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こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【13】-

2022年12月20日 | マリのいた夏。

 

 あ、前回に続いて、『7SEEDS』の感想についてでも良かったんですけど……わたし、この小説書いててそこそこ面白くなってきたのが、前回の途中からだったと思います(^^;)

 

 ただし、冒頭のオリビアちゃんが隣の州の大学へ行ってしまうので見送るシーンとかは……書いてて退屈で退屈で仕方なかったものの、お話の全体として、退屈でつまんなくても一応書かなきゃならないシーンというのは時々あるもので。。。

 

 んで、↓の本文に関係あることとして、自分の父親が浮気してる時、そのことを娘がどう思っているかって、どうも当の父親にとっては謎らしいんですよね。このあたりのことは前にもどっかに書いた記憶があるものの、あらためて書いてもいいかな~と思ったりしたので(^^;)

 

 わたしが思うに、「普通」か「普通以上」に父親と娘の間で健全な愛情があった場合、「お父さん、サイッテー!!」みたいに、娘さんがお母さんの味方をして詰ってきたら、それはもう本当に「お父さんが悪かったよ」として、どんな暴言吐かれても受けとめるしかないと思います。もし、奥さんと離婚して、愛人と再婚したあとでも、娘のことは娘のことで大切だし、その後も関係性を持ち続けたいということであれば。

 

 でも、わたしの場合は父親という存在自体にほとんど興味がなかったので、「ふうん、あっそう☆」程度の受けとめだったんですよね。というより、「あのクソがどこで何してようと、別にどーでもいいし、キョーミもねえな」という感じ。こうした場合、娘さんのほうでは浮気のことで自分の父親を責めるといったこともないため、ある意味お父さんのほうでは一番ラクかもしれません。

 

 でも、その娘さんのほうで、何か事情があってもともとお母さんのことがキライで、「お父さんが浮気するのも無理ないよ」と理解してくれているのでもない限り――浮気していて、そのことを息子も娘も知っているのに責めてもこないとしたら、それが一番マズいのではないかという気がします。また、こういう時になんとなく自分の良心をごまかすために、子供にお金を「小遣いだ」として渡す人がいるけれど、子供のほうでにっこり笑って「お父さん、ありがとう」と言ったとしても……「親父、あんたもその程度の人間なのな」と軽蔑されている可能性のほうが高いと思ったほうがいいと思う(いえ、好きな漫画やゲームを買ったり出来ること自体は喜びつつ、「お金」っていうのは実は何かの償いに換算できないにも関わらず、相手が換算できると思ってるらしいと感じる時、そこで軽蔑されるわけです)。

 

 これはあくまでわたしが思うに、ということではあるんですけど……浮気、ということはないに越したことはないものの、人間はそんなに完璧ではないし、間違いを犯すことがあるという弱さについては理解できるんですよね、一応。でも、わたし自身の父親については、簡単にいうと<論外>だったと思います。何故かというと、浮気したということを、「悪いと思っていない」、ゆえに「あやまる必要性も感じない」くらいの感覚でいる人のことは、許す・許さない以前の問題になってくるというか。

 

 もしわたしの父親がそのことを本当に悪いと思っていたら、言われなくてもその雰囲気を感じとり、「べつにいいんだよ、お父さん。わたしは子供だからさ。でも、お母さんのことは大切にしなきゃダメだよ」くらいなものだと思う。わたし、基本的に芸能人の方の浮気報道には関心が薄いほうではあるんですけど……その~、なんというか世間様にバレる前までは、うちの父親と同じく「まったく悪いと思っていない」、「男なんだから、そんくらい当たり前だよ」くらいの感覚だったらしい方が――記者会見においては、涙を流して謝罪するということがあるわけですよね。

 

 これはトルストイも大体似たこと言ってたと思うですけど、ようするに<世間>という道徳規範に裁かれるまでは、「そんなに重い罪を犯した」とも感じていない方がマスコミにフルボッコ☆にされる姿を見て……なんていうか、さらし者にされているのを見て「喜ぶ」心理については、多少理解できる気がします。「そりゃそうだろ」とも思うし、今自分の旦那さんが浮気してるとかだったら尚更、「ざまあみろ!」と思うのかもしれない。

 

「うちの夫も世間に浮気の罪を暴かれて、フルボッコ☆にされりゃあいいのに」――そう思っても、芸能人の方と違って一般人の場合は、そんな夫を訴えて裁判起こすお金も気力もないとか、そちらのほうが多くて、子供が大きくなるまでは自分が耐え忍ぶしかない……とか、そうしたお母さんって、今もすごく多いんだろうなって思います。

