神佛の加護をいただく

神佛の
ご加護をいただくには・・・
密教修行を通じて体験したことを書き続けたいと思います。

朝の勤行時の写真です。

2024年10月07日 09時43分00秒 | 秘密の教え・密教とは

善行院・雄徳です。

お参りくださいまして、ありがとうございます。

朝の勤行前の写真です。

朝はこのような状況で拝んでます。

朝の勤行後の写真です。白い靄は線香の煙です。

すべての人々が幸せになりますように

すべての人々の苦悩がなくなりますように

 

合掌

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ご加護をいただくには信心することが条件です

2022年07月02日 14時03分00秒 | 秘密の教え・密教とは

神佛の加護をいただく・・・ブログへ

お参りくださいまして、ありがとうございます。

善行院・雄徳です。

 

更新が遅れまして申し訳ございません。

 

今回は

神佛の加護をいただくには

信心することも条件です・・・

ということです。

 

心から佛・法・僧の三寶を篤く敬うことです。

 

姿勢を正し、手を合わせ、心静かに

南無帰依佛 なむきえぶつ

南無帰依法 なむきえほう

南無帰依僧 なむきえそう

と、身・口・意をひとつにして唱えます。

 

三寶を信ずる心が大切です。

 

佛に帰依いたします。 ブッダを信じます。

法に帰依いたします。 ブッダの教えを信じます。

僧に帰依いたします。 正法を護持する教団を信じます。

 

信心することが、善い行いになります。

善因は、あなたに楽果を、もたらします。

 

悩み苦しみから解放されるには

信心することです。

 

逆に

不信心の者には悪事災難、必ず来る。と

荒神経(こうじんきょう)に説かれています。

 

不信心は不思愛和施なことなんです。

悪因は苦果しか、得られませんから。

 

それは何故か

自分勝手な生き方、考え方は

やがて身を滅ぼすことに成りかねません。

 

今だけがよければいい・・・

金だけが大事で、金の切れ目が縁の切れ目だ。と・・・

他人などはどうでもいいんだと・・・

 

不思愛和施を行なう者には

不思愛和施な結果しか

得られないのです。

 

それは

神佛を信ずる心がないからです。

信じられないのは罪悪につながります。

 

目に見えるモノしか信じられないこと。

目に見えないモノは存在しない

という考え方は間違っています。

 

そうではなくて

すでに神佛のご加護によって

あなたが、生かされていることを

信じなければなりません。

 

あなたは独りだけで、人生を生きていけますか。

 

あなたが

一切衆生と共に生かされていることを

心から感謝しなければなりません。

 

密教では

大日如来・遍照金剛さまの

大慈大悲の御心の働きである加持力と

 

永遠・無限・絶対・平等なる大宇宙と

大自然の働きである法界力とによって

 

あなたは生まれ、私は生かされ

自他ともに育まれているのです。

 

この真実の教えを心から信ずること。

信じ続けることが条件になります。

 

自己中心的な

責任を転嫁して

感情主体的な

個人主義に唯物主義に

凝り固まった心のままでは

何もかも、あなたの思い通りに

成ることはありません。

 

信心の無い人は

目に見えない神佛の加護に対して

損をしているのです。

 

ご加護に対して無視していること。

知らなかったということは

教えられていないということは

不思愛和施でしかありません。

 

信心することが

思愛和施なのです。

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

あなたの心に

思愛和施の光明が

顕れますように・・・

 

合掌

 

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ご加護をいただくには懺悔できることが必要です

2021年10月06日 12時50分50秒 | 秘密の教え・密教とは

神佛の加護をいただく・・・ブログへ

お参りくださいまして、ありがとうございます。

善行院 雄徳です。

 

心静かに、手を合わせ、姿勢を正し

佛・法・僧の三寶に帰依し奉り

大日如来・遍照金剛に帰命し奉る。

常に懺悔す。

罪障消滅の為なれば

心から懺悔文を唱え

常に感謝す。

心に南無大日如来・遍照金剛を念ず。

十善行と南無八正道な生き方と

思愛和施(しあわせ)を行ずるは

心は清浄に、滅罪生善なれば

心を清浄に、懺悔滅罪の善行は

善行院なり。

 

神佛の加護をいただくには・・・

懺悔することが必要です。

 

先ず、三寶に帰依することです。

南無帰依佛・南無帰依法・南無帰依僧

三寶に対して帰依することを誓うのです。

 

