ」とか言って、それで思い留まったような感じ。でもそうじゃなかったらどうなってたか……」
「ロン、それ、本当なの!?」
マリーは突然血相を変えたようになると、ロンの両手を握りしめて言った。
「どうして先生がお帰りになる前に、そのこと言わなかったの?そしたらおねえさん、絶対相談に乗ってもらったのに!」
「だからさ、あいつはココも言ってるとおり、なまくら刀のぼんくらなんだよ。一応、ぼくらにも暴力はいけないとかなんとか、眠くなるような説教はする。だけど、それだけなんだ。自分の目につくところでジョンの奴が乱暴をしたりしたら注意するけど、それだってがっつりくるような感じじゃないから……先生の目のないところで色々悪さをするんだよ。ぼく、ああいう奴って大嫌いだ。これから残り二年近くもあんな奴と同じクラスかと思うと、反吐が出そうなくらい」
「ロン、このこと、またあとで話しあいましょう。今日はあともうひとり、ココちゃんの担任の先生がいらっしゃるから……」
マリーがこう言ったところで、実際に呼び鈴が鳴った。リンゴーンというその音色に答えるように、ぱたぱたとマリーは走っていき、ココの担任のマーガレット・マコーネル先生のことを迎え入れた。マコーネル先生は褐色の髪に茶色の瞳をした、少し不思議な雰囲気を持つ四十歳の中年教師だった。ただし、目元にも口許にもどこか厳しい雰囲気が漂っており、生徒にとっても親にとっても他の誰にとっても――彼女は少し近寄り難いところがあったといえる。
ようするにそれが、人に無意識のうちにも帽子を取って頭を下げさせるような<威厳>であるということにマリーはすぐ気づいていた。
マリーがマコーネル先生を客間に通そうとすると、彼女は廊下にぴたりと立ち止まり、「居間で結構ですよ、お母さん」と言った。「わたしはココ・マクフィールドが普段どんな生活をしてるのかを知ろうとして今日お宅を訪ねたんですからね。客間になんぞ通された日には、あまり意味などございません」
「そうですか。では、こちらへどうぞ」
マコーネル先生は、マクフィールド家の居間にあるものを一通り見渡し、マリーが紅茶と菓子を出すと、二口か三口紅茶を味わったあとで、「実に結構ですね、お母さん」と、そうおっしゃった。
「環境というのは人の一生を左右するものです。ココ・マクフィールドは作文の中でも、あなたのことが好きだとはっきり書いておりましたよ。『わたしがおねえさんの中でいちばん好きなところは、いつどこにいても邪魔にならないことだ』ですって。子供のくせに、言ってくれるじゃありませんの」
マコーネル先生は微笑むと、さらに魅力的な女性になった。そしてマリーはといえば、自分が最初に感じた第一印象――『この先生、とても好きだわ』との――が当たったことがはっきりして、嬉しくなる。
「ココちゃんは、学校のほうではどんなものでしょうか?幼くしてお母さまを亡くしているせいか、とてもしっかりした子ですけれど、それだからこそ時々心配になったりもするんです。今のところはまあ、『学校なんて退屈で死にそう』と言いながらも毎日元気に通ってるようには見えるのですけど……」
「そうですわね。まあ、女の子の中のトップグループとでも申しましょうか、彼女はそこの中心人物ですし、今のところは特に何かトラブルがあるでもなく、楽しくやってるようですよ。勉強のほうは、自分が好きでない科目については集中力が欠けるようなところもありますが、このあたりは教師やご家庭の導き次第といったところでしょうね。時に、優秀なお兄さんが家庭教師の代わりを務めておられるとか?」
「はい。イーサンは今ユトレイシア大学院のほうに在学していて……とても頭がいいんです。ですから、勉強のわからないところなどは彼に聞けば一発と言いますか……」
「そうですか。では、何も問題ありませんわね。実に結構なことです」
このあと、マコーネル先生はカステラを一切れ取って食べ、「わたし、カステラに目がないんです」と言って、猫が魚を食べる時のような嬉しそうな仕種でそれを食べていた。マリーのほうでは「一切れといわず、二切れでも三切れでも、いくらでもどうぞ」と勧め、自分でもマドレーヌをひとつ食べた。
