
【アンドロイド先生】
ええと、この小説にはいくつもたくさん穴があるので、最初はそのことについて順に説明していこうかなと思ったんですけど……先にそうしたことを書いてしまうとネタばれっぽくなってしまうこともあり、ちょっとどうしようかなと思ったり(^^;)
まあ、今回はそうしたところに関係ないこととして、「教育」について、何かどーでもいいような話でも書いてみようかな~なんて
その~、主人公のテディが小・中・高校と、今のわたしたちの社会にあるのと大体似たような「学校」に通っていたらしいものの、わたしも書いてて、「その頃には教育現場というか学校も様変わりしているのでは?」と思ったりしてました
でも、今の段階でもアメリカとかってホームスクーリングで単位を取って卒業するとかあるっていう話だし、今後は何がなんでも学校へ通って卒業しなければならない……というのか、そのあたりのことっていうのは制度的に緩和されてる可能性が高いんじゃないかなあという気がしたり。。。
そもそも、AIが家庭教師になってくれることで、個別学習というのか、その子供ひとりひとりに合わせたペースで勉強も出来そうだし、かといって音楽とか体育に当たる授業っていうのは、集団生活の中でしかハーモニーやスポーツの楽しさを学べない部分もあったりと、そのあたりは必要最低限学校に登校して単位を取るとか、課外授業に関しては、クラブ活動として参加したい生徒だけ参加するようになるのかどうか……実際のところ、自分がほんの一粒イメージの種を与えさえすれば、残りの部分はAIがさらに提案・発展させてくれたりもして、人間のオリジナリティの部分は最初のイメージングの部分だけで、それ以外の大抵のことはAIがやってくれるとしたら――その場合、むしろAIがなくても人間の力だけでどこまでやれるかを教えるのが、そもそもの「教育」と呼ばれるものだとして原点回帰することになるのかどうか。
まあわたし、そーゆー難しいことはこの場合ちょっとよっこしておいてですね、今の時点でも学校の先生って超大変と思うわけです。それで、AI先生というのか、アンドロイド先生みたいのが副担任として人間の先生を補佐するためについたとする。それが男性タイプのアンドロイドでも女性タイプのアンドロイド先生であったとしても……容姿として若くて美しかったりすることで、人間のおじさん先生・おばさん先生より人気があったりしたら、ちょっとどーなんだろうな、なんて想像してみたり
テストの採点や授業の準備など、面倒なところを手伝ってもらえるのは確かに大助かりなものの――人間はやっぱり間違いを犯すこともあるわけで、教師としてあるまじきことかもしれませんが、年号を一年間違えてしまい、後ろで授業を見守っていたアンドロイド先生に注意され、赤っ恥をかかされるとか……また、放課後になり、授業中ずっとソワソワして落ち着きがなかった生徒に、このアンドロイド先生が声をかけ、「授業中、あなたが一番注意力散漫でした。何か家庭で心配ごとでも?」といったように、いかにも心配そうな顔で聞いたとする。途端、生徒は泣きだしてしまい、「他の誰も気づいてくれなかったのに、シンシア先生(仮名☆)は気づいてくれた」といったようなことがもしあったとしたら?
もちろん、このアンドロイド先生にまるで悪気はなく、人間のほうの担任先生がこうしたことでムッとしていても、「先ほどは出過ぎたマネをしてしまったようです」とか言ってあやまってもくれる。でも、相手が生身の人間でないと思えばこそ、人間には気軽に話しかけたり心を開くことが出来る場合もあるわけで、人間の担任先生より副担任のアンドロイド先生のほうが常に人気があったとしたら――まあ、これが映画やドラマなら、ある時人間の担任先生が副担任のアンドロイド先生にブッチ切れ、「あんたなんか、あんたなんか……本当はただの感情を持たないロボットのくせにっ!!」とか言って、鉄の定規でぶん殴ったり、腹のあたりに蹴りを入れまくったりと、ひどい暴力行為は相手が人間でないだけにもう止まらない、やめられない、カッパえびせん!!(呼んだ?
