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day by day

癒さぬ傷口が 栄光への入口

空に星、地に彼女

2010-10-22 | オリジナル。
「ここから星なんか見えたんだね」

 深夜のベランダ。手摺に両腕を組んで、顎を乗せる。地上11階のマンションのベランダから女はいつも眼下にまたたく街明かりばかり見ていた。星を見たのは初めてだった。
「なんだって?」
 男はやや疲れた様子で窓からベランダの女に問い返す。賃貸マンションの狭いベランダなのに、とんでもなく遠い。アルミサッシの桟が二人の心の境界線であるかのように、男はベランダに踏み込むことはなかった。なんでもない、と微笑むと女は振り返り手摺に背を預ける。
 あたしは足元ばっかり気にして、空を見上げることが出来なかった。でも彼はいつも足元も見ずに空しか見てなかったんだ。あたしの分だけ彼が空を見つめて、彼のかわりにあたしが彼の足元まで見てあげられる、そう思ってたけど──
 結局、同じものを同じように見つめることがあたしたち、出来なかったんだ。
「あのさ、去年貸した本、読んだ?」
「本?何だっけ」
「推理小説」
 男は首を傾げた。自分が気に入って薦めた本を、男は受け取ってもたいして読みはしないということをもう女は承知している。あの本もどうせ読んでなんかいないのだ。
「読んだと思うけど忘れた」
「あんたっていつもそう。読んでないならそう言えばいいのに」
 笑うと男はアルミホイルを噛んだように嫌な顔をする。
「本のタイトルくらい覚えてるでしょ?それも忘れたの?」
 黙った。それもいつものこと。
「あの本と同じようにあたしのこともすぐ忘れるんでしょ」
「・・・・・・」
 女は手摺にもたれたまま、ベランダの天井を見上げた。星は見えない。ふう、と息を漏らすと息と共に何かが身体の外へ排出されたような気がする。
「あれ、返してくれなくていいから」
 にっこりと微笑んで手摺から離れる。男の顔を見ずにその横をすり抜け、境界線を越える。部屋の照明が明るすぎて、目が眩んだ。目を細めたまま上着とバッグを掴んでそのまま外へと飛び出す。もうここには来ない。

 さよなら。

 追ってくる気配は無かった。
 地上へ降りる。さっきまでいたあのベランダを見上げる。そういえばそんなことはもう随分と長い間無くなっていた。ここを訪ねるようになった最初の頃はいつも立ち去りがたくて何度も振り返っていたのに。
「──?」
 あのベランダから、男が身を乗り出すように手を振っているのが見えた。
 なに、あいつ。危ないじゃない。
 目をこらすと、手に何か持っているようだ。
 本?
 もう片方の手は携帯電話を持ち、耳に当てている。と気づくと同時に女の携帯電話が着信を告げた。
 もう電話がかかってきても着信拒否しようと心に決めていたのに、反射的に着信ボタンを押してしまう。
「本」
 短く聞きなれた声が聞こえた。

「ちゃんと読んで返すから、取りに来いよ」

「・・・・・・どうせまた忘れるくせに」
 それだけ答えて電話を切る。女はそのまま携帯電話を投げつけるポーズだけを取って、二、三度地団駄を踏むとバッグにそれを放り込んだ。
 これでもかと唇を尖らせてもう一度あのベランダを見上げると、男はまだ地上の女を見つめている。

 たまにはあたしが空を見て、彼が地面を見ることもあるんだな。

 女は大きく深呼吸をすると踵を返し、再びマンションへ戻った。



禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina

これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。ツイッターの診断メーカーなので本来なら140文字で収めるのが理想なんだろうけど、お題文字入れるだけでいっぱいいっぱいになってしまう(笑)ということで、およそ10ツイート分(1400文字)以内で収まる範囲を目処に書いてみました。実際は文章の切れ目の関係で10ツイートじゃすまないし、改行も行間空けたりもできないのでこちらで。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「深夜のベランダ」で登場人物が「忘れてしまう」、「本」という単語を使ったお話を考えて下さい。

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