「まあ、お住まいのほうも実に結構で、お母さんについても何も問題ないことがわかりますし……短い時間ですが、実に有意義な家庭訪問でした。ところで、お母さんは娘のココさんが子役のオーディションを受けるといったことはご存じですか?」
「えっ!?」
初耳だったため、マリーは少し驚いた。もちろん、ココはブロンドの髪に青い瞳の、将来美人になることを約束されているような顔立ちをしているため――確かにそうしたオーティションを受けて受かる可能性はあるだろうと、そう思いはする。
「やはり、ご存じありませんか。まあ、あの子のことですから、オーディションを受けて落ちた時には家族に黙っていて、受かった時には驚かせようといったようにでも考えているんでしょう。ただ、ああした場所へはやはり、保護者の方が同伴されていったほうがいいのではないかと思いましてね。確か、一次の書類審査には合格したとかいうことで、他に同じクラスのケイティ・オーモンドも同じように合格して、彼女のお母さんと一緒に面接へ行くといってましたから、心配いらないでしょうが……一応、お母さまのお耳にもお入れしておいたほうがよろしいかと思いまして」
「そうでしたか。ありがとうございます、先生。わたしも、マコーネル先生のお人柄を知って、ほっとしました。これからもココちゃんのこと、どうぞよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
そう言ってマコーネル先生はマクフィールド家から去っていかれた。ココは先生が帰ると同時に下へ下りてきて、「マコーネル先生、何か言ってた?」と、マリーのまわりをそわそわとうろつき回りながら聞く。
「ええ。おうちを見れば家庭環境が実に結構なことがわかるみたいにおっしゃってたわ。あと、ココちゃんは学校でも活発にやってるみたいだし、苦手な学科は頭のいいお兄さんにでも教えてもらえばなんとかなるでしょう……まとめるとしたら、そんなところかしら」
「なーんだ。じゃ先生、そんなに大したこと話してかなかったのね」
ココはすっかり胸を撫で下ろすと、ダイニングの自分の椅子に腰かけ、先生たちの残していったお菓子類に手を出した。自分がこうしていればおねえさんが自然とお茶を入れてくれるとよくわかっている。
「それとあと……ココちゃん。何かのオーディションの一次審査に受かったんですって?先生からそうお聞きして、おねえさんびっくりしたわ」
「チェッ。あのおしゃべりばばあめ!」
ココちゃん!と、マリーがたしなめると、ココは小さく舌をだす。
「もちろんね、マコーネル先生はおっかないから、学校じゃ絶対あの人のこと、ばばあだなんて呼ばないよ。オーディションのこともそうだけど、こっちが直接話しもしないことをなんでか色々いつのまにか知ってるのよね。ケイティなんか、先生のこと魔女みたいって言ってるわ」
「まあ、ココちゃん。あんなに立派な先生のことを魔女だなんて、いけないわ」
「ううん、この場合はどっちかっていう褒め言葉よ。やっぱりさあ、今時の子を三十人以上もまとめるとなったら、あのくらいじゃなきゃ絶対ダメよ。だから、わたしたちも先生に対しては一目置いてるって感じ」
マリーがココの前に彼女のティーカップを差し出すと、ココはダージリンティーを美味しそうに飲んだ。その顔つきはどこか、ミルクを前にした猫にとてもよく似ている。
「それで、オーディションってどんなオーディションなの?キッズモデルとか、そういう種類のかしら?」
ココが毎月、そういう種類のガールズ雑誌を読んでいるのを知っているマリーは、その中に『キッズモデル募集!』という広告が出ていたのを覚えていた。
「うん、そう。『デスティニー・ガールズ』っていうオーディションでね、それに受かるととりあえず一年間の契約で、雑誌のモデルになることが出来るのよ。べつに隠してたってわけじゃないわ。ただ、一次審査を通過したなんて言っても、そんな子、物凄くたくさんいるから、本当にちゃんと三次審査まで突破したとしたら――話そうかなって思ってただけ。だって、二次あたりで落ちたりしたら、格好悪いもの」
「そうだったの。でもこのお話……ランディやロンたちには言わないから、イーサンお兄さんには話してもいいかしら?」