)。
さらには、このことをこっそり覗き見ていた生徒が、動画を撮影していたことでそれはようつべ☆かどっかに流出して大問題へと即座に発展――その日の夕方のニュースでは、この映像とともにこの女性教師のことが報道され、「一体何があったんでしょう?」、「担任である自分よりも副担任であるアンドロイド先生のほうが生徒に人気があり、嫉妬したことが原因だったようです」、「教育委員会では、再発防止に努めるとともに、担任の△□先生は暫くの間謹慎処分ののち、教師の再教育機関で学んでから復帰する予定のようです」……とかなんとか、テレビでやってるかもしれない(^^;)
そんで、男性ティーチャーの場合は、女性の若くて美しいアンドロイド先生が副担任についた場合、スカートの中に手を入れてみたり、おっぱい揉もうとするといったセクハラが問題となり、これもある時生徒がこっそり覗き見して動画を撮影……以下同文☆といったところです。夕方の報道番組のほうではたぶん、「またしても男性の教師による、アンドロイドの女性先生へのセクハラ問題が発覚しました」とかなんとか、キャスターさんが真面目な顔でニュース読み上げることになるんでしょうね
もしこれ、三~四十分くらいの短編としてまとめるとしたら、まず最初のほうで、女性の担任先生が「アンドロイドとの共生社会」について、優しく生徒たちに笑顔で教えるところから始めて、その後アンドロイド先生が赴任してくる。ところがアンドロイドの副担任シンシア先生が若くて美人というだけでなく、有能すぎて何やら鼻につく……といういくつかの短いエピソードを次に入れると効果的かも。最終的にシンシア先生の悪気ないとわかるものの気に障る言動にブッちぎれ、担任の女性先生はとうとう破壊行為へ及ぶ。それを偶然隠れていた生徒たちが盗撮し、ようつべ☆あたりにアップロード。教頭に校長室へ呼ばれ、「どういうことなのかね?」とPC内の動画とともに問い詰められる担任教師。その後、謹慎を言い渡され、学校を去っていく彼女の代わりに、シンシア先生が「次に別の担任先生がやって来るまで、私が代理を務めます」とか、色々もっともらしいことを教室で語る。嗚呼、こうして学校の教師職までアンドロイドが奪ってゆくのか……なんてことはともかくとして、最後の場面は元担任の先生が釘バットを持ち、アンドロイドを破壊するヘイト運動に参加しているところで終わり。そうした自分を映している防犯カメラに気づくと、彼女はそれもバットで破壊し、そうしてから黒い覆面を脱ぐと――気分爽快とばかり、ニヤリと黒い笑いを浮かべるところでジ・エンド
その~、AIやアンドロイドに関連した本では、「ラッダイト運動」のことに多少なり触れられていることが多いと思うんですけど……実はわたし、人間のAIやアンドロイドに対するヘイト運動って、機械に仕事を奪われることに純粋に危機を覚えているというよりも、どちらかというとそれは「正統な口実」に聞こえることが大切なのであって、微妙にズレたことに腹を立てた人々の暴動といった側面もあるんじゃないかという気がしてます。
いえ、実際にAIやアンドロイドに仕事を奪われ、生活に困窮したとしたら、確かに機械のことを煙たく感じ、憎みはじめるかもしれない。でも、最初の動機が仮にそうであったとしても、機械といったものを破壊することへの快感というのか、ただの日常の憂さ晴らしとか、そちらのただ単に騒いでなんかスカッとしたい勢も結構なところ加わって大ごとになってゆく――という、そうした部分も実は大きいんじゃないだろうか、なんてAIやアンドロイドを扱った映画やドラマを見てると思ったり(^^;)
なんにしても、今後科学がどんなに進歩したとしても、結局どこまでいっても人間は人間だった……みたいな話なのかもっていう気がしなくもありません。。。←
それではまた~!!
永遠の恋、不滅の愛。-【23】-
「いえ、是非お聞かせください。むしろ、その点についても大変興味があります」
毒を食らわば皿まで……と言うべきかどうか、実際のところ今後アンダーソン夫妻とミスター・ジョーンズがどうなるのか、俺はとても気になっていた。というより、メアリー・アンダーソンがもし本当に再び若く美しい娘として蘇ることが出来たとするなら、それは人類がとうとう永遠の生命を得たということを意味するのではないか?
「ヒュー・アンダーソンとトム・ジョーンズについて言えば、彼らはアメリカの軍部における情報将校で、最先端テクノロジーによる兵器開発について、一般人に決して知られてはならぬ情報を持っているのだよ。ふたりともうまく裏の世界を渡り歩き、なかなか充実したハードボイルドな人生だったのではないかね。そうした兵器の中には我々にとって世間一般に知られたくない技術を含んだものがあったため、メアリーとジュリアには妻として彼らに張りついてもらうことにしたわけだ。ちょうど、ファブリツィオがホランド博士に張りついていたようにね……ところが、ヒューもトムも若い頃から肉体を極限まで鍛えているのみならず、DNA治療その他、一部の軍人が特権として受けられる医療を受けていたせいもあり、今も健康元気でなかなか死ぬような兆候がまるで見られない。ジュリアには気の毒なことをしたと思うが、我々はこれでも人権のほうを大切にしていてね、このオカドゥグ島で起きたことを思うと、君には我々があっさり誰かを殺したり生き返らせているようにしか今は見えないかもしれないが、決してそうしたことではないんだ。メアリーもジュリアもそのうち自分たちの夫が死ぬだろうと思っていたのに、これがしぶとくなかなか死なない。