LCA(ライフサイクルアセスメント)について
従来の環境対策は、工場等で発生する汚濁物質の除去が主眼であった。しかし、1990年代になって、地球温暖化や廃棄物等の問題がクローズアップされ、環境対策の対象は、製品やサービスのライフサイクル全体(原材料の調達・生産から最終製品の生産・販売・消費・廃棄に至る全ての工程)へと移行してきている。
問題や対策の重点がシフトする中にあって、LCA(ライフサイクルアセスメント)という手法が使われてきている。これは、製品のライフサイクル全体(いわゆる、ゆりかごから墓場までの全工程)で必要とされる資源・エネルギー量や、環境中に排出される汚濁物質や地球温暖化ガス等の負荷量を計算する手法である。
既に多くの官庁や研究機関、企業や業界団体がLCAによる分析やそれを踏まえた対策を実施している。LCAは、環境配慮の分析屋にとって、なくてはならない料理人の包丁のようなものである。
LCAの考え方を用いれば、今まで見えていなかった環境影響を捉えることができる。そして、LCAの手法により、特に環境影響が大きな場面が明らかになれば、その場面への優先的対策を取ることができる。また、電気自動車とガソリン自動車、木造住宅と鉄骨住宅、ワンウエイボトル(使い捨てのボトル)とリターナナルボトル(洗浄して再使用するボトル)等、代替可能な製品同士の環境影響を比較し、製品評価を行うことが可能となる。
生活者にとってもLCAは不可欠であり、既に身近なものとなっている。例えば、環境配慮製品につけられるエコマークは、LCAの手法が使われている。エコマークでは、生産、消費、廃棄等といったライフサイクルの場面のうち、どの場面の影響が大きいかを定め、その場面を特に評価対象にするという方法がとられている。つまり、生活者は、エコマーク付製品の購入を通じて、製品のライフクサイクルの環境影響に配慮していることになる。
木炭のライフサイクルにおける環境影響
LCAの例として、焼き鳥を焼く燃料としての炭を取り上げよう。
具体的には、「1m3の木材を炭にして、製造した木炭を焼き鳥用に使用する」場合の、二酸化炭素の排出量を考えてみる。
まず、木炭の製造過程では、木材中の全ての炭素が木炭となるのではない。原料となる木の一部は、燃えてしまい、二酸化炭素等となり、大気中に放出される。木材1立方メートル中の炭素の量は0.25トンであるとすると、そのうち約0.1トンの炭素は大気中に放出される。
また、木炭を工業的に生産する場合、補助燃料として灯油を使用する。一立方メートルの木材を製造するために、約15リットルの灯油を使用するとしよう。この灯油の燃焼により、0.01トン分の炭素が排出されることになる。
そして、製造された木炭を焼き鳥用に使用すると、燃焼により全ての炭素が二酸化炭素等として排出される。つまり、木材中にあった炭素が全て排出される。これに加えて、灯油を使うことで、0.01トン分の炭素が余分に排出してしまったことになる。これでは、木炭を製造すると、大気中の二酸化炭素を増やしてしまうことになる。
この話には、まだまだ続きがある。
まず、木炭の製造、消費によって排出される、木材由来の(木材自体の燃焼によって排出される)二酸化炭素は、もともと木材が光合成によって、大気中から吸収したものを、大気中に返しているだけと考えられる。つまり、木材由来の二酸化炭素は、排出と考えてなくてもよいこれをカーボンニュートラルという。木を燃やして二酸化炭素を排出してもプラスでもマイナスでもないという意味である。
これに対して、化石燃料の燃焼によって発生する(化石燃料由来の)二酸化炭素は、地下に埋まっていた化石燃料を掘り出し、それを燃焼させて、大気中に放出するという一方向のものである。カーボンプラスである。
木炭のライフサイクル全体でカーボンプラスは、灯油の燃焼による増分0.01トンである。
木炭によってプロパンガスを代替する効果
では、焼き鳥の木炭の製造・使用によるライフサイクル全体の二酸化排出量をどのように評価したらいいのか。焼き鳥用に木炭を使用することは、地球温暖化防止上、良いことなのか、悪いことなのか。
そもそも、焼き鳥を食べるのは止めれば、木機炭を使わなければ、二酸化炭素を排出しなくてよいという人もいるかも知れない。それを言って焼き鳥好きを困らせ、楽しみを奪うのは早急である。焼き鳥は食べるものとして、その燃料に木炭を使うことの意味を考えてみよう。
例えば、焼き鳥用に木炭を使うことで、その分だけプロパンガスの使用量を減らしていると考えたらどうだろうか。木炭によって代替される(化石燃料である)プロパンガス由来の二酸化炭素の量は、炭素にして0.05トンである。