次に、大日如来・遍照金剛を信じるのです。

信ずることによって、帰命することによって

心のよりどころになるのです。

 

次に、懺悔あるのです。

今ある、悩み・苦しみの原因は

過去の悪業によるもので

自らの悪い行ないの結果です。

 

懺悔するということは

自らの悪業を認めることです。

自業自得といいます。

 

決して相手のせいにせず

責任転嫁しないことです。

相手を許すことです。

逆恨みをしないこと。

 

責任転嫁をする限り

苦しみは続くのです。

 

必ずしも相手のせいだけでは

ありません。

 

悪業の原因は

無始の貪・瞋・痴に由るのです。

貪り、瞋り、愚かさによって

意、心に想ったことが

言葉となって発せられ

行為・行動となるのです。

 

懺悔文 (さんげもん)

我昔所造諸悪業

かしゃくしょぞうしょあくごう

皆由無始貪瞋痴

かいゆうむしとんじんち

従身語意之所生

じゅうしんごいししょしょう

一切我今皆懺悔

いっさいがこんかいさんげ

 

姿勢を正し、手を合わせ

心から懺悔することが大事。

 

常に懺悔心をもって懺悔滅罪を祈ります。

何遍も、何遍も、懺悔文を唱えるのです。

 

そうすることによって

重い罪の報いを転じて

軽い報いを受けるように

してくださるのです。

 

神佛は自らの悪業に

向き合う者を救ってくださることを

心から信じるのです。

 

苦しみがあるということは

自分の悪業がひとつひとつ

苦しむほどに消えるんだと

罪業がだんだんと少なくなって

清浄な身になってくるのです。

 

これが懺悔・清浄心の功徳なのです。

 

ただし、この苦しみに対して

感情的にならず、不平不満を思わず

愚痴をこぼさず、素直に自業を認めるよう

心がけるのが善い結果を生むのです。

 

だから、懺悔することが必要なのです。

 

かといって

自らの記憶にない罪悪については

素直に心からの懺悔とはなりませんが

因果の道理は否定できません。

 

業の報いによって、教えられるのです。

 

要は誰かを苦しめたから

誰かに苦しめられるのです。

 

今生での悪い行ないが原因で

今生の間に悪業の結果として現れる。

 

前世での悪い行ないが原因で

今生の間に悪業の結果として現れる。

 

前世の前の前世の悪い行ないが

さらに前の前世の悪い行ないが原因で

今生の間に悪業の結果として現れる。

 

以上の三通りの現れ方が

因果の理法なのです。

 

無始以来の貪・瞋・痴に由るとは

私自身、無始以来の私なのです。

懺悔を続けることによって

無始の罪業にまで

さかのぼることになるのです。

 

姿勢を正し、手を合わせ

口に懺悔文を唱え

意・心に大日如来・遍照金剛を想うのです。

 

身・口・意の三業によって造られた罪業は

身・語・意の三業によって懺悔することが

悪業の罪を滅することになるのです。

 

南無帰依佛・南無帰依法・南無帰依僧

 

南無大日如来・遍照金剛 (お大日さま)

 

自己中心的な考え方をしない為に

三寶に帰依すること。

三寶を心のよりどころとすべきです。

 

大日如来・遍照金剛

お大日さまの

命に帰するのです。

 

禍転じて福となす。

 

ですので

懺悔することが、懺悔できることが

十善を行なうことになり

やがては

南無八正道な生き方と

思愛和施(しあわせ)を

成就することになるのです。

 

最後まで読んで頂きまして

ありがとうございました。

 

あなたに

神佛の

ご加護が

ありますように・・・

 

合掌

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イジメの加害者の業と苦

2021年07月19日 14時06分16秒 | 秘密の教え・密教とは

お参りくださいまして

ありがとうございます。

善行院 雄徳です。

 

神佛の加護をいただくには・・・

佛・法・僧の三寶に帰依し

大聖大悲不動明王さまに帰命し

思愛和施の行いをする。

 

南無帰依佛  なむきえぶつ

南無帰依法  なむきえほう

南無帰依僧  なむきえそう

南無一切三寶 なむいっさいさんぽう

南無大聖大悲不動明王

なむだいしょうだいひふどうみょうおう

 

今回はイジメの加害者の業と苦について

考えてみたいと思います。

 