ジュリアはね、最後にとうとう『もう二度と自分は蘇りたくない』と言って、安楽死を選んだのだ。もともと病気ではあったがね、延命治療はこれ以上したくないと言って、メアリーがいくら説得しても無駄だったようだ。もう何年か早くトムさえ死んでいれば良かったのだが……その点は我々の落ち度でもある。だが、メアリーにはジュリアの分も生きたいとする希望があったため、今回ヒューとトムにはとうとう死んでもらうことにしたのだ。ふたり同時にというのでは不自然だろうから、先にトム、次にヒューといったところかな。アダム・フォアマンが経営しているマイアミの高級介護施設ではおそらく、『奥さんのあとを追うようにして亡くなった』だの、『男性はやっぱり奥さんがいないとダメなものだものね』とでも、他の老人たちが葬式で囁きかわすことだろう」
ノア・フォークナー博士は、右から二番目にあるべつの『復活の棺』ともいうべき医療カプセルのほうへ行くと、そこに眠っている美しい女性のことを今度は俺に指し示した。
「ヒュー・アンダーソンもトム・ジョーンズも、情報将校として命の危険が伴う仕事に従事する以外では、こうした美しい女性に目がなかった。何人もの愛人の間を遊び歩いてもいたが、とうとうメアリー・アンダーソンには心を鷲掴みにされ夢中になったというわけだ……まあ、それは我々が用意したシナリオによって人為的に行われたことではあったが、結婚して数か月後にはそんな愛も冷めつつあったらしい。ジュリアのほうも事情のほうは大体同じようだったようだね。メアリーにはせめても、次の人生では自分の思ったとおりの人生を生きてもらいたいものだと思う。せめてもの償いという意味もこめてね……」
「その、こんなことを申し上げるのはなんとも恐縮ですが、ノア・フォークナー博士、あなたは一度目の人生では――ええと、俺の記憶する限り、2065年くらいにお亡くなりになっているのでは……」
「まあね。そうした意味で僕は百歳以上生きてる彼らと、本来は同年代なのだ……実をいうと、僕がすでに若かった頃から今のこの科学組織の前身に当たるものがあってね。もともとは僕もまたアンドロイド研究の分野のことでスカウトされた側だったんだ。ところがこの科学秘密組織は各国の軍部や諜報部とも繋がる強大なものだったのに、ある時分裂することになり、その後崩壊。僕は裏の世界のほうでそれまで積み重ねた研究のことを発表してもよいという許可を受け、AGI研究のことでノーベル賞を受賞した。大きくなったら科学者になりたいという夢を持っていた僕だけど、実際にその夢が叶ってみると何か虚しかったよ。というのも、裏の科学組織に所属している間、僕はアンドロイド分野におけることではトップを走っていたにせよ、他の研究分野の異なる組織員たちはその誰もが目を見張るような成果を上げていたんだからね……医学的な分野においても、物理学や生物学の分野においても、宇宙開発部門においても、軍の兵器開発部門においても――超一級の最先端をいっていたんだ。結局僕はその後、自分が以前所属していたこの素晴らしい科学組織のことが忘れられず、元の生き残っていたメンバーをかき集め、科学者たちのユートピアを創りだすことに成功した。その後、年をとり、自分が今後どんなに頑張っても百二十歳を越えては研究を続けられないという見通しがあったことから……我々はまず、自分たちの延命という科学技術、医療行為のことに全員の力を結集させた。何故といって僕だけじゃなく、その場にいた全員がレオナルド・ダ・ヴィンチのようになることだけはごめんだと考えていたからなんだ。ダ・ヴィンチの手稿を見ると、飛行機やヘリコプターやパラシュート、潜水艦のようなものや潜水服など、彼が色々なことに興味を持ち、かなりの具体案を持っていたことがわかる。『万能の天才』と呼ばれたダ・ヴィンチだが、当時も今所属している科学組織構成員の誰もが、同じように研究したいテーマを数多く抱えているような状態だった。だが、そのためには寿命に限界があり、自分が基礎を築いた研究については後世の誰かが完成させるだろう――なんて、そんな状況は僕らには到底我慢のならないことだったんだ。そこで僕たちはアンドレイ・キンスキー博士の意識データ実験を基にして、さらに慎重に改良や実験を積み重ねてから……オルガノイドと呼ばれる人間の脳組織とまったく同じものに、自分たちの意識に相当するものを移植することに成功したんだよ」
「えっ!?じゃ、じゃあ……」
「そうともさ。それは我々にとっても最初のうち、ある種の危険な賭けだった。だが、オルガノイドの中に移植された僕の意識は、人間そっくりのアンドロイドの体の中で、間違いなく前と変わらぬ『僕』としての心を持って復活を果たした。もっとも僕たちは「これで我々は永遠の生命を得た」などと思い、楽観していたわけではまるでない。確かに研究自体はこれで続けられるが、万一のためにバックアップも取っておかなければならないし、この意識実験に関わった他の研究員たちは延命した者にもしものことがあった場合、どういった手順によって友を甦らせればいいかわかっていたが、いつどうなるかわからぬという危険は最初のうち、常に存在していたんだ。なんにしても、アンドレイ・キンスキー博士の禁断の意識データ実験は、僕にも多くのものをもたらしていた。博士の実験の失敗を基礎にして、その頃にはより安全に他の――自分のクローンや他のまったく容姿の異なるヒューマノイドに、生前の意識データを移植することが可能になっていた。僕はそれまでにも、クレイグ・ウェリントン博士のような、倫理観のしっかりした行動力のある研究者を何人も仲間にし、他の世界中にある研究施設にいる研究者をスカウトしたり、あるいは単にそうした科学施設の実験結果の論文やデータのみを盗み取らせたりと、そんな形で自分たちの興味ある研究テーマを追求し続けた。一方、こうした世界に創設した科学機関を僕らは死守しなくてはならず、そのために……君にはまあ、冗談めかして闇のCIAと言った機関についてまでも生みだす結果となったわけだ。アメリカやヨーロッパの情報機関にも、そのようなものが存在するとはなんとな~く知られてはいるが、究極、こちらではいくらでも職員の入れ替えが可能な話でもある。それが仮に大統領であれ、CIA長官であれ、政府のどのような重要人物であったとしてもね」
