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day by day

癒さぬ傷口が 栄光への入口

不運見本市

2010-11-06 | オリジナル。
 終業時間、17時半。
 特に残業の無い日でも後片付けをしたり同僚と雑談したりで会社を出るのは大抵18時前後。飲み会の誘いがあるでも無い日は真っ直ぐ最寄駅へと向かう。
 18:01から18:14の間に来る地下鉄で12分、私鉄に乗り換えて快速電車で25分、普通電車に乗り換えて8分。自宅の最寄り駅に着くと時間通りなら19:09。
 そこから駅前のコンビニか気が向いたらその向こうのスーパーに寄って惣菜か弁当を買って帰る。本屋に寄ることもあるがだいたい20時からのテレビ番組は確実に見ることが出来る。

 毎日同じスケジュールがうんざりだと思うこともあるけれど、逆にその手順を踏まないと落ち着かなくもなっている。

 今日も和喜は誤差範囲内の18時3分に会社を出た。少し急げば11分の快速には間に合う。駅へ向かって普段より少しだけ早足で歩いた。
 会社から直近の駅の降り口の途中には交差点がひとつある。歩行者用信号が点滅している。走ってそれを横断する。
 横断し終わった背中で、聞いたことの無いような音が響いた。
 激しいブレーキ音に何かが爆発したかのような音。人の悲鳴。
 振り返ると、さっき自分が渡ってきた側の歩道に乗用車が突っ込み、角の商店に突き刺さって煙を上げている。

 うわ、何だよあれ。あぶねえ。

 不謹慎かともちらりと思ったが、携帯電話を取り出し写真を撮る。それをそのまま、まだ交際するには到っていないが今狙っている、先週の合コンの席で知り合った茉莉花の携帯へメールした。
 送信完了すると我に返り、11分の地下鉄にはもう間に合わないだろうことに気づくと和喜は小さく舌打ちした。なんだか予定が狂ったのが腹立たしい。
 11分は逃したが、この時間の地下鉄は比較的本数が多い。多分8時には帰れるだろう。今日は見たいバラエティ番組がある曜日だ。 

 結局、14分の地下鉄には乗れた。これならいつも乗っている私鉄の快速電車には間に合いそうだ。
 地下鉄を降りると、茉莉花から返信があったことに気づいた。
『酷い事故!大丈夫だった?夜のニュースにも出るかもね』
 当たり障りのない返事。とはいえ、一応心配はしてくれたのかと思うことにしよう。初期段階ではメールのマメさも重要なポイントだ。短くても返事は必ずする。
 10分の移動時間が7分になったが、人波を掻き分けて私鉄の駅へと急ぐ。始発駅なので余裕のある日なら座れるが、今日は無理だろう。
 駅に着くともう快速電車はホームで乗客を乗せ始めていた。間に合った。
──と、そこへ構内アナウンス。

『お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけしております。先ほど高城橋駅において人身事故が発生し現在安全確認を行っております。このため、発車を見合わせております』

「マジかよ。勘弁してくれよ」
 つい、声に出して言ってしまった。
 特に約束があるでもない。単に8時からのくだらないテレビ番組が見たいと思っているだけだ。見たい、と言ってもどうせ、夕食を食べたりビールを飲んだり携帯メールをしたりしながらだから真剣に見るわけでもない。
 しかし、今日もいつも通りのタイムスケジュールで帰宅するものだと思っていたから、その予定が狂うのはどうも気に入らない。

 交通事故だの、列車事故だの。なんなんだ今日は。

 快速電車のダイヤが狂うと、普通電車に乗り換えるタイミングは必然的にずれていく。多くの場合、快速の発車時刻が5分遅れただけで到着時刻が20分遅れたなんてことはざらにあるのだ。
 携帯電話をちらりと見て、茉莉花からの返事がまだ無いことを確認するとうんざりしながら和喜は列車に乗り込んだ。発車が遅れているから、車内はいつも以上にぎゅうぎゅうと満杯になっていて、さらにうんざり度が増す。

 そういや、今日は朝から何かと予定通りに進まない日だった。
 
 朝は朝で駅前で自転車にぶち当たられるし。
 遅刻はしなかったものの朝の会議にギリギリで飛び込んだものだから上司に嫌味は言われるし。
 ランチを食いに行ったら、いつもは余裕で食べられる日替わりランチがもう売り切れてたし。
 紙コップの自動販売機でコーヒーを買おうとして間違って甘ったるいココアのボタンを押してしまうし。
 事務員のお局さまに書類の不備を皆の前で指摘されて恥をかいたし。
 外回りは全部ハズレだったし。

 うまくいかない日っていうのは一日中こうなんだな。
 もともとあまり運が良くない方なのに、見本市のように不運が重なる日まである。
 俺がいったい何をしたって言うんだろう? 
 そんな良いことはしてないかもしれないけど自分が出来る範囲で真面目に一生懸命やってるじゃないか。どう考えたって俺より頑張ってるようには見えない、適当でお気楽にやってる連中の方が仕事も女性関係もうまく行っている。
 俺なんか、何度合コンに参加しても、結局メル友が一瞬増えるだけだ。付き合おう、って言うと絶対こう言われて終わりだ。
『田口くん、いい人なんだけど。またみんなで飲みに行ったりしようよ!』
 何故か今まで俺が誘おうとした女の子たちは判で押したように同じ返事をした。
 田口和喜対策マニュアルでも出回っているんじゃないかと思う。
 誰かが後ろで糸を引いて、俺に彼女が出来ないように仕組んでるんだ。きっとそうだ。
 それとも、何か悪いものでも憑いてるんだろうか?
 ご先祖からの悪い因縁でもあるんだろうか?

