『ゆうり?ごめんな、今いるとこネット環境激悪でさ。メールとか送れなくて。電話繋がってよかった』
電話の向こうの声が弾んでいる。
この分では、昨日送ったメールは読んでいないのだろう。
『それよりさ、とうとう見つけたよ!ハンス・パブロスキの初期作!絶対手に入らないだろって言われてたやつ!』
興奮した声がとうとう受話器の向こうで音割れを起こし始めた。
「良かったじゃない。クロアチアまで行った甲斐があって」
『ほんと苦労したもんなあ。あ、ごめんもう小銭無くなる。それじゃ!』
「あ」
切れた。
また何も言えなかった。
メールを読んでいないのなら、せっかく電話だし言いたかったのに。
誕生日おめでとうって。
いつ帰ってくるのって。
「夏生さんのばか」
コードレスの子機をじっと見下ろすと溜息をついて充電器に戻す。
目的の本が見つかったなら、近いうちに帰ってくるんだろうか。夏生はいつも、予告も無しに突然出かけて突然戻ってくる。
司書をしていた木崎夏生が勤務先の市立図書館を辞めたのは五年ほど前になる。図書館を辞めてどうしたかというと、夏生が尊敬するある西欧文学者が教授をつとめる大学の文学部に学士入学した。公務員を辞めて稼ぎのあてのない文学者になるなんて、結婚する気はないのだろうとゆうりの親友・丸山紗莉は怒り狂ったものだ。夏生はそのまま大学に残り、現在は独文学の研究をしている筈だ。
筈だ、というのは夏生は今現在何をやっているのかを断片的にしか教えてくれないので、全体像は想像で補うしかないからである。
例えば、先程の電話に登場した『ハンス・パブロスキ』なる作家がどこの国のどういう作品を書いている作家なのかということをゆうりは知らない。ただその作家の初期作は東欧にあって東西冷戦終了やその後の様々な混乱でもう入手困難だと言われている、ということは以前夏生から聞いていた。それを探し求めてとうとうクロアチアにまで到達してしまったということらしい。
「先週までドイツにいたと思ったらこれだもの」
ひとりごとを言うとゆうりは自分のデスクに戻った。小説の直しを完成させなければ。明日は編集担当の広田と打ち合わせの約束がある。
あのひとは思うままに世界中を飛び回って、気まぐれに帰ってきては何日か一緒に過ごして、そしてまたどこかへ行ってしまう。
こんなので付き合ってるって言えるのかしら。
雑念を振り払うように頭を振るとゆうりはスクリーンセイバー画面になっていたパソコンに向かった。
「うん、だいぶ良くなってきたんじゃないかな。ちょっと預かるよ」
明るく強い日差しが差し込むカフェの片隅で、直した箇所をチェックすると広田はコーヒーを口に運んだ。夏の夕暮れはまだ日が少し傾いただけに見える。
「さて、今日はこれからどうしようか。食事にでも。それとも三月さん、あんまり寝てないかな」
「平気です。ご一緒しますよ」
確かに明け方まで原稿に取り組んでいたので眠いことは眠いが、今日はひとりで夕食という気にはなれない。
広田倖人は紳士的にこのカフェの近くのレストランへゆうりをエスコートした。作品に駄目だしをする時はとても厳しいが、そうでない時は別人のように優しい。
ゆうりがバイブルのように常に持ち歩いている古い小説。その表紙の折り返しにあった海辺の風景写真の場所を求めてとある日本海ぞいの温泉地を訪れた時、広田と偶然出会った。
彼が編集者であり、件の本の担当者であったことはゆうりにはただの偶然とは思えない。
きっと、春哉さんが引き合わせてくれたんだわ。
あの本──『つごもりの彼女』の作者。恋人の夏生はその作者、春哉の弟である。
あの本があったから、夏生とも親しくなれたし広田とも出会えた。それはきっと、春哉がそうやって縁を結んでくれたのだ。
でも春哉さん、あなたの弟さんはあなたの鎖から解き放たれたらもう自由ったらないのよ。
昨日だって、わたしに誕生日おめでとうも言わせてくれなかったんだから。
それどころか、三月のわたしの誕生日もすっかり忘れてたのよ。ひどいでしょう?