これに対して、木炭による化石燃料由来の二酸化炭素の量は、製造過程の灯油による0.01トン。プロパンガスと木炭の差分は、0.04トンである。この差分が、木炭を利用することによる、化石燃料由来の二酸化炭素の削減効果である。
このように、木材のライフサイクルは、木材がカーボンニュートラルであるうえに、化石資源由来の燃料を代替する効果(代替エネルギー効果)が期待できる。
木炭の輸送課程で生じる二酸化炭素
木炭のLCAでさらに考慮しなければならない点がある。炭の輸送過程で発生する二酸化炭素炭素排出量である。
例えば、炭を小型トラックで輸送するとしよう。小型トラックの燃費は、1リットル当たり7キロメートルとして、積載量一トン・トラックの走行1キロメートルあたりで、0.005トンの炭素を排出する。
つまり、せっかく炭を作っても、この分だけ、炭による代替エネルギー効果は相殺されてしまう。遠くに輸送すればするほど、効果は小さくなり、一定の距離以上に遠くに運ぶと、炭素収支はマイナスとなる。それだけ大気中の二酸化炭素を増大させてしまう。
木材1立方メートルでできた炭0.11トン当たりのプロパンガスの代替エネルギー効果は、0.04トンであった。炭1トン当たりに換算すると、-0.36トンである。炭1トンを小型トラックで輸送すると、100キロメートルだと0.5トンの炭素を排出することになるから、木炭の代替エネルギー効果を打ち消す。
つまり、環境によいモノであっても、できるだけ近場で消費しないと、環境保全効果は発揮されない。逆に言えば、地元で生産されたものを地元で消費した方がよいことになる。これが地産地消効果と名づけよう。
おわりに
製品の利用者は、製品の利用によってエネルギーを消費し、二酸化炭素の排出等の環境影響を与えるだけではなく、製品の購入を通じて、製品の製造、流通あるいは廃棄といったライフサイクル全体の環境影響に加担していることになる。
この際、ライフサイクル全体の環境影響が小さい製品を選択することで、環境影響が大きい製品との差分だけ影響を軽減することができる。
モノに依存せざるを得ない生活において、生活者一人ひとりがLCAのまなざしを持つ(ライフサイクルめがねをかける)ことが求められる。
(白井信雄:2005年9月)
従来の環境対策は、工場等で発生する汚濁物質の除去が主眼であった。しかし、1990年代になって、地球温暖化や廃棄物等の問題がクローズアップされ、環境対策の対象は、製品やサービスのライフサイクル全体(原材料の調達・生産から最終製品の生産・販売・消費・廃棄に至る全ての工程)へと移行してきている。
問題や対策の重点がシフトする中にあって、LCA(ライフサイクルアセスメント)という手法が使われてきている。これは、製品のライフサイクル全体(いわゆる、ゆりかごから墓場までの全工程)で必要とされる資源・エネルギー量や、環境中に排出される汚濁物質や地球温暖化ガス等の負荷量を計算する手法である。
既に多くの官庁や研究機関、企業や業界団体がLCAによる分析やそれを踏まえた対策を実施している。LCAは、環境配慮の分析屋にとって、なくてはならない料理人の包丁のようなものである。
LCAの考え方を用いれば、今まで見えていなかった環境影響を捉えることができる。そして、LCAの手法により、特に環境影響が大きな場面が明らかになれば、その場面への優先的対策を取ることができる。また、電気自動車とガソリン自動車、木造住宅と鉄骨住宅、ワンウエイボトル(使い捨てのボトル)とリターナナルボトル(洗浄して再使用するボトル)等、代替可能な製品同士の環境影響を比較し、製品評価を行うことが可能となる。
生活者にとってもLCAは不可欠であり、既に身近なものとなっている。例えば、環境配慮製品につけられるエコマークは、LCAの手法が使われている。エコマークでは、生産、消費、廃棄等といったライフサイクルの場面のうち、どの場面の影響が大きいかを定め、その場面を特に評価対象にするという方法がとられている。つまり、生活者は、エコマーク付製品の購入を通じて、製品のライフクサイクルの環境影響に配慮していることになる。
木炭のライフサイクルにおける環境影響
LCAの例として、焼き鳥を焼く燃料としての炭を取り上げよう。
具体的には、「1m3の木材を炭にして、製造した木炭を焼き鳥用に使用する」場合の、二酸化炭素の排出量を考えてみる。
まず、木炭の製造過程では、木材中の全ての炭素が木炭となるのではない。原料となる木の一部は、燃えてしまい、二酸化炭素等となり、大気中に放出される。木材1立方メートル中の炭素の量は0.25トンであるとすると、そのうち約0.1トンの炭素は大気中に放出される。