意示目。

 

いじる いじわる いやがらせ

いびり いじめ・・・

「い」から始まる行いは、すべて悪業です。

不幸の原因になります。

 

「い」は意であり、識であり、心でもあります。

 

心に想った事、口で言った事、身体で行なった事を

身業・口業・意業の三業といいます。

 

善・悪の業は、すべて潜在意識の中に蓄積されます。

潜在意識の中に集まった善・悪の業が

苦・楽をもたらすことになるのです。

 

イジメの行為は、十悪を犯すことになります。

 

意に慳貪、瞋恚、邪見を想う事さえ悪業です。

 

邪見とは、つまり痴。愚痴であり

愚かさから業の因果を知らず

業の真理に反する行いは

誤った考え方であり、罪を犯すことになるのです。

 

瞋恚とは、瞋りという感情であり

自分の思い通りにならないから

求めても得られない苦しみから

常に不平不満、ストレスを抱えており

イライラから、怒り心頭すれば

善業の徳を失うのです。

 

慳貪とは、物惜しみと貪り。ケチと強欲。

自分さえ良ければいいという心もち。

 

口に妄語、綺語、悪口、両舌を言うは

禍の元なのです。

悪い言葉は相手の心を傷つける。

キモイ、ウザイ、臭い、消えろ

挙句の果てには、死ねと言う。

どの口が言うか、と、口が悪い口が言う。

心に想った事が、言葉となって

発せられるのです。

 

身に殺生、偸盗、邪淫するは

 

殺生の業。

生きモノの命を奪う事であり

上履きにいたずら書きをして

使えないようにする。

教科書に落書きをしたり

体操着を切り刻み

使用不能にして、破り、捨てる。

人のお弁当を勝手に捨てる。

食べられないようにする行為。

 

偸盗の行為。盗み。盗む。

万引きをさせて、そのモノを

横取りする。

金品を強要する。

相手の人生を奪うこと。

自分のモノではないものを

勝手に自分のモノにしてしまう。

 

邪淫する下心。性的欲求不満。

要はスケベ心による犯罪です。

性的なイジメ。自慰の強要。

いかがわしい行いをする、させる。

みだらな行いをする、させる。

売春を強要する、させる。

セクハラ、性的嫌がらせにより

肉体的にも・精神的苦痛を与える事です。

 

などなど、イジメのテンプレは

エスカレートするばかりです。

 

スッタニパータという経典 慈しみの教えに

何人(なんぴと)も他人を欺いてはならない。

どこにあっても他人を軽んじてはならない。

怒りや憎悪の想いをいだいて

互いに他人に苦痛を与えてはならない。

とあります。

 

肝に銘じたいものです。

 

身・口・意より生ずる善・悪の業は

本人の自覚の有・無に関わらず

意識下に保存され、残り続けます。

 

人間、死んでしまえば

すべて終わりではありません。

 

イジメは、イジメの被害者が

亡くなってしまえば

それで終わりではないのです。

 

イジメの加害者の悪業は

生きている間はもちろん

死後にも残り続けます。

 

ネットに晒されて

引っ越しをして、逃げようが

隠れようが、引き籠ろうが

イメチェンしょうが、整形しょうが

化粧しょうが、髪形を変えようが

改名しょうが、自己保身しょうが

しでかした悪業がウヤムヤになること

決してありません。

 

道元禅師さまは

己に随い行くは

只だ是れ善悪業等のみなり。

と説いておられます。

 

少年法で裁けないからといって

イジメの罪が赦された訳ではありません。

 

悪い行いをした者は

この世でも苦しみ、あの世でも

苦しむことになるのです。

 

イジメの加害者がのうのうと生きている

のが許せないといいますが

内実は当事者にしか分かりません。

 

どのような形で、目に見える報いとして

顕れるかは、あからさまになってから

でないと分からないものです。

 

ブッダ 真理のことばに

まだ悪の報いが熟さない間は

悪人でも幸運に遇うことがある。

しかし、悪の報いが熟した時には

悪人はわざわいに遇う。

 

まだ善の報いが熟さない間は

善人でもわざわいに遇うことがある。

しかし善の果報が熟した時には

善人は幸福(さいわい)に遇う。

とあります。

 

人をイジメていたってことは

イジメた報いを受ける覚悟も

もちろんあるのでしょう、か・・・。

 