「うん。イーサンにならいいわよ。べつに馬鹿にするでもなく、がんばれって言ってくれるだけだと思うから」
そう言ってココはアヒルの形のクッキーをひとつ食べた。以前、クラスの男子から「ココの口、アヒルみてえだな!」と言われたことを思いだし、口の中で粉々に噛み砕く。
「それとね、マコーネル先生がおっしゃるには、誰か保護者の人が一緒に行ったほうがいいんじゃないかって……ええと、ケイティのお母さんが一緒にオーディションに行ってくれるんじゃないかっていうことだったけど、それならそれで、一言ご挨拶しておかなくちゃいけませんものね」
「そっかあ。わたしも最初はすっかりそのつもりだったけど、バレちゃったんじゃしょうがないっか。イーサン一緒に来てくれるかなあ。もし駄目だったらおねえさんでもしょうがないけど」
「そうね。イーサンが一緒にいってくれたほうが、おねえさんも安心よ。お兄さんも同じように容姿端麗だから、スタッフの方にも好印象を持たれるかもしれないし……」
ここでココは、びっくりしたように目を大きくした。
「やだあ、おねえさん。意外にわかってるのね。びっくりだわ!そうなのよ。わたしもそういうところが少しはあるんじゃないかと思ってるの。じゃあ、おねえさんからイーサンにそう話してみてくれる?わたしが頼むより、おねえさんが「お願いします」って言ったほうが、イーサンも「しょうがねえな」とか言ってついてきてくれるかもしれないもの」
そして、マリーが夜にふたりきりになった時にその話をしてみると、イーサンは「しょうがないな」と溜息を着き、「そのオーディションとやらはいつなんだ?」と聞いた。リビングのテレビでバスケの試合を見ていたのだが、自分の応援しているチームの負けがこんできたため、リモコンで消す。
「来週の土曜日なんですけど……写真撮影したり、面接したりするんですって」
「ああ。それじゃ駄目だ」と、イーサンは肩を竦める。「その日はマーティンとクリスティンの結婚式なんだ。他の用事っていうんならどうにか出来たかもしれんが、結婚式ばっかりはどうしようもないからな。ココにはそう言っておいてくれ」
「そうですか……」
マリーが思った以上にしょんぼりしているように見えたため、イーサンは怪訝そうに首を傾げる。
「なんだ?なんであんたがそんなにがっかりした顔をする?」
「だって、わたしがココちゃんとオーディションに行ったりするより、イーサンのほうがそういうの向きですもの」
「そういうの向きっていうのはなんだ?」
少しの間もじもじしたように黙りこくったあと、マリーは言った。
「やっぱり、そのう……ああいう感じの場所って、わたし行ったことありませんけど、わたしみたいな田舎じみた人が行くよりもあなたみたいに格好いい人のほうが受けがいいと思うんです。それに、わたしもまわりの空気に呑まれてオロオロするばっかりで、ココちゃんの役に立てない気がしますし……」
「ふうむ。そうか」
そう答えながら、イーサンは内心おかしくて仕方なかった。マリーが自分にどういう印象を持っているのか彼はよく知らなかったわけだが、とりあえず「格好いい」といったようには一応、認識されていたというわけだ。
「俺もココについていってやりたいのは山々だが、マーティンとクリスティンの結婚式に行かなかったら、何故あの時おまえは来なかったんだと、顔を合わせるたびごとに言われそうだからな。その点はココもわかってくれるだろうが……だがマリー、あんたそんなに嫌なのか?」
「嫌というか……ココちゃんが自分のなりたいもののために頑張ってるんですから、出来るものなら力になりたいとは思うんです。でも、わたしじゃなんだかむしろココちゃんの足を引っ張っちゃいそうですし。ケイティのお母さんなんて、そりゃ凄いんです。わたしより十くらい年上なはずなんですけど、わたしよりも若いんじゃないかしらっていうくらいビッとしてらっしゃるんですもの」
「そのビッていうのは一体なんだ?」
イーサンはここでも笑いたかったが、どうにか堪えた。もちろん、説明されなくても一応、マリーの言いたいことは大体わかる。
