こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ぼくの大好きなソフィおばさん。-【13】-

2017年07月18日 | ぼくの大好きなソフィおばさん。


 ええと、今回はですね……前にも御紹介した池田潔てんてーの『自由と規律~イギリスの学校生活~』(岩波新書)より、プリーフェクト制度ということについて少し抜き書きさせていただきたく思いましたm(_ _)m

 あ~いや、こうしたことについても、今のパブリックスクールではどうなってるのかとか、わたしまったくわかりませんので、池田先生のこの本を読んで、なんかテキトー☆に書いてみた、くらいのことなんだと思ってくださいね(


 >>パブリック・スクールの生活が規律正しく運営されてゆくことを助けるものは、プリーフェクトの制度である。プリーフェクトとは、最高学級に属し人格成績衆望いずれも他の模範となり、そして何れかの種目の運動競技の正選手をしているものの中から、校長によって選ばれ、校内の自治を委ねられた数名の学生である。決して学生によって選挙されたり、任命に際して校長が教師に意見を聞くこともない。校長の権力はそのように強いが、同時に、校長は個々の学生をそれほどよく知りぬいているということにもなる。

 寮には二人のハウスマスターがいるが、これは直接あまり細いことには干渉しない。一方、学生の間には自分達の小さな紛争をいちいち教師の裁断に持ち込まないで、同じく学生仲間であるプリーフェクトの調停によろうとする風がある。

 そもそもこの制度は学生間の『弱い者いじめ』の風を防止することを目的としたものといわれる。校長より自治権を委任された数名のプリーフェクトは常にこの点にもっとも留意しており、現在のイギリスの諸学校では、いわゆね『弱い者いじめ』の弊風はほとんど後を断っているといってよい。(※こちらの本は、1949年初版発行です)

 十三歳の下級生と十八歳の人望ある選手が口論をして、結局、後者の親友であるプリーフェクトが調停に入り、双方の言い分を聞いた後、その下級生に有利な判決を下したのを見たことがある。わが国の学校でこのようなことのあった場合、まずこれだけの年齢差があって最初から口論になったかどうか、また、仮にプリーフェクト制度があったとしても、彼等がただ道理にのみしたがっていわば自分の仲間に不利な判決を下す勇気があったかどうか、更に判決が下った後、両者が潔くこれに服したかどうか、いずれも疑問なしとしない。勿論、イギリスの学生の間にも口論はよくある。しかしこれがほとんど喧嘩にならない。途中で相手の道理を認めた方が、実に恬淡に己の主張を撤回して事が落着してしまう。いわゆる『面子』にこだわらず、意固地を張らない。貴様は生意気だぞ、己の非を自覚ししかもこれを通そうとする強者が、良心にてれて自分自身言って聞かすときに使う、このような言葉は彼等の間に通用しない。

 したがってプリーフェクト自身に横暴の振舞は絶対に見られない。彼等の特権といえば、小さな私室を与えられること、就寝時間が三十分延長されること、それに中庭の芝生を横切ってもよいことの三項目にすぎない。彼等は下級生の間に尊敬され親しまれる存在であり、学校時代にプリーフェクトの経験をもつことは一生を通じて誇るるに足る名誉とされている。




 ……ということなんですけど、↓のわたしの文章のほうでは、上級プリーフェクトという書き方をしています

 いえ、そもそも学校全体としても在校生の数が少ないんですよね

 これは書くにあたって、一部屋にふたりずつっていうことにでもしないと、小説として書きずらかったという事情がありまして、あと主要登場人物として出てくる生徒もそんな多くないにも関わらず、<その他大勢>としてそんなにたくさん生徒がいてもな……という書き手であるわたしサイドのめっちゃ勝手な事情によって、そーゆーことにしましたm(_ _)m

 そんで、上級プリーフェクトがいるということは、下級プリーフェクトなんていうものが存在するのか??っていう話になると思うんですけど、わたしの中のイメージとしては、ジュニア(中学校)、シニア(高校)とで別れてるイメージだったりします。

 つまり、ジュニアにはジュニアの最上級生(三年生)のプリーフェクト的な役職があって、それと分けるために上級プリーフェクトといった呼び方をしてる……という、あくまでわたしの中の架空イメージとしてそんな書き方をしたというか、なんというかww

 まあ、そもそもこのお話、ユトランド共和国なんていう変な名前の架空の大陸が舞台ですからね(笑)、そんなわけで学校制度についてもいーかげんなんじゃないでしょうか(^^;)

 それではまた~!!



