サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動教育の必要性と課題

2022年12月17日 | 環境と教育・人づくり

1.気候変動対策の動きと気候変動教育の必要性

 2015年の第21回動枠組条約締約国会議(COP21)では2020年以降の温室効果ガスの排出削減を話し合い、これを契機に、ゼロカーボンの実現時期を前倒しとし、短期的な対策を強める動きとなってきた。日本では、2019年6月、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を策定し、菅総理大臣(当時)は2020年10月の所信表明演説において、「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル(=ゼロカーボン)、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。「2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ」を表明する国内地方自治体も増え続け、表明自治体の数は766(42都道府県を含む)、表明自治体の総人口は約1億1,853万人がとなっている(2022年8月末時点)。

 ゼロカーボン対策の特徴として、3点をあげる。第1は、高いハードルの実現に向けて、これまでの(低い削減目標への対策)のような対症療法に限界があり、社会経済システム、技術・基盤、国土・土地利用、ライフスタイルの構造転換が必要かつ急務となることである。第2に、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」の方針がそうであるように、ゼロカーボンに向けた対策を経済成長の制約とするのではなく、新たな投資を活発化させ、産業構造を転換することで、成長を生み出すというグリーン成長の考え方が打ち出されている。第3に、ゼロカーボンへの道のりを先駆ける「脱炭素先行地域」を指定し、2025年までの間を集中期間として、政策の総動員を図り、全国各地での“脱炭素ドミノ”を起こしていくというように、地域主導からの変革を重視していることである。

 ゼロカーボンの早期実現と共に必要になっているのが、気候変動への適応策である。適応策は、ゼロカーボンの実現という緩和策に対して、緩和策では避けられない影響に対する気象災害対策の強化や備えのことである。日本国内でいえば、緩和策の国の計画(地球温暖化防止行動計画)の策定は1990年であったが、適応策の国の計画(適応国家計画)は2015年の策定であり、近年の新しい動きである。2018年には気候変動適応法が制定され、地方自治体の適応計画の策定等が進められている。パリ協定においても適応の長期目標の設定、各国の適応計画プロセスや行動の実施等が合意されており、緩和策と適応策を両輪とする気候危機への対策が人類共有の取組課題となっている。

 このように、危機や対策に関する宣言と計画策定、それらを支援する国の政策が活発化していることは確かであるが、そこに危うさが潜んでいることを注意しなければならない。気候変動対策が急がれるなか、大企業による経済事業や技術開発が主導となり、住民不在で進められることの弊害が懸念される。また、気候変動対策を進めた将来社会のビジョンやロードマップが地域内で十分に検討・共有されておらず、メガソーラーによる地域破壊の問題のように、開発企業と地域住民との間でのコンフリクトも発生している。

 気候変動対策が新型コロナ禍後の経済復興対策として期待され、国の財政支援に基づく急ピッチな対策が進められるなか、地域での取組みは大企業や専門家主導になりがちである。住民への説明等はなされたとしても、住民の主体的な取組みを促すことにはならない。住民が気候変動対策の必要性や方向性を学び、主体的に動き出し、住民の考えと行動が地域の政策に活かされていく仕組みをつくることが必要である。

 また、温室効果ガスの排出削減では避けられない影響に対する適応策を進めるべき段階にあるが、住民における適応策への理解と自助・互助等の備えが進んでいるとはいえない。適応策の面からも、住民の学びとそれを地域の政策に活かす仕組みが必要である。

 こうした状況の中で、気候変動教育は、気候変動政策への住民の参加と協働を進める基盤づくりとしての役割が担う。専門性の高い問題だからと住民を気候変動から遠ざけるのではなく、住民が学び、考え、行動するために、住民の主体性を引き出す気候変動教育が必要性が高まっている。

 これまでも気候変動教育は行われているものの、ここまでに示したように、ゼロカーボンに向けた構造転換、グリーン成長、地域主導等の観点、あるいは緩和策と適応策の両輪といった観点からみると、これらの動きに対応する新たな視点を持った気候変動教育プログラムの開発と普及が必要となる。