 

 うちの母はそんな目にあっていながらも、今も離婚せずふたりで暮らしてますが、自分的に母のことを唯一不幸だな……と思うとしたら、うちの父はそうしたことについて極端なまでにひどい人間だったというだけで、「浮気したにしても、ここまでひどい人間ではない」という、父よりも遥かにまともな男性が世の中には他にたくさんいる中で――結婚しちゃったわけですよね。しかも、母には母で実家に居づらいといった事情があって、ほとんど追い出されるような形で家を出ていたり。。。

 

 お金もないし、子供も小さいし、自分もそんなに体が丈夫なほうでないし……といったこともあって、とにかくまあ、愛情のあるなしに関係なく、一緒にいるしかない。離婚したくても離婚することは出来ない……みたいな状況(あ、母に父に対する愛情がまったくないとは言わないものの、今はもうそんなこともどうでもよくなってるんじゃないかなというか。究極の諦観といった境地すら越えた境地に達しているという意味で^^;)

 

 それで、親子っていうのは、「もうコイツと親でも子でもいたくねえな」という時にも、親子の縁やあるいは血が繋がっているという事実自体は変えられないわけで……そうした中で関係性が変わるということは確かにあります。少なくともわたし自身は、母が父の浮気のことですごく悩んだりしてる姿を見て気の毒だと思っていたのであって――「子供に本当の意味で関心がない」ということについては、どうでもいいと思ってました。ようするに、母親が浮気のことであれこれ悩まなくていい状況を父親が与えてくれたら良かったわけです。

 

 それ以外のことに関しては、「このしょうもねえクソはある意味面白いな」と思ったりしていたというか(笑)。やっぱり、娘がいる目の前でも愛人と電話で愛想よく話してたり、「こいつの思考回路は一体どうなってるんだ?」とか、ここまで来るとある意味面白いわけですよ。その他、娘のわたしが見ていてさえ、「そんなわかりやすいウソついて愛人に会いにいくんじゃねえ」という嘘をついて出かけていったり……家庭内における猿芝居具合が、子供として見ている分には面白かったりするわけです(『刑事コロンボ』って、最初から犯人わかってて、殺人を隠すためにどんな言動を犯人がとるかっていうところが見どころと思うのですが、そうした事柄にも通じるような猿芝居。ウッキー☆)。

 

 つまり、父親というのは浮気している時、そのことを娘がどう思っているか理解していない……また、理解できなくていいのではないかと、わたしなどはそんな気がします。もし、わたしの父が浮気全盛期にそんなことを直球でどストレートにわたしに聞いてきたとしたら――「ああ。おまえの家庭内における猿芝居はなかなか面白いと思っておるよ」とでも答えていたでしょうから(笑)。

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【13】-

 

 二十年近くになる夫婦生活の中で、初めて本格的な夫婦喧嘩を演じているふたりを見て、ロリが思ったのは大体次のようなことであった。自分はすでに成人していて、父親の事情についても母親の事情についてもある程度理解しているから、ダメージのほうはそう深くはない。けれど、家の中にあるピリピリした緊張状態については辟易させられたし、もし仮に将来自分に子供が出来た場合、嘘でもいいから子供の前でだけは仲のいい仮面夫婦を演じるのは大切なことかもしれない……と、そう思ったことだったに違いない。

 

 ユトランド共和国における義務教育は十二年間に及ぶわけだが、この十二年の間、一度も学校において何かのピリピリするような緊張感を感じずに済むということは、決してないであろう。ましてや、いじめといった友達との対人トラブルを抱えこんでいたとすれば尚更だ。けれど、家へ帰ってきても同じピリピリした人間関係が存在しているとしたら――「学校では何も問題などない」と、自分の子供が必死に演じている演技を、母親として見抜くことはおそらく出来ないだろうと、ロリはそんな気がした。

 

 子供のほうではこういう時、間違いなく親に対して気づいて欲しいというサインを出している。そして、そのサインに気づいてもらえなかった場合……息子や娘が将来的にまったく心を開かなくなったり、問題行動を起こすようになったとしても、少しも不思議なことではないとしか、ロリには思えなかった。

 

(そういえば、このあたりのことに関してはわたし、王子……じゃないや。ルーク=レイに聞きたいことがあったんだっけ……)

 

 ロリは机に向かうと、自分の中学時代や高校時代に時々書いていた日記帳を、引き出しの奥から取り出した。中学時代の日記の表紙はキティちゃんで、高校時代の日記はミッフィちゃんだった。そして、その中には学校で起きたことの他に、随分たくさんマリやルークのことについて、紙枚が費やされていた。