     ぼくの大好きなソフィおばさん。-【13】-

(ああ、おばさん。僕はおばさんのことを思えば、大抵のことはなんとか耐えてやっていかれると思う。まあ、おばさんは父さんみたいに国内随一と言われる私立校に僕が通ってるから自慢の息子とか、そういう変な価値基準の人じゃないけどさ。それでも、息子さんはどちらの学校へお通いなので?なんて聞かれた時、おばさんがほんの少しでも僕のことを誇りに思ってくれたら、僕はそれだけで嬉しいんだ。僕の中に何かひとつでもおばさんのことを喜ばすものがあるってことがね)

 この点でまさに、アンディの中では父親に対する憎しみに近い冷たい関心が、義理の母親に対する愛情のゆえに、まるで問題とはならないのだった。何故といって、憎しみに近いような感情よりも遥かに愛情のほうが勝り、高く打ち勝っている……そうした自分の心理状態を感じる時、静穏とも呼べる境地のただ中で、自分の父に対し<優越した赦しの境地>とでもいった状態に、アンディは容易く達することが出来るからだ。

(おばさん、僕はそれが単に自分のためだけだったとしたら、特にこれといって何もしたいと思わないよ。おばさんが昔言ってたとおり、内側もさ男として自分の部屋に篭もりきって、自分の気に入らない世界が滅びるのを待つってだけでも良かったかもしれない。でもまあ、ずっともさ男でいたって、いいことなんか大してないからね。僕は本当はもさ男なんだけど、おばさんのためなら、自分はとりあえずもさ男じゃないってことにして、ラグビーとか野球とか、本当は大してしたくもないことをして、それなりに頑張ってみようと思う……なんでって、僕はおばさんのことを思えば、大抵のことはなんでも出来る子なんだもの)

 アンディはこのあと、自分のカバンを枕にするようにして眠ったのち、終点の三つ手前の駅で支線に乗り換えると、さらに小一時間ほど電車に揺られ、ようやくフェザーライル校のあることで有名な田舎町、リシディア町へとやって来た。

 荷物のほうはすでに学校の寮のほうに送ってあるので、アンディ自身に手荷物といったものはボストンバッグがひとつと、肩からかけたカバンがひとつくらいなものである。朝の八時に人で混雑するノースルイス駅を出発したのが嘘のように思えるほど、リシディア町の駅には人が少なく、それ以前にこの頃には電車内に乗客がまばらになっていた。

 アンディが午後の三時少し過ぎにリシディア町に唯一ある駅の、リース駅に降り立った時、彼の他にも同じくらいの年ごろの少年が数名、駅舎のほうへ向かう姿が見受けられた。彼らの目的地と自分のとが同じではないだろうかと、アンディにはなんとなくそんなふうに思われ、どうしようかと逡巡する。

(もし彼らが僕と同じ新入生なら……声をかけてみたほうがいいのかな。何分、二十六名ずつのクラスが二つあるだけの、一学年の全生徒が五十二名っきりっていう環境だものな。あとから嫌でも互いの顔なんか絶対覚えるだろうし、そう考えた場合、相手に好印象を残しておいたほうがいいに違いない)

 そう考えてアンディが木造の駅舎に近づいていった時、改札口を通った広場のところにフェザーライル校の制服を着た、背の高い上級生がひとり立っているのを見た。先ほどの私服姿の少年四名は、駅舎の中にある売店でアイスクリームを買っているようだった。この時アンディが一瞬、どうしたものかと視線を宙に彷徨わせていると、茶色い髪をした細面の青年がこちらへ近づいてくる。

「君、今日フェザーライル校へ来る予定の生徒だろ?僕は高校三年のネイサン・ハートフォードっていうんだけど、新入生を迎えるためにずっと駅舎で待ってたんだ」

「えっと……」

 濃紺のブレザーに、グレイのズボン、それにこの暑さにも関わらず、斜めに金と濃い青と臙脂の三本線の入ったネクタイをネイサンはきっちり締めている。見るからに品行方正な優等生といった雰囲気を感じるのと同時に、その背の高さからいって結構なスポーツマンだろうと、アンディは直感していた。というのも、大抵の私学校ではスポーツが非常に盛んで、対抗試合というのがしょっちゅう行われるのだが、そういう時に応援に出ない生徒は白眼視されると、アンディは前もって聞かされていたからだ。

「あの、僕……アンドリュー・フィッシャーって言います。まさか、最上級生自らがわざわざ出迎えてくださるなんて……」

 アンディは上級生に対し、下級生というのはどの程度敬意を払うべきなのかがわからず、思わず知らずまごついていた。ネイサンは細い目をますます細めてにっこり笑うと、アンディが手にしていたボストンバッグを持とうとする。

「そんな、いいですよ。自分で持てますから」

「まあ、そう畏まらなくていいよ。新入生を出迎えるのは、毎年上級プリーフェクトの役目なんだから、そんなに気にしなきゃいけないことでもないしね。こうして知り合えたのも何かの縁だ。もしこれから寮生活のことで困ったことがあったら、相談に乗るよ。食堂でもどこでも、声をかけてくれればいい」

 プリーフェクトというのは、実に光栄ある役割であり、人格に優れ、成績が優秀であると同時になんらかのスポーツに優れた生徒の中から、校長によって選任されるもので、言わば寮全体のまとめ役ともいえる性格を持っている。