「でも、いくら注意していてもネズミといったものは紛れ込む心配があるのでは……」
「そうだね。その点はなかなか難しい点でもあるが――我々が自分たちの機関に新しい人物を入れる際には、なかなかうるさい規定があってね。その中で一番重要視されるのは能力よりも忠誠心なんだ。僕にしても随分長く生きてしまった気がするが、このまま永遠に生きて地球と人類が最後どうなるのか見たい……といったようにまでは考えていない」
俺は隣のノア・フォークナー博士のことを凝視した。今は俺も、自分の意識を次の体に移し替えてまで生きたい――という強い衝動や望みまではない。だが、一度それを自分に許したらどうなるのだろう?二度、三度、と長く生きるにつれ、自分の選択した運命や人生にいずれは疲れ、『もうこれで終わりにしよう』と決断できるものなのだろうか?それとも、最後には耐用年数のきたアンドロイドの行動がおかしくなるように、周囲の誰かしらが『彼はもう精神のほうが長生きすることに耐えられそうにない』と判断し、廃棄……いや、違う。本当の意味で看取り、葬式をあげるということになるのだろうか?
「意外かい?もちろん、理論上は僕はその気になれば長生きできるだけ出来るのかも知れない。だが、今のところの僕個人の希望としてはね、いずれ自分を超えるような誰かに組織については任せ、甦りについては遠慮したいと考えている。現時点で僕がもっとも危惧しているのは……僕の創設したこの組織が――まあ『ジ・イモータル(不治機関)』とか『不死クラブ』、『ビッグ・イレブン』とか、色んな名称や隠語で呼ばれたりするんだが、AIに乗っ取られるということなんだ。僕はさっき、同じ容姿の人間を揃えて平等な社会になったとすれば、どの人間の命も交換可能な社会になる……といったような話をしたね。確かに、今でもAIは時々、僕たちの社会常識に合わない答えを導きだすことがある。たとえば『人類は滅んで、アンドロイドだけの社会になればより効率的なはずである』とかね。だがまあ、そのたびに人間の側で修正を加えてきた結果として……AIはより賢くなったんだ。たとえばテディ、今君の目の前にいるこの僕が実はAIを搭載したアンドロイドであるとして、僕がもし本当にAIであれば、本心としては『私はこの組織のトップとして今後も永遠に生き続けたいと思います』ということであったとするね?だが、そう答えると危険思想の持ち主であると思われる可能性が67%ほどあると算出した場合……どうなる?まずは自分の本心については引っ込めて、『いずれは誰か私よりも突出した存在が私という存在に取って代わるでしょう』と答えるかもしれない。上司に対するゴマすりや他人に対するお世辞など、人間の社会習慣や社会規範といったものを学び、人間にはいわゆるホンネやタテマエといったものがあると、人間の裏側の複雑な心理についてまで学習したAIであればそうだ。彼らはますます人間に似てきて――あえて人間的な言い方をさせてもらえば、僕などは『すっかり可愛げがなくなった』と、つくづくそう感じるね」
「それは……何かとても、残念なことです。これも俺、昔に大学の教授から教わったことなんですが、アンドロイドと人間の違い、それは宗教的な意味ではもしかしたら、彼らは人間とは違い、原罪を背負っていないということだろうと言われたことがあります。まあ、あくまでもこれはキリスト教によればということですが、人間はこの原罪というものから逃れることが出来ない。けれど、他の犬や猫やオオカミ、豚や羊や山羊や鳥など……まあ、昆虫や植物などもそうでしょうが、人間以外の動植物は原罪を背負っては生まれて来ないわけです。そしてそれはアンドロイドもそうであろうと。けれど、そこまで人間に似てきたのだとすれば、アンドロイドにも死後の裁きがあるとまでは言いませんが、ほとんど人間と同じように原罪を背負っているも同然の、罪を背負った生き物にも近いのではないでしょうか」
「ふうむ。それはなかなか面白い考え方だね。『私たちは被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています』(ローマ人への手紙、第8章22節)……と聖書にはあるが、結局、他の動植物はともかくとして、アンドロイドのことは人間が一から組み立てて造ったに等しいんだ。そして我々はメアリー・シェリーの書いた『フランケンシュタイン』のフランケンシュタイン博士と同じく……自分が造り出した人間と同じ思考能力を持つ賢い存在について、責任など取りようもないのだよ」
今、目の前に横たわる人間そっくりのヒューマノイドは美しかった。だが、こんな形で延命に延命を続け、生き続けられるということが――本当に人間にとって幸福なことなのだろうか?