「ん、どうかした?」
食後のデザートを口に運ぼうとした姿勢のままぼんやり動作が止まってしまっていたゆうりは広田の声に驚いてフォークを取り落としそうになった。
「ご、ごめんなさい。ぼんやりして」
広田は何故か愉快そうに笑う。その顔をじっと見つめているといつも目のあたりにふわふわと浮かんでくる疑問がまたわいた。
このひとは、本当に癌なのかしら。
出会った時、自分は癌だと告白した広田。しかし、作家の卵と編集者として何度も顔を合わせているもののこの男が病に冒されているようには見えなかった。本当なら、もっときちんと治療した方がいいのではないかと思う。
それがずっと気がかりだったが、ゆうりにはそれを質問することが出来なかった。いつも、相手が話してくれるのを待っているばかりだ。自分から質問したり意見を言ったりすることがゆうりにはとても難しい。
おかあさんや紗莉ちゃんみたいに、何でも思ったことを言って、それでも嫌がられないあんなひと達が羨ましい。
母や親友の顔を思い浮かべる。彼女たちのパワーにゆうりはいつも憧れていた。
わたしは、何か言おうとする時つい、こんなことを言ったら鬱陶しいと思われるんじゃないか、不快な気分にさせるんじゃないかって先に考えてしまう。そうしているうちにタイミングを逃してしまう。そういうところは私は父に似たのだと母は言う。
だって、そんなプライベートなことにずけずけと踏み込んで質問されたりしたら、迷惑だって思う人もいるじゃない。
だからわたし、言いたいことがあっても飲み込んでしまう。自分で自分を納得させてしまうのも上手くなってしまった。
でも、広田さんは自分からわたしに病気のことを教えてくれたんだもの。少しくらい訊ねてもいいわよね。
「あの、その後お体の方は大丈夫なんですか」
「ああ、大丈夫だよ。まだ入院するほどじゃない」
たったひとこと、それを質問するために随分長く逡巡したのに、あっさり四秒で返されてしまう。
「そうだ、うちの蔵書を見るかい?きみも随分たくさんの本を読んでいるだろうからもう読んだ本が殆どかもしれないが」
そのうえ、あっさりと話題を変えられてしまったが、広田は言ってしまってから何故かしまった、という顔をした。
「ああ、嫁入り前のお嬢さんを夜に自宅に招くなんて、失礼だったね」
「え、どうしてですか?」
反射的にそう返事をして広田の気まずそうな笑い顔でようやくその意味を理解する。
「こんなおじさんとあらぬ噂でも立ってしまったら、君の彼氏に申し訳がたたないよ」
電話の向こうの能天気にはしゃいでいたであろう夏生の顔を思い浮かべる。何故か無性に腹が立ってきた。
「……いいんです、気にしなくて。彼は今頃クロアチアで見つけた本の翻訳に夢中になってわたしのことなんて忘れてるんです」
「あれ、珍しいね。彼氏とケンカでもしたのか」
「けんかなんかじゃないです。とにかく、わたし、気にしませんから広田さんがご迷惑でなければその本を是非見せていただけませんか」
広田が何故かふうん、と感心したような顔をしたのに、ゆうりは気付かなかった。
世の中に小説と言われるものがどれだけ出版されているんだろう。
広田邸の『書庫』は十畳ばかりの部屋にところせましと天井までの書棚が並んでいる。小規模な書店並みの量だろう。昔からまるで飢えているように無節操にいろんな作品を読んできたつもりだったが、広田の蔵書の半分ほどはゆうりがまだ読んだことのないものだ。先程まで夏生に腹を立てていたということも忘れてその並んだ背表紙を順々に眺めた。
「きみは本当に本が好きなんだねえ。生き生きしてる」
広田の声にえ、と振り返る。
──本の話をしてる時だけは元気だね。
そういえば夏生からも紗莉からも似たようなことを言われたことがある。いや、母や父からもだ。
特別無理をしておとなしくしているわけでもないし感情を抑えているわけでもないのに、客観的に見ればそう見えてしまうのだろう。
「わたし、普段はそんなに生気が無いんでしょうか」
ゆうりが落胆して──そのように広田に見えたかどうかはわからないが──ぽつりとこぼすと広田はそういう意味じゃないよ、と笑った。
「僕はきみの作品には足りないものがあるって思うんだが何だと思う?」
広田は一冊の本を手に取って、書庫になっている部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろした。手に持っているのは『つごもりの彼女』だ。
足りないもの──?