 たとえば、フェザーライル校では、いじめなどという卑劣なことは問題外のことであるとして、決して許されない。もしそのような事実が確認されたとすれば、プリーフェクトが両者の言い分を聞いたのちに、しかるべく裁くなり、あるいはそれがひどく悪質で恥ずべき行為であった場合――寮生全員の前で裁判が行われる形を取ることもあるということだった。

 そのくらい、プリーフェクトが持つ権限は大きいものであり、またこの権威を振りかざすような人物はまずもって最初からプリーフェクトに選ばれることはないと言って良いだろう。

「そういうものなんですか?僕はてっきり、寄宿学校に入ったらもっとこう……上下関係がはっきりしているのかなと思ってました。下級生は上級生が多少理不尽なことを言っていたとしても黙って従うしかないといったような……」

 ここでネイサンは「ハハッ」と言って、軽い声で笑った。彼は駅舎の前に止めた車――ブルーのカマロ――に乗るよう、手で指し示す。

「ありえないね。もちろん、上級生に対する敬意は必要だろうけど、その前に僕たちは人間という<個>としては対等であるべきなんだ。僕はバスケット部のキャプテンをやる傍ら、討論部の部長も務めてるんだけど……月に一度は校内で討論大会があるから、君も一度見てみるといいよ。これがさ、なんと下級生が上級生と対等にやりあって、悠々負かしちゃうこともあるんだから」

 ネイサンは過去のいくつかの事例を思いだしたのか、ハンドルを握ってからも少しの間笑っていた。慣れた手つきでギアを入れ、車を発進させるが、アンディはなんだか不思議な気がした。プリーフェクトというのは、校内に車まで持ち込む特権を有しているのだろうかと、そう思ったからである。

「この車かい?もちろんこんなダサい車、僕のなんかじゃないよ。これはハウスマスターのリード先生のものさ。ハウスマスターのことは当然、君も知ってるね?」

「はい。僕たちの寮で一緒に寝泊りして、さらには授業までしてくださる先生方のことですよね?」

 ネイサンが「ダサい」と評したカマロは、てっぺんに時計塔のついた駅舎を出ると、綺麗に煉瓦の敷かれた町の大通りを通り抜け、山の手にあるフェザーライル校へと向かっていった。試験の時にもここへは一度訪れているのだが、ヴァ二フェル町よりも洗練された田舎町といった印象で、大通りには個人経営の床屋、雑貨屋、商店など、小ぢんまりとした感じのいい店がいくつも連なっている。リシディア町の土産物として有名なのは、フェザーライル校の紋章が入ったポロシャツやフェイスタオル、他はリース湖を描いた絵葉書や写真類、あるいは特産品の薄荷キャンディなどであったろうか。

「君、スポーツは何かやってる?」

 大通りを抜けると、左右が濃い緑に囲まれた道路に出るが、試験の時に来た時よりも山のほうには紅葉が目立ちつつあったかもしれない。フェザーライル校へ辿り着くまでには結構な急勾配の坂を上っていかねばならないのだが、それもそのはずで、フェザーライル校の石造りの校舎は、その昔は僧院だったのである。そのような事情から、町から少し離れた場所に位置しているわけであった。

 ブルーのカマロが坂道を登っていくと、やがて右手にきらきらとした美しい湖面のリース湖が見えてくる。ユトランド一透明度が高いと歌われるだけあって、どこか神秘的な輝きを秘めた美しい湖だった。試験が無事終わり、坂からバスが下っていく時……リース湖が夕陽に虹色に輝くのを見て、アンディは初めて「ここへ来てみてもいい。いや、是非とも来てみたい」という気持ちになったものだった。

「好きなのは、テニスと乗馬です。けど僕、団体でやるスポーツっていうのが苦手で……陸上競技や水泳なんかはそこそこなんですが……」

「そっか。いや、それだけでも大したもんだよ。ただ、うちの校風からいって、スポーツがからきし駄目って生徒は、肩身の狭い思いをするからねえ。というか、面接の時に得意なスポーツが何もないってわかっちゃったりすると、それだけで他の教科が百点に近かろうとも落とされかねないんじゃないかな」

 波打つような坂道を十五分ほども移動する間、ネイサンとアンディは上級生と下級生として色々な話をした。どこの運動部に所属することになろうとも、町まで下りていって上がってくるというマラソンはとてもきついということ、年に一度リース湖マラソン大会というのがあって、フェザーライル校もコースの一部に含まれているが、このマラソン大会で優勝したような場合、校内では英雄として扱われるだろうということ、カマロを貸してくれたリード先生は若いがかなり話せる先生なので、何か悩みがあったら相談してみるといいといったことなどなど……。

 やがて、ところどころ青銅のアンティークな鉄柵に囲まれた、フェザーライル校全体を囲む煉瓦塀が見えてくる。出入り口は門番のいる正面口と、校長の邸宅がすぐそばにある森へと続く裏口のふたつしかない、まさしく牢獄のような環境で、これからアンディは六年間も過ごさねばならないのだった。