イジメをすることは

マジで ミジメになる。

 

イジメの加害者の業と苦・・・について

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

合掌

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不思愛和施と懺悔(さんげ)

2021年04月09日 19時35分00秒 | 秘密の教え・密教とは

お参りくださいまして

ありがとうこざいます。

善行院 雄徳です。

 

他人様に迷惑をかけない

正しい生き方を心がける。

 

今、現に悩み苦しんでいるのであれば

それには、原因があります。

 

善い行ない・・・を心がける。

思愛和施な行ないをすることにより

楽しみが得られるということであり

善因は善縁を引き寄せ

楽果を招くのです。

 

悪い行い・・・ならば

不思愛和施な行ないであり

苦しみしか得られないということです。

 

悪因は悪縁を引き寄せ

苦果を招くのです。

 

自業は自得なり。

自らの業は

自ら得ることになる。

 

善悪の行為を行なうのは、自分であり

その結果を得るのも、自分です。

 

すべて自己の責任になります。

 

十善を行なうことが

思愛和施であり

十悪を行なうことが

不思愛和施の原因です。

 

殺さず。盗まず。邪淫せず。

妄語せず。綺語せず。悪口せず。両舌せず。

慳貪 (けんどん) せず。

瞋恚 (しんに) せず。

邪見 (じゃけん) せず。

十善は、すべきことであり

しなければならないことでもあります。

 

殺生する。偸盗する。邪淫する。

妄語する。綺語する。悪口する。両舌する。

慳貪する。瞋恚する。邪見する。

十悪は、してはならないことであり

すべきことではありません。

 

何故ならば

自己中心的な思考で

感情主体的な心で、責任転嫁することが

悪業であり、不運・不幸・災禍の原因になり

やがて後悔することになります。

 

今、現在、悩み苦しんでいる

のであれば懺悔すべきです。

 

懺悔文 (さんげもん) を唱えることにより

懺悔滅罪・罪障消滅を願うのです。

 

我昔所造諸悪業

が しゃく しょぞう しょあくごう

皆由無始貪瞋痴

かい ゆう むし とん じん ち

従身語意之所生

じゅう しん ご い し しょしょう

一切我今皆懺悔

いっさい が こん かい さんげ

 

我、昔より造りし所の諸の悪業は・・・

皆、無始の貪・瞋・痴に由る・・・

身・語・意、従り生ずる所なり・・・

一切を、我、今、皆、懺悔し奉る・・・

 

私が、この世に生まれてよりこのかた

過去世から、自ら造ってきた所の

たくさんの悪い業、悪い行ないは・・・

すべて、始まりの無い過去からの

心の三毒、貪・瞋・痴であり

貪欲 (とんよく)

瞋恚 (しんに)

愚痴 (ぐち) が原因であり

身・語・意 (しん・ご・い) に

従い生じた所です。

 

心に思うことからであり

言葉として発せられ

行為・行動となるのです。

 

一切を、私は、今

諸の悪業を悔い改めます。

すべてを懺悔いたします。

 

自ら懺悔することによって

自らの心を、言葉遣いを、行ないを

身・語・意の三業を浄めるのです。

 

貪欲な者は布施を行じて、貪らない。

瞋恚の者は慈悲を行じて、いきどおらない。

愚痴の者は智慧をもってす。愚かでないこと。

 

因果の道理を理解して、正しい生き方を

心がけたいものです。

 

諸の悪をなさずに

すべての善を行ない

自らの心を浄めること

これこそが諸佛の教えなり。と・・・

 

最後までお読みいただきまして

ありがとうございます。

 

合掌

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不幸の原因は不思愛和施

2021年02月08日 13時58分36秒 | 秘密の教え・密教とは

お参りくださいまして

ありがとうこざいます。

善行院 雄徳です。

 

今、あなたは、倖せを

感じていますか。

 

それとも、あなたは

今、コロナ禍の中で

不幸であると思いますか。

 

永いようで、短い人生

善いことも、悪いことも

悲しいことも、喜ばしいことも

善悪の果報の連続の中で

何が、不幸の原因なのでしょうか。

 

不幸の原因は

不思愛和施です。

 

これらの行いをすれば

必ず苦しみを味わうことに

なるのです。

 

以下のことは

禁止事項だと思ってください。

倖せになりたければの

話ですが・・・。

 