急に指摘されて戸惑う。それはこれまで指摘されてこなかったことなのだろうか。指摘されて解消できるものなのだろうか。一気に不安になる。
「それって……」
「『きたなさ』だよ」
どきり、とした。
「人間は誰だって、多分きみだって、どんな善人だって、多少の汚い気持ちは持ってるもんだろう。きみの作品にはそれが出てこない」
「きたなさ……」
「それを全面に押し出して書く作風の作家もいる。きみにそんな風になれって言ってるんじゃないよ。それではきみのよさが死んでしまう。でも、誰だって持っているはずのちょっとしたいやらしさみたいなものがもう少し見えてもいいんじゃないかって思うんだ。たった一行、たった一フレーズできみならそれを表現できるんじゃないかな」
それは、きっと意識的にか無意識的にか、避けていたこと。
人に汚い面があることなんて、わたしだって知ってる。でもそれを書いてしまうと、自分の中の汚さを白状しているみたいで怖い。書けたとしてもステレオタイプの悪い人間しか書けていないことを、ゆうりは自分でも薄々気付いていた。
「たとえば──」
ソファの上の広田は脚を組みなおしている。
「きみは彼氏が自分をほったらかしにしていることが不満だ。だから少し自棄になっている。普段のきみを知っている人間なら、きみにそんな面があるのかって驚くよ。でも片方で少し安心もする。きみも生きていて感情のある普通の女性なんだっていうことに」
「わたし、そんなに生きてる感じがしないですか」
さっきと同じ質問をする。
お人形さんのようだと言われて育ってきた。
ずうずうしくひとの前に出て自分の意見を通そうとするなんて下品だと祖母からは躾けられた。
紗莉には怒ってみなさいよと挑発されたこともある。
わたしだって、悲しかったり腹が立ったり寂しかったり、ひとを詰りたくなったり、自暴自棄になってしまいたい時もある。
でも、いまだに他人はわたしをいつも感情のない『お人形さん』みたいだって言う。
いつも優しく微笑んでいるだけの、お人形さん。
わたしはただ、胸の中の色々を表に出すのが下手くそなだけなのに。
それを自分の外に出す方法もわからないのに、どう文章にしたらいいんだろう。
「きみがそれを出すのには勇気と鍛錬がいると思うよ。でも書けるようになった時にきみは少し大人になれる気がする。──さて」
広田はゆうりの質問には答えず、この話題はここで終わりと言わんばかりに座り直してふう、と大きく息を吐いた。
「大事なアドバイスをしたところで、とても残念なお知らせがある」
頭が混乱して泣きそうなのに、まだ何かあるのか──
のろのろと広田の顔を見ると、その顔はとても穏やかな笑顔だった。
「実は、僕の『文芸新月』の廃刊がとうとう決まった」
「え」
広田が編集長をつとめる文芸雑誌。売上の落ち込みに歯止めがかからないと苦労していたのをゆうりも知っている。
「話題のミステリー作家を呼んでみたり、エッセイを掲載したり、純文以外も色々取り込んであの手この手を尽くしたけど、もうお手上げだそうだ。会社はもっと若い子向けの新しい雑誌を創刊するつもりらしい。そこで、だ」
広田は手に持っていた『つごもりの彼女』の表紙に掌を当てて、目を閉じる。
「僕は会社を辞めることにした。だから、もうきみの担当ではなくなる。きみをデビューまで連れていくのが僕の仕事だと思っていたが、もう見てあげられなくなる。本当に申し訳ない」
『お人形さん』のように──ゆうりは身動きが出来なくなった。
そんな。
広田さんがこの出版社を辞めてしまったら。
わたし。
「まあ、文芸部──名前は変わるかもしれないが、部署が無くなるわけじゃない。今後も小説の出版は続けていくし、きみのことは他の担当にちゃんと引き継いでおくから安心してくれ」
「あの、退職されて、それから──」
どうなさるんですか。
この期に及んでも、その一言が出てこなかった。
「まあ、三十年以上ろくに休みなくやってきたんだ。良い休暇が出来たよ。治療に専念するにも丁度いいし」
「入院されるんですか?」
「いや、まだ決まったわけじゃない」
「あの」
広田はもう随分前に妻と死別している。子どももいない。
「入院されたら、ご家族は──」
やっとの思いでそれだけ口にする。
「知っての通り、妻ももういないし子もいない。姉は二人いたんだけど妙な宗教にはまっちゃってね、付き合いは断絶してる。もし僕が病気だなんて知れたら治療資金まで全部毟り取られるだろうから絶対に秘密だ。会社にだって僕の病気のことは報告してないからね」
何でもないことのように広田はすらすらと答えた。
家族のことなど失礼にあたるかと普段のゆうりなら絶対に質問しないが、広田にとっては聞かれて迷惑なことでもなかったらしい。
「きみが心配することはないよ。もし入院することになっても完全看護の病院で本を積み上げて悠々と入院生活に入るつもりだから」
「でも、なにかと不便なさるでしょう?あの、もしご迷惑でなかったらわたし、広田さんのお手伝いに通いましょうか」
これだけお世話になってきたのだから、何かお返ししたい。
それに、
広田さんが会社を辞めるのをそのままただ見送ったら。
もう会えなくなる──
はっと息を呑む。
わたし──?