 そこまで考えたところでようやく快速電車は発車した。時計を見ると、発車時刻が遅れたのは13分ほどだったと見える。人身事故とは言っても大きな事故ではなかったのだろう。全く、迷惑な話だ。
 ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で滲む汗を拭くことも出来ず、25分。今日みたいな日は下手に身動きすると痴漢と間違われかねない。目の前にいる石鹸のようないい香りの可愛いOLのふわふわとした髪の毛がくすぐったくても動いてはいけないのだ。
 無事に乗り換え駅停車のアナウンスが流れて、ぞろぞろと乗客が降りてゆく。車両の一番端、連結のドアの部分にまで追いやられていた和喜はその人の波に乗る。
 が、目の前の3人ほどが突然足を止めた。外ではもう発車のベルが鳴っている。
「ちょ、待って、降ります、降ろして下さい!!」
 叫んでも後の祭りだった。
 足を止めた小太りの中年女3人組はぼんやり、のんびりと道を空けてはくれたものの、和喜が辿り着く前にドアは無情にも閉じられてしまった。
「うわ…」
 小さく呟いて振り返ると、3人組の女は知らぬ顔で世間話に興じている。

 やられた……。

 次の停車駅で降りて普通で戻ったらもう確実に8時には帰宅できまい。
 ついてない日はとことん駄目だ。
 がっくりと脱力してドアにもたれかかる。確か次の駅はこちら側のドアが開く筈だから、ここに居れば降り損ねることはないだろう。
 こんな日は、あとは自分が事故にでも遭って命を落とさないように祈るしかない。

 少し空いた快速電車は15分後、次の駅に到着した。

 無事にホームに降り立つと、空を見上げて大きく深呼吸をする。
 ホームの屋根の合間から、星が見える。
 俺みたいなちっぽけな人間が運がいいの悪いの考えたって、星はいつも同じように光ってる。
 なんだか小さいことを考えているのが少し馬鹿らしくなった。

 気を取り直して一旦階段を降り、逆方向のホームに向かう。改札の前を通り過ぎようとした時、ものすごい勢いで改札に向かってくる女性の姿が見えた。

 あ、れ?

 見覚えがある。
 いや、あれは。
 あの、合コンで知り合った茉莉花ちゃんじゃないか。
 茉莉花は和喜に気づかず、和喜が向かおうとしていたホームへと走っていった。思わずそれを追いかける。
 普通電車はまだ5分ほど待たなければ来ない。
 茉莉花を追いかけてホームに駆け上がるとその姿を探す。
 いた。
 茉莉花はベンチに座って俯いている。

──泣いて るのか?

 どうしようか。見てはいけないものを見たような気がした。
 でも。

 多分、どうせ、いつものようにフラれるのだ。
 その上、今日はこんなに運が悪いのだ。どうしたってフラれることは確定している。
 だったら、当たって砕けろじゃないか。人間、開き直りも大事だってあの嫌味な上司もいつも言ってる。
 意を決して、和喜は茉莉花の側に進んだ。
「あの、茉莉花ちゃん?」
 茉莉花は驚いたように顔を上げるなり、再び俯いて手に持ったハンカチで目を押さえた。やはり茉莉花は泣いていたのだ。涙を拭くと再び茉莉花は顔を上げた。
「……田口くん?なんで?駅、鐘台じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど」
 話せば長くなるので、快速で降りそこねちゃって、とだけ言った。
「どじねえ」
 泣いていた筈の茉莉花は、笑った。やっぱり可愛い。
「あの、どうかしたの?」
 何度か言い澱んでから和喜は切り出した。飛び込み営業するより度胸が必要だ。
 茉莉花は少し迷ったように視線を泳がせると、自嘲するような笑みを浮かべる。
「ごめんね、あたし、実は彼氏いたんだ。あの合コン、人数あわせで頼まれて行ったから」
「えっ」
 そもそも最初から不戦敗だったわけだ。
 いいんだ、どうせフラれるのなんか慣れっこだ。

「でも、今別れてきちゃった」

 今度は和喜が驚いたように茉莉花の顔を見る。
「ねえ、田口くん、今日は帰るだけなんでしょ。飲み行かない?」
 思わぬ展開だ。
「鐘台でいいよ。そっからならあたしタクシーでだって帰れるから。ヤケ酒、付き合ってよ」
「でも…」
「あ、彼氏と別れたばっかりで他の男と酒とか、なんて女だって思ったでしょ、今」
「いや、そんなことないって」
「だったらいいじゃん。飲んでクダまいて、あいつのことなんか忘れちゃうんだから。そうだ、メールくれたあの事故のこと、聞かせてよ」
 
 ホームに普通電車が入ってきた。

「ほら、何してんの。行こうよ」
 茉莉花はすっくと立ち上がり、和喜の腕を掴んで引っ張った。

 これは、不運の続きなんだろうか?それとも──

 困ったような嬉しいような、妙な表情で和喜は引っ張られるまま電車に乗り込んだ。





禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina

これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「夜の駅」で登場人物が「開き直る」、「星」という単語を使ったお話を考えて下さい。
和喜君は別に不運じゃないし不運じゃなくて自業自得なのも含まれてるんですが、不運だと思えばなんでも不運に思えるってこと。

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