『夕夏はともかく、流歌ちゃんまでそんなに息切らしてどうしたの?夕夏は俺に逢いに急いできたとして…流歌ちゃんは引っ張ってこられたのかな?笑』と、夕夏の彼氏が下駄箱の前で待っていてくれた。
夏に移りゆく時間の途中の少し陽が長くなった季節。夕陽でオレンジに照らされた玄関ホールの所為だろうか、夕夏には彼がいつもより少しだけかっこよく見えた。
「あ、ちょっと蒼、あの先輩にルカが見つかっちゃったよぉ」「あの先輩…なかなか広い世界観で来たね」「蒼も知ってるイケメンの人居るじゃん」「あー、十儛先輩かな?流歌ちゃん、可愛いからね」「あたしの心配もしなさいよ。ルカと見せかけて実はあたしかも知んないよ?」「ふ〜ん。ま、そんなことで揺れないでしょ。十儛先輩はたしかにモテるけど…ちょっと揺れたいなら別だけど?」「あたしは蒼だけだよ」
流歌はお互いに少し照れながらも、それが当たり前かのように触れ合いながら話している二人を見て、嬉しくなると同時に胸の奥がチクッとなる感覚を覚えた。
(嬉しいけどチクッて…ん〜嬉しいのになんで痛いんだろ…)
今まで自分ひとりだけのものであったココロが、想い人に…そっと手を伸ばしている。壊れそうだと躊躇う痛みもきっとそうでは無くなっていく。“すき”を知っていて、気がついたら教科書の片隅に名前を書いていた…それならきっと楽だったのかも知れない。
『ラブラブだね♪』「いや、ルカ、ラブラブとか言ってる場合じゃないよ」『でもほら、名前もお互い知らないだろうし、特進科なんてもう逢う機会無いから、大丈夫だよ〜』「そう想ってるのは本人だけかもよ〜?」と蒼がけしかけながら玄関の扉を静かに開け、二人を通す。
「その人は香花十儛(かはなとうま)っていう先輩で、お姉ちゃんが凄いらしいよ」『凄いって?』流歌と夕夏が首を傾げる。「詳しく知らないけど、スピリチュアルなとこで凄いらしい笑」そんな取り止めも着地点も無い、そんな他愛無い会話をしながら帰路に着く3人。
『神楽くん、結人って先輩知ってる?眼鏡かけて香花先輩と同じ部活っぽいんだけど』
なぜか自分の心臓の音がうるさい。普通は苗字から知るものであって、いきなり下の名前しか知らないって、わたし男の人の名前って呼んだこと・・・頬も熱を帯びているのを隠すように、向き合わずに話しかけた。(あれ?…ルカ)
「ん〜、分かんないな〜。十儛先輩に聞いてみるかい?」そう言われ我に返り二人に向き合って取り繕う。
『あ、いや、そんな急いでいないというか、神楽くんが知ってたらというか、ちょっと気になるというか…』ハッとする流歌。何故、気になるなんて表現を使ったのか。間髪入れずに夕夏が聞き返す「え?気になるの?気になるって言った!」うんうんと蒼も頷く。「ルカ、良かったね!」『え?何が?』「もう恋が始まってる証拠だよ!」『いやいやいや、無意識で咄嗟になんか出ちゃった言葉ってだけで…深い意味は無いよ〜』「ううん。ルカはどんな時だっていつもちゃんと目を見て人と話すのに、さっきその先輩のことを話したとき、こっち向かなかったもん。そっかー。無意識レベルで住み着かれてしまったか♪ で、その人誰?」どーん!
『あははは、夕夏ったら。ほら、ちょっと前に保健室から出た時にばったり逢った人覚えてる?香花先輩に話しかけられた時に、結人に何か用だった?って聞かれたから。わたしもさっき知ったばかりなんだけど・・・あ、特進科だった…』「あら〜、十儛先輩との三角関係勃発だね!」ルカとは駅でお別れ。改札を出てホームへ向かう足取りがなぜか軽やかに見えた。そんな流歌を見送り、二人手を繋いで歩くと幼馴染に戻ったような感覚になる。違うのは幼馴染の時よりまだちょっとドキドキするということ。
「ルカが話しを切り出した時さ、目を見なかったでしょ。いつも目を見て話すのに。ルカにとっては彼の名前を初めて呼ぶのが…愛おしかったんだろうね」「夕夏、本人より本人のこと理解してない?」「案外、自分のことって分からないらしいわよ?」「ふーん。そんなもんなのかねぇ」「ふふ。でもわたしのことは蒼が。蒼のことはわたしが分かっていれば、それでイイよね。それがわたし達らしいかも」