また、木炭を工業的に生産する場合、補助燃料として灯油を使用する。一立方メートルの木材を製造するために、約15リットルの灯油を使用するとしよう。この灯油の燃焼により、0.01トン分の炭素が排出されることになる。
そして、製造された木炭を焼き鳥用に使用すると、燃焼により全ての炭素が二酸化炭素等として排出される。つまり、木材中にあった炭素が全て排出される。これに加えて、灯油を使うことで、0.01トン分の炭素が余分に排出してしまったことになる。これでは、木炭を製造すると、大気中の二酸化炭素を増やしてしまうことになる。
この話には、まだまだ続きがある。
まず、木炭の製造、消費によって排出される、木材由来の(木材自体の燃焼によって排出される)二酸化炭素は、もともと木材が光合成によって、大気中から吸収したものを、大気中に返しているだけと考えられる。つまり、木材由来の二酸化炭素は、排出と考えてなくてもよいこれをカーボンニュートラルという。木を燃やして二酸化炭素を排出してもプラスでもマイナスでもないという意味である。
これに対して、化石燃料の燃焼によって発生する(化石燃料由来の)二酸化炭素は、地下に埋まっていた化石燃料を掘り出し、それを燃焼させて、大気中に放出するという一方向のものである。カーボンプラスである。
木炭のライフサイクル全体でカーボンプラスは、灯油の燃焼による増分0.01トンである。
木炭によってプロパンガスを代替する効果
では、焼き鳥の木炭の製造・使用によるライフサイクル全体の二酸化排出量をどのように評価したらいいのか。焼き鳥用に木炭を使用することは、地球温暖化防止上、良いことなのか、悪いことなのか。
そもそも、焼き鳥を食べるのは止めれば、木機炭を使わなければ、二酸化炭素を排出しなくてよいという人もいるかも知れない。それを言って焼き鳥好きを困らせ、楽しみを奪うのは早急である。焼き鳥は食べるものとして、その燃料に木炭を使うことの意味を考えてみよう。
例えば、焼き鳥用に木炭を使うことで、その分だけプロパンガスの使用量を減らしていると考えたらどうだろうか。木炭によって代替される(化石燃料である)プロパンガス由来の二酸化炭素の量は、炭素にして0.05トンである。
これに対して、木炭による化石燃料由来の二酸化炭素の量は、製造過程の灯油による0.01トン。プロパンガスと木炭の差分は、0.04トンである。この差分が、木炭を利用することによる、化石燃料由来の二酸化炭素の削減効果である。
このように、木材のライフサイクルは、木材がカーボンニュートラルであるうえに、化石資源由来の燃料を代替する効果(代替エネルギー効果)が期待できる。
木炭の輸送課程で生じる二酸化炭素
木炭のLCAでさらに考慮しなければならない点がある。炭の輸送過程で発生する二酸化炭素炭素排出量である。
例えば、炭を小型トラックで輸送するとしよう。小型トラックの燃費は、1リットル当たり7キロメートルとして、積載量一トン・トラックの走行1キロメートルあたりで、0.005トンの炭素を排出する。
つまり、せっかく炭を作っても、この分だけ、炭による代替エネルギー効果は相殺されてしまう。遠くに輸送すればするほど、効果は小さくなり、一定の距離以上に遠くに運ぶと、炭素収支はマイナスとなる。それだけ大気中の二酸化炭素を増大させてしまう。
木材1立方メートルでできた炭0.11トン当たりのプロパンガスの代替エネルギー効果は、0.04トンであった。炭1トン当たりに換算すると、-0.36トンである。炭1トンを小型トラックで輸送すると、100キロメートルだと0.5トンの炭素を排出することになるから、木炭の代替エネルギー効果を打ち消す。
つまり、環境によいモノであっても、できるだけ近場で消費しないと、環境保全効果は発揮されない。逆に言えば、地元で生産されたものを地元で消費した方がよいことになる。これが地産地消効果と名づけよう。
おわりに
製品の利用者は、製品の利用によってエネルギーを消費し、二酸化炭素の排出等の環境影響を与えるだけではなく、製品の購入を通じて、製品の製造、流通あるいは廃棄といったライフサイクル全体の環境影響に加担していることになる。
この際、ライフサイクル全体の環境影響が小さい製品を選択することで、環境影響が大きい製品との差分だけ影響を軽減することができる。
モノに依存せざるを得ない生活において、生活者一人ひとりがLCAのまなざしを持つ(ライフサイクルめがねをかける)ことが求められる。
(白井信雄:2005年9月)