「何を言ってるんだ。そんなの頼めるわけないじゃないか」
広田は呆れたように笑っている。
ゆうりは慌てたようにその横に腰を下ろした。
「お願いです。何かお手伝いさせて下さい。広田さんの──」
どうしよう、わたし、何を言っているのかしら。
「広田さんのおそばにいさせてください」
顔を上げて広田の目をじっと見つめる。こんな至近距離でこの顔を見たのは初めてだ。
広田が一瞬困ったような顔をして、小さく笑ったのが目に映る。
堰をきったように。
唇が覆われる。夏生のそれとは全然違う。夏生は煙草の臭いがするけれど広田はしない。
夏生よりもずっと、優しいけど荒々しい。
そのままソファの上に押し付けられる。
広田の膝の上にあった『つごもりの彼女』がばさりと床に落ちた。
このまま身を任せてしまってもいい。
それを越えてしまったら、わたしはどうなってしまうのかしら。
広田の暖かい掌が腿に触れる。
ぎくり、とゆうりは身を硬直させた。開きかけていた脚を無意識に閉じる。
次の瞬間、吹き出すような笑い声が聞こえた。
「あんまり慣れないことをするもんじゃないよ」
ゆうりは解放された。子どもにそうするように、ゆうりの頭をぽんぽんと撫でて広田は座り直している。
「きみの彼氏は普段よっぽどきみを大切に扱ってるとみえる」
笑っている。
「───」
ゆうりは自分の顔が恥ずかしさで火照っているのを両手で隠すようにうつむいた。涙も滲んでくる。
わたしったら、なんて恥ずかしいことをしてしまったんだろう。
あんな風に見つめられたら男のひとなら誰だって誘ってると思うにきまってる。
ううん、実際、あの時わたしは広田さんにキスして欲しいって。抱いて欲しいって、きっと思ってた。
彼氏がいるのに別の男を誘惑するような女だと広田に思われたかもしれない。それが耐えられないくらい恥ずかしい。
だけど──
「それでもわたし、広田さんのおそばにいたいって思ったのは本当なんです。いい加減な気持ちじゃありません。わたし」
なけなしの勇気を振り絞る。
夏生と向き合っている時にこんなに勇気が必要だったことなど一度もない。
「わたし、広田さんのことが──」
「三月さん」
振り絞った勇気もむなしく、言葉を遮られる。
「きみは、僕もだが言葉を操る仕事だ。だから、言葉はもっと大事にしなさい。場合によっては、口にしてしまったらきみ自身を騙す罠になる」
「でも」
「いいかい、僕は風雪じゃないし、きみは琴絵じゃない」
広田は床に落ちた『つごもりの彼女』を拾い上げ、その表紙を大切そうに撫でた。
不治の病に倒れた主人公、風雪と彼に惹かれる看護婦、琴絵の物語。
琴絵が風雪に恋をしたように。
病に冒された広田に恋をした錯覚に陥っているだけなのだと──広田は言っている。
暗誦できるほど読み込んだ『つごもりの彼女』。
琴絵の気持ちに共感するあまり、似た状況に惹かれてしまうのも無理はないのかもしれない。
「それに、僕が風雪なら僕は死ぬことになる。そして結局きみは元の鞘だ。かんべんして欲しいね」
からかうように、くっくっと広田が笑う。
広田の言う通り、ゆうりが琴絵の気持ちになっているとしたなら──
風雪のように失いたくはないからそばにいたいと思ったのに。
わたし、広田さんが死ぬと予感してそんな風に思ったんじゃない。
そんな意地悪を言ってわたしを遠ざけるなんて、ずるいひと。
恥ずかしいやら気まずいやらうらめしいやらでじっと広田の顔を睨みつけると広田は『つごもりの彼女』をゆうりに手渡し、立ち上がって窓の外を覗きこんだ。
「うん、あのまま最後までいってしまうのも、作家としてのきみの肥やしにはきっとなったと思う。でも生憎、僕は自分の作家とそういう関係にはならない主義なんでね、悪いけど」
「もう、いいです」
広田も気まずいのかもしれないが、何か言われれば言われるほど居心地が悪くなる。
「はしたない真似をして申し訳ありませんでした。わたし、今日は帰ります。また伺います」
とにかく一度状況をリセットしなければ。立ち上がり、丁寧に礼をする。もうここが限界だ。
謝って欲しいわけじゃないんだけどなぁ……広田が呟いた声は、一刻も早くここから逃げ出したいゆうりの耳には届かなかった。
終電ぎりぎりでなんとか自宅に帰りつくと、留守番電話にメッセージが入っていた。
『ゆうり、メール見たよー!自分の誕生日なんかすっかり忘れてた!ありがとうなー!』
弾んだ声の短い留守電メッセージ。
もう、人の気も知らないで。ばか。ばかばかばかばか。
すぐに帰ってきてくれなきゃ、わたし、次は本当に誰か別の人のこと好きになっちゃうわよ。
広田さんのキスなんて、あなたのよりずっと上手だった。