 

2.気候変動教育の研究は十分なのか

 気候変動教育に関する研究としては、①気候変動教育のあり方を理論的に検討するもの、②国内外の気候変動教育の比較分析を行うもの、③気候変動教育のプログラムを実施し、その評価結果を報告するものがある。

 ①の国内研究の例としては佐藤・高橋(2015)がある。同研究では、Wiek et al.(2011)が提示した5つの持続可能性キー・コンピテンシー(システム思考、予測、規範的、戦略的、対人関係コンピテンス)等を用いて、IPCCのAR5を活かした能力開発プログラムの枠組みを提示した。

 ②の例としては、ドイツヽオーストラリアの気候変動教育と国内の取組みを比較した研究がある(高橋ら(2015)、高橋ら(2016))。これらにより、日本では気候変動教育の学習目標となるコンピテンシーと連動した教育プログラムの開発が不十分であること、気候変動教育を進めるうえでの気候変動教育の指導者の育成や関係者の情報交換の場の提供、様々な団体との協働等の必要性を明らかにした。

 ③の例としては、高橋ら(2019)による「気候変動のミステリ-」、白井ら(2017)による「気候変動の地元学」、栗島・谷田川(2020)による脱炭素シミュレーターを用いた教育の実践と評価がある。「気候変動のミステリー」は、システム思考を重視したプログラムで、ドイツで開発され、日本に導入された。

 「気候変動の地元学」は、気候変動の地域への影響実感が気候変動の適応、さらには緩和の行動意図を形成するというアンケート結果の分析(白井ら(2015等))をもとに、気候変動の地域への影響調べを入口に、適応策を中心とした研修プログラムとして開発された。「気候変動の地元学」にいう“地元学”は、水俣市の吉本哲郎氏が提唱し、実践してきた地域住民が主体となって、地域にあるもの(地域資源)を調べ、それを地域に役立てる方法を考えていく地域づくりの方法を元にしている。“地元学”では、地域資源の発見、地域資源と地域資源、地域住民等との関わりの再構築を狙いとしているのに対して、「気候変動の地元学」では気候変動による地域資源の変化の発見と変化に対する地域住民の関わりの再構築を図る。

 栗島・谷田川(2020)は、「基礎自治体の脱炭素化に向けた支援ツールの実装に関する研究」の一環として、「総合的な学習/探究の時間」の教育プログラムの試行を、西之表市市内の中学・高校を対象として実施している。これは、地域の脱炭素シミュレーターを使いながら、未来の課題である気候変動問題と地域課題の同時解決について考える「コベネフィットを目指す」ワークショップを行うものである。
この他にも、2010年代後半から、気候変動に関するカードゲームの開発、中・高校での気候変動マーチへの参加や若者会議の開催、気候変動の政策提言を行う市民陪審など、気候変動教育に関連する様々な動きがみられる。しかし、発達段階に応じた気候変動教育プログラムの体系化や1に示した新たな視点を持った気候変動教育のプログラム開発は揺籃期にあり、様々な主体が気候変動教育プログラムの開発と実践に関心を高めて、動き出したばかりである。

 こうした状況のなか、環境省北海道環境パートナーシップオフィス」(EPO北海道)では、2021年度より気候変動教育勉強会を始めている。これは気候変動教育の関係者が相互に情報を共有し、事例研究や気候変動教育の本格的な展開に向けた体系化や地域での普及戦略づくりを目的として勉強会を開催している 。

 また、日本環境教育学会においても、2021年秋から「気候変動教育」研究会 を設置し、3か年の活動を行っている。これは、気候変動教育の規範等の理念共有、プログラムの開発・共有、気候変動教育普及のためのガイドブックを作成することを目的としている。