 

 自分でも、読み返すだに恥かしい日記であるだけに、何かの偶然からでも誰かに読まれる可能性を100%排除するために――なるべく早く庭で燃やすなどして、処分しなくてはならないとわかってはいる。そしてこの時、マリは日記の端々を少しだけ読んでは、いたたまれない気持ちになり、バタン!と日記を閉じるということを何度となく繰り返した。

 

 ――某月某日。

 マリが試合で今日も勝った。これで、二回戦進出!ルーク=レイも無事三回戦へ進んだらしい。そちらへ応援に行った、エリとオリビアからそう聞いた。何故かマリはいつでも、わたしに必ず応援に来て欲しいという。わたしの少し前のほうのスタンド席に、マリが高校で仲良くしてるっていうリサって子とエレノアって子とシンシアっていうイケてる雰囲気の三人娘がいた。でも、わたしは彼女たちのことがあまり好きじゃない。っていうか、なんであんな子たちとマリはつきあってるんだろうとすら時々思う。

 

 試合後、マリはインタビューを受けたり、色々忙しそうだったので、一足先に帰ってくることにした。でもマリは、帰ってくるなりスポーツウェアのままうちへやって来て、「あんたが応援に来てくれたから勝てたのよ!」と言ってくれた。もしかしたら、他の友達の何人かにも同じことを言ってるのかもしれない。でも、マリがそう言ってくれて嬉しい。というより、マリが試合で勝って、はちきれんばかりに幸福な様子をしていることが、友達として何よりも本当に嬉しい。

 

 ロリはランダムに開いた、高校時代の日記の一部を読むと、そちらを閉じ、今度は中学時代の日記を開いた。実はこちらのほうが高校時代の日記より、物事を俯瞰して見ることが出来ていない分、さらにカオスだとわかってはいた。

 

 ――某月某日。

 マリが突然家にやって来て、「ロリ、あんた男とセックスしたいと思ったことある?」と、真面目な顔で聞いてきた。「ええっ!?」と驚いてわたしが顔を真っ赤にしていると、マリはあくまで真剣らしく、「ねえ、真面目に答えて。わたし、本気なのよ」と言った。

 

「う、うーん。そうだね……映画で美男美女がそういう場面を演じてると、確かにそういう憧れはあるよね。あと、わたしの場合大好きな日本の少女漫画のそういう描写は大好きだし、小説の少しエッチなシーンを読んだりするのも好きかな。でも、自分がいつかほんとにそんなこと現実にするのかなって、今もまだ疑問に思ってるような……」

 

「わたしね……そのうち、ルークとそういうことになるかもしれない。でも、あんたの考えとしてはどう?まだわたしたち、十四とかそこらなのに、早すぎると思う?」

 

「どっ、どうなんだろ。でもわたしは……もし愛しあってたら、いいのかなって思ったりするよ。何より、マリとルークくらいお似合いのカップルって、地上のどこにもいないって感じるくらいだし……」

 

「愛しあってるねえ。とりあえず、ロリ、あんたの目にはあたしとルークって、そんなふうに見えるってことなのね?あいつ、ロイヤルウッドの高校の編入試験に受かったでしょ?中学の時の試験で一度落ちてるから、母親を失望させたくなかったんでしょうね。随分がんばって勉強したみたい。だからご褒美としてそのくらい……って、そう思ったもんだから」

 

「そ、そうだよねっ。うわあ、マリ。なんかそれってすごくロマンティックだね。きっとルークも最高のプレゼントだと思ってすごく喜ぶと思うよっ」

 

 ――ここまで日記を読み進み、ロリは恥かしさのあまり、日記を破りたい衝動にさえ駆られたが、どうにか我慢してそのあとに書いてあった、マリ王女とルーク王子の婚礼の妄想シーンについてまで読んだ。しかも、ドレスを着たプリンセスがベッドに寝そべり、プリンスがキスしようと身を屈めるイラストまで最後についている。

 

(わたし、こんなイラスト描きながら、本当は何をどう思ってたんだろうな……マリにしてみたら、わたしみたいな子供っぽい子に相談した自分が馬鹿だったみたいな、そんな感じだったろうなってことだけ、十分理解できるけど……)

 

 ロリがこれらのいたたまれない気持ちになる日記を読み返したことには理由がある。もちろん、今日の昼間起きたことはロリにとって、奇跡にしか思えないくらい素敵な出来事ではあった。(あのルーク=レイがわたしを!?)と思っただけで、今も胸がドキドキと高鳴りはじめてしまうほど。