セックスだってきっとあなたなんかよりずっと上手だったはずよ。あのまま最後までいってたらわたしきっと夢中になってたんだからね。
広田さんも広田さんよ。あんなキスしておいて途中でやめてしまうなんて、なによ、紳士ぶって。
春哉さん、なにか言ってよ。
あなたの弟は能天気だし、あなたの担当さんは朴念仁だわ。
ねえ、お空にいるんでしょう?そこからあの人たち、なんとかしてよ。
みんな、わたしも、夏生さんも、広田さんも、みんなあなたに恋してるの。
だから、なにか言って。おねがい。
最終話に続く
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「朝のベンチ」で登場人物が「見つめる」、「罠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
電話の向こうの声が弾んでいる。
この分では、昨日送ったメールは読んでいないのだろう。
『それよりさ、とうとう見つけたよ!ハンス・パブロスキの初期作!絶対手に入らないだろって言われてたやつ!』
興奮した声がとうとう受話器の向こうで音割れを起こし始めた。
「良かったじゃない。クロアチアまで行った甲斐があって」
『ほんと苦労したもんなあ。あ、ごめんもう小銭無くなる。それじゃ!』
「あ」
切れた。
また何も言えなかった。
メールを読んでいないのなら、せっかく電話だし言いたかったのに。
誕生日おめでとうって。
いつ帰ってくるのって。
「夏生さんのばか」
コードレスの子機をじっと見下ろすと溜息をついて充電器に戻す。
目的の本が見つかったなら、近いうちに帰ってくるんだろうか。夏生はいつも、予告も無しに突然出かけて突然戻ってくる。
司書をしていた木崎夏生が勤務先の市立図書館を辞めたのは五年ほど前になる。図書館を辞めてどうしたかというと、夏生が尊敬するある西欧文学者が教授をつとめる大学の文学部に学士入学した。公務員を辞めて稼ぎのあてのない文学者になるなんて、結婚する気はないのだろうとゆうりの親友・丸山紗莉は怒り狂ったものだ。夏生はそのまま大学に残り、現在は独文学の研究をしている筈だ。
筈だ、というのは夏生は今現在何をやっているのかを断片的にしか教えてくれないので、全体像は想像で補うしかないからである。
例えば、先程の電話に登場した『ハンス・パブロスキ』なる作家がどこの国のどういう作品を書いている作家なのかということをゆうりは知らない。ただその作家の初期作は東欧にあって東西冷戦終了やその後の様々な混乱でもう入手困難だと言われている、ということは以前夏生から聞いていた。それを探し求めてとうとうクロアチアにまで到達してしまったということらしい。
「先週までドイツにいたと思ったらこれだもの」
ひとりごとを言うとゆうりは自分のデスクに戻った。小説の直しを完成させなければ。明日は編集担当の広田と打ち合わせの約束がある。
あのひとは思うままに世界中を飛び回って、気まぐれに帰ってきては何日か一緒に過ごして、そしてまたどこかへ行ってしまう。
こんなので付き合ってるって言えるのかしら。
雑念を振り払うように頭を振るとゆうりはスクリーンセイバー画面になっていたパソコンに向かった。
「うん、だいぶ良くなってきたんじゃないかな。ちょっと預かるよ」
明るく強い日差しが差し込むカフェの片隅で、直した箇所をチェックすると広田はコーヒーを口に運んだ。夏の夕暮れはまだ日が少し傾いただけに見える。
「さて、今日はこれからどうしようか。食事にでも。それとも三月さん、あんまり寝てないかな」
「平気です。ご一緒しますよ」
確かに明け方まで原稿に取り組んでいたので眠いことは眠いが、今日はひとりで夕食という気にはなれない。
広田倖人は紳士的にこのカフェの近くのレストランへゆうりをエスコートした。作品に駄目だしをする時はとても厳しいが、そうでない時は別人のように優しい。
ゆうりがバイブルのように常に持ち歩いている古い小説。その表紙の折り返しにあった海辺の風景写真の場所を求めてとある日本海ぞいの温泉地を訪れた時、広田と偶然出会った。
彼が編集者であり、件の本の担当者であったことはゆうりにはただの偶然とは思えない。
きっと、春哉さんが引き合わせてくれたんだわ。
あの本──『つごもりの彼女』の作者。恋人の夏生はその作者、春哉の弟である。
あの本があったから、夏生とも親しくなれたし広田とも出会えた。それはきっと、春哉がそうやって縁を結んでくれたのだ。
でも春哉さん、あなたの弟さんはあなたの鎖から解き放たれたらもう自由ったらないのよ。
昨日だって、わたしに誕生日おめでとうも言わせてくれなかったんだから。
それどころか、三月のわたしの誕生日もすっかり忘れてたのよ。ひどいでしょう?