 校内を見学に来た時、当然寮のほうもアンディは見せてもらったのだが、あらためて学校の裏手にある寮へ辿り着いてみると、以前来た時とは何故か寮全体の印象が違って見えるような気が、アンディはした。何分、校庭や広い運動場も含めて十万坪もの敷地があり、三百名以上もの生徒を擁しているという巨大な刑務所ともいえる場所である。一度見たきりの印象と、二度目のそれとが違っても、あるいは当然であるかもしれなかった。

 学校の校舎のほうは、実に立派な石造りをしていたが、寮のほうはくすんだ黄色というのかクリーム色をした建物で、赤っぽい瓦屋根がついている。学校の校舎のてっぺんには、校庭のどこからでも見える高い位置に鐘がついており、この鐘の音がこれからアンディたち生徒全員の時間を<規律>という名の元にきつく縛るということになるのだった。

 ネイサンは職員たちの車が停まっている駐車場に青のカマロを止めると、「自分で持ちます」というアンディの声を抑え、やはりボストンバッグを片手に持ってくれた。それから人のほとんどいない玄関口から廊下を通って、新一年生の根城となる一階の寮のほうにアンディのことを案内してくれたのだった。

「食事は朝の六時から七時半の間に済ませること。授業は八時からはじまって、十分休憩の他には、十一時にお茶とお菓子を食する時間がある。それから十二時半に昼食。午後の授業や部活動なんかが終わったら、その後は自習室にて勉強。夕食は六時から七時半まで。その後は自由時間となるが、君はまだ一年生だからね、就寝時間は九時ということになるけど、高校に上がる頃には就寝時間は十時にまで延長されるよ」

 これまで、何人もの生徒に同じことを説明してきたという口調で、ネイサンは討論部の部長らしくよどみなく流暢にしゃべった。部屋のほうはふたりで一室使うという形で、A~Zまでの部屋が生徒たちに割り振られている。アンディは一番端にあるAの部屋にまで通された時、ふと首を傾げた。部屋にはそれぞれ自分の名前の書かれた札がかかっており、在室の時には表のブルーの面を、不在の時には裏の赤い面を出すようにとのことだった。アンディはこの時、自分と同室の生徒の名前が<ザカリアス・レッドメイン>と書いてあるのを見上げ、少し不思議になったのである。

「あの……同室者の名前は、よくあるアルファベット順じゃないんですね。僕はフィッシャーだからFだし、彼はレッドメインだからR。これはどうやって決められるものなんですか?」

<ザカリアス・レッドメイン>は、在室の青いほうが表に出ていたが、部屋には誰もいなかった。ただし、アンディの同室者もすでに寮自体にはいるようで、ベッドの上には色々な荷物が散乱していた。その乱れ具合から見て、性格はおそらく大雑把で、あまり綺麗好きではないだろうという気が、アンディはしたものである。

「君はなかなか鋭いね」

 ロッカーの横にボストンバッグを置くと、半ばほど下がっているブラインドを上げ、ネイサンは窓を開けて空気の入れ換えをした。ビジネスホテルの一室のように手狭な部屋には、それぞれ左右対称にベッドと机、それにロッカーがひとつずつあるといったような形だった。当然ながらビジネスホテルとは違い、冷蔵庫もなければ洗面台もなく、またトイレやシャワー付きの浴室といったものも付属してはいない。

「まあ、これはあくまでも噂だから、あんまり本気にしないで欲しいんだけどね。新入生の場合は、試験の総合点数の順に部屋の配置がされてるんじゃないかって話だよ。ということはだ、君かレッドメインくんのいずれかが一番か二番だったってことかもしれないな」

「彼、今どこにいるんですか?」

 つまらないことではあるのだが、アンディはにわかに、自分よりも点数が良かったかもしれない生徒のことが気になりだした。いや、自分が二番であったとしても構いはしないのだ。ただ、自分と同レベルの点数を叩きだしたであろう男がどんな人間なのか、また彼は同室者として好ましい気の合う人物なのかどうかが、気になっていたのである。

「さて、彼は確かきのう来たばかりのはずなんだがね、この部屋の散らかり具合と空気の生ぬるさからいって……外を散歩してるか、他の生徒の部屋へ遊びにいってるか、屋内プールででも泳いでるかといったところじゃないかな」

「そうですか」

 アンディが荷物の整理をはじめると、ネイサンは「じゃあまた、夕食の時に食堂で」と言い残し、去っていった。(尊敬できる、いい上級生だ)、アンディはプリーフェクトのネイサン・ハートフォードに対しそんなふうに感じつつ、校務員によって運ばれたらしい先に届いた荷物含め、ロッカーやベッドの下の引き出し、机などにその中身を整頓して片付けていった。

 二年になるとまた部屋替えがあるらしいのだが、これから一年の間同室で過ごす男がどんな人物なのか、アンディは片付けが終わってベッドの上へ横になってからも気になり続けた。一目顔見て、どんな感じの生徒なのか、気が合いそうかどうかがわかりさえすれば安心なのだが、一体どこへ行っているのか、ザカリアス・レッドメインは夕食時になっても部屋へは戻って来なかったのである。