「お化粧とかヘアスタイルとか、着ているもののこととか、色々……それに、性格的にもエネルギッシュな方で、押しも強いんです。彼女ならきっと、ケイティのことをしっかり励まして、それで落ちでもしたら、しっかりその理由を聞き出したりとかちゃんとされそうですけど、その点、わたしはそういう実務的な能力に欠けてるっていうか……」
(俺は、そういうタイプの女より、あんたみたいなほうが好きだな)とは、もちろんイーサンには言えない。
家にいる時も外に出る時も、マリーは大抵すっぴんだった。髪のほうも家事の邪魔にならないように軽く束ねる程度だし、何故そんな服が好きなのか理解不能だが、わざわざ自分の腰の細さを隠すように、ずん胴タイプのジャンパースカートばかり年中着ている。しかも、その上からエプロンを着て、そのポケットからは大抵プリンセスうさしゃんに仕える犬やくまのぬいぐるみが顔を出しているといった風だった。
「俺も、気の重い仕事をあんたにさせるようで悪いとは思ってる。まあ、また何かそういう機会でもあったら、必ず俺がココのマネージメントでもなんでもしてやるから」
「はい……」
マリーはすっかりうなだれた様子で袖椅子から立ち上がると、溜息を着いてダイニングのほうへ行き、明日の朝食の軽い準備をはじめた。こういう時、イーサンはテレビを見ている振りをするか、新聞を読む振りか本を読む振りをして、彼女のことを見るとはなしになんとなくずっと見ていることが多い。
それから、少しばかり自分に都合のいい妄想に浸る。マリーには自覚がなかったにしても、今の会話だって父親と母親のそれみたいなものだと彼は思っていた。だが、唯一彼と彼女の間にないのは、夫婦としての交わりだった。イーサンにしてもこういう時、彼女の腰あたりにでも手を回して、慰めてやりたい気持ちはある。それから、髪や首筋にキスをして、それから唇にも……あとはもう普通ならベッドへ直行といったところだったろうが、何故そういうわけにいかないのか、イーサン自身理解に苦しむところだった。
(まあな。俺だって、美人だとは思うが、まるでタイプではない女ってのはいるからな。そういう意味で俺はマリーにとって、格好いいとは思うが、男としては大して好みでないということなんだろう。だが、まあいい。今のところはとりあえずな)
イーサンは、別れ話のほうならば、すでにキャサリンとしていた。だが、明日は彼女を女王のように崇める下僕よろしく、最後まで恋人としての務めを果たさなくてはならない。けれど、それが済みさえしたら――彼は本当に自由だった。
『なんでよ!?わたしの一体何がそんなに不満なの?』
『おまえに不満なんか何もないさ。ただ……』
『ただ、何よ!?』
別れの予感のようなものならば、キャサリン自身随分前から感じてはいた。だが、こんなになんの前触れもなく突然レストランの個室へ呼びだされ、『別れよう』などと言われるとは想像していなかったのだ。
『俺たちは、いい大学時代を過ごした。俺にとってのキャシーっていうのは、大学の青春の思い出そのものだ。いつも、フィールドへ出ていく前にはチアガールのおまえやクリスティンや他の仲間たちが先に二手に分かれて道を作り、俺たちはその間を通っていく。そのことを俺はこれからも永遠に忘れることはないと思う』
『そう。わたしにとってはイーサン、あんたは今も現在進行形の男だけど、あんたの中じゃすでにわたしは「過去の女」ってことになってるってわけ』
イーサンから誕生祝いにともらったケリーバッグの中からハンカチを取りだすと、キャサリンは目尻の涙を拭った。久しぶりのデートだからと思って、最高にバッチリと決めてきた自分が馬鹿みたいに思える。
『キャシー、大学を卒業してからおまえはまた一段と綺麗になったと思う。まわりのみんなも俺のことを、あんないい女を袖にするなんてとんでもない馬鹿だとしか思わないだろう。だが、実際には俺はまだ大学院にいて、おまえの言う「オタク哲学」みたいのを齧ってるんだ。ようするに、俺とおまえを結びつけていたのは良くも悪くもフットボールなんだよ。それがなくなった今……お互いの間にだんだんに齟齬間が出てくるだろうと俺は思ってる。これはそういう話なんだ』
『…………………』