 

『オレとマリは……もう一年以上も前からうまくいってなかったんだ。その頃からオレはマリと別れたほうがいいのかもしれないと考えはじめた。とはいえ、単に恋人同士っていう以上に、オレとマリには赤ちゃんだった頃から一緒にいたっていう幼なじみとしての絆があるからね。その絆だけは途切れさせることなく続けることが出来ないか……ということについては、何度となく考えてみた。でも、ある時はっきりわかったんだ。君のことを好きだってわかった瞬間から、もうマリとは恋人でも幼なじみでもいられないんだってことが』

 

 ラースとオリビアがあんなにラブラブだったのに別れる……と聞いた時にも、ロリはショックではあった。けれど、ルークからそう言われた時、それ以上にもっとショックだった。まるで、長年憧れてきたハリウッドのおしどり夫婦が離婚したと聞いた時でもあるかのように。

 

 この時、ロリはただ黙って車窓の風景を眺め、ルークのほうでは助手席の彼女の様子をちらと窺ったようだった。けれど、なんの返事もないため、ルークはさらに自分の側の話を続けた。

 

『一年前にあったキャンプでのこと、覚えてる?』

 

『ああ、うん……』

 

 ロリは(どのことだろう?)と思いつつ、ぼんやりそう答えた。彼女にとっては、ノア・キングと別れることになったことが、一番印象に残っている。その後、ノアとは彼のほうから電話がかかってきて、一度だけ会った。自分がルリ・ハヤカワとのことを聞いても、軽蔑してもいなければ、そのことが別れたいと思う直接の原因ではないと知るなり、何故か彼は泣いていた。最終的にこの時、ロリは「大学へ行けばまた新しい出会いがきっとあるよ」とか、「その子たちはノアの過去について何も知らないわけだし、今度こそきっと素敵な子とつきあえるよ」……と、ロリは泣きじゃくるノアのことを終始慰めてばかりいたような気がする。

 

『ほら、ロリが夜にテントを抜けだして、トイレに行ったあとのことだよ。あの時、君がキツネのあとについていくのを見て……オレ、なんか心配になって少し距離を置いて見守ることにしたんだ。そしたら、なんかシカのことをずっとじっと見てるし、その時も「そろそろ声かけようかな」とか、タイミングをはかってはいたんだ。それで、シカは結局ロリの姿に気づいて逃げていって、今後こそ君はオレのほうを振り返るだろうと思った。でも、今度は林の中を何か白っぽい大きな鳥が行き来しはじめた。まあ、シロフクロウなのかシロミミズクなのかよくわからなかったけど……やっぱり君がまだ魅入られたように動こうとしないもんで、その時ようやくオレ、ロリに声をかけたんだ』

 

『そうだったの。なんか恥かしいな……てっきりわたし、誰にも見られてないとしか思ってなかったもんだから……』

 

『それで、その時はオレも、その瞬間から自分の中で何かが変わったんだとは思えなかったし、そのことに気づきもしなかった。でも、キャンプから帰ってきてから、よく君のことを考えるようになったんだ。そして、そのあとからはひどいものだった。マリといてもロリのことばかりよく考えるし、屋敷の中のロリのいる家が見える方角を見てばかりいた。運がよければ、そこから君が出てきたり、お母さんと一緒に庭の手入れをしたりする姿が見えたからね』

 

 ――このあと、ロリもルークも暫く無言でいた。そして、ルークは車を脇に逸らせて、丈高い雑草の生える待避所のような場所へハンドルを切ると、崖前の白いガードレールの前で車を止めた。

 

『だから……オレは本当に君のことが好きなんだ、ロリ』

 

 そのあとに起きたことを思いだし、ロリはベッドの上に突っ伏した。もしかして、彼にはわかっていたのだろうか?あのキスさえなければ、ロリがもっと冷静に物事を判断し、親友のことを決して裏切るまいとするだろうということが……。

 

 けれど、ロリは自分の恥かしい過去の日記を読み返してジタバタしながら、(マリのことだけは絶対に裏切ることは出来ない)ということを再確認していた。そのくらい、ロリはマリ・ミドルトンという親友のことが好きだった。愛していると言ってもいいくらい。

 

(それに、ルークにしてもアレだよ。マリと別れることを考えて、別れたそのあとのことも考えるうち……たぶん何か、心の中に隙間風でも吹いたみたいに寂しい気持ちになったってだけじゃない?それで、比較的手近なところに、適当につきあうのにいいかなって子がいたから、ちょっと声かけてノッてきたらつきあおうとかいう……)