 アンディは夕食の時刻を知らせる鐘が鳴ると、昼寝から目を覚まして食堂へ行った。集まってきた生徒の数はそう多くはなく、上級生の全員を含めても、三十名ほどしかいなかった。なんでも、始業式のはじまる前日である明日こそ――寮全体が蜂の巣をつついたような騒ぎになるという話であった。

 長方形のテーブルがいくつも並んだ広い食堂で、アンディはどの座席に着けば良いのかわからず、一番端の誰もいないテーブルについたのだが、すぐネイサンに呼ばれて他の生徒たちの固まっているところへ来るよう手招きされた。テーブルの上座のほうから最上級の六年生、五年生、四年生……と順に下がっているらしいのはわかるのだが、ネイサンが最初に言っていたとおり<個>として対等というのは本当のことなようで、下級生・上級生関係なく、テーブルの端から端まで、色々な言葉の飛ぶのが不思議だった。

「今年の夏は、友人とヨーロッパをサイクリングして過ごしましたよ」

「そりゃ大したもんだ」

「うちはニースの別荘で、変わり映えのしないつまらない夏休みでしたね」

「パリの空港で偶然、モデルの二ナ・ニコールに会ったんですけど、本物は写真で見るよりもずっと可愛くて、思わず見惚れちゃいましたよ」

「俺なんかマイアミで彼女と喧嘩しちゃって……道ゆく別の女の子にしょっちゅう見とれるのやめてくれない!?とか、そんなくだらないことだったんですけどね。どうして女ってのはああなんだか……」

「喧嘩できる彼女がいるってだけでもいいじゃないか。僕なんか、向こうが浮気してたのがわかって、今年の夏休みは傷心で過ごしたんだからな」

 おのおの、食事台に上がっているマッシュポテトだのビフテキだの、スープだのといった献立をそれぞれ一品ずつ取り、適当に語らいつつ、それらのものを適度に消化していくのだった。アンディもトレイの皿の上に、その他、野菜やデザートのオレンジなどをのせて座席に着いたのだが、下級生の一年坊はずっと黙ったままでも不自然ではあるまいと思い、とにかく食事に専念していたといっていい。

 友人数人とヨーロッパをサイクリングしたという上座の男子生徒は、ネイサンとどことどこの国を回ったかなど、走破距離について話し、ニースでつまらない夏休みを過ごしたという生徒は、ニナ・ニコールに会ったという生徒に「サインはもらったのかい?」などと聞き、失恋したという男子生徒は「自分のどこか悪かったのか」などと、愚痴をこぼしたりしている。やがて他にも夕食をとりにきた生徒がアンディの隣や向かいの座席に腰を下ろしはじめたが、彼らも適度にわいわいやりはじめ、アンディはそのうち「これがフェザーライルの校風なのだろうか」と、すっかり独り取り残されたような、馴染めないものを感じはじめていた。

 食事を終えてトレイを下げようとすると、まるでアンディの心中を察したようにネイサンが近づいて来、「まあ、そのうち慣れるよ」と、一言慰めの言葉をかけてくれた。

 アンディは自分よりも後に食堂へやって来た生徒の中に、自分の同室者はいないだろうかと目で探してみたが、大抵の生徒が大声で笑ったり近隣の生徒と親しげにしゃべったりしているため、どうもこの中にはいないようだと推測するが、かといって部屋へ戻ってみても前と状態はまるで変わっていなかった。

 アンディは心細いような不安な気持ちのまま、ベッドにごろりと横になると、読み差しの本の一冊を開いてみたが、内容のほうはあまり頭に入ってこなかった。就寝時刻の九時になると、プリーフェクトが点呼を取りにくるということなので、アンディはその前に朝は生徒たちが並んで使うという洗面所へいって歯を磨いたり顔を洗ったりした。この時、他の同じ一学年の生徒と行き会ったが、話している内容から察するに、もともと同郷の友らしく、実に親しげに色々なことを話しているのが、アンディはとても羨ましかった。

「やれやれ。もうすぐ点呼の時間だぞ。ザカリアス・レッドメインとかいう奴は、今時分一体どこで何をしてるんだ?」

 アンディはパジャマに着替えると、思わずそう独り言を洩らしてしまった。そして、時計の針が九時を差す一分前くらいにようやく――ずっと静かだった廊下のほうで、誰かが急いで走ってくる足音が聞こえてきたのだった。

「はーっ!!間に合った、間に合った」

 男は、身長が百八十センチはありそうな大男で、百六十センチのアンディにとって彼は、上級生にしか思えないほど良い体格をしていた。とはいえ、食堂でこの黒髪の青年の姿は見かけなかったし、アンディは第一印象として、彼のことをどういう人間として分類したら良いのかまるでわからなかったといえる。

 長髪というほどではないが、少し長めの黒髪に漆黒の瞳、眉は太く目鼻立ちははっきりしており、決して美男とはいえないものの、それでいてどこか見飽きない顔立ちをしているという、ザカリアス・レッドメインはそのような少年だった。一目見てスポーツマンタイプであろうというのは、誰もが感じるところであるが、もしネイサンの言った総合点数云々というのが本当であったとすれば、彼はスポーツだけでなく、勉強の成績のほうも相当優秀だということになる。