「ん、どうかした?」
食後のデザートを口に運ぼうとした姿勢のままぼんやり動作が止まってしまっていたゆうりは広田の声に驚いてフォークを取り落としそうになった。
「ご、ごめんなさい。ぼんやりして」
広田は何故か愉快そうに笑う。その顔をじっと見つめているといつも目のあたりにふわふわと浮かんでくる疑問がまたわいた。
このひとは、本当に癌なのかしら。
出会った時、自分は癌だと告白した広田。しかし、作家の卵と編集者として何度も顔を合わせているもののこの男が病に冒されているようには見えなかった。本当なら、もっときちんと治療した方がいいのではないかと思う。
それがずっと気がかりだったが、ゆうりにはそれを質問することが出来なかった。いつも、相手が話してくれるのを待っているばかりだ。自分から質問したり意見を言ったりすることがゆうりにはとても難しい。
おかあさんや紗莉ちゃんみたいに、何でも思ったことを言って、それでも嫌がられないあんなひと達が羨ましい。
母や親友の顔を思い浮かべる。彼女たちのパワーにゆうりはいつも憧れていた。
わたしは、何か言おうとする時つい、こんなことを言ったら鬱陶しいと思われるんじゃないか、不快な気分にさせるんじゃないかって先に考えてしまう。そうしているうちにタイミングを逃してしまう。そういうところは私は父に似たのだと母は言う。
だって、そんなプライベートなことにずけずけと踏み込んで質問されたりしたら、迷惑だって思う人もいるじゃない。
だからわたし、言いたいことがあっても飲み込んでしまう。自分で自分を納得させてしまうのも上手くなってしまった。
でも、広田さんは自分からわたしに病気のことを教えてくれたんだもの。少しくらい訊ねてもいいわよね。
「あの、その後お体の方は大丈夫なんですか」
「ああ、大丈夫だよ。まだ入院するほどじゃない」
たったひとこと、それを質問するために随分長く逡巡したのに、あっさり四秒で返されてしまう。
「そうだ、うちの蔵書を見るかい?きみも随分たくさんの本を読んでいるだろうからもう読んだ本が殆どかもしれないが」
そのうえ、あっさりと話題を変えられてしまったが、広田は言ってしまってから何故かしまった、という顔をした。
「ああ、嫁入り前のお嬢さんを夜に自宅に招くなんて、失礼だったね」
「え、どうしてですか?」
反射的にそう返事をして広田の気まずそうな笑い顔でようやくその意味を理解する。
「こんなおじさんとあらぬ噂でも立ってしまったら、君の彼氏に申し訳がたたないよ」
電話の向こうの能天気にはしゃいでいたであろう夏生の顔を思い浮かべる。何故か無性に腹が立ってきた。
「……いいんです、気にしなくて。彼は今頃クロアチアで見つけた本の翻訳に夢中になってわたしのことなんて忘れてるんです」
「あれ、珍しいね。彼氏とケンカでもしたのか」
「けんかなんかじゃないです。とにかく、わたし、気にしませんから広田さんがご迷惑でなければその本を是非見せていただけませんか」
広田が何故かふうん、と感心したような顔をしたのに、ゆうりは気付かなかった。
世の中に小説と言われるものがどれだけ出版されているんだろう。
広田邸の『書庫』は十畳ばかりの部屋にところせましと天井までの書棚が並んでいる。小規模な書店並みの量だろう。昔からまるで飢えているように無節操にいろんな作品を読んできたつもりだったが、広田の蔵書の半分ほどはゆうりがまだ読んだことのないものだ。先程まで夏生に腹を立てていたということも忘れてその並んだ背表紙を順々に眺めた。
「きみは本当に本が好きなんだねえ。生き生きしてる」
広田の声にえ、と振り返る。
──本の話をしてる時だけは元気だね。
そういえば夏生からも紗莉からも似たようなことを言われたことがある。いや、母や父からもだ。
特別無理をしておとなしくしているわけでもないし感情を抑えているわけでもないのに、客観的に見ればそう見えてしまうのだろう。
「わたし、普段はそんなに生気が無いんでしょうか」
ゆうりが落胆して──そのように広田に見えたかどうかはわからないが──ぽつりとこぼすと広田はそういう意味じゃないよ、と笑った。
「僕はきみの作品には足りないものがあるって思うんだが何だと思う?」
広田は一冊の本を手に取って、書庫になっている部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろした。手に持っているのは『つごもりの彼女』だ。
足りないもの──?
