店を出ると外はうっすらと明るくなり始めていた。
居酒屋『だいさく』の最後の客、ミハルはぼさぼさに乱れた髪をかき回し大あくびをした。背後で店主が暖簾を下ろしている。店主もまた大あくびだ。
ミハルは目を頻繁に瞬かせながら店の並びの角にあるコンビニエンスストアへ足を踏み入れた。店内の明るい照明が目に眩しい。
1リットルのアップルティーの紙パックとカレーパンを掴み、レジに放り出す。220円ちょうど、もたもたと財布から出して一枚ずつレジに置くと時折よろけながらコンビニを後にした。その足で向かいの児童公園へ。転びそうな勢いでベンチに腰かける。
早朝の空気は冷たいが酔ってほてった身体には気持ちいい。
息がそろそろ白く曇るようになってきた。
昨夜は、この春卒業した大学のゼミ仲間で少し早めの忘年会だった。
うまく就職した者、大学院に進んだ者、就職浪人した者。まだ一年も経たないのに変わったり変わらなかったり…ミハルが卒業後もメールなどで連絡を取り合っていたのはリコとヒロキの二人だけである。それでも会ったのは卒業以来だった。
男勝りで威勢が良くて酒豪のミハルだが、中身は少しは年頃の娘なわけで、ずっとメル友状態だったヒロキのことは実は少し気になる存在だった。サラリーマンになったヒロキは仕事で行き詰まるとミハルに相談してきたし、会う機会は作れないものの、結構近い存在じゃないかとも思っていた。
少し大人っぽくなったところを見せたくて、普段職場に行くときより張り切ってメイクもしたし服も普段の五倍迷って選んだ。
その忘年会の席で――
ヒロキとリコが先月から付き合い始めたという事を聞かされたのである。
「へえ、そうなんだおめでとう!なんで言ってくんなかったの水くさいなあ!」
とでも笑うしかないではないか。
結局居づらい気持ちを隠して終電までみんなで飲み、独り暮らしのマンションの近くまで帰りついたのが深夜1時前。しかしミハルはそのまま独りの部屋に戻る気にはならなかった。
というわけで、近所の居酒屋『だいさく』の暖簾をくぐって失恋の自棄酒をついさっきまで飲んでいた。
店の常連は近所の親爺や爺さんばかり。そのうちミハルの飲みっぷりに親爺どもが食いついてきて店を上げての飲めや歌えの大宴会に発展した。おかげで失恋のショックはどこかへふっとんでしまったようだった。
――あー、なにやってんだあたし。
独りになると急激に我にかえる。
こんなんだから女だと思われないんだよな。
わかってるけど、可愛らしく酔うなんてスキル、あたしにはないんだもの。
紙パックのアップルティーにストローを突っ込んで勢い良くすするとがくりと首を落とした。その拍子に足元が見える。
あれ?
明らかに自分のものではない靴。
ボロボロの履き古したようなスニーカー。
「ちょ、あたし何履いてんの」
声に出してしまう。
昨夜は普段滅多に履かない一張羅のヒールだった筈。飲みすぎて所々記憶は曖昧だが酔ってからは靴を脱ぐような座敷には上がっていない。
「おねーえさん」
背後から明るい声。ミハルは最初自分が呼び掛けられたことに気付かなかった。
「おねえさんてば」
肩を叩かれようやく振り返る。キャップを被った茶髪でピアスをいくつもぶら下げた小柄な若い男が笑っていた。
『だいさく』で一緒に騒いだメンバーに一人だけ若いのが混じっていたが確かそいつだ。まだ酔っている頭を総動員で記憶を辿る。
若い男はにこにこと無邪気な笑顔で小さな紙の手提げ袋を差し出した。薄っぺらい和菓子屋の袋だ。
「…何?」
「忘れ物」
袋の中を覗くと、そこには昨夜ミハルが履いていたヒールが入っていた。
「これ……」
「踵が折れて歩けないーってわんわん泣いてたじゃん。覚えてない?」
そうだっけ!?
