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民間ユネスコ活動と世界遺産・地域遺産

2020-07-01 01:30:48 | 歴史

アイデンティティーの仕掛けとしての歴史・文化遺産活動

 堺の歴史遺産を例として

 

 

 2019年7月月6日、大阪の永年の念願であった百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登録が決定しました。

 来る2019年10月5日(土)から6日(日)にかけて、「近畿ユネスコ活動研究会 in 大阪」が堺市(堺市総合福祉会館)で開催され、事例発表、分科会報告およびエクスカーションの全てが近畿にある三つの世界文化遺産に関連した内容で行われます。

 堺にとって記念すべき7月6日、副題「民間ユネスコ活動と世界遺産・地域遺産」と設定して、第2回「ESD・SDGsと民間ユネスコ活動」研修会が開催され、堺の歴史遺産を例として「アイデンティティーの仕掛けとしての歴史・文化遺産活動」について報告しました。

 40年前、我が家の隣にフランス人J.M.Cambou一家4人が引っ越してきて、その後3年間我が家の家族とパントマイム交じりのボディー・ランゲージで心の通ったお付き合いをしました。

 カンブーCambouさんが勤めるフランスのエンジニアリング会社が北海油田採掘リグを受注し、その製造を堺の臨海工業地帯にあった日立造船違船に発注され、設計技術者として家族ともども来堺されました。

 家族は、ご夫婦と、当時小学校2年生(通信教育)の長男・クリストフChristophと近くの幼稚園年少組に通った長女・キャロリーンCarolineの4人でした。

 カンブーさんは、仕事がら英語会話ができましたが、奥様以下子供たちは、当初、フランス語しか話せず、歓迎の意を表して受け入れた我が家の家族とは、ボディー・ランゲージで、むしろ心を通わせた交流がはじまり、その中で相互に忌憚なく異文化を学び合いました。

 身近に見る我が家の生活文化をはじめ、堺に所在する百舌鳥古墳群、大阪城、京都・奈良の神社仏閣など日本の歴史や文化に驚くほど強く関心を持たれ、さすが文化の国の人と感じることがありました。

 3年後帰国する際には、我が家で馴染んだ酒徳利・盃や食器一式と義父の水墨画を所望され堺在住記念品として持ち帰えりました。

 1986年、フランスのカンブーさんから「クリストフが高校卒業を機会に、カンボジアへ旅行に出かけ、その後、堺に行くのでよろしく」と電話があり、「政情不安なカンボジアへ?」、「堺へ直行すればよいのに?」と思いながら期待して待ちました。

 しかし、その後、2週間経っても連絡がなく、カンブーさんに彼の動静を訊ねたところ、当時は携帯電話もなく所在不明になっているとのことで、結局、彼は我が家へ来ることはありませんでした。

 2001年、40年間務めたDIC株式会社を退職後、かねての誘いを受けて妻と二人でパリ近郊のカンブーさん宅を訪ね、1週間ホームステイの歓迎を受けました。

「フランス ホームステイの旅」  

 改めて、クリストフから、当時フランスではアンコール・ワット遺跡の荒廃が話題になっており実際に見てみたかったこと、現地では調査団に人手が足りず、請われてボランティア活動に参加したことなど堺に行けなかった事情の説明をうけました。

 1970年、親米のロン・ノル将軍がクーデターを起こしシアヌーク国王を追放して内戦が始まり、政情不安定の中、1989年5月、上智大学の石澤良昭教授が第1回ユネスコ調査団長としてアンコール遺跡の破壊状況を調査し、ユネスコ、カンボジア政府、日本政府へ報告書を提出されました。

 1990年、東京でカンボジア各派が参加する和平に向けた直接対話の場「カンボジアに関する東京会議」が開催され、1991年「カンボジア和平パリ協定」が調印されて20年に及ぶ内戦が終結しました。

 1992年、新憲法発布のもとシアヌーク国王が再即位してカンボジア王国が再興し、世界の支援を受けてアンコール・ワット遺跡が世界文化遺産として登録されました。

 石澤良昭教授をはじめ上智大学の献身的な活動により、日本でも世界文化遺産アンコール・ワット遺跡の修復保存活動の話題が大きくなり、2007年12月アンコール・ワット遺跡を訪ね、新カンボジア国家および国民のアイデンティティーとしてアンコール・ワット遺跡が位置付けられ、その修復に世界が協働していることを目の当たりにしました。

「アンコール遺跡 人類の創造的才能の傑作」

 

 我が家の隣人・フランス人家族が関心を持ったアンコール・ワット遺跡の意義が、その後20年を経た今、改めて私のユネスコ活動の動機づけとなっています。

 我がまち・堺では、「百舌鳥・古市古墳群」の世界文化遺産登録が実現し積年の念願を果たしました。

 「百舌鳥古墳群」は、堺のランドマークであり、以来1600年間、堺の歴史と文化風土を意義づける多くの文化財が蓄積し市民の誇りの礎となっています。

 堺ユネスコ協会では、堺市民のアイデンティティーの仕掛けとして歴史および文化遺産を未来へつなぎ、併せて異文化の相互理解と交流を育む心の醸成に取り組みます。

堺の誇り再発見・実地見聞 「堺まち歩き」

 2015年9月、国連は、2030年を目指してSDGs「持続可能な開発目標」を設定し、「だれ一人取り残さない」平和な社会を持続する新たな価値の体系を示しました。

 堺の誇りである「行基」の幾多の事績には、SDGsの理念に重なる点が多くあります。

 堺ユネスコ協会では、SDGsの視座を通して「行基」の事績を考察し、「行基」のテーマの未来への発展性を展望して、身近な「モデル」として示し堺市民がSDGsの意義を共有して持続可能な社会の形成を目指す助けとします。

歴史を未来へ!「SDGsモデルとしての行基事績の考察」

 

 

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