急に指摘されて戸惑う。それはこれまで指摘されてこなかったことなのだろうか。指摘されて解消できるものなのだろうか。一気に不安になる。
「それって……」
「『きたなさ』だよ」
どきり、とした。
「人間は誰だって、多分きみだって、どんな善人だって、多少の汚い気持ちは持ってるもんだろう。きみの作品にはそれが出てこない」
「きたなさ……」
「それを全面に押し出して書く作風の作家もいる。きみにそんな風になれって言ってるんじゃないよ。それではきみのよさが死んでしまう。でも、誰だって持っているはずのちょっとしたいやらしさみたいなものがもう少し見えてもいいんじゃないかって思うんだ。たった一行、たった一フレーズできみならそれを表現できるんじゃないかな」
それは、きっと意識的にか無意識的にか、避けていたこと。
人に汚い面があることなんて、わたしだって知ってる。でもそれを書いてしまうと、自分の中の汚さを白状しているみたいで怖い。書けたとしてもステレオタイプの悪い人間しか書けていないことを、ゆうりは自分でも薄々気付いていた。
「たとえば──」
ソファの上の広田は脚を組みなおしている。
「きみは彼氏が自分をほったらかしにしていることが不満だ。だから少し自棄になっている。普段のきみを知っている人間なら、きみにそんな面があるのかって驚くよ。でも片方で少し安心もする。きみも生きていて感情のある普通の女性なんだっていうことに」
「わたし、そんなに生きてる感じがしないですか」
さっきと同じ質問をする。
お人形さんのようだと言われて育ってきた。
ずうずうしくひとの前に出て自分の意見を通そうとするなんて下品だと祖母からは躾けられた。
紗莉には怒ってみなさいよと挑発されたこともある。
わたしだって、悲しかったり腹が立ったり寂しかったり、ひとを詰りたくなったり、自暴自棄になってしまいたい時もある。
でも、いまだに他人はわたしをいつも感情のない『お人形さん』みたいだって言う。
いつも優しく微笑んでいるだけの、お人形さん。
わたしはただ、胸の中の色々を表に出すのが下手くそなだけなのに。
それを自分の外に出す方法もわからないのに、どう文章にしたらいいんだろう。
「きみがそれを出すのには勇気と鍛錬がいると思うよ。でも書けるようになった時にきみは少し大人になれる気がする。──さて」
広田はゆうりの質問には答えず、この話題はここで終わりと言わんばかりに座り直してふう、と大きく息を吐いた。
「大事なアドバイスをしたところで、とても残念なお知らせがある」
頭が混乱して泣きそうなのに、まだ何かあるのか──
のろのろと広田の顔を見ると、その顔はとても穏やかな笑顔だった。
「実は、僕の『文芸新月』の廃刊がとうとう決まった」
「え」
広田が編集長をつとめる文芸雑誌。売上の落ち込みに歯止めがかからないと苦労していたのをゆうりも知っている。
「話題のミステリー作家を呼んでみたり、エッセイを掲載したり、純文以外も色々取り込んであの手この手を尽くしたけど、もうお手上げだそうだ。会社はもっと若い子向けの新しい雑誌を創刊するつもりらしい。そこで、だ」
広田は手に持っていた『つごもりの彼女』の表紙に掌を当てて、目を閉じる。
「僕は会社を辞めることにした。だから、もうきみの担当ではなくなる。きみをデビューまで連れていくのが僕の仕事だと思っていたが、もう見てあげられなくなる。本当に申し訳ない」
『お人形さん』のように──ゆうりは身動きが出来なくなった。
そんな。
広田さんがこの出版社を辞めてしまったら。
わたし。
「まあ、文芸部──名前は変わるかもしれないが、部署が無くなるわけじゃない。今後も小説の出版は続けていくし、きみのことは他の担当にちゃんと引き継いでおくから安心してくれ」
「あの、退職されて、それから──」
どうなさるんですか。
この期に及んでも、その一言が出てこなかった。
「まあ、三十年以上ろくに休みなくやってきたんだ。良い休暇が出来たよ。治療に専念するにも丁度いいし」
「入院されるんですか?」
「いや、まだ決まったわけじゃない」
「あの」
広田はもう随分前に妻と死別している。子どももいない。
「入院されたら、ご家族は──」
やっとの思いでそれだけ口にする。
「知っての通り、妻ももういないし子もいない。姉は二人いたんだけど妙な宗教にはまっちゃってね、付き合いは断絶してる。もし僕が病気だなんて知れたら治療資金まで全部毟り取られるだろうから絶対に秘密だ。会社にだって僕の病気のことは報告してないからね」
何でもないことのように広田はすらすらと答えた。
家族のことなど失礼にあたるかと普段のゆうりなら絶対に質問しないが、広田にとっては聞かれて迷惑なことでもなかったらしい。
「きみが心配することはないよ。もし入院することになっても完全看護の病院で本を積み上げて悠々と入院生活に入るつもりだから」
「でも、なにかと不便なさるでしょう?あの、もしご迷惑でなかったらわたし、広田さんのお手伝いに通いましょうか」
これだけお世話になってきたのだから、何かお返ししたい。
それに、
広田さんが会社を辞めるのをそのままただ見送ったら。
もう会えなくなる──
はっと息を呑む。
わたし──?