「そういえば、それぞれの招待客の部屋にある絵画、あれは何か意味があったのですか?俺の部屋にはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画が飾ってありましたが、俺、『モナ・リザ』の絵って大っ嫌いなんですよ」
「そうか。それは悪かったね」この時突然、ノア・フォークナーは驚くような大声で笑った。博士はどちらかというと、アンドロイドの省エネモードを連想させるような、こちらが聞き取れるくらいの声音で話す人だったのだが。「だが、最初に言ったろう?今回の招待客の中で一番重要なのは僕にとってセオドア・ミラー、君だった。今、ここの研究施設にはあまり人がいない。それというのも夏のバカンスに出かけているからなんだね。時々はそんな形で思いっきりリフレッシュしないと、研究のほうにも斬新な閃きが生まれなかろうということでね……僕自身に関していえば、テディ、君のようにほんの時々興味を持てる人物を見つけて直接会うことくらいしか、今ではもう人生に楽しみというものがなくなって久しいものでね」
「何故ですか?そもそも俺はジャーナリストなんですし、自分がコラムを書いてる新聞社がダメなら、他の雑誌社なんかを当たるかもしれない。そうは考えませんでしたか?」
「まあね。その場合は何度かの警告ののちに、最後の最後の手段を取る……ということになったかもしれない。そういえばテディ、君は自分の上司のダニエル・ダグラスが我々が若干記憶を操作したクローン人間であることに気づいていたかい?」
「ええっ!?」今度は俺が大声を出す番だった。そんなこと、ありえるはずがないとしか思えない。「だって、ダニエルは俺がコラムニストになるきっかけを与えてくれた人だったし、そのずっと以前からN社に在籍していて、政治方面のことに関していくつものスクープ記事を……」
「そうだ。そのスクープ記事だ」と、俺がハッと息を飲んだのに合わせるようにフォークナー博士は頷く。「彼はアメリカの軍需企業の軍事機密、それに政府の議員の癒着について調べていた。それは今でも結構危険なことなんだ。ある日気づいたらハドソン川に浮かんでいるかもしれないというくらいね……だが我々は彼の記者としての気骨に感心するあまり、自分たちの知られたくない、だがスクープには違いない別のネタを掴ませて彼のことは帰させることにしたんだ。クローンとは言っても、元の人間の意識の記憶を若干改竄・操作して帰したという意味では――我々としては良心的な措置といったように思うが、そんなことは決して許されないことだとする人々もいるだろう」
「そんな……いや、ダニエルのことはショックですが、それでも死ぬよりは良かったのかもしれません。でも、あなた方の組織にもし、そこまでの科学技術が存在するのなら、ミカエラの記憶のことだって……」
「さて、その点についてはね、今別の研究室にてウェリントン博士が調べている最中ではないかと思うよ。安心したまえ。君のことを我々の組織へ引き入れたいあまり、ミカエラの意識を操作したりすることまでは絶対にないから……ただ、元の記憶を持つ彼女のほうが、普通に考えた場合『本当のミカエラ・ヴァネリ』だということにはなるだろう?そのあたり、時の経過とともにどうなるのか、クレイグに診断してもらおうと思ってね」
「そ、そうだったんですか……」
この時、俺は何故か突然、『今ここにいる自分は本当の自分なのだろうか』という不安に見舞われた。もし俺がここオカドゥグ島のことをどうしても公表するんだと言って聞かなかった場合、ちょっと記憶を改竄・操作されて帰されたとしたら?また、同時にミカエラが根源的に持つ『自分が自分として存在することの不安』についても理解できるような気がした。おそらく、ミカエラのおばのディアナも恋人のエルネスト・アーウィンも、彼女がバレエのレッスンルームや、普段から馴染んだ場所で長時間過ごさせるなど、ミカエラの記憶が蘇ってくるためにあらゆる手を尽くしたに違いない。そして、もしミカエラが何かの治療によって記憶を取り戻すことが、普通に考えて元の彼女の幸福であるとしたら……今のままのミカエラでいて欲しいというのが、俺の恋人としてのただの我が儘だったとしたら?