こう言われて、キャサリンは突然何かが腑に落ちた。もちろん、感情としては何をどうしてでもイーサン・マクフィールドと別れたくはない。だが、キャシーはモデルとして今、毎日が本当に楽しくて自分でも輝いていると思っている。そして、行った先のパーティなどで出会いがまったくないというわけでもないのだ。
『女、なんじゃないの?』
それでも、キャシーは最後にどうしてもこれだけは聞かずにはおれなかった。
『他に、誰か女がいるんでしょ?もしその女が大学院内の、哲学を専攻してるオタクみたいに地味な女だったりしたら――』
『そんな女、いないよ』
キャシーの中ではマリー・ルイスの存在は除外されていると知っているイーサンは、はっきりそう答えた。そして、結局のところ最終的にマリーと自分の仲がその後進んでいったとしても……年頃の男と女が同じ屋根の下に暮らしているのだ。そう考えたら何かをきっかけにそうなったとしてもまるでおかしくはない。
『ただ、俺は他の女ともつきあいたいという気持ちは、おまえとつきあってる頃から正直いってあった。その気持ちを押し隠しながらこのままずっとキャサリンとだけつきあっても……おそらく、どこかで何かがうまくいかなくなると思う。おまえだって今、モデルなんてしてたらそういう誘いがないわけじゃないだろう?』
『そりゃそうよ。わたしみたいないい女、男が放っておくわけがないんだからっ!!』
『キャサリンなら、俺よりもいい男ときっと結婚できるよ。この三年、おまえとの間にはいい思い出しか俺の中にはない。だから、ありがとう』
――こういった顛末で、イーサンはキャシーと別れた。もちろん、彼女の中でいかに未練が強かったか、彼は知る由もなかっただろう。そして、自分たちとは逆に幸福な結婚へ至る道を掴むことの出来たクリスティンとマーティンのことが、キャサリンは心底羨ましかった。<ユトレイシア・ガーデンホテル>で自分の横に立つイタリア製のスーツに身を包むイーサンを見ては、キャシーはイーサンとよりを戻したい気持ちに駆られた。もちろん、彼にその気のないことはわかっている。それでも、最後の最後、焼け木杭に火がつくということもあるかもしれないと考えて、キャサリンは結婚式のあと、イーサンのことを誘惑した。
「ねえ、わたしたちの関係がこれで終わりだってことはわかってる。でも、ここのホテルで……お別れの記念をするっていうのはどう?」
キャサリンがそう誘っても、イーサンはただ首を振っただけだった。彼にしても、そうしたい気持ちがまったくないわけではない。だが、そんなふうにズルズルと引き摺られては、お互いのために良くないと思ったのである。
最後の望みまで断ち切られ、キャサリンは惨めだった。幸福な花嫁の前で、惨めな気持ちを押し隠しつつ、終始笑顔で祝福を述べ続けるだなんて……こんな敗北者の気分を味わうのは、彼女はこれが生まれて初めてだった。
だが、外科医が断固たる手つきで患者の病巣を除き去るように――イーサンの態度にブレが一切なかったからこそ、キャサリンは次の恋に移る決意をすることが出来たし、彼との復縁がゼロに近いものだとはっきりわかったからこそ、自分からこの未練を断ち切るしかないのだと心に決めることが出来たのである。
(大学時代の最高に美しい思い出……確かにそうなのかもしれない)
それぞれ別のタクシーに乗って別れてから、キャサリンは両手で顔を覆いながら思った。確かに、自分も今から十年後くらいにはそう思えているかもしれない。けれど、今は無理だった。彼女にもイーサンとの間にはいい思い出しかないからこそ、何故最終的に自分たちはクリスティンとマーティンのようになれなかったのだろうと、そんな疑問しかキャサリンの中には湧いてこない。
(愛してるわ、イーサン。たとえあなたがもうわたしのことをそう思ってなかったとしても……)
キャサリン・クルーガーはこの五年後、二十七歳の時にIT企業のCEOと最初の結婚をするが、四年後に離婚、三十三歳の時に二度目の結婚をし、その五年後に離婚、そして三度目の結婚を四十二歳でするのだが――そのうちのどの男のことも、イーサン・マクフィールドほどに愛していると思ったことは、彼女の生涯でその後一度もなかったのである。
>>続く。