 

 もちろん、ロリにはそうでないとわかっていた。何分、ロリとマリとは小学三年生の頃からのつきあいで、他の女でもいいのにあえてその関係性まで壊そうということは――ルークにしても、相当考えてから自分に声をかけてきたのだろうとはわかっていた。けれど、ロリが思うには、ルークは今、あんなに打ち込んでいたテニスもやめてしまい、全体的に運気がパワーダウンしているように自分でも感じているのだろうと思った。つまり、弱っていればこそ、もっと他の綺麗な女性といくらでもつきあえるのに、自分のほうに目が向いたのではないかと……そうした部分もあるのではないかという気がした。

 

(だから、ようするにアレだよ。『君とロリの間の友情を目茶苦茶にしてしまって申し訳ないけど、実は他に好きな女性が出来たんだ』って彼が一年も経たないうちに言う可能性っていうのも、全然あることだと思って、ルークの誘惑のことはきっぱり振り切って諦めたほうがいいってことなんだ……)

 

『ルークのへなちょこ軟弱野郎。あいつ、ちょっと肘の手術さえすれば、テニスなんてこれからも全然続けられるのよ。だけど、自分じゃ高校時代が一番のピークで、ここからプロを目指そうなんていう気になれないんですって。あんな根性のない弱っちい男と自分がつきあってるのかと思うと、なんかちょっとガッカリするわ』

 

 今年の夏に入ってから、いつだったかマリがそんなふうに言っていたのをロリは覚えている。このあたりの事情について、ロリはルークからは何も聞いていない。けれど、ある程度彼の気持ちについてはわかるところがあった。こちらはそれよりもかなり以前のことになるけれど、ライアンが何かの拍子にふと『あいつ、ようするに<燃え尽き症候群>なんだよ。兄貴のマーカスが威光輝くフェザーライル校経由でユト大に一発合格してるだろ?だから、おふくろさんにしてみれば、まったく同じ教育法で育てたのに、そこより劣るロイヤルウッドにも合格できないということは、それは本人の努力不足である……みたいな価値観で育てられたってこと。ルークがオレらみたいな落ちこぼれ気味な奴を下に見るでもなく普通につきあえるのは、たぶんそこらへんに理由があるんだろうな』――そう言っていたことがあるからだ。

 

 それともうひとつ……ルークの肘の故障というのは、テニスをこれ以上続けないのであれば、日常生活を送る分においてはそう支障のないものであるらしい。けれど、ルークはずっとマリにとって一番大切なテニス上のパートナーだった。同じ部の女子ではまるで歯が立たないほど強いマリにとって――彼との練習というのは、非常に重要なものだと、ロリは聞いた記憶がある。『だってあいつ、わたしが練習するのに一番欲しい球をくれるんだもん。時々、あんまりいいところにやって来るあまり、打ち返せなくてアッタマにくることもあるくらい』と。

 

 マリとルークには、長くテニスという共通の絆があった。けれど、これからはそういうわけにもいかず、テニスをしないルークというのは、マリにとって本当のルークではない……何か、そうしたところがあるということなのだろうか。

 

 とにかく、ルークが今そうしたことも含めて少し精神的に弱っていて、癒しを求めているらしい――といったことくらいは、ロリにしても感じ取れた。これでもしマリのことさえなければ、仮に一時的に遊ばれたといった関係で終わったにせよ、彼が自分に求めているらしい癒しを彼女にしても惜しみなく与えたことだろう。けれど、それは決してしてはいけないことだし、ロリにとってマリを裏切るということは、エリからクリスを寝取るというくらい、絶対的にありえないことだった。

 

(そうよ、ロリ。心を強く持って、この大きな誘惑をがんばってはねのけるのよ!アダムとエヴァは禁断の果実を口にして楽園を追放されたけど……その罪の果実の味は、それはもう甘美なものだったことでしょうね。でもその後、アダムは『おまえのせいでこんなことに』とエヴァのことをなじったのかもしれないし、エヴァはそんなムカつくことしか言わないアダムと、それでもイヤイヤながら一緒にいるしかなかったのかもしれない。そうよ。ルークも今運気が落ちて弱っているところから回復したら――親友すらも裏切ったわたしのことも捨て、今度は同じ大学の女学生と浮気してるみたいな、これはそんな程度の話だと思って、諦めたほうが絶対いいのよ……)

 

 ここまでロリが色々と思い悩み、マリとの過去にあった楽しい思い出が、次々走馬灯のように思いだされ、涙を流していた時のことだった。階下から父親の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、ドタバタという足音が続いたのち、玄関のドアがバタン!と大きな音を立てて閉められたのだ。