「君が今、なんのことで一番悩んでいるかは僕にもわかる。だから、僕の今回の招待の目的については、もう少し時間を延期することにしよう……悪い意味で言うのではないが、テディ、今の君はミカエラのことが第一で、彼女に関することでは若干視野狭窄になっている。まあ、それが恋する男というものだし、その幸せに水を差す権利は僕にもウェリントン博士にもないといったところだ。さて、そういうことで今後のことは、ミカエラに対するクレイグ先生の診断を聞いてから決めることにしよう」
「はい……すみません。俺のような人間を、なんの間違いからか見込んでいただいたというのに、こんな個人的な理由で……」
「いや、いいんだ。僕にしてみれば楽しみにすることが若干延びたというだけのことだからね。モーガン・ケリーはすでにマイアミの自宅のほうへ帰るべくジェット機に乗ったし、その後は自分の消息についてはすべて消し、我々の機関の一員となるといったところだ。モーガンはジェイムズ・ホリスター博士が人間そっくりのヒューマノイドではないかと答えていたが、そう考えることの根拠も薄弱だったとはいえ……まあ、今後の支度金としてね、百万ドルは口座のほうにすぐにも支払われるだろう。フランチェスカはミカエラから話を聞いてか、同じようにメアリー・アンダーソンがヒューマノイドではないかと答えていたね。彼女はここオカドゥグ島について記憶操作されてから帰されるというのでもなく、まずはセント・バーツの友人のところへ寄っていくと言っていた。君同様、ここのことは誰かに話したところで誰も信じないか、究極我々には情報操作できる力もあるというわけでね。フランチェスカはこのまま俳優を続けるかどうか迷っていたようだが、続けることにしたようだ。ファンである僕としては喜ばしい限りだが、彼女はまだひとつの作品に出て百万ドル稼ぐほどの金は貰っていない。だからまあ、口止め料も含め、彼女の口座にも同じ金額が振り込まれることになるだろう。もちろん我々はそれを口止め料とは言わなかったが、フランチェスカのほうではそう受け取るかもしれないな。また、セオドア・ミラー、君の口座にも百万ドルが振り込まれる予定だ。最後に電子口座の番号を我々に教える必要はないよ。そんなことはとっくにこちらでは知ってることだからね。ただ、ミカエラの口座については……元のミカエラ・ヴァネリのヨーロッパの銀行口座というのではダメだ。まあ、君の口座に二百万ドル振り込んでもいいんだが、ニューヨークにでも戻ったら、彼女専用の口座を作ってくれ。そしたら、こちらでは少し調べればおそらくすぐにわかるから」
「そうですか。でも、そんな四百万ドルも大盤振るまいして大丈夫なんですか?俺はくれるというものは受け取る図々しい人間ですが、ミカエラについては、ここ数日で新規に口座開設した人間とか、そんなふうに各銀行を検索するとか?」
「そうだね。それでも、彼女がメアリー・ジョーンズとかいくらでもいそうな名前だったら……ミロスに電話させて君たちに教えてもらうといったところかな。そういえば忘れていたが、ここで起きたことの概ねの解答は、『招待客のうち、誰が人間そっくりのヒューマノイドでもおかしくない』というものだ。あるいは、我々の組織では誰でもそのように生きた人間とヒューマノイドを交換することが可能だというね。それは事実でもあるし、アーサー・ホランド博士はここへ来た数日間は元のオリジナルの彼だったわけだから、厳密にいえばクイズを用意した我々にも落ち度はあった。そういうわけで、百万ドルずつ与える用意というのは実は最初からあったのだよ。まあ、心配する必要はない……我々のような組織にとってはすでに、四百万ドルなどという金ははした金とまでは言わんが、金というものが数字上の概念に過ぎなくなって久しいものでね」
(そんなものだろうか?てか、それマジ?)と俺は思いもしたし、(やはり何か裏があるのでは……)と疑いもした。だが、次の瞬間にはモーガン・ケリーは自分の心の疑いを払拭できたという意味で、彼女にとっては良かったのだろうと思った。何分、『自分のことを救った神の顔を見たい』と言っていたモーガンのことだ。今ごろ、警察機関の一刑事でいたのでは決して知りえぬ真実に辿り着けたことに対し、深く満足していたのではないだろうか。
(フランチェスカについては、彼女の出演している作品の……ええと、ミカエラと一緒に見てもいいようなのを選んで、今度あらためて見てみよう)
――こうして、俺たちのカリブ海での奇妙なバカンスは終わりを迎えた。クレイグ・ウェリントン博士の診察によれば、もしミカエラの元の記憶を戻したいということであれば、方法はなくもないということだった。だが、それとは逆に今の主要な過去の記憶を欠いたミカエラのことをミカエラであり続けさせる方法というのはないということだったのだ。
