without a trace

ヤマザキ、フリーターを撃て!

みかへりの塔

2008-11-18 02:48:46 | おっぱいなし映画
 映画「みかへりの塔」見る。監督は清水宏で41年。初めてこの人の作品を見たがたまげる。これは目立たないけども本当に良作。舞台は田舎の学園。浮浪、盗癖、虚言癖、怠け者など問題児たちを預かって集団生活させている。小学生くらいの子供たち200人が集団生活してるのだ。そこに坂本武が自分の娘を連れてくる。母親がいないからと甘やかした結果わがままが抑えられない。父の財布から金を盗んで夜遊びをしていたという理由で入れられてしまう。

 41年という時代もあって、イメージ的には非国民どもめと竹刀で殴りつけてヨットでも乗らせてるのかと思っていた。それが全く違う。20人くらい住む寮があってそこには”お母さん”という寮母さんと”お父さん”という寮父がいる。お母さんが褒めてお父さんが怒るという疑似共同体なんだ。毎日のように自分の短所と長所を反省としてみんなの前で言わされる。わたくしの短所は嘘をつくことです。長所はミシンが上手いですとか。自分の悪い面と良い面を常に自己認識させて他人にも言うことで社会生活を学ばせてる。


 以下ネタバレ

 塔があって鐘が鳴らされて一日が始まる。朝5時に起床して家事全般はすべて自分たちでやる。午前中は学校で年齢に関係ない各自に合わせたカリキュラム。15歳の子でも普通に小学校に入れられる。ドイツ人が言ってたけど向こうは勉強ができないと中学校でも留年させる。だから中学生で10留とか本当にいるらしいw そしてここでは午後からは社会でやってくために労働させている。タンス作りやミシンで服作りとか。そして一日が終わって寮に戻ると。つまり塔という父性的なもので始まり、寮という母性的なものに帰ってくるという構図。

 問題児ばかりなので何かと逃げ出す。複雑な家庭環境もあちこちでわかる。母親が継母、母子家庭で炭鉱暮らし、父がアル中など。問題ばかり起きるが”お父さん”の笠智衆は言う「いつか子供たちが刑務所に入るような落伍者になるかもしれない。それでもこの仕事には意義があるんだ」。”お母さん”が病気の子供のためにずっとついてやる。すると笠智衆が来て言う「お前は寝ろ。お前には明日があるんだ」。お母さん「あなたにも明日があるじゃないですか」。そして二人はじっと動かないで子供を見守る。これが明治生まれかと。

 この映画に驚くのは井戸が枯れてきて水が足りなくなる。そこで生徒と職員が一緒になって湖から2キロくらい掘って水をひこうとなる。これまでの労働から本物の労働になっていく。土方のような仕事をさせられてしまうんだ。現実というのが降りかかってくる。

 卒業して就職したはいいけども逃げ出したのが帰ってくる。店員になったがここの学園出身だと差別される。店の金がなくなると誰もが彼を疑う。そして何度も逃げてしまうのだ。彼の同期は今でもここにいて彼もしばらく居候させてもらう。笠智衆の疑似共同体としての受け入れ方が小津安二郎の映画みたいでなんとも言いがたい素晴らしさに溢れてる。彼は言う「世間に負けないように強くなれ。ここで培ったことを忘れるな」。外部からみたら問題児ばかりと簡単な勉強だけに簡単な職業訓練、それは馬鹿にされる代物かもしれない。だがここで一番重要なのは共同体で生きてきたということなんだ。強さというのはロールプレイングで培われる。
 だが土方みたいに働かされてまた逃亡しようとする。すると同級生が追いかけてきてだからお前はやっていけないんだと殴りあいに。今までの子供たちの喧嘩は大人になっても続き、そしてそれは糧へとなっていく。

 ついに水をひいてみんなで大喜び。卒業式もあって何人かは社会へ出て行く。この時に塔が意味をなしてくる。塔の前で旅立ちの句を詠んでけじめをつけ、卒業生だけで鐘を鳴らす。社会のため、家族のために頑張るという再認識のためにみかへり(見返り)の塔は存在する。そして泣きながらみんなと別れていくのだ。
 
 この映画は淡々としてるんだけどそこが逆に印象深い。疑似家族といった教育は現代でも普通に考えさせられるものがある。塔や泉のような湖といい、キリスト教ぽいんだけど時代のせいかそれはまったく描かれない。