後悔先に立たず

 

先ずは、不思についてですが

 

思いやりのないこと、感謝できないことが

原因となります。

思いやりの心に欠けているということが

やがて、苦しみの結果を招くのです。

 

何故ならば

おれが、おれが、私が、私が、と

自己都合を押しつけ

自己中心的で

何か都合が悪くなれば

平気で責任転嫁するようになる。

 

自分の事しか考えられないので

自己保身しかなく

相手のことはどうでもいいと

自分さえよければいいと

なってしまいます。

 

殺生、偸盗、邪淫にツナガリ

かねないのです。

 

相手に嫌な思いをさせた分だけ

苦しみという報いを受けることに

なるのです。

 

次に、不愛については

愛せない。愛情不足なことです

 

優しい、温かい気持ちがなく

ただ感情から発せられる言葉遣う。

つまり愛語の反対です。

モラハラ、パワハラと罵詈雑言

言葉の暴力をふるう。

 

妄語、綺語、悪口、両舌にツナガリ

禍は言葉から発せられる。

 

愚痴・不平・不満を言えば

言うほどに、苦しみの報いも

倍加されることになるのです。

 

不和についてですが

和合せず。常に相手と対立する。

我の張り合い。差別をする。

分かち合う心が無い。

 

自分は自分で、他人は他人であると

相手を見下し、マウントをとる。

常に上から目線で、小賢しい。

そして、自己満足の優越感に浸る。

 

感情主体で。人の話を聞かない。

自分勝手な思い込みが甚だしい。

 

慳貪、瞋恚、邪見にツナガリ

心の三毒。

むさぼり、いかり、おろかさ・・・など

心は三毒に汚されてしまい

悪縁を引き寄せることになるのです。

 

不施について

施すことを知らない。ケチということです。

相手から、してもらうことばかりで

自分からは、何もしてあげない。

やってもらって、当たり前、当然。

 

損得勘定しかなく、どうしたら苦労せずに

楽することばかり、考えている。

得することしか、考えていない。

 

しなければならないことをしないで

してはならないことをする。

 

お蔭さまの精神に欠けているのです。

 

すでに、ご加護を賜わっているのに

すでに、いただいているのに

ご加護を自覚できない、理解できない

と、いうことは

神佛の御加護を、その教えを

無視していることになるのです。

 

不思愛和施の原因は

すべて、自己責任です。

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

Go to トラベル

Go to イート

Go to

 

不感染・・・

あなたが、感染しないことが

他人に感染させないことになるのです。

 

以上、悪業・・・悪事を働かないことが

他人に迷惑をかけないことになります。

 

合掌

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いただいている御加護と自覚すること

2020年11月30日 20時35分30秒 | 秘密の教え・密教とは

お参りくださいまして

ありがとうございます。

善行院(ぜんぎょう)

雄徳(ゆうとく)です。

 

今回は

神佛の『御加護』をいただくには・・・

ということですが

 

どうしたら

神佛の御加護が得られるのか

考えてみましょう。

 

それは

あなたが、すでに

神佛の御加護をいただいているという

ことを、受け入れることです。

 

すでに

神佛の御加護をいただいているという

ことを、自覚することです。

 

あらゆるものの

有形無形の恩恵

受けていることを

心から感謝できることが

神佛とつながっている

証しとなるのです。

 

まずは

太陽の恩恵

地球の恩恵

と、を考えてみますと

 

太陽は太陽としての生命を持ち

太陽の働きに、徹しているのです。

光り耀いている。明るさがある。

暖かさ、熱があるということの

有難さがあるのです。

 

地球は地球としての生命を持ち

地球の働きに、徹しているのです。

 

大自然は、太陽の働きによって

育まれているのです。

 

さまざまな現象として

朝日が、昼から

夕陽になり、夜になる。

雨風と、梅雨の季節があり

霜露が降る頃を迎え、雪になり

春夏秋冬と・・・天候の変化となり

大自然の営みで、満ち満ちている

有難さがあるのです。

 

本当は、もうすでに

あなたは

神佛の御加護の真っただ中に

あるのです。

 

天と地との間に

あなたが

生かされている環境が

すべて整っている

のです。

 

人間と人間との環境から

地球と太陽の関係とつながり

太陽系との通い合いがあります。

 

天の川銀河と呼ばれる天体は

大宇宙との密接なる交流の中にあって

すべてのものが滞ることなく

活動し続けているのです。

 