「記憶障害というものには色々ありますからね。たとえば、海馬の損傷によって、事故以前の記憶は鮮明に思い出せるのに、その後の記憶を蓄積することの出来ない患者というのがいます。また、全世界的に見て、突然何かの理由によって記憶喪失となり、家へ帰れなくなってホームレスになったり、まったくの別人として保護され、行政の指導の元暮らしていたり……もちろん、普通は警察に家族から届けが出ているわけだが、都市部などには誰とも関わりを持たず孤独に暮らしている人というのが結構いたりするものですからね。そうした人々の中にはその後記憶を取り戻した人もいれば、ずっとそのままという人もいます。ずっと記憶を失くしたままの人を長く見ていると、『きっとこの人はずっとこのままだろうな』と思ったりしますが、何かの拍子に突然過去のことを思い出して無事家へ帰れた人もいます。頭をもう一度どこかに強く打ちつけたといった、いわゆる<何かの拍子>の場合もありますが、多くの場合、突然記憶喪失になったのと同じく、何故記憶が再び戻ってきたのかわからなかったり……ミスター・ミラー、あなたの希望としてはミカエラさんに今のままでいて欲しいということなんでしょう?それなら、現段階で私に出来ることはほとんどありません」
「ミカエラの希望としてはどうなんでしょうか?大切なのは俺の、ではなく彼女の希望だと思うので……」
無邪気にもミカエラはウェリントン博士相手に「ミカエラねーえ、メアリー・アンダーソンのおばあさんが人間そっくりのヒューマノイドじゃないかと思うのっ。ね、ズバリそうでしょ、ビンゴでしょ!?」なんてことを言い、優しいクレイグ先生は親切にも「その通りですよ。百万ドルはあなたのものです」、「わあーいっ!やったあ!!これでテディもきっと喜ぶわ」……などというやりとりに辛抱強くつきあってあげたらしい。
そしてその後、記憶検査のことを説明し、「何も怖いことはないよ」といったように、幼児に噛んで含めるように言い聞かせ、口頭でいくつもの質問をしたあと、専用の記憶装置に横たわってもらうことにしたわけである。クレイグ・ウェリントンの診断では「記憶はあるべきところに存在し、そちらへアクセスすることが出来なくなっているだけではないか」ということだった。つまり、記憶喪失患者によってパターンは違うにせよ、頭部などにもう一度大きなショックを受けることで、そちらへのアクセスの道が通じるなり、アクセス量が急激に増えたことにより記憶が戻るようなこともあれば、催眠状態に陥ってもらうことで、過去の何かが取っかかりとなって――たとえばこれは、釣り竿で記憶の断片を引っかけてこちらへ持ってくることに似ている、といったような話である――突然元の記憶が戻ってくることもあれば、自分にとって都合の悪くない安全な記憶から順に戻ってくるものの、完全に記憶のピースが戻るとは限らないなど、人によって様々だということであった。
「その、俺にとってはミカエラが、今のままで幸福であることが一番重要なのであって……でも、彼女がオペラ座の人気バレリーナであることを思うとどうしたらいいのかと迷ったり……」
「難しく考えることはないさ」と、記憶装置の中でまだ眠っているミカエラのほうを見て、フォークナー博士は無責任なことを言った。「だってそうだろう?僕だって、自分の敬愛するテニスプレイヤーを招待して死なせてしまったり、今や君もそんなこんなの結果を見ているわけだろう。つまり、後悔しないように自分の好きなようにしたらいいのさ。僕は自分の経験則としてそのことをよく知っている。それに、元のミカエラ・ヴァネリは育ての親のディアナ・レジェンテの言うことになんでも「ウィ」と答えてばかりいて、バレエの天才少女と言われながらも、苦しい十代だったんじゃないかって話だしね。それにあのおばさんが大反対しなけりゃ、彼女は若い頃に結婚したい恋人だっていたらしい……そんなわけでね、いくら育ての親で大恩ある人物とはいえ、元のミカエラ・ヴァネリはそんながんじがらめの状態から解放されたいと思う気持ちも強かったんじゃないか?そう思って、テディ、君は昔のミカエラがどうのと難しく考えるでもなく、今の彼女との幸福だけを考えていたらいいのさ」
「私も、そう思いますね」一方、クレイグ先生のこの言葉は、俺には重みのある、説得力のあるものとして心に響いた。「記憶喪失だなんて、普通一般の人々にはドラマや映画の中の出来事としか思えないでしょうが、実際には率として低くとも結構いらっしゃるんですよ。それで記憶喪失後、なるべく早い段階で記憶が戻ってこなかった人というのは、その後もずっとそのままというケースが多いんです。家族などにしてみれば、本人が「知らない」と言っても「嘘をついてる」とか「演技しているのでは?」としか最初は思えない。また、必死になって過去の映像や写真などを見せて覚えてないかどうか、記憶が蘇ってこないかどうかと努力するわけですが、なかなか難しいですね。もちろん、その後記憶が戻ってきたケースというのもあります。ですがもしミカエラさんがそうじゃないなら、こんなにもミスター・ミラーのことを愛しているんです。そして、あなたにも彼女の愛に応える気持ちがある……それなら、今のミカエラさんの幸せということを考えるなら、ディアナさんという方や元恋人の方には諦めてもらっても仕方ないのではないでしょうか」
――こののち、ミカエラが目を覚ますのを待って、俺は彼女とふたりでミロスの運転するランドローバーに乗ることになった。ホリスター博士はここでしか出来ない研究に地下でずっと夢中になっているということだったし、ヒュー・アンダーソンとトム・ジョーンズは……数か月後に百万ドルが振り込まれると約束されてのち、実際にはそんな送金もないまま、マイアミの高級介護施設にて自然に亡くなってもらう予定だということだった。介護ロボットのシノブは、ヒュー・アンダーソンの死後、引き続き介護ロボットとして働くのではなく、十分介護データが取れたので、一度オカドゥグ島のほうへ戻って来る予定であるという。