ヒトラーの贋札

2008-11-08 03:49:36 | おっぱいなし映画
 映画「ヒトラーの偽札」見る。最近ドイツ映画はなぜかナチスブーム。日本に入ってくるのはナチスものばかり。9割以上が暗いというw この映画はナチスが贋札を大量に作って経済を混乱させようとした本当の事件。

 まず面白いのはユダヤ人というのはヨーロッパで金融に強かった。前に銀行の誰かが言ってたけどちょっと前まで銀行員ですとヨーロッパ人に言ったら露骨にご愁傷様という顔をされたという。差別される側の職業だったからだ。この映画の構造は支配する側のナチス、支配される側のユダヤ人というのが軸。だが優秀なユダヤ人ネットワークがないと贋札は作れない。もちろん戦後に抹殺して証拠ごと消せるのもある。ドイツでは第一次大戦敗戦でハイパーインフレが起きていた。1円が1兆円になったとかいうレベルでナチスってのは失業者たちを取り込んでいってできている。だからドイツ人は貨幣に対しての複雑な体験をしている。イギリス経済をぶっ壊してやるってのは復讐でもある。そこにユダヤ人を利用すると。この映画がもっと複雑なのはそこに共産主義者たちが絡んでるという事。

 主人公はベルリンで贋札を作ってるユダヤ人のギャングのような男。ベン・アフレックそっくりな声の高いチビおっさんだ。金や身分証を自分の手で作って虚構の人生を生きている。つまりこの時代を虚構のように映画は描く。金に困ったユダヤ人が同胞だから助けてくれと来る。すると彼は言う「おれ以外は他人だ」。彼の過去は一切わからない。画家を目指していたらしいが金を描く人生だ。画家崩れというヒトラーの裏返しのような男。どうやら彼はロシア出身らしく、この時代なのでロシア革命から逃げてきたようだ。

 以下ネタバレ


 そんな男も逮捕されてしまって収容所へ。贋札作りが評価されて贋札の特別チームへ配属。ここでは殺される確率も少ない。メンバーは資本家と贋札作りという二手に別れてる。ユダヤ人資本家が犯罪者などと働きたくないというと「資本家のせいでファシズムが広がったんだクソ野郎」と罵る。ユダヤ人同士の中でも複雑な人間関係がある。贋札を作る事はナチスの勝利を助けてるもんじゃないかと共産主義者が怒る。どうせ殺されるなら蜂起して戦おうと。だがみんな動かない。今日死ぬか明日死ぬかどっちがいいか。誰もが今日は死にたくない。だから戦わない。怒った彼はサボタージュを始める。そのせいで誰かが銃殺されるかもしれない。

 主人公をなぜかやたらとかばってくれる中佐がいる。彼は主人公を逮捕した事で出世したんだ。この男もかなり歪んでいて時代を虚構のように捉えている。かつて彼も共産主義者だった。だから主義のためには生きないんだという。すべての大義は虚構だというニヒリスト。主人公は共産国家から逃亡した男、中佐はファシズムに巻き込まれた男。反社会的行動で堂々と生きていた主人公に何かを見たんだろう。

 主人公は冒頭ではユダヤ人というアイデンティティーを捨ててニヒルだった。それが収容所で生きて自分という人間を認識する。同郷の画家志望だった若い男と話す。かつてロシアでの絵の先生は言っていた「いい絵はいいセックスと同じだ」。かつては理想に燃えていた自分はいい絵を描いてるのだろうか。そして彼にとってのセックスという繋がりは?すべては虚構なのだろうか?それとも時代で済んでしまうのか?物凄い投げかけとやり逃げを向けてくる。

 もちろんナチスは敗戦。すると中佐は隠していた偽金を取りに来る。それを読んで既にそこにいる主人公。あれほど蜂起しろと言っても聞かなかった男が武器を持って立ちはだかる。主人公にとって許せないのは、共産主義者でありナチスであったアイデンティティーを完全に捨て去った中佐への憐憫でしかない。戦争は終わりサボタージュを続けた男が英雄のように扱われる。ポンドで贋札が成功していたが、彼のサボでドルは成功しなかった。アメリカ経済は共産主義者によって助けられていたという皮肉。イギリスポンドではなんと外貨準備金の4倍もの贋札を作ったらしい。

 主人公は贋札を持ってモンテカルロに乗り込む。全額をギャンブルにつぎ込む。贋札という収容所での体験を賭けるのだ。まるで失いたかったかのように見事に全額失う。そこに女が近づいてきて海で共に踊る。そして彼は言う「金がないなら作ればいい」。うーんヨーロッパ映画という終わり方。なぜかこのラストの流れはテオ・アンゲロプロスを思い出させる。