 

 ロリは涙をぬぐうと、階段を下り、リビングのほうへ向かった。

 

「お父さん、出ていったの?」

 

「ええ、ロリちゃん!お母さんやったわ!!これでもう完全勝訴よ!」

 

 この時点で、娘の立場として、自分の両親が本当に法廷で争うことになるとは思えず、ロリは母親がそうした意味で喜んでいるのではないと感じていた。母親が奇妙な微笑みを浮かべつつ涙しているため、『あの男のことをこれでけちょんけちょんにのしてやれる材料がすっかり揃ったわ!』といったことを喜んでいるのではなく――シャーロットのその泣き崩れる姿というのは、まるで演劇における大きな役柄を演じるきることの出来た女優としての安堵であり、そんな役柄を演じたくもないのに演じるしかなかった女の悲しみでもあった。

 

「そっか。良かったね……なんていうのも変だけど、なんにしてもわたしはお母さんの味方だからね。わたしももう大人だし、これからはお母さんがわたしに頼ってくれても、全然大丈夫だから」

 

「ロリちゃん……」

 

 シャーロットはダイニングテーブルを挟んで、いつも通り娘と向かいあった。普段、お茶のほうは母親のほうが入れてくれることのほうが多い。けれどこの日は、ロリが冷蔵庫からレアチーズケーキを出し、アイスハーブティをシャーロットお気に入りのティーカップに注いだ。

 

「お母さんね、あんな人のこと、もう本当にどうだっていいのよ。ただ、親切なダイアンさんのおっしゃってた言葉が頭の中を繰り返しリピートしてるってだけなの。『こちらの欲しい愛情を与えず、他の女の家庭にそれを与えた男に、金以外むしりとれるものが他に何かありますか?』っていうね。まったくその通りと思うし、もし前もってあの方が色々教えてくださらなかったら……お母さんもきっと、『ここまでするのはどうかな』とか、『可哀想だな』、『お母さんにも妻として悪いところだってあったんだし』と思って、きっと途中で同情したりなんだり、挫けてしまっていたと思うのね。でもお母さん、ここから先は心を鬼にしようと思うわ。この先、お母さんが老後にロリちゃんに迷惑をかけないためにもね」

 

「そんな心配、必要ないよ、お母さん。これからはさ、女ふたりで協力して生きていったらいいよ。っていうか、今までもほとんどお父さんは家にいなかったし、そういう意味では生活自体は大して変わり映えしない感じだよね、きっと」

 

「あのね、ロリちゃん。本当はお父さんとお母さんの心は、今からずっと前に離れていたと思うの。でも、お母さんはロリちゃんさえいれば、お父さんのことなんてはっきり言ってどうでも良かったのよ。でも、ロリちゃんの大学の費用とか色々、出ているのは確かにあの人の懐からですものね。ただ、そういう意味で尊重しなきゃならないっていうそれだけであって、尊敬する気持ちはあっても愛情のほうはもうずっと前からなかったわ。まあ、そういう女の元には帰ってきても面白いことなぞ何もない……そういうあの人の気持ちもお母さん、一応わかってるつもりなのよ」

 

 シャーロットは目尻から零れ落ちる涙を、エプロンの裾でぬぐった。この瞬間、ロリはなんとなく、陸軍の式典へ招かれた時のことを思いだしていた。軍服に数え切れないほど徽章をつけた立派な父の姿と正装した美しい母、そしてその間に挟まって記念写真を撮った時のことを……そんな父に対し、深い尊敬の念を持ちはしたが、自分もまた同じく無条件の愛をこの父親に感じたこともなければ、親密な感情を求めたこともほとんどなかったということを。

 

「あのね、お母さん。わたし、お父さんが実際に帰ってくる前に、電話で呼び出されてたの。それで、これから自分はかくかくしかじかの事情でお母さんに色々言いたくもない嫌なことを言うけれども、それがお父さんの本音だとはあまり思わないでくれ……とかなんとか。わたしだってもう十九歳だもん。あとはお母さんがただ、幸福な第二の人生を踏み出すのに、それなりの資金っていうの?そういうのをお父さんにもらうのは、ある意味当然のことだと思うよ。だから、これからは自分は本当に自由だと思って、お母さんはなんでも好きなとおり生きていったらいいんだよ」

 