 日本環境教育学会の「気候変動教育」研究会は、これからの気候変動教育のあるべき要件として、次の5点を示している 。気候変動教育の新たな視点として重要な内容である。

【日本環境教育学会の「気候変動教育」研究会が示した気候変動教育のあるべき要件】

① SDGsと気候変動対策を両立させる理想の社会を目指す教育であること
 理想と現実の乖離を埋めるアクションを生み出すように、理想とする社会の設定を重視すること。この際、気候変動対策だけで完結させない、持続可能な発展(SDGs)と気候変動対策を両立させる社会のための教育とすること。ここで、持続可能な発展において「誰一人取り残さない」という社会的包摂、気候正義(公正・公平)の視点、ウエルビーイングの実現等を重視すること。

② 社会転換のための思考を身につけ、革新を創造し、先駆けて実践できる人を育むこと
 ゼロカーボン社会等に実現においては、これまでの社会からの転換も必要であることから、批判的思考を身につけ、バックキャスティングにより、なりゆきでない革新的な対策や行動を生み出し、先駆けて実践できるフロントランナーを育てるものであること。

③ 異なる価値規範を乗り越える対話と共創を生み出すこと
 ゼロカーボン社会のあり方やその実現経路については、価値規範や利害関係によって、異なる考え方をあるため、その対立を乗り越えていくために、対話による相互理解、内省におる自己転換、関係形成と共創を生み出す力を身につけるものであること。

④ 緩和策と適応策(さらに両立策)、技術対策と根本対策を体系的にとらえること
 気候変動への緩和策だけでは避けられない影響への適応策(さらに緩和策と適応策の両立策)があること、技術対策と根本対策(構造的対策)があり、特に社会・経済・文化のあり方に関わる根本対策(文化やインフラを変える対策)が重要である。対策の体系を理解し、俯瞰的に対策を企画し、実行できる力を身につけること。

⑤ 地域の気候変動政策の実践と連動する教育システムであること
 地域の政策と連動し、学びの成果を実践につなげ、実践を通じた学びを行うというように、地域の気候変動政策の現場に直結する教育とすること(教育のための教育にしないこと、講義時間での教育プログラムではなく政策と連動する教育システムであること。

⑥ 発達段階にあわせ、現場の教員が取り込める教育カリキュラムであること
 気候変動対策は専門性の高い内容であるため、発達段階にあわせたものとすること。学校のニーズに対応し、カリキュラム・オーバーロードにならないように、現場の先生だけでできる教育プログラムの開発を目指すこと。

参考文献

佐藤真久・高橋敬子(2015)気候変動教育(CCE)に関する能力開発プログラムの開発に向けた配慮項目の抽出:IPCC第5次評価報告書における教 育的論点と「持続可能性キー・コンピテンシー」の議論に基づいて、エネルギー環境教育研究17

Wiek, A., Withycombe, L. and Redman, C. L.,2011, Key Competencies in Sustainability: areference framework for academic program development, Sustainability Science, 6(2),.

高橋敬子・肱岡靖明・高橋潔・花崎直太(2015)地域のリーダー育成のための気候変動教育とは-日本・ドイツの気候変動の教育事例の比較分析に基づいて、環境教育 2016

高橋敬子・肱岡靖明・高橋潔・花崎直太(2017)オーストリア・シュタイアーマルク州における気候変動教育の取組―日本の気候変動教育プログラムとの比較に基づいて―、環境教育 2017 

高橋敬子(2019)システム思考コンピテンシーをどのようにして強化するのか?―日本の気候変動教育における学習手法 「ミステリー」 の可能性、環境教育 2019

白井信雄・田中充・中村洋(2017)「気候変動の地元学」 の実証と気候変動適応コミュニティの形成プロセスの考察、環境教育 2017

白井信雄・田中充・青木えり(2015)気候変動への緩和・適応行動の意識構造の分析-地域における気候変動学習のために、環境教育 2015

栗島英明・谷田川ルミ(2020)[特集3 基礎自治体レベルでの低炭素化政策検討支援ツールの開発と社会実装に関する研究] 基礎自治体の脱炭素化に向けた支援ツールの実装に関する研究:2020年度、公共研究 17 (1)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 研究の全体像 | トップ | 政策と連動する気候変動教育... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

環境と教育・人づくり」カテゴリの最新記事