環境政策に限ることではないが、政策は短期的な成果主義に陥ることなく、また目的短絡的な対症療法に止まることなく、長期的視野から根本的な対策を進めていくことが必要である。しかし、長期的な環境政策が十分に進んでいるとはいえず、従来とは異なる新たな方法を開発・導入し、膠着を打開する必要がある。
● 長期的な環境政策の必要性
長期的な環境政策の必要性は2点にある。
1つは、深刻な問題が現在、顕在化しているわけでないが、将来的に大きな問題となる可能性がある環境問題では、対策の準備あるいは段階的な実施のために、長期的な環境政策が必要である。これらの問題の例を次に示す。これらの問題への対策として、長期的な予測を踏まえて、高い達成目標に対する体系的で戦略的な取組みの計画的推進が求められる。
- 温室効果ガスの排出増加による気候変動の進展
- 大量生産・大量消費の拡大による資源・エネルギーの枯渇(希少金属の不足、価格高騰)
- 高齢化や世帯人員の減少等によるエネルギー消費と環境負荷の増大の可能性
- 財政悪化や景気停滞による環境対策のための財源・資金の不足
- 将来的に時期を集中して発生する可能性がある廃棄物の処理(太陽光パネル等)
- 毒性が強く半減期の長い放射性廃棄物の管理
- 土地利用圧の低下に伴う自然の放棄(特に国内)
- 自然破壊による生物多様性の劣化(特に途上国)
- 自然とふれあう原体験の希薄化による自然と意識の距離感の増加
- 途上国における大気や水質等の生活環境の悪化、廃棄物の増加 等
2つめは、実行可能で受容可能な対策に限界があることから、社会経済システムの転換、ライフスタイル革新のような抜本的な対策(構造転換策)が必要となり、そのための長期的な取組みが求められる。こうした構造転換策の例を次に示す。こうした対策は、行政分野横断的なものであり、構造転換策に伴う損得が発生するため、慣性を打開するための調整や仕組みの整備が必要となる。
- 住宅や建造物の環境性能の向上(更新時の対応)
- 都市政策と交通政策・福祉政策等の統合によるコンパクトシティの形成
- 人口減少下におけるスマートシュリンク
- 大都市の集中緩和、地方の農山漁村の放棄抑制のための移住
- 気候変動適応策としての脆弱な土地利用の再編
- 吸収源あるいは生物多様性において重要な森林の整備と適切な木材循環の形成
- リユースやメンテナンスによる長寿命化
- 脱物質、サービサイジング、メンテナンス志向
- 環境負荷の小さな産業構造へ転換
- より抜本的なライフスタイルへの転換
- 地域資源の活用、地産地消、地域内循環
- ICT(情報通信技術)による脱物資化、移動代替、サテライトワークの推進 等
実は、上記の点は、第三次環境基本計画(2006年4月閣議決定)にも同様に指摘されており、今に始まったことはない。計画の第一部第2章「今後の環境政策の転換の方向」の第6節「長期的視野からの政策形成」において、50年といった長期的な視野を持った取組みの推進と超長期ビジョンを策定すると記しているが、その必要性の根拠とこの2点は共通する。
● 長期的な環境政策の推進上の課題
長期的な環境政策を進めるうえでの課題として、5点を指摘する。
第1に、長期的な計画が必要であるにもかからずに、その具体像が明確ではなく、作成状況が不十分である。日本国レベルでは、「長期低炭素ビジョン」(2017年3月策定、目標年次2050年)、「エネルギー基本計画」(2014年4月策定、目標年次2030年)、「循環型社会形成推進基本計画」(2013年5月策定、目標年次2030年)等が策定されている。しかし、他の分野の計画は長期的な視点から策定されていない。また。地方自治体では(必要性があるにもかかわらず)長期の計画が策定されていない。
第2に、長期的に目指すべき環境問題を解決した持続可能な社会の姿が十分に検討されていない。この際、持続可能な社会の姿をこれまでの社会経済システムを改善したものとして捉えるのか、構造転換策を本格的に導入し、これまでとは異なる社会経済システムとして再構築しているのか、目標設定の議論が必要であるが、それが十分に行われているとはいえない。
第3に、長期的な環境政策は長期目標からのバックキャスティングにより策定されることが求められるが、段階的に対策を積み上げていく経路や状況変化に柔軟な方法が十分に検討されていない。特に、国際的な政治・経済・政策の動向や地域の人口動向、自然災害の発生など、長期的な不確実性が想定されるなか、不確実性を想定して、フレキシブルに対応する効果的な対策を設計、運用していく方法論が不十分である。
第4に、長期的環境政策の目標や手法の検討が一部の専門家によるものに留まっており、一般国民(地域住民)による計画策定への参加や民主的な合意形成を図り、政策の実践主体を形成する(すなわち、長期的環境ガバナンス)の方法論が不十分である。対策を実行する主体がいなければ、計画は効果をあげるほどには実行されない。
第5に、長期的環境政策を立案し、関連分野を調整して推進する組織や体制が不十分である。例えば、地域の環境政策部局においては、地域の鳥獣被害対策等の苦情対策と国から求められる計画策定等に忙しく、長期的環境政策を担う余力がない。また、現在世代の利害調整すら難しく、将来世代の立場から持続可能性を調整することは先のまた先の課題となってしまう。
● 課題を打開する新しい契機
おりしも、地域では2030年に向けた地球温暖化対策地域実行計画を策定する段階となっており、2050年に温室効果ガス8割削減という高い目標の達成に向けた段階的な地域施策を検討・実行することが求められる。「長期低炭素ビジョン」では、気候変動問題と社会・経済問題の同時解決という方向性が示され、構造転換策にも踏み込んだ気候変動対策を本格的に検討すべき段階にもなっている。
また、2015年の「国連持続可能な開発サミット」で採択されたれ、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェダ」が採択された。このアジェンダで示された17の目標と目標を構成する169のターゲットが、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals website:SDGs)」を環境行政や企業が導入していく動きが見られる。このSDGsは、2000年に、2015年に向けて国連が示したミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)が途上国の貧困や初等教育、保健等の従来通りの開発問題が中心であったのに対して、SDGsは先進国を含めた全ての国を対象としており、日本国内の各主体にとっても持続可能性という観点の具体像を示すものとして、わかりやすいものとなっている。
SDGsさえ導入すれば、長期的な環境政策の推進上の課題が解消されるものではないことに注意する必要があるが、その方法を開発し、実践・普及させていく契機として、SDGsの導入を活用することが期待される。