ヒールも満足に履けないから女扱いされないんだ、どうせあたしなんか――
そうだ、そうだった。
それで店じゅうがあたしの失恋を慰めてくれたんだ。
そしてその時――
「ごめん、この靴、君のだよね」
そう、この若い男が自分の履いていた靴を貸してくれた。自分は男にしては足が小さいからとか何とか言って。
「ごめん、洗って返す」
「いいよ、そのままで。後で『だいさく』に預けといてくれればいいしさ」
男は可愛らしくも見える笑顔で首をかしげる。ミハルより年上にもずっと年下の高校生ほどにも見えた。
「シンデレラはガラスの靴片方だけど靴両方置いてくのは珍しいよね」
男はずっと笑っている。ミハルもつられて笑った。
「じゃあシンデレラの倍幸せになるってことだよね、あたし」
「いや保証はしないけどさ」
この子にだってきっと彼女がいるに違いない。結構可愛いし、笑顔がいい。
だから新しい恋の予感なんかじゃない。
でも、あの居酒屋に行けば会えるんだ、きっと。
それもいいかもしれない。あたしには当分、親爺でも若いのでもいいから楽しく呑める場所と呑み仲間があればいいよ。
じゃあねと手をふって走り去った男の姿を見送り、ため息をつくとカレーパンの袋を破った。口許は微笑んでいる。
あたりはもう、朝の明るさになっていた。
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「早朝の公園」で登場人物が「振られる」、「靴」という単語を使ったお話を考えて下さい。
これは私の実話というわけではありません(笑)
居酒屋『だいさく』の最後の客、ミハルはぼさぼさに乱れた髪をかき回し大あくびをした。背後で店主が暖簾を下ろしている。店主もまた大あくびだ。
ミハルは目を頻繁に瞬かせながら店の並びの角にあるコンビニエンスストアへ足を踏み入れた。店内の明るい照明が目に眩しい。
1リットルのアップルティーの紙パックとカレーパンを掴み、レジに放り出す。220円ちょうど、もたもたと財布から出して一枚ずつレジに置くと時折よろけながらコンビニを後にした。その足で向かいの児童公園へ。転びそうな勢いでベンチに腰かける。
早朝の空気は冷たいが酔ってほてった身体には気持ちいい。
息がそろそろ白く曇るようになってきた。
昨夜は、この春卒業した大学のゼミ仲間で少し早めの忘年会だった。
うまく就職した者、大学院に進んだ者、就職浪人した者。まだ一年も経たないのに変わったり変わらなかったり…ミハルが卒業後もメールなどで連絡を取り合っていたのはリコとヒロキの二人だけである。それでも会ったのは卒業以来だった。
男勝りで威勢が良くて酒豪のミハルだが、中身は少しは年頃の娘なわけで、ずっとメル友状態だったヒロキのことは実は少し気になる存在だった。サラリーマンになったヒロキは仕事で行き詰まるとミハルに相談してきたし、会う機会は作れないものの、結構近い存在じゃないかとも思っていた。
少し大人っぽくなったところを見せたくて、普段職場に行くときより張り切ってメイクもしたし服も普段の五倍迷って選んだ。
その忘年会の席で――
ヒロキとリコが先月から付き合い始めたという事を聞かされたのである。
「へえ、そうなんだおめでとう!なんで言ってくんなかったの水くさいなあ!」
とでも笑うしかないではないか。
結局居づらい気持ちを隠して終電までみんなで飲み、独り暮らしのマンションの近くまで帰りついたのが深夜1時前。しかしミハルはそのまま独りの部屋に戻る気にはならなかった。
というわけで、近所の居酒屋『だいさく』の暖簾をくぐって失恋の自棄酒をついさっきまで飲んでいた。
店の常連は近所の親爺や爺さんばかり。そのうちミハルの飲みっぷりに親爺どもが食いついてきて店を上げての飲めや歌えの大宴会に発展した。おかげで失恋のショックはどこかへふっとんでしまったようだった。
――あー、なにやってんだあたし。
独りになると急激に我にかえる。
こんなんだから女だと思われないんだよな。
わかってるけど、可愛らしく酔うなんてスキル、あたしにはないんだもの。
紙パックのアップルティーにストローを突っ込んで勢い良くすするとがくりと首を落とした。その拍子に足元が見える。
あれ?
明らかに自分のものではない靴。
ボロボロの履き古したようなスニーカー。
「ちょ、あたし何履いてんの」
声に出してしまう。
昨夜は普段滅多に履かない一張羅のヒールだった筈。飲みすぎて所々記憶は曖昧だが酔ってからは靴を脱ぐような座敷には上がっていない。
「おねーえさん」
背後から明るい声。ミハルは最初自分が呼び掛けられたことに気付かなかった。
「おねえさんてば」
肩を叩かれようやく振り返る。キャップを被った茶髪でピアスをいくつもぶら下げた小柄な若い男が笑っていた。
『だいさく』で一緒に騒いだメンバーに一人だけ若いのが混じっていたが確かそいつだ。まだ酔っている頭を総動員で記憶を辿る。
若い男はにこにこと無邪気な笑顔で小さな紙の手提げ袋を差し出した。薄っぺらい和菓子屋の袋だ。
「…何?」
「忘れ物」
袋の中を覗くと、そこには昨夜ミハルが履いていたヒールが入っていた。
「これ……」
「踵が折れて歩けないーってわんわん泣いてたじゃん。覚えてない?」
そうだっけ!?
ヒールも満足に履けないから女扱いされないんだ、どうせあたしなんか――
そうだ、そうだった。
それで店じゅうがあたしの失恋を慰めてくれたんだ。
そしてその時――
「ごめん、この靴、君のだよね」
そう、この若い男が自分の履いていた靴を貸してくれた。自分は男にしては足が小さいからとか何とか言って。
「ごめん、洗って返す」
「いいよ、そのままで。後で『だいさく』に預けといてくれればいいしさ」
男は可愛らしくも見える笑顔で首をかしげる。ミハルより年上にもずっと年下の高校生ほどにも見えた。
「シンデレラはガラスの靴片方だけど靴両方置いてくのは珍しいよね」
男はずっと笑っている。ミハルもつられて笑った。
「じゃあシンデレラの倍幸せになるってことだよね、あたし」
「いや保証はしないけどさ」
この子にだってきっと彼女がいるに違いない。結構可愛いし、笑顔がいい。
だから新しい恋の予感なんかじゃない。
でも、あの居酒屋に行けば会えるんだ、きっと。
それもいいかもしれない。あたしには当分、親爺でも若いのでもいいから楽しく呑める場所と呑み仲間があればいいよ。
じゃあねと手をふって走り去った男の姿を見送り、ため息をつくとカレーパンの袋を破った。口許は微笑んでいる。
あたりはもう、朝の明るさになっていた。
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「早朝の公園」で登場人物が「振られる」、「靴」という単語を使ったお話を考えて下さい。
これは私の実話というわけではありません(笑)
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