大宇宙なくして、あなたの存在はなく

あなたの存在なくして

大宇宙の存在も、あり得ません。

 

大宇宙のすべてを人知では

計り知ることは、出来ませんが

大宇宙が確実に存在するということは

誰でも、何処でも、信じることは

出来るのではないでしょうか。

 

目の前の出来事の

すべての働きが

一切の現象として

ありのままの姿そのままが

神佛の加護の現われなのです。

 

大慈大悲の現われでもあるのです。

 

目には見えない神佛の働きが

一切の現象となって

お互いが影響しあい

大宇宙のひとコマとなって

あなたの目の前に

さまざまな現象として

展開されているのです。

 

なむ地球 なむ太陽 なむ大宇宙と

心に感謝の念を持ち続けることが

神佛の御加護を

いただいくという

ことなのです。

 

コロナ禍の世の中

3密を避けましょう

ということで

独り

心静かに

瞑想してみては

いかがでしょうか。

 

等身大の

あなたの心を

太陽系の大きさにまで

拡大させてみる。

 

イメージする。

 

想像を膨らませていく。

やがて

無限の大宇宙に、想いをはせる。

 

その中には

偉大なる大生命が・・・

神佛の大慈大悲が・・・

計り知れない恩恵が・・・

大日如来・遍照金剛

として

あり続けているのです。

 

すでに神佛の御加護として

いただいていることに

心から感謝すること

この自覚が

大切なのです。

 

前回のブログから

今日まで

朝・夕の祈りを通して

得られたことを

今回の記事として

書くことが出来ました。

 

最後まで

読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

あなたの

無事息災の為に・・・

 

なむ大日如来・遍照金剛

 

合掌

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宇宙法界に遍満する識大

2020年07月27日 12時14分07秒 | 秘密の教え・密教とは

ようこそ お参りくださいまして

ありがとうございます。

 

密教の教えに

チッタ (質多)  と

カリダ (汗栗駄) 

と、あります。

 

チッタ (質多) 心・・・

人間の胸の内に有る

慮知 (りょち) 心 をいいます。

思慮分別する心です。

 

心の働きに知・情・意があります。

 

とは、ものごとを認識したり

判断したりする能力だといいます。

 

とは、モノに反応して動く心の働きであり

他人に対する思いやりの気持ち

感情のことをいいます。

 

とは、心に思うことであり

あれこれと思いをめぐらす心の働きであり

考え、意志、思量することをいいます。

 

心は、どうあるかというと

あるモノがあるように、あるわけではなくて

かといって、ないのかというと

感覚、知覚、感情、判断などの

心の領域の働きが確かにあるが

形相としては、あるともないとも、いえない。

 

心は広大で量り知ることができません。

 

その性質は、ただ赴くままに

瞬時たりとも、留まることもなく

移ろいやすく、姿を捉えることも

心、そのモノの形も見えない。

が、確かなあるモノとして

心と名づけるといいます。

 

六大から成る、等身大の私の中に

識大として具わっているのです。

 

カリダ (汗栗駄) 心・・・

大宇宙に遍満する識大であり

肉団 (心臓) 、大自然、森羅万象

大空、すべての中に在る心だといいます。

六大から成る、宇宙大の心ということです。

 

それは、大日如来、遍照金剛さまの

六大法身如来の大慈大悲の御心であります。

 

その御心は、大智慧と大慈悲と大光明が

一大生命体となって現れているのです。

 

六大法身如来、そのものと同時に

存在する精神の世界のことです。

 

六大とは・・・

地大・水大・火大・風大・空大と識大の

六つの働きが、お互いに対立することなく

円融して無碍の状態にあるのです。

 

六大無碍ともいいます。

 

地大の中に、水大、火大、風大、空大、識大が

水大の中に、火大、風大、空大、識大、地大が

火大の中に、風大、空大、識大、地大、水大が

風大の中に、空大、識大、地大、水大、火大が

空大の中に、識大、地大、水大、火大、風大が

識大の中に、地大、水大、火大、風大、空大が

それぞれに、それぞれが、含まれておるのです。

 

六大が一実をなしているのです。

 

物質と精神とが一体と成った実在のことです。

 

あるいは、心と躰とが一体であるということ。

 

識大は、私であり、あなたであり、現象であり

自然であり、宇宙であり続けているのです。

 