(まあ、でも見た目はスポーツだけ出来る筋肉馬鹿って感じなんだけどな)などと、あまりに待ちすぎてしまったがゆえに、アンディは自分の同室者と出会っても、もはやなんの感動も覚えず、半ば眠くなっていた頭で冷静にそう判断していた。

 ザカリアス・レッドメインが入室した三秒後といっていい瞬間に、ネイサンでない他のプリーフェクトがやって来て、点呼を取っていった。もちろん、ザカリアスはこのプリーフェクトが廊下を歩いてやって来るのを追い越したのであるから、「もう少し余裕をもって部屋に在室しているように」との、いかにももっともらしい注意は受けた。

「やれやれ。リース湖のほとりを探検してるうちに、すっかり迷子になっちまってな。まったく、えれえ目に遭ったぜ」

 ザカリアスはアンディに対し特に挨拶するでもなく、彼がもしただの彫像であったとしても、同じ科白を吐いただろうといったような口振りだった。

「君さ、それ、規則違反じゃないのかい?僕たちがもし、休暇と週末の休み以外で門の外へ出るとしたら――きちんと許可を受けない限り、あの渋い顔の門番は死んでも僕たち生徒を外に出さないのが役目と心得てるらしいけど」

「おまえ、暗いな。しかもその話口調から察するに、結構な腹黒野郎だ」

 ザカリアスは出しっぱなしにしていたトランクから着替えを取りだすと、汗で張りついたシャツなどを着替え、ランニングシャツにトランクスという格好で、早々にベッドの中へ入った。廊下の明かりが消えたあとも明かりをつけたままだと、ドアの下から光が洩れるため、当然あとから注意を受けることになる。ゆえに、ザカリアスは片付けなどせず、とりあえず眠れる程度にベッドのものをよけ、スプリングの音を大きく立てながら横になったというわけだった。しかも、ものの五秒と経たずにいびきが聞こえてきたとあっては、アンディにとってはたまったものではない。

(あーあ。このガサツな男が今年一年の間、僕の同室者というわけか。まったくもってがっかりだな)

 フェザーライル校はエリートを目指す金持ちの子息の集まりだというのは有名な話である。ゆえにアンディはてっきり、自分と同じような真面目で繊細で学業一筋といった少年ばかりではあるまいか、きっとその中には自分と同じ傾向の生徒がたくさんいて、友達もすぐ出来るに違いない……などと想像していた。だが、ザカリアス・レッドメインの言った「暗い」とか「腹黒い」というのは、確かに当たっているかもしれないと、アンディは自嘲とともに内省したのである。おそらく彼はスポーツがばりばり出来て、性格も明るく、口は悪いが男気はあるといったような、周囲の人々に慕われるタイプの人間なのだろう。

(言ってみれば僕とは、まるで正反対のタイプだってことだ)

 アンディはそう思い、ますます暗く落ち込むものを感じたが、翌日の朝になると事態はまた一変した。きのうの夜はアンディも気づかなかったのだが、ザカリアスが「えれえ目にあった」というのは本当らしく、彼のはいていた靴は泥だらけであり、その中に突っ込んである靴下もまた同様だった。アンディは同室者よりも先に起き、身支度を整えたのち顔を洗いにいったのだが、その時一瞬、つんとすえたような沼の匂いを感じ、思わずも同室者の布団の裾をめくり、足のあたりをまじまじと見た。

(なるほどな。リース湖の近辺をうろつきまわっているうちに迷子になり、沼に足を取られたりなんだりしたってことか。とんだ野生児だな、コイツは)

 アンディはザカリアス・レッドメインという男子生徒に対し、(彼と親友になったりすることは、どうやらなさそうだ)と勝手に独り決めした。校則を破ってリース湖近辺で沼に嵌まりこんでいたから、などということは関係なく、彼の与える全体的な印象から押しはかってみてそう直感したのである。ゆえにアンディはザカリアスが起きるのを待って、ともに朝食をとりに行こう……などとはまるで考えなかった。

 まだ人が少ないであろう六時ちょうどに食堂へ下りていき、さっさと朝食をすませようと思ったのだが、そこにはすでにネイサンがいて、アンディはまったく驚いてしまった。

「やあ、随分早いね。きのうは長旅で疲れたろうに、よくこんなに早く起きれたもんだ」

 スパゲッティやとうもろこしのサラダ、パン、卵焼き、ウィンナーやベイクドビーンズなど、適当にトレイの皿に盛りつけ、ふたりは座席に着いた。やがてひとりふたりと欠伸しながら他の生徒もやって来たが、上級プリーフェクトの隣の座席というのが自分に相応しくない気がして、アンディはそわそわした。