「まあ、あの人ったら、そんなことしてたのね。それで、あれがあの人の本音じゃないですって?あの人ったら、『こう言えばわたしの心が傷つくだろう』っていうところを随分的確にグサグサ刺して、しかもそのことを喜んですらいるみたいだったわ。ずっと言いたかったことをようやく言えたみたいな感じでね。けれどまあ、わたしのほうでも『あら、この妻のことを貶める最低な言い種、録音するのに最高に欲しい言葉だわ』なんて思いながら喜んでいたんですものね。ここまできたらもうおあいこよ」

 

 ロリは、父が自分に対して『悪魔になろうと思う』と言い、母が『心を鬼にしようと思う』と言うのを聞き、なんとなくおかしくなってきた。父のトムにしてみれば、退役時に退職金のすべてを受け取れることが理想的ではあったろう。けれど、どう譲っても半額以上はこれから別れようとする妻に与えたくない……ロリは直感的にそんなふうに感じている。だが、ダイアン・ハーシュの話を聞く限り、事は単に金銭上の問題だけでなく、オルジェン中将の穢れなき経歴と名誉にも及ぼうとしていた。彼女の事務官としての経験によれば、軍部というところは今だに古い道徳観を尊守するところがあり、離婚暦のある将校よりも長く家庭を保持出来る人物のほうを好ましいとする傾向が強いという。

 

 ゆえに、もし仮に裁判が長引けば長引くほど、オルジェン中将は自分で自分の首を絞めることになるだろう――そして、そのことは必ずシャーロットに有利に働くはずだと、そうした話であった。何故なら、早期にオルジェン中将のほうで裁判の決着を着けたければ、妻の言い分を受け容れる以外なくなるはずだからである。

 

(たぶんそれが不倫っていうことの代償っていうことなんだろうな。お金も名誉も愛人も……だなんて、そんなうまい話はないってことよね、ようするに……)

 

 でもそのかわり、父親はずっと手に入れたかったものをこれから手に入れることになるのだ。けれど、ロリはまるで他人事のようにこんなふうに思わぬでもない。今までは仕事の合間をどうにか調節して父も愛人に会っていたことだろう。だが、今後は一切そんな必要はなくなる……ずっと長く愛人関係にあり、ようやくこれから結ばれようとするふたり。これがもしフィクションの小説かドラマなら、最高にロマンティックでさえあるかもしれない。けれど、本当にそうなのだろうか?案外、(こうあれることこそ自分の理想だ)と長く憧れていたことが叶ってみると、『あんなにも苦労して自分は妻と別れたのに、俺が欲しかったのは本当にこんなものだったのだろうか?』と、愛人及び愛人との生活が途端に色褪せて見えるようになる……そんなことだって、ないとは言えないのではないだろうか。

 

(そうよね……わたしだって気をつけなくちゃ。親友のマリのことを裏切って、長く憧れてきたルークとつきあえたとしても……『わたしは本当に彼とこんな関係になることを求めていたのだろうか』みたいな結果に終わることだって、大いにありえるんだから……)

 

 シャーロットは、トムが娘に愛人と士官学校に合格したという愛人の息子の写真を見せたと聞いて、「とんでもない人ね!」といったように怒り心頭に発していた。それから、「昔からあの人にはどこかそういう無神経なところがあったわ」といった過去にあった不満をいくつも並べ立てる。「なんていうかこう、ちょっと共感性に乏しいところがあるのよ、あの人には。自分じゃ『女の考えることがわからない』とか、『女という存在自体が理解できない』みたいに言ってるけど、そうじゃないのよ。あの人はただ単に共感性に乏しすぎて、相手の身になって考えるっていうことが本当の意味では出来ないってだけのことなのよ。まるでポンコツのロボットみたいにね」

 

 軍部のみならず、長くひとつの企業で働き、重役にまで上り詰めた人には、少なからずそういうところがあるのではないだろうか……ロリは母の話を聞きながらそんなふうに思わなくもなかった。自分の理性や感情といったものを歪めてでも、上層部の言うとおりにし続けるというのは……そんなふうに少しずつおかしくなっていくということなのではないだろうか。そして、『家庭』や『子供』というものがあったとすれば、そんな自分を正当化することも、不思議と容易になっていく。そしてそれが『男が外で働くということだ』と、父はそんなふうに理解していそうだと、ロリが感じていた時のことだった。

 

「そういえば、お父さんと別れるとなると、この愛しいお屋敷ともお別れしなくちゃいけないわね」

 

 ロリは母のその言葉を聞くと、突然ハッとした。これからはもう、親友マリの隣人でも、憧れの王子ルーク=レイの隣人でもなくなってしまうのだ。この時ロリは、セレブの隣人であり続けることで、半ば自分もその仲間のように錯覚してきたのに――午前0時の鐘が鳴り、自分が本当は庶民の貧乏娘であることにハッと気づいたわけだった。