宇宙の現象は、諸行無常であり

宇宙の現象は、諸法無我であります。

 

諸行無常 しょぎょうむじょう

生・住・異・滅を繰り返し、滅から

新たに生・住・懐・滅を繰り返し・・・

繰り返し、輪廻し続けているのです。

 

諸法無我 しょほうむが

因・縁・果を経て、果から

新たに因・縁・果を経て

永遠を息づいているのです。

 

カリダ (汗栗駄) 心

としての識大は

そのモノの本質としての心であり

私たちの真実の心でもあるのです。

 

チッタ (質多) 心 と

カリダ (汗栗駄) 心・・・

との、合一が

とりもなおさず

実の如く自らの心を

知ることになるのです。

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

お参りくださいました、皆さまが

無事息災でありますように・・・

 

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

 

合掌

 

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大宇宙と如実知自心 (にょじつちじしん)

2020年06月30日 11時08分27秒 | 秘密の教え・密教とは

ようこそ お参りくださいまして

ありがとうございます。

 

 

密教の教えに

如実知自心 (にょじつちじしん)

実の如く自らの心を知ること

と、あります。

 

人間としての心の真実の姿である

本当の自心を知り尽くすことである、と。

 

大宇宙の真実の実相と

その存在の意義と内容は

人間としての真実の在り方と

見た目の姿形は異なってはいるが

まったく同じ働きを有しているのです。

 

大宇宙の内容は、生住懐滅を繰り返し

変化し続け、生き続けているのです。

 

星が生まれ、成長し、やがて壊れ、滅する。

星が壊れ滅する時、新たに星が誕生する。

そして住壊滅と道をたどるという。

 

人間も同じく生住異滅を繰り返している。

赤ちゃんとして生まれ

成長し、安定期を経て

成人へと、だんだん異なり、老いて

移り変わり、肉体の衰えを感じて

やがて、肉体の死を迎える。

 

大宇宙は生きている。

 

その偉大なる働きも

同じように有している。

 

肉眼で捉えられる

現象の宇宙は、消滅変化している。

 

肉眼では捉えることの出来ない

実在の大宇宙は、常住不変である。

 

現象である人間も、消滅変化をしている。

実在である人間は、常住不変の存在。

 

宇宙の森羅万象より成る大自然も

物質や現象の構成要素は六大であり

人間の存在も六大の構成要素で

成り立っている。

 

地水火風空識の六つの働きに

分類することが出来るが

地水火風空までが現象の世界であり

識は心であり精神の世界である。

 

地大は個体であり

水大は液体であり

火大は炎熱であり

風大は気体であり

空大は空間であると。

 

大宇宙も六大から成り

等身大の我れも

また、六大から成る。

 

前五大の地水火風空は無常であり

識は、心は虚空の如く不生不滅である

と、教えには有ります。

 

自らの心は虚空の如くとは

大宇宙に遍満する心、識ということ。

 

心の不生不滅とは

心とは生じたものではなく

また、心は滅することがない。

 

如実知自心 (にょじつちじしん)

この自心の中に、前五大である

地水火風空が含まれている。

 

等身大の我れではあるが

大宇宙一切に生かされている

我れであり

一切衆生と共に生かされている

我れでもある。

 

そして、真実の我れは

現象即実在なる存在である。

 

宇宙と一体であり

自分と他人が、ひとつの如く、成る

我れが、宇宙大の我れ、ということに成る。

 

大宇宙の全体と共に存在するのである。

 

大宇宙の存在があって、我れ、及び

一切衆生、森羅万象、大自然は

存在するのであり

我れ、及び

一切衆生、森羅万象、大自然があって

大宇宙は存在するのである。

 

我れと大自然、太陽系内の地球と

天の川銀河と密接な関係が

成り立っている。

 

例えば、琵琶湖の湖水に

一滴の雨水が落ちたとします。

一滴の雨水は湖水の落ちた部分のみに

限定されて存在しているのでしょうか。

 

そうではありません。

 

琵琶湖と一滴の雨水は同化したのです。

琵琶湖の湖水と一体に成り

琵琶湖の働きそのものに成ったのです。

 

大宇宙と同化した、我れが

真実の実相なのです。

 

密教の教えでは

実在即現象の大宇宙をそのまま

大日如来・遍照金剛さまとして

密教の教主として信仰の対象とするのです。

 