「べつに気にすることないよ。それより、今朝の目覚めの気分はどうだい?不在だった同室の生徒には会えたかい?」

 ネイサンはロールパンにバターを塗り、それを千切って食べながらアンディに聞いた。バターやジャムなどは、よくホテルなどにある使いきりのもので、それがパンの置かれた横の籠に山積みにされているのだった。

「ええ。まだあまり話はしてませんが……ちょっと破天候な感じのする奴だなって思いました。気が合うかどうかまでは、まだわかりませんけど」

「そうか。まあ、時に気の合わない奴と同室になるということもあるからね。どうしても我慢できない時には、ハウスマスターにでも相談するしかないかな。極まれにだけどね、犬猿の仲みたいになっちゃって、それで彼らのことは離す以外にないってことになったケースも、過去にないわけじゃないんだよ」

 あとからやって来た生徒数名は下級生だったらしく、ネイサンに軽く挨拶して座席に着くと、見たことのない生徒であるアンディに対し、好奇の視線を投げた。

「こちらは新一年生のアンドリュー・フィッシャーくんだ。以後お見知りおきをといったところかな」

「へえ。君があのフィッシャーか。君んとこの父さん、うちの会社の株を20%くらい持ってるから、息子のことを見かけたら良くしてやるんだぞって夏休みに言われたんだ。そんなわけだから、面倒ないざこざはなしってことにしよう。少なくとも僕らの間ではね」

 学校がはじまる前なので、生徒は誰も私服姿だったが、それほど目立つような格好をした生徒もおらず、みなまともそうというのか、<普通>そうにアンディの目には映っていた。

「すみません。僕、父さんが仕事でどういうことをしてるのかって、まだよくわかってなくて……」

「まあ、そう気にするなよ。うちの親父は映画の配給会社なんてのをやってるんだけど、お宅の親父さんも女関係が派手だろ?僕のところも似たりよったりでね、これまでに継母が四人ばかりも代わってるよ。君んとこの母さんはどう?僕、一回何かのパーティで会ったことがあるけど、なかなかいい女じゃないか」

 アンディはこの、一学年上の生徒の言葉に面食らってしまった。「なかなかいい女」……そのような赤の他人としての観点からソフィを見たことが、アンディは一度もなかったのである。

 この場合、「自分が寄宿舎に行くというので別れる時、継母は泣いて悲しんでくれた」などという真実を話すのは当然適切ではない。そこでアンディは適当に言葉を濁してしまったため、ボビー・ボールドウィンは他の少年たちと夏休みの旅行の話で盛り上がっていた。

 ネイサンはたまたま隣に座った生徒とスポーツのことを話していたが、彼が偶然テニス部であったため、「君、部のほうはどうするの?」と聞かれた時以外は、アンディは言葉少なに朝食を終えていた。部屋へ戻ろうという時、アンディが感じていたのは軽い自己嫌悪だったかもしれない。ただ表面的にでいいから、「うちの継母は実際、結構なやり手でね、それで親父は騙くらかされてしまったわけさ」という話でもすべきだったのだ。それと同じく上級生に対し、自分がいかにテニスが得意かというのをもっとアピールすべきだったともアンディは思った。けれど、彼は愛するソフィおばさんのことを考えるあまり、頭がぼうっとし、舌が思ったようにうまく動かなかった。

(こんなんで僕、ここでうまくやっていけるのかな)

 アンディが溜息とともに自室へ戻ってみると、ザカリアスはすでに起きており、アンディのベッドには知らない別の生徒が腰かけて彼と雑談しているところだった。

「だからさ、うちの弟とザックの妹は実際結構お似合いだと思うんだ。家柄的にも釣り合うし、それとなくロザリーに弟との交際を考えてみてくれるよう、兄であるおまえのほうから言ってもらえないかな」

「んなこと言ったって、ロザリーはまだほんの十一歳じゃないか。おまえんとこの弟のクリスとは同じ学校に通ってるんだし、そんなにつきあいたけりゃ男らしくビシッと告白でもなんでもすりゃいいだろ」

 寝ていたところを起こされたのかどうか、ザックと愛称で呼ばれたザカリアスは非常に不機嫌そうだった。ランニングシャツの下に手を突っ込んでぼりぼり皮膚をかいている様子は、アンディの目には動物園のクマのようにしか見えない。

「うちの弟は俺と同じで、内気で繊細なんだ。だからさ、ザックのほうからそれとなく弟の気持ちを伝えてやって欲しいんだよ。ロザリーは尊敬する兄のおまえの言うことなら、なんでも聞くだろ?なっ、このとおり!!」

「しゃあねえなあ」

 ザカリアスは欠伸をしながら、細面のひょろ長い生徒の言い分を受け容れていた。だが、彼の顔の表情を見るかぎり、一応頷いてはみせたものの、明日には忘れていそうな約束の仕方であった。