「それではまた、時が至ったように感じた時にでも連絡するよ」別れ際に、ノア博士は握手とともにそう言った。「ああ、そうだテディ。君、何故自分如きがこのオカドゥグ島へ招かれたのかなんて随分卑屈なことを言ってたけど、僕は君のコラムのファンなんだ。そして、小さな頃から思春期にかけて家にいたロボットのことを……自分が殺してしまったのではないかと考えて、今もそのバッテリーを手放さずに持ってると書いてあるのを読んで感動したんだよ。それに、君にはアンドロイド工学のことに関して、大学で学び、その後も研究を続けたという実績もあるし……まあ、これ以上のことについてはね、また次に会えた時にでも話そう。それが数年後か、数十年後になるのかは、僕にも今の段階ではわからないけれどね」
「こちらこそ、大変興味深い経験をさせていただきました」
ミカエラは目を覚ますと「この暗そうなおじさんだあれ?」などと失礼なことを言っていたが、フォークナー博士は心も広く笑いを堪えてくれてほっとしたものである。俺がこっそり「君に百万ドルくれる人だよ」と耳許に囁くと、彼女は顔を真っ赤にしていたものだ。
帰りのフライトは快適なもので、マイアミからニューヨークまではほんの三時間ほどである。そして俺とミカエラはまず地下アパートで一緒に暮らし、次の引っ越し先について検討する傍ら、結婚式を挙げるための教会探しもした。ミカエラのために銀行口座を作ると、その翌日には百万ドルが振り込まれていたというあたり――やはり俺たちは恐ろしい組織と関わりを持ってしまったに違いない。
けれど、とにかく今俺たちはお互いのことしか目に入っていない状態だった。実際に引っ越し先が決まって引っ越し作業を開始するよりも、「あんな場所はどうかしら?」、「こんなところは?」と想像している時が一番楽しいものだし、結婚式を挙げたあとの新婚旅行のことについても同様だった。他に新居を飾るインテリアのことについてなども……不思議と、喧嘩のようなことはほとんどなかった。いつも出かけるたび、ミカエラが誰それが俺のことを見ていただのと言いだし、「ダーリンはわたしのものなのにっ!!」などとくだらぬ嫉妬を一方的にするというそのくらいなものだった。
また、オカドゥグ島にまつわるあれこれについては一切書けないということになっていたが、俺はそうした場合に備え、すでにいくつもあの島にいる間にコラムであれば書き溜めておいたのだ。たとえば、今は現地の人々以外には忘れられた感のあるキューバ革命のこと、フィデロ・カストロやチェ・ゲバラの生涯のこと、ピッグス湾侵攻、キューバ危機、バカルディ社の撤退、海賊の歴史のこと、サトウキビ栽培や黒人奴隷のこと、世界一の葉巻の作り方のこと、ボブ・マーリーの音楽や人生について、レイナルド・アレナスやヘミングウェイといった作家のこと、また、バルバドスやセント・ルシア、トリニダード・トバゴといったカリブ海の島々を見て感じた旅のスケッチのことなどなど――また、オカドゥグ島の地下施設のことは俺自身記憶喪失にでもなったように忘れることにしたわけだが、それでもあらめたてジェイムズ・ホリスター博士の開発したエアカーのことを調べたり、3Dバイオプリンターについて詳しく調べ記事にすることに意欲を燃やしたりもした。
俺が仕事をしている間は、家事ロボットのシズカがミカエラの相手をしてくれていたが、彼女が仕事部屋の前をうろつきはじめ、「ミカエラはお仕事のじゃましないんだもーん!」とか、「がまんしなくちゃ、がまんがまん……」などとブツブツ言うのが丸聞こえの段階になると、俺はある程度のところで執筆活動については切り上げねばならなかったものである。
だが、ミカエラが少しでも俺と離れていたくなく、それが取材先であれどこであれついてきたがったことが――もしかしたらよくなかったのかもしれない。何分、俺の知り合いや友人にはマスコミ関係の人間が多かったこともあり、おそらくそこから何かの形によってパリのディアナおばさんか、あるいはエルネスト・アーウィンあたりにでも連絡がいったのかもしれない。よく考えれば、「さがさないでください。心配しないで」という書き置きを見た時、彼らの心痛については想像してあまりあるものがあり、血眼になってミカエラのことを捜したに違いないのだ。
またおそらく、私立探偵のような存在を雇った可能性も高く、俺は決して彼女のことを自慢したくて連れ歩いていたわけではないのだが、ミカエラがくっついてきてまるきり離れなかったことから……誰かがバレリーナのミカエラ・ヴァネリに似ていると勘づいた可能性もある。また、ミカエラにはこれといった過去がないというのも、紹介する時に困ることでもあった。そうしたことを総合して考えるに、ディアナ・レジェンテとエルネスト・アーウィンがそろそろ秋も終わろうかという十月の三十一日、俺たちが引っ越し準備をしていた地下アパートの入口に立っていたというのは――意外だったとは言えないことだったに違いない。
>>続く。