姿勢を正して坐る。合掌する。

息を調えてから、真言を誦える。

心を落ち着かせる為に

大日如来・遍照金剛さまを

想い続け、念じ続ける。

 

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

オン ア ビ ラ ウン ケン バサラ ダト バン

 

信ずること、拝むこと。

 

如実知自心。

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございました。

 

本日、お参りくださいました皆さまが

無事息災でありますように

お祈り申し上げます。

 

合掌

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宇宙大の我れとは

2020年06月07日 13時23分50秒 | 秘密の教え・密教とは

大宇宙・・・について

想いを、めぐらせていました。

 

地球上に存在する、私が

等身大の私が、夜空を見上げています。

 

近いところでは、中秋の名月

宇宙の入り口、満月が煌煌と

円かに明るく、光り、輝いています。

 

離れたところには、他の星・星たちも

そこ、ここにと、有りとし、有らゆる

大・小さまざまな、光りと

光りの点の集合体。

 

目に映る限りの、数限りの無い

星・星の存在がある。

 

ひとつ、ひとつの星は

どれくらい先の宇宙空間に

有るのだろうか。

どれくらいの時間を経て

どれくらいの距離を経て

星・星の姿が届くのであろうか。

 

恒星の光りを受けて

惑星は光りを放っています。

 

私と共に、宇宙は、今、ここにあります。

 

太陽系と共に有る、我れであり、

天の川銀河と共に有る、我れであり

あまたの銀河群と共にある、我れである。

 

大宇宙は、自・他と共に有る。

 

我々の目で確認できるのは

現象の宇宙であり

我々の目では認識できない

実在の宇宙がある。

生・住・異・滅を輪廻する、宇宙と

生じたものでも、滅することのない

本より有り、常に住している、宇宙とが

一体と成って有るだけである。

 

永遠・無限・絶対の宇宙大の宇宙が

一切の私たちと共に有る。

 

始まりの無い、終わることの無い

無限大の宇宙が

一切の私たちと共に有る。

 

星・星が生まれ、成長期を経て

やがて壊れ、滅する。

 

滅する星の影響を受け、新たに

新しい星・星が産声を上げる。

 

ひとつ、ひとつの星が、住・壊・滅を

それぞれ、繰り返し、繰り返し

輪廻を続けている。

そして、永遠を生きている。

 

私たち人間も、

ありとしあらゆるもの、

生きとし生けるものも、

同じく、生・住・異・滅を

継続している。

 

差別相と共に有る、自己。

宇宙も、自己も

彼、生ずるが故に、我れ、生ず

彼、滅するが故に、我れ、滅する。

 

まったくと言っていいほどに

姿・形が同じ星

姿・形が同じ銀河も存在しない。

 

恒星である太陽も、全宇宙の中には

大・小さまざまな、太陽の存在がある。

 

惑星も、衛星も、小惑星も、彗星も

また、然りである。

 

星・星の性質も、実にさまざまである。

人間の存在も、また、然りである。

 

が、実在の宇宙は平等である。

差別の相、そのままが、平等の相であり

業・因縁を異にしているからである。

 

個・個の星、個・個の銀河

それぞれに、心と意識が宿っている。

宇宙大の意識があり

その中に、個・個の意識がある。

宇宙大の心があり

その中に、個・個の心がある。

 

大宇宙が個・個人の存在を支えており

個・個人が大宇宙の存在を支えているのである。

 

等身大の我れが、宇宙大の我れである。

一切衆生と共に有る、我れであり

大日如来・遍照金剛さまと共に有る、我れである。

宇宙一切と共に有る、我れである。

 

姿勢を正し、手を合わせ

呼吸を調え、口に真言を唱え

心に大日如来を想う。

おん あ び ら うん けん

( ばさら だと ばん )

南無大日如来・遍照金剛

想いをめぐらせながら

真言を唱えていると

だんだんと

真言、そのものの声だけ

に成りはじめだし

ただ、ただ

真言を唱えるだけの

我れが有るような気がする。

頭の中は、スッキリとしている。

身体も安らぎを、感じているようだ。

これは、単なる自己満足なのだろうか。

 

宇宙大我・・・

 

最後まで読んで頂きまして

ありがとうございます。

ありがとうございました。

 

皆さまが、無事息災でありますように・・・

合掌

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