「おい、アーサー。俺の同室者が帰ってきたから、とっとと出てけ」

 アンディが手持ち無沙汰にぼんやり突っ立ったままでいると、アーサーと呼ばれた少年は立ち上がり、「やあ、悪かったね」と一言いって、A号室から出ていった。

「今の彼、君の友達?」

「さあな。聖シメオン初等校時代からの腐れ縁なんだ。うちの父親がレッドメイン製剤会社のトップで、あいつの親父が経営する病院グループにうんとこ薬を流してるもんで、嫌いでも邪険には出来ねえ。けどまあ、うちの妹をあいつの弟の嫁にだと?そんな弱腰のヒッピリに、誰が可愛い妹をつきあわせるっていうんだ」

 ザカリアスに対し、(ガサツな男だ)と思った印象は変わらなかったが、アンディは最初に感じたほど彼が嫌いではなくなっていた。直情的でわかりやすい性格をしているという点においては、おそらく彼は誰からも好かれるに違いない。

「君さ、きのうリース湖まで行って、何をどうしたんだい?」

「ああ、その話か」と、ザックは笑って言った。「いやさ、ちょっくら探検気分であのあたりをうろついてたら、泥の中にずぶずぶと足が沈んじまってな。おまえ……いや、フィッシャーくん。お宅、谷地坊主っての知ってるか?」

「アンディでいいよ。ヤチボウズっていうと、スゲ科の植物かなんかだった気がするけど……」

「すげえな、おまえ。大した博識だ。リース湖の近くにそういう湿地帯があってさ、見た目はなんともひょうきんな形をしてるんだが、ヤチマナコっていう水の溜まった窪みがあってな、深いとこじゃあ三メートルとか四メートルもあるらしいんだ。てっきり俺、それに足を取られたかと思って焦って逃げたら、今度は泥沼に足をとられてちまってさ、それでこのザマだ。笑うなよ。ヤチマナコってのは、鹿がはまりこんだら生きたままズブズブ飲みこんじまうこともあるくらい恐えもんなんだから」

 アンディはもはや呆れて言葉もなかった。そして次の瞬間には笑いが込み上げてくる。

「たった今、笑うなっつっただろーが!!」

「いや、だってさ。ここは笑うところだろ?どう考えてもさ。っていうより、そんなところに君、あんな夜遅くまで何しに行ってたのって話」

「だからさ、探検だよ。そしたら道に迷っちまって、それで点呼ギリギリの時間になっちまったってわけだ」

 この話はここまで!というように、ザックは少しばかり赤い顔をしてタオルを片手にそのまま部屋を出ていった。おそらく浴室でシャワーを浴びるか何かするつもりなのだろう。アンディはこの時になって初めて、少しばかり心に余裕が出てくるのを感じた。ザカリアス・レッドメインはおそらく、図体ばかりでかくて、成績は優秀であったにしても、他の点では意外に幼稚なのだろう。そんな彼が相手なら、腹の底に一物隠したものを持つでなく、それなりに楽しくやっていかれそうであった。 

「ヤチボウズね」

 ベッドの上にごろりと寝転がると、アンディは本を開き、三行ほど読んだところで――やはりまた笑いがこみ上げてきて、遠慮なく大声で笑った。おそらく、他の人間にヤチボウズなどと言ってもピンと来なかったに違いない。だが、アンディはヴァ二フェル町から少し離れたところにある奥の湿地帯で、それを見たことがあった。というのも、テディの父親が鹿撃ちの名手で、一度猟の解禁中にそのあたりで狩りをするのに連れていってもらったことがあるのだ。 

 アンディはそのあと、何故かもうすっかり学校生活で友達が出来るかどうかだのいう不安からはほとんど解放されていたといっていい。べつにアンディはフェザーライルというこの寄宿学校で、特別目立ちたいわけでもなければ、他の生徒から一目置かれたいという野心があるわけでもない。ただ平穏無事に六年という面倒な思春期と呼ばれる時期が過ぎ去ってくれればいいというそれだけだった。そして時々ノースルイスの屋敷へ帰った折に、ソフィから「坊やはよくやってるわね。おばさん、感心しちゃうわ」などと褒めてもらえさえすれば、それだけで良かったのだ。

 開いた窓から心地好い微風が入りこんでくるのを感じつつ、アンディは気は早かったかもしれないが、フェザーライルを卒業したあとの自分の人生について思いを馳せてみた。もし国内随一といわれる難関大学、ユトレイシア国立大へ無事一発合格したとすれば、その後の自分の人生は安泰だと、アンディにはそのように思われた。何故といって、ユトランド大は首府のユトレイシアにあり、もしアンディがそちらの大学へ通うことになった際には――ソフィはユトレイシアの本邸で暮らし、毎日自分のことを大学へ見送ってくれると、そうすでに約束してくれていたからである。

(まだ僕の寄宿学校生活ははじまったばかりだけどさ、おばさん。いつか来るそんな日のことを夢見て、僕はここでの牢獄生活に耐えてみせるよ)

 明日が学校の入学式というその日、そのような小さな野心を叶える誓いを新たにしたことを、アンディはのちの日になってからもずっと覚えていた。そしてこの時にはまさか思ってもみなかった。最愛のソフィおばさんとの関係を、他でもない自分がその手で壊してしまう日がやって来るなどということは……。



 >>続く。





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