 

「マリちゃんも寂しいでしょうけど、お母さんだって寂しいわ。マリちゃんのお母さんのエマとも、ルークのお母さんのシャロンとも……今まで、随分長く仲良くしていただいたものね。本当に、あのふたりの後ろ盾がなかったら、この高級住宅街に引っ越してきて、半年もしないで出て行くことになった可能性だってあったと思うわ、お母さん」

 

「そうだよね。わたしはまだ小さかったから、そのあたりの大人の事情についてはよくわからなかったけど……わたしね、お母さん。マリと出会ったことで、随分人生が変わった気がするの。ほら、マリって黙ってても学校で目立つタイプでしょ?そういう子とただ仲がいいってだけで、転校したあといじめといったことともまるきり無縁だったし。マリやエリがいたことで、他にも友達の輪が広がって、すごく幸せな学校生活だった気がする」

 

「ロリちゃん……」

 

 ロリはこの時、急にこみ上げるものがあって、美味しいレアチーズケーキをひとつ食べたあと、アイスハーブティーを片手に二階へ上がった。母の一言によって、急にロリは色々なことを過去に遡って思い出していた。マリがいてくれたお陰で、学校生活がどんなに楽しかったか、彼女と一緒にいることで、同じセレブ友達のように見られ、時に憧れと尊敬の目で見られることさえあったことや……何より、マリの母エマやルークの母のシャロンにも、ロリは恩義に感じるところがあった。彼女たちは、こうした高級住宅街に住むセレブのしきたりについて何も知らないシャーロットに、彼女が恥かしい思いをすることがないよう、当たり前のようにずっと守り続けてくれたのだから。

 

(でも、悲しいけど……もしかしたらこれで良かったのかもしれない。これからはもう、ルークが門から出てくるところを偶然見かけて胸をときめかせたり、そんなことも一切なくなる。マリと離れることは寂しいけど、もしかしたら今はこうした形ででも距離を置くことのほうが大切かもしれない。そうだわ。マリとルークにしても、今はちょっとぎくしゃくしてるっていうだけで、元の鞘に戻るってことだって、十分考えられることなんだから……)

 

 ロリはこの日、ベッドに突っ伏して、随分長く泣いた。ここへ引っ越してきて、あんまりお屋敷の様子が素敵すぎて、初めて見た時には胸がはちきれんばかりに嬉しかったこと、今は父が愛人のいるやましさから、母が家の内装や庭にお金をかけるのを、好きなようにさせていたのだとわかるけれど――そうしたすべてを手伝うのが楽しかったこと。それに、そこにマリやルークやエリ、他にマーカスやアンジェリカやフランチェスカも加わって、どんなに特別なひとときを過ごしたかということや……けれど、つきあっている当時は、あまりにラブラブすぎて、ふたりが別れることなど永遠に考えられないというくらいだったオリビアとラースが今は別々の相手とつきあっているように、マリとルークの間にも変化が訪れようとしている。

 

(そっか。もしかしたらこれが、青春の一里塚ってことだったりするのかな。本当はそういうことっていうのは、青春時代が過ぎ去って、暫くしてからようやく気づく……みたいなものらしいけど、わたしがこれから引っ越して、ここよりずっと安いアパート暮らしになって、マリともルークとも、他の仲間たちとも夏にキャンプへは行かないようになって――そして、ふと過去を振り返った時にこう思うのかもしれない。あの瞬間までがわたしにとっての青春のすべてだった、みたいに……)

 

 もちろん、ロリにもわかってはいる。<青春>といった言葉自体、今は死語のようなものだし、マリやルークのようにテニスに打ち込んだり、ラースやライアンのようにプロのサッカー選手になりたいといった大きな夢があるわけでもない。自分にとっての青春など、派手さなど少しもない、極地味なもので、一見して『何も起きなかった』くらいのものですらある。けれど、ロリにはその中に、幸福な瞬間というのをいくつも見出すことが出来たし、そのような幸せがあったのは何より、友達の存在が大きかった。そしてロリの場合、何よりもマリが――『あのイケてるセレブのマリ・ミドルトンの友人』ということで、特別に得をするといったことが、あまりに大きすぎたと言える。

 

 そして、ロリはこの日最後にあらためてこう思った。こうした素晴らしい幸せをいくつも与えてくれたマリを裏切ることは、自分には絶対に出来ないということを……。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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