「何を言ってるんだ。そんなの頼めるわけないじゃないか」
広田は呆れたように笑っている。
ゆうりは慌てたようにその横に腰を下ろした。
「お願いです。何かお手伝いさせて下さい。広田さんの──」
どうしよう、わたし、何を言っているのかしら。
「広田さんのおそばにいさせてください」
顔を上げて広田の目をじっと見つめる。こんな至近距離でこの顔を見たのは初めてだ。
広田が一瞬困ったような顔をして、小さく笑ったのが目に映る。
堰をきったように。
唇が覆われる。夏生のそれとは全然違う。夏生は煙草の臭いがするけれど広田はしない。
夏生よりもずっと、優しいけど荒々しい。
そのままソファの上に押し付けられる。
広田の膝の上にあった『つごもりの彼女』がばさりと床に落ちた。
このまま身を任せてしまってもいい。
それを越えてしまったら、わたしはどうなってしまうのかしら。
広田の暖かい掌が腿に触れる。
ぎくり、とゆうりは身を硬直させた。開きかけていた脚を無意識に閉じる。
次の瞬間、吹き出すような笑い声が聞こえた。
「あんまり慣れないことをするもんじゃないよ」
ゆうりは解放された。子どもにそうするように、ゆうりの頭をぽんぽんと撫でて広田は座り直している。
「きみの彼氏は普段よっぽどきみを大切に扱ってるとみえる」
笑っている。
「───」
ゆうりは自分の顔が恥ずかしさで火照っているのを両手で隠すようにうつむいた。涙も滲んでくる。
わたしったら、なんて恥ずかしいことをしてしまったんだろう。
あんな風に見つめられたら男のひとなら誰だって誘ってると思うにきまってる。
ううん、実際、あの時わたしは広田さんにキスして欲しいって。抱いて欲しいって、きっと思ってた。
彼氏がいるのに別の男を誘惑するような女だと広田に思われたかもしれない。それが耐えられないくらい恥ずかしい。
だけど──
「それでもわたし、広田さんのおそばにいたいって思ったのは本当なんです。いい加減な気持ちじゃありません。わたし」
なけなしの勇気を振り絞る。
夏生と向き合っている時にこんなに勇気が必要だったことなど一度もない。
「わたし、広田さんのことが──」
「三月さん」
振り絞った勇気もむなしく、言葉を遮られる。
「きみは、僕もだが言葉を操る仕事だ。だから、言葉はもっと大事にしなさい。場合によっては、口にしてしまったらきみ自身を騙す罠になる」
「でも」
「いいかい、僕は風雪じゃないし、きみは琴絵じゃない」
広田は床に落ちた『つごもりの彼女』を拾い上げ、その表紙を大切そうに撫でた。
不治の病に倒れた主人公、風雪と彼に惹かれる看護婦、琴絵の物語。
琴絵が風雪に恋をしたように。
病に冒された広田に恋をした錯覚に陥っているだけなのだと──広田は言っている。
暗誦できるほど読み込んだ『つごもりの彼女』。
琴絵の気持ちに共感するあまり、似た状況に惹かれてしまうのも無理はないのかもしれない。
「それに、僕が風雪なら僕は死ぬことになる。そして結局きみは元の鞘だ。かんべんして欲しいね」
からかうように、くっくっと広田が笑う。
広田の言う通り、ゆうりが琴絵の気持ちになっているとしたなら──
風雪のように失いたくはないからそばにいたいと思ったのに。
わたし、広田さんが死ぬと予感してそんな風に思ったんじゃない。
そんな意地悪を言ってわたしを遠ざけるなんて、ずるいひと。
恥ずかしいやら気まずいやらうらめしいやらでじっと広田の顔を睨みつけると広田は『つごもりの彼女』をゆうりに手渡し、立ち上がって窓の外を覗きこんだ。
「うん、あのまま最後までいってしまうのも、作家としてのきみの肥やしにはきっとなったと思う。でも生憎、僕は自分の作家とそういう関係にはならない主義なんでね、悪いけど」
「もう、いいです」
広田も気まずいのかもしれないが、何か言われれば言われるほど居心地が悪くなる。
「はしたない真似をして申し訳ありませんでした。わたし、今日は帰ります。また伺います」
とにかく一度状況をリセットしなければ。立ち上がり、丁寧に礼をする。もうここが限界だ。
謝って欲しいわけじゃないんだけどなぁ……広田が呟いた声は、一刻も早くここから逃げ出したいゆうりの耳には届かなかった。
終電ぎりぎりでなんとか自宅に帰りつくと、留守番電話にメッセージが入っていた。
『ゆうり、メール見たよー!自分の誕生日なんかすっかり忘れてた!ありがとうなー!』
弾んだ声の短い留守電メッセージ。
もう、人の気も知らないで。ばか。ばかばかばかばか。
すぐに帰ってきてくれなきゃ、わたし、次は本当に誰か別の人のこと好きになっちゃうわよ。
広田さんのキスなんて、あなたのよりずっと上手だった。
セックスだってきっとあなたなんかよりずっと上手だったはずよ。あのまま最後までいってたらわたしきっと夢中になってたんだからね。
広田さんも広田さんよ。あんなキスしておいて途中でやめてしまうなんて、なによ、紳士ぶって。
春哉さん、なにか言ってよ。
あなたの弟は能天気だし、あなたの担当さんは朴念仁だわ。
ねえ、お空にいるんでしょう?そこからあの人たち、なんとかしてよ。
みんな、わたしも、夏生さんも、広田さんも、みんなあなたに恋してるの。
だから、なにか言って。おねがい。
最終話に続く
禁無断複製・転載 (c)Senka.Yamashina
これは「恋愛お題ったー」で出題されたキーワードを元に即興で創作したお話です。
テーマ:ヤマシナセンカさんは、「朝のベンチ」で登場人物が「見つめる」、「罠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
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